ダーク・ファンタジー小説
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.39 )
- 日時: 2023/07/16 12:51
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: VB7Q11rn)
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「まって、行かないで──!」
青髪の女が助けを乞う。
助けてやることも無い、ただ、それは面白くない。ヒラギセッチューカは、
「貴方を助ける理由が、私には無い」
と青髪の女を突き放した。
勿論、ヒラギセッチューカも人を可哀想と思う程の情は持ち合わせている。彼女は少々──いや、かなり享楽主義な面があるだけだ。快楽至上主義の一歩手前。楽しそう、という理由だけで人の願いを踏み潰す。
「こんな天使の恥さらしに構うことは無い。俺は、リリィの落ちこぼれ具合を矯正してただけだ」
青髪の女は天使で、リリィと言うらしい。ほーん。とヒラギセッチューカはレントの表情、仕草と、リリィを見つめた。
とても矯正には見えなかった。かと言って状況そのままの虐めとも思えず、ただヒラギセッチューカは笑う。
(怒鳴り声はキツイけど、リリィへの理不尽な暴言とも思えない。レントも悪い人って訳じゃない様だし──)
気にかけている子ほど、過干渉になってしまう。というものだろうか。なんて、ヒラギセッチューカはその場の印象だけで予想してみる。
実際の所、彼女の考えはほぼ正解であった。ヒラギセッチューカとは別教室。リリィが制服のまま授業に出てしまい、レントがそれを叱って居る所だった。
リリィの言い分は、確かに自分は悪いことをしたがそこまで怒る程じゃない、というもの。レントも然程怒る気でも無かったが気になる幼馴染相手故、大声で怒鳴り始めてしまったのだ。そこにヒラギセッチューカがやってきて、今に至る。
そこまでは予想出来ないにしても。リリィが正当でも過剰な叱りを受けている事と、レントのもどかしそうな気持ちを、面白そうな場面に敏感なヒラギセッチューカは読み取った。
「そうだね。場合によっては助けてやらない事も無いかも」
「何っ、私は何すれば良いっ!!」
リリィは必死だった。自己肯定感が低く自分を追い込みやすい性格故に、自分を俯瞰して見る余裕が無い彼女にとって。レントには虐めを受けた記憶しか無いのだから。
ただ、長年自分を執拗に虐めるレントから助けて欲しい。そんな身勝手な願いも込めて、リリィはヒラギセッチューカに助けを乞うた。
最悪な噛み合い。でも、それが良い──
小刻みに震える健康色のリリィの手に、ヒラギセッチューカは触れる。そこからはカンタン。青い天使の子の足を引っ掛けて、ヒラギセッチューカ自身の胸に倒れ込むよう仕向ける。勢いを利用し、タタッ、と後ろに踊るように下がって、リリィの手を取ったヒラギセッチューカ。
白皙の肌にじんわりと、リリィの体温が伝わって。関係無くヒラギセッチューカの胸が踊って熱くなって。リリィが見る景色が一変して。
鮮やかな曇天の灰色に堕ちた世界が、全てを呑み込む。リリィの胸を押し潰すその様は、呼吸を忘れるほどに美しかった。
「──私に、このお姫様を奪わせてよ。」
は。レントの息から一音落ちて、ポトッと雨音と重なるように床に落ちて、溶けた。
何言ってるんだ。言葉が出かかって、レントは止めた。狐面越しでも分かる程に、ヒラギセッチューカが不気味に笑っていたんだもの。
自分の気持ち全てを見透かされている様だ。彼女の超越された表情仕草をヒシヒシと感じ取って、レントの全身を危機感が這いずり回った。
「リリィに、何、する、つもりだ」
「虐めの加害者が、何故リリィの味方ヅラしてるんだろうね?」
(違う。虐めてなんか居ない。俺は──!)
でも、ヒラギセッチューカから見たら。いや誰からでも見たら、自分が今までやっていた事は虐め同然だ。でも、なら。
(落ちこぼれなのは変わらないリリィを、俺はどうしたら良いんだ──!)
どうしようも言えない負の感情がレントを呑み込む。と同時に、肌を針に変えるような勢いの敵意があった。
ヒラギセッチューカにリリィを渡したらいけない。
その危機感は、夜刀の要素を色濃く受け継ぐ彼だから感じるものなのだろうか。それとも、好意の相手と上手く話せなかった事への、言い訳作りだろうか。
どっちでも良い。
自分達を愉快に見つめるヒラギセッチューカに、気弱なリリィを渡すと後、どうなるか分からない。
「〈壱・暗槍〉!!」
沈着冷静を地とするレントにとってらしくもなく、魔法を詠唱した。
黒紫の鋭利な水晶幾本が出現する。狭い物置を丁寧に縫って、全てヒラギセッチューカに向かった。
「〈弐・氷花〉」
薄藍色の花弁らが黒紫と衝突。脆い魔素の塊である黒紫の水晶は、砕け散ってしまった。
「この、魔女がっ!」
「人聞きの悪い。蠱惑的って言ってよ」
と、ヒラギセッチューカはリリィを胸に押し付ける。むぎゅ。と脂肪に埋もれたリリィは、思わず声をあげる。
と同時に、ヒラギセッチューカは狐面を少しだけズラした。真っ白な髪に真っ白な肌。真っ白な瞳がちょっと、見えるぐらい。
「魔、シロ、まじょっ……」
レントが慌て絶句し、その後どうしたかなど言わずもがな。
幼い頃からずっと言い聞かされた化け物の一部を目にしたレントは、彼女の艶やかな髪一本程度で脳内を真っ白に染められた。
今はどういう状況か、自分が何をしたかったか何て忘れて、ただ必死に声もあげずその場を走り去ってしまった。
この世界における白髪は、異質と同時に畏怖されるものである。
「と分かってはいても、やっぱり、こう。くるものはあるね」
何て独り言をヒラギセッチューカは零す。
自分の顔が見えないよう胸に押し込んでいたリリィの手を離して、ヒラギセッチューカは言った。
「助けたよ」
「え? あっ、ありがとうございま、す。あの、私は何をしたら──」
「あーそういうのいーから。対価はもう、貰ったしね」
リリィが持つ、レントへの好意という対価を──。元々そんな物は無かったかもしれないが、今回ので地の底に着いたどころか地中に埋まっちゃっただろう。なんて、意地悪を言わない私はなんと良い人なんだろう。
ヒラギセッチューカはクスクスと笑う。
「でも、私の気が済まなくて」
「じゃあ、友達になろうか」
「いや、でも、私は落ちこぼれの天使で! それがお礼じゃ貴方が──」
「天使は全員落ちこぼれだよ」
「え、天使ですよ? 夜刀の、血を引いてる──」
実際は血を引いているとは、少し違うが訂正する程でも無いからとヒラギセッチューカは口を閉じる。
「なんで落ちこぼれなの?」
無粋を承知でヒラギセッチューカは聞いた。
リリィはドクンと胸が鼓動する感覚を覚えて変な汗が出る。けど真っ直ぐな質問を誤魔化す事もできず、怖々と答えた。
「私、生まれつき放出できる魔素量が少なくて。それに勉強も運動もダメダメで、いつも同族に──」
放出される魔素量が少ないと、魔法は低威力のものしか使えない。魔道具だって使えるものは限られるだろう。その上“夜刀”を濃く受け継ぐということは、天使は魔法に長けている種族ということ。
リリィの肩幅が今までどれほどだったかなんて、ヒラギセッチューカは簡単に察せられた。
「そりゃぁ落ちこぼれだぁ」
「っ──」
リリィは顔を俯かせて黙り込む。生まれつきと言っても皆より劣っているのだから。そこを突かれたら、誰だって何も言えなくなる。
「で、落ちこぼれだから、何?」
そのヒラギセッチューカの言葉がリリィの心に、少しの火をつけた。
「何、って。勉強も運動も魔法も性格もダメダメで、私はそれで苦しんできた! それを、だから何。だなんて!」
「じゃあ、貴方はどんな努力何をしてきたの? 落ちこぼれから、脱却するための」
リリィは言葉を詰まらせた。努力をしてない、という訳じゃない。お家のお使いは偶にしていたし、言われたら皿洗いも。あと、折り紙の練習も頑張って。えっと、他には何があっただろうか。
思い出せば出すほど、自分が不利になる記憶しか出てこないリリィは唇を噛んだ。
「夜刀学院に入ったのは学院長直々の推薦だし、凄く沢山勉強してきた訳じゃない、けど。努力したくてしてこなかった訳じゃ、無くて──!」
「ぶはっ、思った以上だこれは」
唐突に吹き出すヒラギセッチューカをリリィは不思議がった。自分が醜態を晒しただけのどこに、笑う要素があったのだろう、と。
「貴方はそれで良い。逆に、それでなきゃダメだ」
「どういう、こと?」
ヒラギセッチューカはビクビクするリリィの手を両手で重ねて。初めてあってから今までのたった数分間に思いを馳せた。
「そう、必死で頑張っても努力すらできずにレントのような人に虐められて。それを“落ちこぼれだから”と、『自分はもう少しマシ』って思い上がりから来る感情で自分を責め立てる、どうしようもなく自分の欲に忠実で前を向かない。そんな貴方に私は惚れ込んだの」
落ち込む初対面相手の長所を並べて励ます──なんて、このヒラギセッチューカがする筈なかった。短所どころか要所要所で貶し言葉を言い放ったヒラギセッチューカは、悪気なく笑っている。
それもそう。“そんなリリィに惚れ込んだ”この言葉は彼女の本心なのだから。
「酷い、酷い……。私は、頑張って──」
勿論リリィは良い気がしない。虐めっ子から助けてくれた白馬の王子様が、醜悪な魔女に一変する。けど、心のどこかで少し、安心もしていた。
(この人は、正直に言ってくれるんだ──)
それに、
「ストップストップ。私は、そんな貴方が好きなんだよ? 確かに酷いこと言ったかもしれない。けど変えられない事実で。それらひっくるめて、私はリリィを好きだって言うの」
と笑って言う。
自分を否定する言葉の数々にだけ反応していたリリィは徐々に落ち着きを取り戻して、ヒラギセッチューカの顔をまじまじと見る。
さっき会ったばかりで、言った通りのどうしようもない自分を好き、だなんて。ただリリィは恥ずかしさと驚きで、みるみる間に顔が赤くなった。
でも、リリィは“何で”と言わなかった。その答えの先は良いものか悪いものかリリィには分からない。ただ彼女にとって、ダメな自分を好きになってくれる存在の方が大事だったからだ。
「本当、に?」
「うん。逆に今はこっちが驚いてるかな。もう少し、強い反論が来ると思ってたからさ」
「私、全教科全然分からないし魔法だって加護だって上手く発動出来ないし、性根だってさっき言った通りで──」
「それが、良いんだよ」
だって、その方が扱い易い。レントの驚き慌てふためき、必死でリリィを取り返そうと自分に挑む姿が簡単に見れるんだから。
ヒラギセッチューカの不純な動機など知る由もないリリィは、感極まった余りに袖で鼻水を拭う。そして、言った。
「私、リリィ・ディアス」
「私はヒラギセッチューカ・ビャクダリリー。宜しく、私のユージン?」
曇天から溶けた蝋は重く落ちて、真っ白い砂に溶け広がる。不気味で胸が重くなるような景色であっても、自分に都合が良い存在への想いは消せなかった。
【完】