ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.40 )
日時: 2023/12/13 19:33
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: /YovaB8W)

第五項:《大黒 104-9》

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 ──ウワサの化け物の子じゃない?

 ちゃぶ台ぐらい広がったスカートのドレスに、沢山の色の宝石を身にまとう女性。そのかたわらにたたずむ黒服の、多分ボディーガードの人が、俺の方をみつめている。
 なんだか顔が引きつっていて、俺が前へ進むと、みんな後ろへ下がる。

 ──やだ汚らわしい。どっかやって頂戴ちょうだい

 黒服の男が大股でやってきた。と思うと、不意に強い衝撃しょうげきに世界が支配される。視界が一瞬いっしゅん真っ白になった。腹に革靴がめり込む。喉から胃液が込み上げる。
 足蹴りされた俺の体は、ぽーんと後ろへ飛んでいく。体と地面がりあって、軽く火にあぶられたみたいな痛み。

 それと共に、女性の安堵あんどの息が聞き取れてしまった。俺を本気で気持ち悪がっていた証拠しょうこを、この耳は探しだしてしまった。
 帰りましょ。そう呟いた彼女らは、玄関げんかんに向かって歩いていく。
 やってきたメイドの一人が泣きそうな声で謝罪しゃざいをするも、女性らは振り向きもしなかった。
 玄関の扉が閉まる。顔を上げたメイドのにらみの効いた瞳が、背筋に針金はりがねを突きしたみたいに痛かった。
 
 ──人前に出るなと。私はそういった筈よ?

 やってきた姉様の言葉は、氷以上に冷たかった。
 屋敷やしきにやってきた客には顔はだすな。そういわれている。理由を問えば、晟大せいだいの息子だから。バケモノだから、なんて言われる。俺、見た目は普通のヒトなのに。どこがバケモノなんだ。
 それに、俺から顔を出したんじゃない。お客さんとは廊下ろうかでバッタリ会ってしまったんだ。だから挨拶をしたら、蹴られた。何もやってないのに。
 その旨を伝えると姉様は顔にシワを寄せる。

 ──言い訳しないこと! お前は部屋から出てくるな! そこで死ぬ方法でも考えてなさいっ!

 パシン。頬に熱。その力があまりに強くて、勢いそのままに体は大理石だいりせきに叩きつけられる。鈍い音が体から鳴る。筋肉が絞られているみたいに痛い。
  
 玫瑰秋まいかいと当主とうしゅである親父は行方不明。姉様は代わりにウチの領地を管理するとともに、俺の面倒もみてくれている。仕方なく、みていると言い換えた方がいいか。
 進んで面倒をみてくれているなら、俺を叩いたりしない。
 屋根裏部屋に置いといたりしない。
 カビの生えたパンを出したりしない。

 ──死ね。

 温度のない瞳で、そんなこと言ったり、しない。
 たった二文字が心臓に焼印やきいんをつける。
 この場にいる俺、欲求をもつ俺、生きているだけの俺、全ての俺を否定するたったそれだけの言葉。俺の何一つも肯定する気がないという、意思表示いしひょうじだ。

 横になる俺に、姉様がりを入れる。る。る。き上がる感情そのままに、る。熱した鉄がへそから内蔵を食い破るみたいな、無情な痛みが連続して止まない。
 やめて。痛いからやめて。何も悪いことしてない。やめて。
 喉が焼ききれそうなぐらい叫ぶ。りは止まない。むしろ勢いはす一方だ。
 姉様の、俺を尊重そんちょうするつもりは微塵みじんもないという意思が嫌でも分かってしまう。痛みとともにやってくる絶望。
 全て肯定されないなんて、変えられない現実が俺を嘲笑あざわらう。
 喉を酷使こくししても叶わない願いしかない、地獄が俺をおそう。

 なんでこんなことするの。
 俺はなにも、悪いことしてないじゃないか。
 バケモノだって、いうけど、見た目は普通の、ヒトじゃないか。

 なんでみんな、ひどいことするの。なんで他の子には優しいのに、俺にはったりするの。
 俺に味方はいないの。俺を肯定こうていしてくれる人はいないの。
 誰か、助けて。誰でもいい。俺に笑いかけて。俺の頭を撫でて。俺は、ここにいていいって。それだけ、その一言だけ、頂戴。
 誰か、俺の味方をちょうだい──。


 
 ◇



 ジリリ。細かい音が脳を叩く。カーテンの隙間すきまから入り込む朝日がうっすら見える。
 ちょっとジメジメした空気と薄暗うすぐらい部屋。頭上で鳴り響く目覚ましの音が、部屋の静けさを強調する。
 午前六時。
 二本の針があらわす意味を理解して、音を止める。やってくる本物の静寂せいじゃく。目覚まし音で聞こえなかった鳥のさえずりが早朝をかざる。

「──くっそっ」

 悪態をつく。何に対してかは分からない。けど、どうしても何かをののしりたい気分だった。
 重い体を持ち上げる。とともに枕を壁に投げる。ぼふと、とても攻撃的とは思えない音を吐き出し、枕は落ちる。 

 またこの夢だ。触れたくない傷口を抉りだす夢。
 今、俺は〔夜刀学院やつのがくいん〕のりょうで暮らしている。親父にだって近づいている。今更昔のことを思い出す必要はないのに。

 手元の目覚まし時計をなげる。ガシャン。向こうの壁にぶつかった。
 金属きんぞくれ合い、中から何か爆発したような音がする。パラパラと、細かいネジが落ちる。さっきまで六と零を指していた針は、今はなんの数字も指していない。
 
 ざまあみろ。何に対してだろうか。そう思った。
 しばらくして頭が冷えてくると、時計をこわしてしまったことに気づく。どうしよう。なんて後悔が今更いまさらおそってきてさらに苛立ちが積もる。
 今日の放課後、時計屋に行けばいい。そう俺は制服を着て玄関を出る。
 中身が飛び散った時計は、床に散乱したままだった。


 ◇
  
 
 〔さつきの月〕も終わりにさしかかり、梅雨が近くなってきた。
 歩くたびにコツコツと音が鳴る。深い茶色に囲まれた和風建築の木造校舎。さっきまで武術の授業をしていたこともあり、廊下は熱気で満ちている。
 鼻奥にツンと来る刺激臭しげきしゅう。みんなちょっと汗臭い。
 そういう俺も臭い。
 運動用の着物は、元々の青色が汗でもっと濃い青色になっている。

 ここは〔夜刀やつのコース校舎〕と呼ばれる、〔夜刀やつのコース〕の活動に使われる校舎。生徒の間では“ヤコウシャ”なんて呼ばれてる。ヤツノとコウシャを織り交ぜた結果らしい。
 ちょっと爽やかな匂いがする木の板が、壁に重なっている。和風木造建築だ。洋風文化の〔王都ネニュファール〕出身の者としては、おもむきのある雰囲気が新鮮で気に入っている。

「おっしゃ、授業も終わったし帰るべ」

「帰りに飴屋行かんかー?」

 既に着替え終わったらしい男性達が横を通り過ぎる。っしゃぁ、と笑いながら肩を組み、下らない話をして笑っている。
 遠い世界だ。俺を横切る人々と俺の間に、なにか区切りがあるように思えてしまう。
 寂しくはない。悲しくもない。一人でいることには慣れている。

 それに俺だって仲が良い奴ぐらいいる。そう、俺をったりなぐったりしない、ユウキとルカが。
 さっきの人を羨ましいなんて思うもんか。
 ふと、ユウキとルカから向けられる視線を思い出す。口元は笑っているのに、邪魔だと言わんばかりの冷たい目。いや、きっと気のせいだ。学院に来る前の生活と同じにしてしまっているだけだ。
 そう、自己完結する。無理がある隠し方だと自覚しても、それ以上何も気がつかないように思考を止める。

 というか、復讐ふくしゅうに仲がいいヤツなんていらないじゃないか。何考えているんだ俺は。羨ましくないのに、なんでここまで思考を発展させているんだ。俺、変なの。

「──あの」

 ふと、声をかけられた気がする。
 一瞬いっしゅん立ち止まって、俺じゃない人に声をかけたつもりならどうしようなんて思考がよぎって、それでも振り向いた。

 なんの用。そう言いたかったのに、声の主を視界に入れた瞬間しゅんかん言葉を失った。
 俺の真後ろに、その少年は立っていた。身長は俺より少し高いぐらい。俺の真後ろに立っていることから、声をかけたのは俺で間違いないはずだ。
 
 問題はその容姿。
 肌を強く打ってできる薄紫のあざの色が、少年の全身の肌を包んでいる。
 双眼そうがんと短髪は黒色をしているが、虹彩が真っ黒になる〔魔法系統〕なんてない。俺のような〔闇系統適正者〕だって、黒に近い色をしてはいるが本当は黒紫色だ。
 さらに両目をおおまく結膜けつまくは穴が空いているんじゃないかってぐらい真っ黒だ。本来そこは、白色のはずだろ?

 こんな容姿の種族は見たこともない。肌色も結膜けつまくも髪も目も、本来の色から遠くかけ離れていた。
 背筋をなでられるような恐怖。しかしここは〔夜刀学院やつのがくいん〕だ。見たこともない種族がいてもおかしくはない。それに〔はなだ〕のマントと制服を纏っていることから、きっと俺と同級生だ。悪いやつではあるまい。そう、自分を必死に落ち着かせる。

「なんの用」

 しばらくの沈黙の後、俺はようやく声を出せた。
 目の前の少年は、えっと。なんておどおどしながら、俺になにか差し出してきた。
 薄い青色に白色の花の刺繍ししゅうが入っている、見覚えがあるハンカチだ。

「これ、落としてたから。君の、だよね?」

「──え?」

 要するに、なんだ。コイツは俺のハンカチを届けにきてくれたって、そういうことか?
 わざわざ俺に声をかけて? 俺を気遣って?

 ぶわ、と鼻奥に熱が広がる。恐怖も不安も警戒けいかい心も、溢れ出てくる温かさに包まれてしまう。
 ハンカチを拾ってもらった。
 たったそれだけの事実が、よくある事象が、それでも初めて体験する出来事が、頭の奥深おくふかくくに染み込んで感情を湧き上がらせる。
 のどから登ってくるこの感情は言語化できないぐらい大きくて、沢山で、けど負の感情が混ざっていないことだけは分かって。
 爆発ばくはつ的に体を支配する感情を、どう受け止めたらいいか分からなくて。

「──え、あ、泣いてる?!」

 少年が驚いている。その顔がやけににじんでいた。いや、顔だけじゃなくて見える景色全てがにじんでいた。まるで水ごしに景色を見ているような。
 ふと、目に手をやると、ボトボトと透明なしずくが床に落ちた。

「──ぁ」

 そこからはあっという間だった。濁流だくりゅうのように涙が流れてきて自分でも止められない。
 声を出したかは覚えていない。ただあふれ出る感情の受け止め方が分からなくて、必死にもがいていたような気がする。
 その間少年は、あわてふためきながら俺の背中をさすってくれた。
  
  
  2.>>41