ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.38 )
日時: 2023/12/08 12:50
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: FsSzscyg)

閑話:色欲に溶けて
 《背景、愚鈍な俺へ》




 1


「妖怪。約千四百年前の都市ラゐテラに、突如として現れた謎の──」

 梅雨に入って雨ばかり降っている。今日も例外ではなく、空は灰色に沈んで雨の音が絶え間なく鼓膜を叩いている。
 陰陽師コースの寝殿造にある教室。畳の教室にある文机に正座するヒラギセッチューカは、先生の説明をボーッとして聞いていた。

〈陰陽師コース〉
 学院都市だけに出現する謎の存在“妖怪”の探求と、退治を行う職業──に就く為の授業。といっても、“ランク”が高ければ生徒でも妖怪退治に参加は出来るようだ。
 ヒラギセッチューカは、その陰陽師コースに入っていた。妖怪の正体。それを突き止めるのは、ヒラギセッチューカにとって目的の一つとなっている。

「皆さん。配布された着物は装備出来ましたか?」

 陰陽師コースの生徒は皆、配布された和服を着て活動する。ヒラギセッチューカは白衣に真っ赤な緋袴を着ていて、一言で簡単に表すなら巫女装束だ。
 洋文化が濃い白銀ノ大陸で人生の大半を過ごした彼女にとって、巫女装束は新鮮だ。

(こんな布で“装備”だなんて、大袈裟だなぁ。冬とか寒そう)

 なんて思いながら、掌で擦って布の触り心地を楽しんでみる。
 
「この着物は魔素を通しません。妖怪の魔素逆流を防ぐ事が出来ます。その代わり魔素の吸収が悪くなるので、魔法が使い辛くなることを頭の片隅に置いていて下さい」

 思いの外巫女装束は便利だった。大袈裟とか言ってごめんね? 冗談交じりに、ヒラギセッチューカは着物に謝る。

 教壇に立つ先生は、結界の存在や、魔素逆流の危険性に学院都市の避難所などの説明を一通りする。実際に戦った彼女にとって、この授業から学ぶ事など特に無く、退屈であった。

「──今回は以上です。次は実践授業となるため訓練場に集合してください」

 やっと終わった! 他生徒が教室を出る中、ヒラギセッチューカは背伸びをして開放感を堪能する。
 さて、私も行かなければ。と、彼女は教室の障子を引いて縁側に出る。外に出ると雨音が強く聞こえて、空気が湿っぽく感じる。

「もっと真面目にやれと言ってるんだ! 分からないか?!」

 男の怒鳴り声が廊下に響いた。何事だと驚きつつも、声の発生源を探そうと辺りを見渡す。変わった点は特に無いし、周りの人々は気にせず移動している。
 空耳だった? それにしては声が大きすぎる。
 と、ヒラギセッチューカは声の方へ向かう。意外と近い所に人目につきにくい物置があった。

「真面目にやって……」
「なら今の現状はなんだ!」

 女の子のような高い声も聞こえて、声の源はここだな、とヒラギセッチューカは確信する。
 いじめだろうか。会話の内容からそうとしか考えられない状況に、ヒラギセッチューカは認識阻害を強めた。面白そうだからちょっと覗いていこう。不純な動機で、物置の戸を開く。

「ごめんなさい、でも──!」

 夜の海のような濃い青のボブからチョンと生える様にあるサイドテールと、前髪は鼻下まで伸ばしていて瞳がよく見えない。
 女の子の声の正体は、か細いながらも対抗する巫女装束を着たこの少女であろう。

「でもじゃないだろ!」

 陰陽師コースで配られた男の装束を纏った方が怒鳴った。そこまでしなくても良いのに。思いながらもヒラギセッチューカは二人に割って入らず、物置を適当に漁る。

 あ、あった。つい声を出した彼女の手元には〈空間認識阻害〉の魔道具があった。名の通りの効果がある高価な道具。妖怪の結界の研究にでも使ったのか。動作不良を起こして、ここら一帯が認識されにくくなっている。
 ヒラギセッチューカは狐面のお陰で認識出来たものの、他の生徒は男の怒鳴り声も認識出来なかったらしい。

 ヒラギセッチューカは先生に提出しようかとも考えたが、空間の認識を阻害する道具なんてどう提出しようものか。面倒臭い。そう、彼女は手のひらサイズの魔道具を床に落とし、グシャッと踏み潰した。
 空間認識が解ける。が、ヒラギセッチューカはそれがよく分からない。まあ大丈夫だろう。そう、再び二人の傍観に徹する。
 
「お前は落ちこぼれの癖に、夜刀様直々の推薦で入学できたんだ。期待に応える為の努力ぐらいしたらどうなんだ!」
 
 そんな怒鳴らなくても良いんじゃないか。とヒラギセッチューカは、男の顔を覗いて、目を見開いた。
 
 闇適性者に現れる黒髪に、炎適性者に現れる赤い目。それだけでも異質なのだが、ヒラギセッチューカが驚いたのはその色。
 闇適性の黒髪は、厳密に言えば黒紫色だ。しかし彼の髪は混じりっけの無い真っ黒で、夜刀 月季を彷彿とさせるものだった。
 それに、赤い瞳も炎適性者と思えない。こちらも夜刀 月季を彷彿とさせる──いや、

「私と、同じ目?」
「?!」

 唐突に現れた“誰か”に驚いた男は、出かかった言葉を引っ込めてヒラギセッチューカを見る。
 白い女。普通の人と変わらない。狐面の効果で、男はヒラギセッチューカをそう認識した。
 学院長はさも、ヒラギセッチューカは外では狐面を上手く調整出来ない様に言っていたが、別にそうでは無かった。喫茶店の外では、ヒラギセッチューカは上手く魔素を操れないのは事実である。ただ、彼女の技術でカバー出来ているだけ。

「お前っ、急に、どこからっ!」

 男は驚きと怒りをぶつける。ヒラギセッチューカは申し訳なさと後悔でたじろぐも、男への興味がそれを上回ってしまった。
 
「きゅっ、急に来て黙り込むなよ! これは俺達の問題だ。正義のヒーローのつもりか?」
「嫌、私は貴方に用がある。えーっと──」

 よく見たら雰囲気に見覚えがある。そうだ、同じクラスの、えっと。クラスメートを良く見ていないから分からない。
 この男の『目』を見逃していたのなら、大きなの失態を犯しているな。と、ヒラギセッチューカは後悔する。

「相手の名を知りたいなら、自分から名乗れ」

 ヒラギセッチューカがどう呼ぼうと迷っていた所で、男は言った。

「縹のヒラギセッチューカ・ビャクダリリー」
大黒おおぐろ 蓮叶れんと。縹だ」

 “ヒラギセッチューカ”と聞いても『白の魔女』と繋がらない様子に、クラスメートは自分の名前を覚えて無いらしいとヒラギセッチューカは安堵する。と共にちょっと残念だ、なんて。それよりも。
 
「その黒髪と、紅色の目が気になってね。お邪魔してごめん?」

 ヒラギセッチューカは直球に聞いた。
 確かに自分の目と髪は特別だが、この状況にわざわざ割って入る程か? と、レントは怪訝に思う。

「それ、今じゃなきゃダメか?」
「今すぐ聞きたいかな」

 変な奴。レントは思うが、邪魔するつもりにも見えない。ただ好奇心のためにこの場で話しかけたとすれば、余程空気が読めないか、自分の特別な体質を重要に思っているかのどちらかであろう。
 どちらにしろ。レントはヒラギセッチューカがこの場から立ち去ってくれればなんでも良いからと、話を始めた。
 
「天使って、種族は分かるか」
「名前だけなら」
「夜刀様の血を濃く受け継ぐ種族のことだ」

 夜刀の血を濃く受け継ぐ。学院長に子供がいたのか。なんて冗談はさておき、ヒラギセッチューカは天使について大体を理解する。が、黙っておいた。

「そして俺は天使の中でも特に、夜刀様の要素を色濃く受け継いでいる。髪と目はその現れだな」

 自分の目と同じ、夜刀の力が濃い紅色の目。そうヒラギセッチューカは、何となく自分の紅い目を触った。 
 
「それだけ。教えてくれて、ありがとレント」
「本当に、それだけなのか?!」

 レントが驚きの声を上げる。本当にそれだけである。
 ヒラギセッチューカはもう少し二人の様子を見物していたかったのだが、姿を見せてしまった以上そうもいかない。

(せめて、青髪ちゃんを救う正義のヒーローが現れることを祈っておくよ)

 ヒラギセッチューカはそそくさと戸に手を掛ける。


    >>39