ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.41 )
日時: 2023/12/13 19:34
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: /YovaB8W)

 
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 ズズズ。鼻息を思いっきりして中身をだす。拾ってもらったハンカチを使ってそれを拭き取った。
 真っ白なハンカチが薄く黄色くなった。ちょっと気持ち悪い。洗濯せんたくしたら綺麗きれいになるだろ。
 そう、俺は見て見ぬふりをしてハンカチをたたみ、ポケットに入れた。
 むらさき肌の少年の方をみると、なんだか顔を顰めている。何かあっだろうか。まあいいか。

「ごめん、助かった」

「あ、う、うん。怪我はなさそうで何よりだよ」

 そう、少年はさわやかに笑った。
 廊下ろうか呆然ぼうぜんとしてしまった俺は、少年につれられてちかくの公園こうえんまでやってきた。
 ベンチにすわり、それでも感情をおさえきれなかった俺を、少年は今の今までなぐめてくれていた。
 見ず知らずの俺にここまでしてくれるなんて、と思い出したらまた泣きそうだからやめよう。

 はなの中に溜まっていたものが無くなって息を吸う。
 さわやか、とはほど遠いしめっぽい空気がのど奥に向かって、もっとジメジメした空気を口からだす。

「悪いな。付き合わせちゃって」

「全然! そんなことないよ。むしろ、役に立てたなら嬉しいよ!」

 そう、少年は満面まんめんの笑みを浮かべた。
 初めは二重の意味で異色いしょく容姿ようしおそろしく思ったが、意外と悪くなく思えてきた。
 そういえば、少年はなぜ俺に話しかけられたのだろうか。
 俺が玫瑰秋まいかいと ようであることを知らない? いや、俺の噂(‪うわさ)が広がっているのは一部の貴族きぞくの間だけだ。この少年は貴族きぞくうわさが届かない、もっと世俗せぞく的な人間なのかもしれない。
 少年は、あ、そうだ。と思い出したようにこぼす。なんだろうと思っているとこちらに顔を向け、胸に手を当てる。

「自己紹介がまだだったね」

 そういえばそうだ。俺も少年もおたがいの名前を知らないままだ。
 僕の名前は。続けて少年は言った。

「《大黒 104-9》。〔はなだ〕の二十五クラスだよ。キュウって呼んで」

 104-9。そして、大黒。心臓がドクンとはねた。
 俺は、この名前を知っている。厳密げんみつに言うと、この名前の形を知っている。
 “大黒”という苗字は〔夜刀やつの教〕に保護ほごされた、苗字みょうじをもたない者に付けられる。
 夜刀様が学院長を務めるこの学院では良く見かけて、〔司教同好会しきょうどうこうかい〕のヒナツ先輩もそうだ。
 
 そして“104-9”──名前に番号を持つ者は、殆どが奴隷どれい
 近年、奴隷制度どれいせいど人権じんけんがどうのこうの倫理りんり道徳どうとくがうんたらかんたらで、奴隷どれい自体が減少傾向げんしょうけいこうにある。が、ゼロになった訳じゃない。
 特に〔王都おうとネニュファール〕はそこら辺が緩いし、そーゆー事する大人は確実な証拠しょうこをかくすのが上手い。
 奴隷どれいでなかったら改名できるだろうし、この少年は現役げんえき奴隷どれいだろう。主の意向で学院に通えているのか、はたまた学院に入学できるほどの実力者か。
 どっちみち〔王都おうとネニュファール〕出身の者だろうと見当がつく。
 ちょっとめんどうくさいヤツだな。あつかいに困る。それでも、ハンカチを拾ってくれた親切な少年だ。
 なるべく傷つけたくないし、見放されたくもない。
 
「よろしく。俺は玫瑰秋まいかいと よう、一クラスだ。よろしく、キュウ」

 手を差し伸べると、むらさきのはだが握り返してくる。
 氷水につけた布みたいに、キュウの手がぺったりはりついてきた。冷たくてちょっとびっくり。見た目だけじゃなく、体の性質せいしつも変わっているのだろうか。

「え、キュウ?」

 ふと声がした。高いナチュラルボイス。聞き覚えのあるその声に、反射的はんしゃてきに振り向いた。
 長い金髪きんぱつを高いところでふたつに結ぶ褐色肌かっしょくはだの少女。とがった耳が特徴的なエルフ、ルカだ。

「あ、ルカちゃん!」

 キュウがルカに手をふる。どうやら二人は知り合いだったらしい。
 ルカはトコトコと早足で、それでも遅いほうだが駆けてくる。

「めずしい組み合わせ……。てかうわっ、ヨウ目はれてるじゃん」

 ルカがあからさまに苦い顔をした。そんなに俺の顔はひどいのだろうか。はたまた、はれ具合から何があったかをさっして引いているのか。
 どっちも嫌だが、どっちもありえる。

「うるせぇよ」
 
 泣いていたと思われるのはプライドが許さなかった。心の底からの嫌悪けんおを吐き出して、自分の弱い部分をかくす。
 ルカはしばらくだまりこみ、人をさせるんじゃないかってぐらいするどい目でみつめてきた。心臓に冷気が吹きかけられる。

「というか、今日の放課後は喫茶店きっさてん集合だったじゃん。何こんなところで油売ってんの?」

「そういうルカこそ。ずいぶんとおそい帰りじゃないか」

 冷える空気。ピリピリと静電気が走るみたいな雰囲気。俺とルカはしばらくにらみ合って、険悪なムードが続く。

「ご、ごめんっ。ヨウ君は僕が引き止めたんだ!」

 と、キュウが暗い雰囲気ふんいきをうちやぶった。
 あっそ。ルカはふいっと俺から目をはなす。ざまあみやがれ。
 キュウに引き止められたわけじゃないし、むしろ俺が引き止めた側だがいう必要はないだろう。

「というか、事情はわかったから早く行きましょ」

 そうルカは話題を変える。俺からしたら話題を逸らしたみたいにみえて、優越感ゆうえつかんが胸に広がってたまらない。
 
 今日はユウキ、ルカ、あとあの白髪と喫茶店で話し合うことになっている。議題ぎだいは〔強制遠足〕の班員についてだ。
 近々行われる学年行事、〔強制遠足〕。
 五人以上、七人以下で一つの班として認定され、自由に班を組むように先生に言われている。
 そこで俺、ルカ、ユウキ、ヒラギセッチューカは同じクラス、そしてちょっぴりはぐれ者ということもあり自然と集まった。が、俺たちは四人。最低でも一人足りない。
 そこでルカは、勧誘かんゆう先に一人、心当たりがあると言った。
 今日は、その人との顔合わせもかねての喫茶店きっさてん集合となっている。

 朝こわした時計のかわりも買わなきゃ行けないし、ちゃっちゃと行ってちゃっちゃと帰ろう。
 そうベンチから立ち上がると、キュウも立ち上がる。
 たまたま動きがシンクロして面白いなー、なんて思っていたら俺もキュウもおなじ方へ歩く。
 歩幅ほはばも歩数も手をふる向きも見事に同じ。俺たちが向かうのはルカの背中だ。
 ちょっとビックリしてキュウの顔をみる。ちょうどキュウも立ち止まり、俺をみていた。
 なんだか予感がして、俺はルカに問いかける。

「なぁ、ルカ」

「何」

 不機嫌ふきげんそうにルカは振り向く。もうちょっと愛想あいそがあってもいいじゃないか。

「俺たちの班に入るのって、もしかしてキュウ?」

 となりのキュウを指さしてみる。ルカは特に表情筋ひょうじょうきんをくずすことなく、難なく答えた。

「そうだけど?」 


 3.>>42