ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.40 )
日時: 2023/12/13 19:33
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: /YovaB8W)

第五項:《大黒 104-9》

 1




 ──ウワサの化け物の子じゃない?

 ちゃぶ台ぐらい広がったスカートのドレスに、沢山の色の宝石を身にまとう女性。そのかたわらにたたずむ黒服の、多分ボディーガードの人が、俺の方をみつめている。
 なんだか顔が引きつっていて、俺が前へ進むと、みんな後ろへ下がる。

 ──やだ汚らわしい。どっかやって頂戴ちょうだい

 黒服の男が大股でやってきた。と思うと、不意に強い衝撃しょうげきに世界が支配される。視界が一瞬いっしゅん真っ白になった。腹に革靴がめり込む。喉から胃液が込み上げる。
 足蹴りされた俺の体は、ぽーんと後ろへ飛んでいく。体と地面がりあって、軽く火にあぶられたみたいな痛み。

 それと共に、女性の安堵あんどの息が聞き取れてしまった。俺を本気で気持ち悪がっていた証拠しょうこを、この耳は探しだしてしまった。
 帰りましょ。そう呟いた彼女らは、玄関げんかんに向かって歩いていく。
 やってきたメイドの一人が泣きそうな声で謝罪しゃざいをするも、女性らは振り向きもしなかった。
 玄関の扉が閉まる。顔を上げたメイドのにらみの効いた瞳が、背筋に針金はりがねを突きしたみたいに痛かった。
 
 ──人前に出るなと。私はそういった筈よ?

 やってきた姉様の言葉は、氷以上に冷たかった。
 屋敷やしきにやってきた客には顔はだすな。そういわれている。理由を問えば、晟大せいだいの息子だから。バケモノだから、なんて言われる。俺、見た目は普通のヒトなのに。どこがバケモノなんだ。
 それに、俺から顔を出したんじゃない。お客さんとは廊下ろうかでバッタリ会ってしまったんだ。だから挨拶をしたら、蹴られた。何もやってないのに。
 その旨を伝えると姉様は顔にシワを寄せる。

 ──言い訳しないこと! お前は部屋から出てくるな! そこで死ぬ方法でも考えてなさいっ!

 パシン。頬に熱。その力があまりに強くて、勢いそのままに体は大理石だいりせきに叩きつけられる。鈍い音が体から鳴る。筋肉が絞られているみたいに痛い。
  
 玫瑰秋まいかいと当主とうしゅである親父は行方不明。姉様は代わりにウチの領地を管理するとともに、俺の面倒もみてくれている。仕方なく、みていると言い換えた方がいいか。
 進んで面倒をみてくれているなら、俺を叩いたりしない。
 屋根裏部屋に置いといたりしない。
 カビの生えたパンを出したりしない。

 ──死ね。

 温度のない瞳で、そんなこと言ったり、しない。
 たった二文字が心臓に焼印やきいんをつける。
 この場にいる俺、欲求をもつ俺、生きているだけの俺、全ての俺を否定するたったそれだけの言葉。俺の何一つも肯定する気がないという、意思表示いしひょうじだ。

 横になる俺に、姉様がりを入れる。る。る。き上がる感情そのままに、る。熱した鉄がへそから内蔵を食い破るみたいな、無情な痛みが連続して止まない。
 やめて。痛いからやめて。何も悪いことしてない。やめて。
 喉が焼ききれそうなぐらい叫ぶ。りは止まない。むしろ勢いはす一方だ。
 姉様の、俺を尊重そんちょうするつもりは微塵みじんもないという意思が嫌でも分かってしまう。痛みとともにやってくる絶望。
 全て肯定されないなんて、変えられない現実が俺を嘲笑あざわらう。
 喉を酷使こくししても叶わない願いしかない、地獄が俺をおそう。

 なんでこんなことするの。
 俺はなにも、悪いことしてないじゃないか。
 バケモノだって、いうけど、見た目は普通の、ヒトじゃないか。

 なんでみんな、ひどいことするの。なんで他の子には優しいのに、俺にはったりするの。
 俺に味方はいないの。俺を肯定こうていしてくれる人はいないの。
 誰か、助けて。誰でもいい。俺に笑いかけて。俺の頭を撫でて。俺は、ここにいていいって。それだけ、その一言だけ、頂戴。
 誰か、俺の味方をちょうだい──。


 
 ◇



 ジリリ。細かい音が脳を叩く。カーテンの隙間すきまから入り込む朝日がうっすら見える。
 ちょっとジメジメした空気と薄暗うすぐらい部屋。頭上で鳴り響く目覚ましの音が、部屋の静けさを強調する。
 午前六時。
 二本の針があらわす意味を理解して、音を止める。やってくる本物の静寂せいじゃく。目覚まし音で聞こえなかった鳥のさえずりが早朝をかざる。

「──くっそっ」

 悪態をつく。何に対してかは分からない。けど、どうしても何かをののしりたい気分だった。
 重い体を持ち上げる。とともに枕を壁に投げる。ぼふと、とても攻撃的とは思えない音を吐き出し、枕は落ちる。 

 またこの夢だ。触れたくない傷口を抉りだす夢。
 今、俺は〔夜刀学院やつのがくいん〕のりょうで暮らしている。親父にだって近づいている。今更昔のことを思い出す必要はないのに。

 手元の目覚まし時計をなげる。ガシャン。向こうの壁にぶつかった。
 金属きんぞくれ合い、中から何か爆発したような音がする。パラパラと、細かいネジが落ちる。さっきまで六と零を指していた針は、今はなんの数字も指していない。
 
 ざまあみろ。何に対してだろうか。そう思った。
 しばらくして頭が冷えてくると、時計をこわしてしまったことに気づく。どうしよう。なんて後悔が今更いまさらおそってきてさらに苛立ちが積もる。
 今日の放課後、時計屋に行けばいい。そう俺は制服を着て玄関を出る。
 中身が飛び散った時計は、床に散乱したままだった。


 ◇
  
 
 〔さつきの月〕も終わりにさしかかり、梅雨が近くなってきた。
 歩くたびにコツコツと音が鳴る。深い茶色に囲まれた和風建築の木造校舎。さっきまで武術の授業をしていたこともあり、廊下は熱気で満ちている。
 鼻奥にツンと来る刺激臭しげきしゅう。みんなちょっと汗臭い。
 そういう俺も臭い。
 運動用の着物は、元々の青色が汗でもっと濃い青色になっている。

 ここは〔夜刀やつのコース校舎〕と呼ばれる、〔夜刀やつのコース〕の活動に使われる校舎。生徒の間では“ヤコウシャ”なんて呼ばれてる。ヤツノとコウシャを織り交ぜた結果らしい。
 ちょっと爽やかな匂いがする木の板が、壁に重なっている。和風木造建築だ。洋風文化の〔王都ネニュファール〕出身の者としては、おもむきのある雰囲気が新鮮で気に入っている。

「おっしゃ、授業も終わったし帰るべ」

「帰りに飴屋行かんかー?」

 既に着替え終わったらしい男性達が横を通り過ぎる。っしゃぁ、と笑いながら肩を組み、下らない話をして笑っている。
 遠い世界だ。俺を横切る人々と俺の間に、なにか区切りがあるように思えてしまう。
 寂しくはない。悲しくもない。一人でいることには慣れている。

 それに俺だって仲が良い奴ぐらいいる。そう、俺をったりなぐったりしない、ユウキとルカが。
 さっきの人を羨ましいなんて思うもんか。
 ふと、ユウキとルカから向けられる視線を思い出す。口元は笑っているのに、邪魔だと言わんばかりの冷たい目。いや、きっと気のせいだ。学院に来る前の生活と同じにしてしまっているだけだ。
 そう、自己完結する。無理がある隠し方だと自覚しても、それ以上何も気がつかないように思考を止める。

 というか、復讐ふくしゅうに仲がいいヤツなんていらないじゃないか。何考えているんだ俺は。羨ましくないのに、なんでここまで思考を発展させているんだ。俺、変なの。

「──あの」

 ふと、声をかけられた気がする。
 一瞬いっしゅん立ち止まって、俺じゃない人に声をかけたつもりならどうしようなんて思考がよぎって、それでも振り向いた。

 なんの用。そう言いたかったのに、声の主を視界に入れた瞬間しゅんかん言葉を失った。
 俺の真後ろに、その少年は立っていた。身長は俺より少し高いぐらい。俺の真後ろに立っていることから、声をかけたのは俺で間違いないはずだ。
 
 問題はその容姿。
 肌を強く打ってできる薄紫のあざの色が、少年の全身の肌を包んでいる。
 双眼そうがんと短髪は黒色をしているが、虹彩が真っ黒になる〔魔法系統〕なんてない。俺のような〔闇系統適正者〕だって、黒に近い色をしてはいるが本当は黒紫色だ。
 さらに両目をおおまく結膜けつまくは穴が空いているんじゃないかってぐらい真っ黒だ。本来そこは、白色のはずだろ?

 こんな容姿の種族は見たこともない。肌色も結膜けつまくも髪も目も、本来の色から遠くかけ離れていた。
 背筋をなでられるような恐怖。しかしここは〔夜刀学院やつのがくいん〕だ。見たこともない種族がいてもおかしくはない。それに〔はなだ〕のマントと制服を纏っていることから、きっと俺と同級生だ。悪いやつではあるまい。そう、自分を必死に落ち着かせる。

「なんの用」

 しばらくの沈黙の後、俺はようやく声を出せた。
 目の前の少年は、えっと。なんておどおどしながら、俺になにか差し出してきた。
 薄い青色に白色の花の刺繍ししゅうが入っている、見覚えがあるハンカチだ。

「これ、落としてたから。君の、だよね?」

「──え?」

 要するに、なんだ。コイツは俺のハンカチを届けにきてくれたって、そういうことか?
 わざわざ俺に声をかけて? 俺を気遣って?

 ぶわ、と鼻奥に熱が広がる。恐怖も不安も警戒けいかい心も、溢れ出てくる温かさに包まれてしまう。
 ハンカチを拾ってもらった。
 たったそれだけの事実が、よくある事象が、それでも初めて体験する出来事が、頭の奥深おくふかくくに染み込んで感情を湧き上がらせる。
 のどから登ってくるこの感情は言語化できないぐらい大きくて、沢山で、けど負の感情が混ざっていないことだけは分かって。
 爆発ばくはつ的に体を支配する感情を、どう受け止めたらいいか分からなくて。

「──え、あ、泣いてる?!」

 少年が驚いている。その顔がやけににじんでいた。いや、顔だけじゃなくて見える景色全てがにじんでいた。まるで水ごしに景色を見ているような。
 ふと、目に手をやると、ボトボトと透明なしずくが床に落ちた。

「──ぁ」

 そこからはあっという間だった。濁流だくりゅうのように涙が流れてきて自分でも止められない。
 声を出したかは覚えていない。ただあふれ出る感情の受け止め方が分からなくて、必死にもがいていたような気がする。
 その間少年は、あわてふためきながら俺の背中をさすってくれた。
  
  
  2.>>41
 

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.41 )
日時: 2023/12/13 19:34
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: /YovaB8W)

 
 2



 ズズズ。鼻息を思いっきりして中身をだす。拾ってもらったハンカチを使ってそれを拭き取った。
 真っ白なハンカチが薄く黄色くなった。ちょっと気持ち悪い。洗濯せんたくしたら綺麗きれいになるだろ。
 そう、俺は見て見ぬふりをしてハンカチをたたみ、ポケットに入れた。
 むらさき肌の少年の方をみると、なんだか顔を顰めている。何かあっだろうか。まあいいか。

「ごめん、助かった」

「あ、う、うん。怪我はなさそうで何よりだよ」

 そう、少年はさわやかに笑った。
 廊下ろうか呆然ぼうぜんとしてしまった俺は、少年につれられてちかくの公園こうえんまでやってきた。
 ベンチにすわり、それでも感情をおさえきれなかった俺を、少年は今の今までなぐめてくれていた。
 見ず知らずの俺にここまでしてくれるなんて、と思い出したらまた泣きそうだからやめよう。

 はなの中に溜まっていたものが無くなって息を吸う。
 さわやか、とはほど遠いしめっぽい空気がのど奥に向かって、もっとジメジメした空気を口からだす。

「悪いな。付き合わせちゃって」

「全然! そんなことないよ。むしろ、役に立てたなら嬉しいよ!」

 そう、少年は満面まんめんの笑みを浮かべた。
 初めは二重の意味で異色いしょく容姿ようしおそろしく思ったが、意外と悪くなく思えてきた。
 そういえば、少年はなぜ俺に話しかけられたのだろうか。
 俺が玫瑰秋まいかいと ようであることを知らない? いや、俺の噂(‪うわさ)が広がっているのは一部の貴族きぞくの間だけだ。この少年は貴族きぞくうわさが届かない、もっと世俗せぞく的な人間なのかもしれない。
 少年は、あ、そうだ。と思い出したようにこぼす。なんだろうと思っているとこちらに顔を向け、胸に手を当てる。

「自己紹介がまだだったね」

 そういえばそうだ。俺も少年もおたがいの名前を知らないままだ。
 僕の名前は。続けて少年は言った。

「《大黒 104-9》。〔はなだ〕の二十五クラスだよ。キュウって呼んで」

 104-9。そして、大黒。心臓がドクンとはねた。
 俺は、この名前を知っている。厳密げんみつに言うと、この名前の形を知っている。
 “大黒”という苗字は〔夜刀やつの教〕に保護ほごされた、苗字みょうじをもたない者に付けられる。
 夜刀様が学院長を務めるこの学院では良く見かけて、〔司教同好会しきょうどうこうかい〕のヒナツ先輩もそうだ。
 
 そして“104-9”──名前に番号を持つ者は、殆どが奴隷どれい
 近年、奴隷制度どれいせいど人権じんけんがどうのこうの倫理りんり道徳どうとくがうんたらかんたらで、奴隷どれい自体が減少傾向げんしょうけいこうにある。が、ゼロになった訳じゃない。
 特に〔王都おうとネニュファール〕はそこら辺が緩いし、そーゆー事する大人は確実な証拠しょうこをかくすのが上手い。
 奴隷どれいでなかったら改名できるだろうし、この少年は現役げんえき奴隷どれいだろう。主の意向で学院に通えているのか、はたまた学院に入学できるほどの実力者か。
 どっちみち〔王都おうとネニュファール〕出身の者だろうと見当がつく。
 ちょっとめんどうくさいヤツだな。あつかいに困る。それでも、ハンカチを拾ってくれた親切な少年だ。
 なるべく傷つけたくないし、見放されたくもない。
 
「よろしく。俺は玫瑰秋まいかいと よう、一クラスだ。よろしく、キュウ」

 手を差し伸べると、むらさきのはだが握り返してくる。
 氷水につけた布みたいに、キュウの手がぺったりはりついてきた。冷たくてちょっとびっくり。見た目だけじゃなく、体の性質せいしつも変わっているのだろうか。

「え、キュウ?」

 ふと声がした。高いナチュラルボイス。聞き覚えのあるその声に、反射的はんしゃてきに振り向いた。
 長い金髪きんぱつを高いところでふたつに結ぶ褐色肌かっしょくはだの少女。とがった耳が特徴的なエルフ、ルカだ。

「あ、ルカちゃん!」

 キュウがルカに手をふる。どうやら二人は知り合いだったらしい。
 ルカはトコトコと早足で、それでも遅いほうだが駆けてくる。

「めずしい組み合わせ……。てかうわっ、ヨウ目はれてるじゃん」

 ルカがあからさまに苦い顔をした。そんなに俺の顔はひどいのだろうか。はたまた、はれ具合から何があったかをさっして引いているのか。
 どっちも嫌だが、どっちもありえる。

「うるせぇよ」
 
 泣いていたと思われるのはプライドが許さなかった。心の底からの嫌悪けんおを吐き出して、自分の弱い部分をかくす。
 ルカはしばらくだまりこみ、人をさせるんじゃないかってぐらいするどい目でみつめてきた。心臓に冷気が吹きかけられる。

「というか、今日の放課後は喫茶店きっさてん集合だったじゃん。何こんなところで油売ってんの?」

「そういうルカこそ。ずいぶんとおそい帰りじゃないか」

 冷える空気。ピリピリと静電気が走るみたいな雰囲気。俺とルカはしばらくにらみ合って、険悪なムードが続く。

「ご、ごめんっ。ヨウ君は僕が引き止めたんだ!」

 と、キュウが暗い雰囲気ふんいきをうちやぶった。
 あっそ。ルカはふいっと俺から目をはなす。ざまあみやがれ。
 キュウに引き止められたわけじゃないし、むしろ俺が引き止めた側だがいう必要はないだろう。

「というか、事情はわかったから早く行きましょ」

 そうルカは話題を変える。俺からしたら話題を逸らしたみたいにみえて、優越感ゆうえつかんが胸に広がってたまらない。
 
 今日はユウキ、ルカ、あとあの白髪と喫茶店で話し合うことになっている。議題ぎだいは〔強制遠足〕の班員についてだ。
 近々行われる学年行事、〔強制遠足〕。
 五人以上、七人以下で一つの班として認定され、自由に班を組むように先生に言われている。
 そこで俺、ルカ、ユウキ、ヒラギセッチューカは同じクラス、そしてちょっぴりはぐれ者ということもあり自然と集まった。が、俺たちは四人。最低でも一人足りない。
 そこでルカは、勧誘かんゆう先に一人、心当たりがあると言った。
 今日は、その人との顔合わせもかねての喫茶店きっさてん集合となっている。

 朝こわした時計のかわりも買わなきゃ行けないし、ちゃっちゃと行ってちゃっちゃと帰ろう。
 そうベンチから立ち上がると、キュウも立ち上がる。
 たまたま動きがシンクロして面白いなー、なんて思っていたら俺もキュウもおなじ方へ歩く。
 歩幅ほはばも歩数も手をふる向きも見事に同じ。俺たちが向かうのはルカの背中だ。
 ちょっとビックリしてキュウの顔をみる。ちょうどキュウも立ち止まり、俺をみていた。
 なんだか予感がして、俺はルカに問いかける。

「なぁ、ルカ」

「何」

 不機嫌ふきげんそうにルカは振り向く。もうちょっと愛想あいそがあってもいいじゃないか。

「俺たちの班に入るのって、もしかしてキュウ?」

 となりのキュウを指さしてみる。ルカは特に表情筋ひょうじょうきんをくずすことなく、難なく答えた。

「そうだけど?」 


 3.>>42

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.42 )
日時: 2023/12/13 19:34
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: /YovaB8W)

 

  3


 木材の特殊とくしゅな香りがする。俺の足元を照らす太陽の光は、ステンドガラスによって鮮やかな赤色になっていた。
 香ばしい香りがするコーヒーを一口すする。
 思ったより熱くて舌が焼けそうになるも、慌てるのはカッコ悪くて恥ずかしかったから、平気なフリして水を飲む。バレてないよな。たぶん大丈夫。

 おかの上の、ヒラギセッチューカがバイトをしている喫茶店きっさてん
 俺の向かい側にはルカ、キュウ、ヒラギセッチューカの順で並んでいて、となりにはユウキが座っている。
 俺のななめ右。一番遠いところにヒラギセッチューカがいるのは何か意図を感じる。

「大黒 104-9、です。班にいれてくれてありがとう」

 キュウが改めて自己紹介をする。
 喫茶店きっさてんに着くとユウキ、ヒラギセッチューカがもう着いていて、そのまま流れでキュウを班員として迎えることになった。
 これで〔強制遠足〕には参加ができるな。けれど、なにか胸につっかえるものがある。

「なぁ、〔強制遠足〕って何の行事だったっけ」

 漠然ばくぜんとした違和感いわかんでぼーっとしながら、疑問ぎもんをこぼしてみる。ルカは口に含んでいたクッキーをごくんと飲みこみ、嫌な顔。

「えー、話聞いてなかったの?」

「うるせぇ」

 もちろん話は聞いていた。
 〔司教同好会しきょうどうこうかい〕の一件もあり、それはもう耳に穴が空くぐらい真剣に聞いた。〔強制遠足〕について聞き込みだってした。
 えられた情報は、〔強制遠足〕をに退学する〔はなだ〕生徒が多いこと。りょうの清掃のおじさん達は「それぐらい大変ってことかねぇ」なんてボヤいていた。

「〔強制遠足〕は〔都市ラゐテラ〕周辺に生息する魔獣まじゅう。〔化け狸〕がもつ魔石を集める〔はなだ〕の学年行事。それだけ」

 ルカが分かった? と俺に聞いたから、わかったと軽く返す。
 そう、魔石ませき集め。それが〔強制遠足〕の内容だ。名の通り遠足。長距離になるから“強制”がつく。それだけ。
 
 ヒナツ先輩やエルザ先輩が意味深いみしんなことをいっていた割には、普通の行事なのだ。〔化け狸〕は強い魔物でもないから、難易度なんいどが高いとも思えない。
 えられた情報と、先輩たちの反応にひどい温度差がある。そこが、違和感。
 
 しかしこれ以上調べようにも調べる先がない。
 先生、近所の人、清掃せいそうのおじさんやおばさん。聞けそうな人は全部まわったのだから。
 これ以上考えてもでないものはでないんだから、考えたって仕方ない。
 そう、頭にまとわりつく違和感いわかん払拭ふっしょくする。

「それでぇー、一つ」

 と、ヒラギセッチューカが手を挙げた。今の彼女は狐面を被っている。
 ルカとユウキは知り合いということもあり、ヒラギセッチューカを認識できているらしい。が、キュウ目線は、特段あげる特徴とくちょうもない平凡な生徒にみえているだろう。
 俺からは、ヒラギセッチューカが狐面を被っているようにしか見えないが。

 狐面は右目が閉じていて、左目があいている。
 そこからみえるヒラギセッチューカの瞳は真紅しんく色で、いつになく鋭い光を放っていた。

「大黒 104-9」

 ヒラギセッチューカの声はまっすぐだ。
 いつもは飄々としていて力の抜けた声なのに。
 なんだかただ事じゃない気がして、自然と背筋が伸びる。

「君、人間?」

 ヒラギセッチューカの問い。それは非常ひじょうにデリケートな領域りょういきみこむものだった。
 この世界、ディアペイズの社会は、沢山の種族が交わって暮らしている。
 
 それらを総称して人間。
 ヒラギセッチューカやユウキのような見た目をした種族を“ヒト”と呼ぶ。
 アラクネや獣人族など、パッと見でわかる種族もいれば、〔ヒト〕かどうか判断がつかない種族もいる。吸血鬼なんかが、そうだな。
 
 一方でキュウは、俺でも見たことがない種族だ。ヒトの形をしているが、ヒトじゃないとわかる見た目。
 正直不気味である。しかしそこはみこんではいけない領域りょういきだ。下手したら種族差別だとか思われて、関係がこじれる。
 
 なのに。
 コイツは軽々その領域りょういきに入り込みやがった。
 しかも土足で。
 相手を思いやる心とかないのかコイツ。
 恐る恐るキュウを見てみる。キュウは特段嫌な顔はしておらず、それでもうーんとうなって返答に困っていた。

「えっと、えっと。〔半妖はんよう〕とは、言われてるんだけ──」
 
「半分 妖怪ようかいって意味?」

 ヒラギセッチューカが食い気味に問う。その圧力に、キュウは泣きそうな顔で言葉を探している。
 
「わ、分からないよっ。そう言う意味、だとは、思うんだけど──」

 真っ黒な瞳をうるませて、キュウが口をモゴモゴとならす。
 ハンカチを拾ってもらった恩人ということもあり、その様子をみているとズキリと心が痛む。

「ふ、ざけんなっ──」

 ふるえたヒラギセッチューカの呟き。と、ヒラギセッチューカは、ルカを挟んでとなりにいるキュウのネクタイを掴んだ。
 ひえっ。とびっくりしたルカの悲鳴。連なるように、ヒラギセッチューカが叫ぶ。

「どういうつもりだ、キュウっ!」
 
 それはこっちのセリフだ。初対面の人の種族を聞いて、さらにえりまで掴むなんてどういうつもりだ。

「ヒラギ、ちょっと落ち着け。な?」

 ヒラギセッチューカの向かいに座るユウキ。
 彼はヒラギセッチューカの腕に手をやり、ゆっくりとキュウからはなす。
 ヒラギセッチューカはユウキを軽く睨んで、それでもう一度キュウを睨む。
 
 ルカはそれらを前に、黙りこくって紅茶をすする。
 いつも思うが、ルカはなぜ、こういうときになると傍観ぼうかんてっするんだ?
 普通は止めるか、もっと慌てるかだと思うんだが。まあいいか。そういう性根のやつなんだろう。
 
 俺はヒラギセッチューカの方を向く。机の右端みぎはしと向かい側の左端ひだりはし。ちょっと遠い距離きょりだからと、俺は声をさる。

「うるせぇ。ちょっとはだまれよ!」
 
「るっさいよ無知蒙昧むちもうまい

 ヒラギセッチューカが悪いのに、生意気にも反抗してきた。
 俺は悪くないのに、なんで悪口言われなきゃなんないんだ。ムカつく。

 机に手をかけ軽く飛ぶ。机に膝をつき、飛んだ勢いそのままにヒラギセッチューカへ向かう。
 片方の手をちゅうに上げ、勢いよく下ろした。

「いっ、た」

 音はしなかった。仮面を殴ったからか、手にはかた感触かんしょくが残って少しだけ痛かった。
 殴られたヒラギセッチューカは頬に手を当て、こちらを見ている。こちらもヒラギセッチューカに冷たい視線を返した。

「ぉぃおいおい! お前ら何やってんだ!」

 ユウキが俺達の間に入って、俺とヒラギセッチューカを交互に見る。

「というか、机に座るとかお行儀悪いよ、ヨウ」

 は。そう返してやると、殴られると思ったのかルカは黙る。

「ヨウ。座りなさい」

 俺とヒラギセッチューカの間に腕が割って入る。太くて力強い手。たぶん、俺より強い力をだせるだろう。
 腕の主は、俺のとなりに座るユウキだ。
 間に入られては何も出来ない。けどあやまりたくもないし、なんか座りたくもない。

「仕方ないだろ。止まらなかったんだから」
 
「他に、穏便おんびんにすます方法はあっただろ?」

 攻撃こうげき的なこちらに対して、ユウキはさとすように言った。その温度差に、話しているだけで自分がおろかに感じてしまう。恥ずかしい。
 ユウキと話していると、大人と話しているみたいに自分の子供っぽさが露呈ろていする。
 これ以上恥ずかしくなりたくない。俺は、素直すなおに机からおりた。

「ヒラギも、ちゃんとキュウに謝れよ」

 えー。ヒラギセッチューカは不貞腐ふてくされてそっぽ向く。

「謝れよ、な?」

「絶対にムリ。てか私いけないことした? むしろヨウに殴られたヒガイシャー」

 いいから謝れよ。元はと言えばお前が悪いんだからな。

「ヒラギ謝りなさい」

「やだ」

「ヒラギ」

「やだ」

 同じ問答が続く。俺たちは何を見せられているんだ。商店街しょうてんがいで駄々こねる子供と、それをあやす親でも見ているみたいだ。

「キュウだって何もしてないのに、いきなり問い詰められて可哀想とは思わねーのか」

 
  4.>>43

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.43 )
日時: 2023/12/22 20:39
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: umLP3brT)

 

  4


「いや、こっちにも事情はある、し。けど、ネクタイ掴んだのは、ちょっと、控えようかな、て思っても──」

 数分後、落ち着いたヒラギセッチューカによって謝罪がなされる。
 俺は和菓子を頬張りながらそれを聞いていた。
 ヒラギセッチューカにしては珍しく言葉を濁らせていて俺は、
 
「何ゴニョニョ言ってるんだ。『ごめんなさい』だろ」

 と、痺れを切らして言った。ヒラギセッチューカは声にならない声で額に手を当てる。

「ごめん、な、さい」
 
「ぼっ、僕は大丈夫だよ。怒ってくれてありがとう、えっと。ヨウ君」

 キュウは嫌な顔一つしないどころか、そう笑ってヒラギセッチューカをフォローした。キュウは優しいな。見ていて癒される。

「〔半妖〕、か。聞いた事無いがどういう種族なんだ?」

 ユウキの質問に自然と体が強ばる。
 何気ない質問かもしれないが、事情に寄っては答えるのが億劫な人もいる。俺もその中の一人だ。
 けれど〔半妖〕とアッサリ答えたこともあるし、キュウは割と種族とか気にしないタイプなのかもしれない。
   
「えっと、前例が少ないらしいから僕も良く知らないんだ。生きてた人間が生き返った結果――って聞いたかな。僕はそんな記憶全くないんだけどね」

 ヒラギセッチューカもユウキも、他人の事情に踏み込む神経の鈍さは褒められたものじゃない。
 が、俺も気になってしまって敢えて黙って、話を聞かせてもらった。

 一度死んだ人間が生き返る――そんな魔法も現象も聞いたことがない。
 対象の存在を消す【存在抹消】の魔法や、魂を消滅させる【深淵魔法】とか。
 禁忌とされた魔法は山ほどあるが知っている限りだと、その中にも生き返りの魔法などない。

「死んだ者を生き返らせ、る」

 ヒラギセッチューカが考える仕草をし、呟く。
 何か知ってるのだろうか。なんて、らしくもなくヒラギセッチューカに注目してみる。
 
「で、できるの?」

 そう聞いたキュウを軽く睨むも、軽く頭を振ってヒラギセッチューカは答える。
 
「理論上は可能、とは噂に。でもま、無理だろうね。魂の扱いに関してはあの夜刀でさえ苦い顔する分野だし、というか夜刀でも難しい」

 場には唯ならぬ雰囲気が漂って、みな口を閉じた。
 特に何も考えず話したらしいヒラギセッチューカは俺達の顔を見て、

「え、何?」

 戸惑いの声を上げた。
 ヒラギセッチューカは変なとこは博識なのに、一般常識は空っきしらしい。仕方なく、俺は教えてやる。
 
「〔ディアペイズ一級魔術師〕の夜刀様でも難しいって聞いて、驚かない奴は居ないだろ」

 あ、そっか。納得するヒラギセッチューカは自体の深刻さに気付くのが遅い。
 
 〔ディアペイズ一級魔術師〕
 優秀な魔法使いに送られる称号だ。その中でも一級。簡単に言うと世界一の魔法使いということだ。
 魔素量も知識もトップレベルの夜刀様でさえ難しいということは、誰もできないことを指す。

「あの人肩書き持ちすぎでしょ」

 ルカがウンザリした様に呟く。それぐらい凄いお方って事だよ。
 コーヒーカップに手をかける。
 未知のものには興味があるが、〔半妖〕とか生き返りとか自体には興味が無いから、この話は退屈だ。
 なんて顔に出ないようポーカーフェイスでコーヒーをすする。ぬるい。

「夜刀様でも不可能なら、〔半妖〕ってなんなんだろ」

 ボソッとキュウが呟く。
 
「学院長を超える現象や存在があってもおかしくないんじゃない? もしかしたら、世界規模だと学院長は大した事ない存在かもしれないよ?」
 
「なんでそんな意地悪言うのぉ。ヒラギセッチューカ君……」

 あれ、違和感。
 何故キュウは、ルカの事は“ちゃん”を付けていたのに、ヒラギセッチューカは“君”と呼ぶのか。認識阻害で性別が分からないからか──。
 
 キュウの違和感は他にもある。
 自身の素性や種族を問われても嫌な顔一つせず話すし。学院生なのに学院長を“学院長”ではなく“夜刀様”と呼ぶ。
 第一、コイツ臭い。ヒラギセッチューカと同じで薬臭い。

 気のせいだろうか。気のせいだな。
 匂いとか喋り方とかを怪しむなんて失礼だし、キュウは種族の話題に寛容なだけだろう。
 とことん優しいな、キュウは。いい人だ。

「まあ、自然現象とかそんなんだろ」
 
「それが妥当そうだよなぁ」

 俺の呟きをユウキが返す。
 自然現象で人が生き返るなんて聞いたことがないが、世界には判明してない現象で溢れかえっているだろうし。そんな感じのだろ。
 
     5.>>44

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.44 )
日時: 2023/12/25 20:41
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: u4eDShr6)


 5


 そういえば店内が静かだ。
 さっきまで聞こえていた外の鳥のさえずりも聞こえない。違和感を覚えた俺は口を開く。

「なあ、やけに静かじゃないか?」

 俺の一言に四人は周りを見渡す。
 辺りの色が薄くなり、白い霧が出始めている。
 と、ユウキが青い顔をする。起こる異変。ヒラギセッチューカが焦った声色で言った。

「妖怪の結界に入ってる」
 
「──は」

 思わず声を上げる。
 〔都市ラゐテラ〕だけに発生する謎の存在、〔妖怪〕。
 〔陰陽師コース〕のヒラギセッチューカはこんな事態にも慣れているのか、素早く椅子から立ち上がり、俺たちに言う。

「早く店から出ないと。広い所まで避難」

 ヒラギセッチューカの言葉に、ルカもキュウも俺も椅子から立つ。
 〔妖怪〕って存在は知っているが、遭遇するのは初めてだ。らしくもなく心臓が早鐘を鳴らしている。
 
「ま、って。俺、」

 ユウキは何故か立たず、歪んだ表情で俺たちを見ていた。
 こんなユウキ見たことない。なんだか苦しそうで、思わず立ち止まって聞く。

「どうした?」 
 
「〔妖怪〕は、無理なんだ」

 ユウキは〔妖怪〕が苦手なのか? そんな青い顔をするぐらい?
 ふと思い出す。妖怪に触れると起こる〔魔素逆流〕という存在を。
 経験した者は、激痛のあまり廃人になったりトラウマで引きこもりになったりする、らしい。
 と、ヒラギセッチューカがユウキを素早く俵担ぎする。

「ちょっ、ヒラギ?!」

 ルカが驚きの声を上げる。
 
「話はあとあと。早く行くよ!」

 ヒラギセッチューカの焦った声に背中を押されて、俺達は店を出て、走り始めた。
 外に出ると街は白霧に沈んでいた。
 空は深い青色が広がっている。白い小さな光の数々が空を包んでいて、まるで夜みたいだ。
 真昼の晴れのはずなのに、薄暗い。非自然的な景色でゾクッとする。

 〔妖怪〕に遭遇したら、〔都市ラゐテラ〕各地に設置される避難所に行くのが良いんだが。
 広い学院都市の避難所なんて覚えていない。
 ならば〔妖怪〕と遭遇しても逃げやすい、広い場所に行った方がいい。ヒラギセッチューカはそう判断したんだろう。
 先頭のヒラギセッチューカを追いかけて、丘下の広場に着く。
 やっぱり。なんて思いながら広場の真ん中へ俺達は走る。

「ここら辺で陰陽師を待とうか。〔妖怪〕が来ても魔法はうっちゃダメだよ。吸収される。」

 ユウキを寝かせながらヒラギセッチューカは言う。

「ヒラギ、私達どうすれば良いの?」

 俺たちは広場の真ん中でしゃがみこむ。そんな中、ルカが聞いた。
 
「そーだなぁ。〔陰陽師〕の人が来るまで待つしかない、かな?」

 まあそうだろう。〔妖怪〕なんて俺達〔縹〕がどうにかできる問題じゃない。
 ヒラギセッチューカの言う通り、待つしか俺達ができることは無いな。

「ヒラギセッチューカ君は戦えないの?」
 
「ランク〔ツェーン(10)〕だから、戦闘は禁止に近い非推奨」

 〔ツェーン〕が〔妖怪〕に勝てる訳がないしな。
 何となくヒラギセッチューカの胸にある、若草色のリボンに視線を移す。

「ねぇ、なんかその先の道から。変な、感じがする」

 キュウは広場から伸びている、複数の道の一つを指さす。変な感じとはまた抽象的な。

「変な感じって?」

 とルカが聞くと、キュウは必死で自分が感じたことを言語化しようと、難しい顔をする。
 
「なんと言うか、魔素がぐちゃぐちゃに絡まった塊のような物が──」

 魔法に関しては素人の俺は、そんなの感じられない。
 けど本能が危険、と訴えかける。道の先から何かが来ている。多分、〔妖怪〕だ。
 と、俺達の話をきいたヒラギセッチューカが「よっこらせ」と立つ。

「ユウキを任せる。ゲロ吐くかも知れないけど大目に見てあげて」

 ゲロを吐く、てどういう事だ。嫌な予感しかしないぞ。まあ頭の片隅に置いておくか。
 横になっているユウキに視線を移す。
 やはりユウキは体が大きい。ブレッシブ殿下のようにガッチリしている訳じゃないけど、少し悔しい。
 うらやめしい目でユウキを見るのは辞めよう。俺はヒラギセッチューカに視線を移す。

「戦うつもりか? 禁止なんだろ」

「禁止に近い“非推奨”だから。セーフセーフ」

 全然セーフじゃねぇよ。
 
『シロ──』

 地の底から響く不気味な声――いや音。
 反射的に前を見る。そこには、巨大な黒い塊があった。
 幾つもの手足が生え、目玉が身体中に付いている、不気味な黒い塊。周りの建物より遥かに高い。
 真っ黒な体は黒いモヤがかかっていて、うぞうぞと蠢いているのが気持ち悪い。
 
 ちょっと目を離しただけとはいえ、こんな巨体に近付かれて気付かない筈がないのに、何で俺は気が付かなかったんだ。
 これが、妖怪──

「いやいや無理だってこれは……」

 ヒラギセッチューカが半笑いで弱音を吐く。
 コイツのふざけた弱音なんて今までもよく聞いた。しかし、こんな状況で吐かれると不安になってしまう。
 怖い。
 それは妖怪に対しての物じゃなくて、この黒い巨大な。正体不明の物体に対しての物だった。

『シロオォッ!!』

 妖怪が巨大な体から、無数の手を伸ばす。
 ヒラギセッチューカはジャンプ。跳び箱みたいに腕を飛び越え、木刀を刺す。ちぎる。
 その動きは余りにも洗練されていた。どうやったらそんな動きができるんだと、思わず目を見開く。

「何ぼーっとしてるの。早く逃げましょうよ!」

 焦っているからか、ルカは微妙に早口だった。ルカは立ち上がっていて逃げる準備万端だ。
 ヒラギセッチューカを置いて逃げるのか? 俺的にはヒラギセッチューカがどうなろうと構わないが。
 でも、置いて逃げるのは、ホラ、なんか、違うだろ……。

「俺は、ヒラギセッチューカに加勢するぞ」

「はぁ? ヒラギ嫌いな癖に、加勢する必要なんてないでしょ」

「そう、だけど……」

 誰かに守られてそのまま逃げるなんてのは、ダメって部類に入るだろ?
 性格が悪いとか、道徳的にダメとか。そんなことしたら、みんなに嫌われるし蹴られる。

「でも、俺は行くぞ」

 一人の人間として正しい選択は、ヒラギセッチューカに加勢することだろう。
 それが一番人間って感じがする。
 あと、ほら。俺らのせいでヒラギセッチューカが廃人になったら気分悪いし。
 
 ルカはキュウに視線を移す。キュウも「僕も逃げれないかな」と苦笑いする。
 みんなが残るというのに一人で逃げるというのは流石にする度胸がないらしく、ルカはムスッとした顔でその場に居座った。

「イチ、ニ、サン──ロッコ」

 ふと、〔妖怪〕を見つめるキュウが呟く。
 ロッコ? 六個? 一体なんの事だ? 無表情で〔妖怪〕を見つめるキュウは生物とは思えなくて、ゾッとする。

「あと一つある。ヨウ君、戦うんだよね」

 さっきまでのポヤポヤしていたキュウとは打って変わって、真剣な声色だった。
 ちょっとたじろいでしまう。それでも「あ、ああ」としっかり返事した。

「君の手札を教えて。〔加護〕でも〔適正魔法〕でも得意な魔法でも。僕がサポートする」


 6.>>45

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.45 )
日時: 2023/12/26 20:03
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: TPJwhnvu)


 6


 深呼吸。瞳をとじて外界の情報をなるべくシャットアウトだ。意識の底、俺の奥の奥にある、芯のような何かを感じる。
 エネルギーを体に回してくれ。そう願う。いや、願いとはちょっと違うかもしれない。手や足を動かすみたいな、命令に近い。
 芯にあるエネルギーを、肉体にまわす。
 ホットミクルを飲んだときみたいに、体が芯から温まる感じがする。

「キュウ、〔加護〕を発動させた」

 後ろにしゃがむのはルカとキュウ。ユウキは倒れ込んでいて何も言わないから、多分気絶している。

「りょうかい」

「それより、さっきの。〔妖怪〕があと一体いるってのは本当なのか?」

 作戦会議中に聞いたキュウの発言を思い出して、聞いてみる。
 〔妖怪〕はヒラギセッチューカと戦っているアイツしか見当たらない。
 二体目の〔妖怪〕がいるというのは、にわかに信じられないのだ。

「うん。この結界はカケラナナコ分の大きさだ。ヒラギセッチューカ君が相手してるのはロッコだから、イッコ足りない」

 分かったような、分からないような。
 “カケラ”とやらの数と結界の大きさは比例するってことか? そして〔妖怪〕はその“カケラ”を持っている。
 まず“カケラ”ってなんだよって話なんだが。

「そのイッコとかロッコとかってなんだ? 数字?」

「今は知らなくていいよ」

 追究されたのが嫌だったのかキュウは冷たかった。さっきまでは優しかったのに。
 でも、意味深なこと言うキュウが悪いと思う。

「ヨウ君後ろ!」

 キュウが鋭い言葉。
 意味がわからなくても危機がせまっている気がして振り向く。

『シィ、ロ』
 
 ヒラギセッチューカの反対側。そこに、黒い霧におおわれた『何か』がいた。
 人型をしていて身長は俺よりも高い。ユウキぐらいだ。
 全身真っ黒で、ちょっと透けているかも。煤で体を作ったみたいだ。チラチラと、体から黒煙がでている。
 ズル、ズルと。スライムを引きずるような音。足を引きずってこちらに近づいてくる。

「ヨウ君。あれが二体目の〔妖怪〕だよ」

 言われなくても分かっている。〔妖怪〕と戦うのははじめてだ。軽く身構える
 と、〔妖怪〕の腰から二本の腕が生える。
 うねうねと芋虫みたいに蠢き、俺の方へ向かってくる。
 腕に生える三本だけの指がひらく。
 俺の顔目前まで迫る。
 そこで、俺は軽く右に移動。耳元で腕がすれ違う。それを、俺は思いっきり掴んだ。

「──」

 〔魔素逆流〕は、起こらない。
 よっし。なんて言葉が漏れる。
 掴んだ腕は思ったよりヘナヘナだ。紙粘土でも掴んでいるみたい。〔加護〕の力を使い、思いっきり腕をにぎる。ブチ。そんな音をたてて〔妖怪〕の腕は切れた。

「キュウの言った通りだ!」

 弾む心とは裏腹に、ちぎった腕は黒煙をあげて寂しそうに消える。
 俺の後ろに座るキュウは、ニッコリ笑ってガッツポーズ。

 俺の〔加護〕は、魔素の量と筋力を一時的に増幅させるもの。
 そこでキュウは予想した。体の魔素量を飽和させたら、〔魔素逆流〕を防げるんじゃないかと。
 砂とかを精一杯押し固めたら、吸引器で吸えなくなるだろ? あれを体の中で再現しろとの事だった。
 魔素を固めるって言ったって、固めるための水がない。そう言ったら、キュウは「砂はあくまで例えだよ」と苦笑いしていた。
 ちょっとよく分からない部分もあるが、大方理解したつもりだ。
 
『シィロー!』

 〔妖怪〕の叫び声。たくさんの声色が重なったみたいなその不快音に、思わぶ耳を塞ぎたくなる。
 しかし怯む時間はない。
 再び腕が伸びてきた。今度は二本。
 複数本も同時に、どう対処するんだ。
 微かに不安が沸き上がる。
 俺は不安の元となる疑問を払拭して、〔妖怪〕の方へ走った。

 まず、先に伸びてきた腕を掴む。
 思いっきり引きちぎろうと力を入れる。と、足元に二本目の腕が伸びてきた。
 慌ててジャンプ。
 我ながら上手い回避だ。
 ほのかに達成感が広がる。
 片足で着地して、思いっきり振りかぶる。
 握っている腕を一本背負いする。と、力に耐えられなくなった腕は、俺に投げられる前にブチ、と切れた。
 
 よっし。と前を向くと、次は三本の腕が〔妖怪〕の腰から生える。さっき千切らなかった腕とあわせて四本だ。
 腕は切っても切っても生えてくる。四本同時はさすがに相手できない──!
 勝ち目が薄いと思った瞬間に悪寒が走る。
 助けてくれ。縋るようにキュウの方をみる。

「が、頑張って!」

 座り込むキュウが言ったのは、それだけだった。
 策は無い。その事実にふつふつと怒りが込み上げてくる。
 さっきサポートするって言ったじゃないか。嘘吐き。
 複数の腕の対処法などかんたんに出せるものじゃないが、それでも「頑張って」はないだろ。
 どうしたら良いかって聞きたかったんだよ!

 キュウを殴ってやりたかった。が、〔妖怪〕を前にそんな余裕はない。

 キュウの話だと〔妖怪〕は核を破壊すれば倒せるらしい。
 あの〔妖怪〕の核は、大きな一つ目がギョロリとある頭だとか。少なくとも胴体に近付かなければならない。
 でも近付けない。
 腕のリーチが長すぎるんだ。
 どうしたものか。そう悩むと不安が込み上げてくる。
 本当に勝てるかとか、〔魔素逆流〕に会うんじゃないかとか。
 溢れる恐怖に充てられるのが嫌で、また疑問ごと頭から消し去る。
 とりあえず走ったらいいんだ!

 勢いをつけて駆ける。また腕が向かってきた。
 足を掬おうとしてくる腕や、手を広げて俺を掴もうとかかってくる腕。
 もう何も考えず、体の主導権を反射神経に渡す。

 軽くジャンプで腕を避ける。
 顔をもたげて腕をかわす。
 左に大股一歩行ってかわす。
 俺とすれ違う腕を掴み、切る。
 今のところいい調子だが、何か考えて行動しているわけじゃない。
 全て反射神経だより。そこに理論などない。
 だからこそ不安だ。いつまでこの腕に対処できるか。ミスせず行動できるか。
 じんわりと焦燥感が滲みでてくる。

 ふと、ブーツ越しに掴まれる感覚がする。ひぁ。声が出た。
 下を向くと、影の塊みたいな真っ黒の腕が、俺の足を掴んでいた。

「──ぁ」

 力を入れられる。引きずられる。
 この程度の力なら踏ん張って耐えられるだろう。
 そう踏んだ瞬間に、無慈悲にも俺の足と地面はさようならした。

 7.>>46

 

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.46 )
日時: 2024/01/12 17:16
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: WUYVvI61)


 体が倒れる。レンガに肩が強く打ち付けられた。ガン、と骨の鈍い音がする。
 痛いと思うまもなく腕に引きずられる。
 制服越しにレンガのザラザラが伝わる。擦り合う。軽く火に炙られているような痛みが続く。

「ぐ、うぅっ!」

 痛いなんて言いたくなくて堪える。
 腕はまだまだ俺を引きずる。
 胴体の方に向かっていると思っていたがそうではない。なんだかどこに向かっているのか分からなくなる。
 スピードが早くなる。周りの建物が通り過ぎて残像をつくる。
 何がどうなってる? ここはどこ? 俺は、どうなってるの?
 その疑問にアンサーしてくれる視覚情報はない。
 ふと、体が浮いた。頭にボーッと血が溜まって、遠心力が働いていることに気付く。
 
 俺、ぶん回されてる──。
 
 空が見えた。
 夜の青と昼の青の、ちょうど間ぐらいの深い青色。
 ハレーションを起こすには至らない星光がチリカスみたいに散らかっている。
 ふと、空気を吸う。風きり音をだして耳元を通り過ぎる空気は冷たいのに、吸う空気は生あたたかい。
 ──ああ、綺麗だな。

 
「あがっ」


 世界を割るような衝撃がやってくる。背中から壁に衝突して、肺の空気が一気に外へいく。
 その勢いに乗せられ、唾液もレンガに飛び散った。
 ドクドクドク。何度も爆発音をならす心臓が痛い。

「かっ、ぁっ」

 衝撃が強すぎて肺がフリーズしている。
 息が吸えない。
 背骨はナイフで傷付けられたみたいに痛くて動けない。
 力が入らなくて、体は自然と横に倒れた。
 苦しい。手も足も、ちょっと動かしただけで熱湯をかけられたみたいに熱くなる。
 〔加護〕を使ったからか筋肉痛になっているみたいだ。

「くっ、そ」

 動け、体。命令したら動くものの、やってくる痛みに理性が耐えられない。
 うっすら、人影が視界の奥に見える。〔妖怪〕だ。
 腰から生える腕が、こちらへやってくる。

 まずい。ことままだとまた掴まれる。しかし体は動かない。
 今の俺ではここが限界だと、筋肉痛が絶叫する。
 ヒラギセッチューカはもっと大きい〔妖怪〕と戦えているっていうのに、俺はこの〔妖怪〕を倒すどころか胴体に一撃も入れられていない。
 隔絶した差を見せつけられた気がして、悔しみが溢れ出して止まらない。
 ヒラギセッチューカより下にいるという変えようもない事実が心臓を食い破る。
 クッソ。そんな言葉しかでない自分にも、嫌気がさす。

 目の前で、黒い手のひらが開いた。今は〔加護〕も 発動していない。
 このままじゃ〔魔素逆流〕が──

 ガキ。地面と何かが擦れ合う音。俺の視界いっぱいに広がっていた黒は、黒煙をだして空気に溶けた。
 何が起こった。
 周囲を見渡してみると、俺の目線と同じ高さに木刀が転がっていた。

「少年、勇気あるね」

 目の前に現れたのは二つの足だった。白皙の肌の生足がちょっと赤く染っている。
 ゆっくり見上げてみると、そこにいたのはヒラギセッチューカだった。

「でも〔ツェーン〕が〔妖怪〕に挑むのは、ちょっと無理があると思うよ?」

 ヒラギセッチューカがこちらを振り向いてうっすらを笑みを浮かべる。
 巨大な〔妖怪〕と戦っていたはずなのに、ヒラギセッチューカは汗一つかいていない。
 同じ〔ツェーン〕のはずなのに。同じ〔縹〕のはずなのにっ! いけ好かない。

「──お前も〔ツェーン〕だろうが!」

 燻る怒りそのままに叫んでみるも、ヒラギセッチューカは「まあね」と笑いやがる。
 なんで笑うんだよ。もっと嫌そうな顔をしろよ。
 俺ぽっちじゃ、ヒラギセッチューカの苦い顔すら引き出せない。その事実が心臓をかき混ぜて、気持ちが悪い。
 
「なんで手にブーツなんてつけてんだよ」

 俺は悪意と共に吐いた。
 本来足に付けるブーツを、ヒラギセッチューカは手につけている。悪いことでは無いが変ではある。

「まあ、いいじゃん」

 ヒラギセッチューカはまともに答えなかった。と、〔妖怪〕からまた腕が生える。
 それは弓矢の如くヒラギセッチューカへ向かう。
 ヒラギセッチューカは軽くかわした。
 すれ違う〔妖怪〕の腕を、両手のブーツで掴んだ。
 馬鹿じゃないのか? 〔妖怪〕は触れただけで〔魔素逆流〕が起こるのに。
 今後の展開が想像できてざまあみろという気持ちと、俺を守る人がいなくなる不安が共に襲う。
 しかしその展開は一向に訪れない。
 ヒラギセッチューカは呻いても喚いてもいなかった。
 さっきから浮かべる笑みのまま、ブチ、と〔妖怪〕の腕をちぎる。
 なんで〔魔素逆流〕が起こらない。そう疑問を口にする前に、

「ヒラギちゃんからのアドバイス」
 
 ヒラギセッチューカが口を開いた。

「学院のブーツは、〔魔素〕を通さないんだよ」

 そうか。そのブーツ越しに〔妖怪〕に触れているから、ヒラギセッチューカは〔魔素〕を吸われずに済んでいるんだ。
 また腕が伸びる。
 ヒラギセッチューカはそれをかわし、胴体へ走る。

『シィロオォッ──!』

 〔妖怪〕の金切り声。
 攻撃を全ていなしてしまうヒラギセッチューカに、恐怖でも覚えているようだった。 
 その金切り声は、本来は俺に向けられるものだったのに。俺を怖がって欲しかったのに。
 ヒラギセッチューカなんかより、もっと俺を強いと思って欲しかったのに。

 〔妖怪〕から数多の腕が現れる。
 パッと見で数えられない。
 俺の時は、そこまで本気を出して戦わなかったくせに。
 ヒラギセッチューカは側転。〔妖怪〕の腕を跨いで着地する。とちょっとジャンプして宙で一回転。
 その流れだけで、ヒラギセッチューカは十以上の腕を躱した。
 ヒラギセッチューカと〔妖怪〕の直線上には、さっき落ちてきた木刀が転がっていた。ヒラギセッチューカはまた側転。
 足の親指で木刀を掴み、覗く太ももごとそのまま、

「ごめんね」

 〔妖怪〕の頭に、振り下げた。

『シィッ、シロォォッ──!』

 ぐにゃりと〔妖怪〕の目玉が木刀で歪んでいる。ぐちゃ。
 泥が落ちたような音がして、〔妖怪〕は真っ二つになった。
 断面は真っ黒で、外側と何ら変わらない。〔妖怪〕は膝から崩れ落ちれる。

『ホシ、カッタ、ノ──』

 プツプツと煙が現れる。それは上昇するにつれ個々の色を持つ玉となり、淡い光を放って空へ消えた。
 〔妖怪〕の結界も崩れる。
 空を覆っていた五十パーセント透明度の夜は、これも溶けるように消えた。
 空に広がるのは茜色だ。
 さっきまであった夜は、今度は東の空から現れている。
 
 結界が崩れるということは結界内の〔妖怪〕が全て消えたってことだから──ヒラギセッチューカが、〔妖怪〕を二体倒したということ。
 なんで、ヒラギセッチューカなんかがそんな事できるんだ。
 なんで俺じゃあ、〔妖怪〕ぽっちにも敵わないんだ。
 何故、こんな屑が力を持ちやがってるんだ。
 俺の方が、その力を有効活用できるっていうのに。その力にふさわしいって言うのに。

「ああ、最初のおっきい〔妖怪〕は倒しといたから」

 今更なことをヒラギセッチューカは言う。
 消える結界を見れば誰にでもわかる。わざわざ言わなくていいんだよクソ魔女。
 その情報は無用だ。そう冷たく言い放ってやりたいのに、今は口を動かす体力すらない。
 全身に電流が流れているみたいに痛い。そんな中、僅かに残る体力でヒラギセッチューカを睨む。

「あー〔加護〕で動けないんだ。ごしゅーしょーさまー」

 倒れる俺の前にヒラギセッチューカは座った。頬杖をついて、ムフフと笑って見下してくる。
 何がおかしい。汚い赤目でこっち見んじゃねーよ白髪が。
 怒りだけが胸でフツフツと湧き上がって、口に出せないのがもどかしい。

「ヒラギ」

 呼ばれてヒラギセッチューカは振り向く。
 ルカが俺たちに影を落としていた。