ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.42 )
日時: 2023/12/13 19:34
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: /YovaB8W)

 

  3


 木材の特殊とくしゅな香りがする。俺の足元を照らす太陽の光は、ステンドガラスによって鮮やかな赤色になっていた。
 香ばしい香りがするコーヒーを一口すする。
 思ったより熱くて舌が焼けそうになるも、慌てるのはカッコ悪くて恥ずかしかったから、平気なフリして水を飲む。バレてないよな。たぶん大丈夫。

 おかの上の、ヒラギセッチューカがバイトをしている喫茶店きっさてん
 俺の向かい側にはルカ、キュウ、ヒラギセッチューカの順で並んでいて、となりにはユウキが座っている。
 俺のななめ右。一番遠いところにヒラギセッチューカがいるのは何か意図を感じる。

「大黒 104-9、です。班にいれてくれてありがとう」

 キュウが改めて自己紹介をする。
 喫茶店きっさてんに着くとユウキ、ヒラギセッチューカがもう着いていて、そのまま流れでキュウを班員として迎えることになった。
 これで〔強制遠足〕には参加ができるな。けれど、なにか胸につっかえるものがある。

「なぁ、〔強制遠足〕って何の行事だったっけ」

 漠然ばくぜんとした違和感いわかんでぼーっとしながら、疑問ぎもんをこぼしてみる。ルカは口に含んでいたクッキーをごくんと飲みこみ、嫌な顔。

「えー、話聞いてなかったの?」

「うるせぇ」

 もちろん話は聞いていた。
 〔司教同好会しきょうどうこうかい〕の一件もあり、それはもう耳に穴が空くぐらい真剣に聞いた。〔強制遠足〕について聞き込みだってした。
 えられた情報は、〔強制遠足〕をに退学する〔はなだ〕生徒が多いこと。りょうの清掃のおじさん達は「それぐらい大変ってことかねぇ」なんてボヤいていた。

「〔強制遠足〕は〔都市ラゐテラ〕周辺に生息する魔獣まじゅう。〔化け狸〕がもつ魔石を集める〔はなだ〕の学年行事。それだけ」

 ルカが分かった? と俺に聞いたから、わかったと軽く返す。
 そう、魔石ませき集め。それが〔強制遠足〕の内容だ。名の通り遠足。長距離になるから“強制”がつく。それだけ。
 
 ヒナツ先輩やエルザ先輩が意味深いみしんなことをいっていた割には、普通の行事なのだ。〔化け狸〕は強い魔物でもないから、難易度なんいどが高いとも思えない。
 えられた情報と、先輩たちの反応にひどい温度差がある。そこが、違和感。
 
 しかしこれ以上調べようにも調べる先がない。
 先生、近所の人、清掃せいそうのおじさんやおばさん。聞けそうな人は全部まわったのだから。
 これ以上考えてもでないものはでないんだから、考えたって仕方ない。
 そう、頭にまとわりつく違和感いわかん払拭ふっしょくする。

「それでぇー、一つ」

 と、ヒラギセッチューカが手を挙げた。今の彼女は狐面を被っている。
 ルカとユウキは知り合いということもあり、ヒラギセッチューカを認識できているらしい。が、キュウ目線は、特段あげる特徴とくちょうもない平凡な生徒にみえているだろう。
 俺からは、ヒラギセッチューカが狐面を被っているようにしか見えないが。

 狐面は右目が閉じていて、左目があいている。
 そこからみえるヒラギセッチューカの瞳は真紅しんく色で、いつになく鋭い光を放っていた。

「大黒 104-9」

 ヒラギセッチューカの声はまっすぐだ。
 いつもは飄々としていて力の抜けた声なのに。
 なんだかただ事じゃない気がして、自然と背筋が伸びる。

「君、人間?」

 ヒラギセッチューカの問い。それは非常ひじょうにデリケートな領域りょういきみこむものだった。
 この世界、ディアペイズの社会は、沢山の種族が交わって暮らしている。
 
 それらを総称して人間。
 ヒラギセッチューカやユウキのような見た目をした種族を“ヒト”と呼ぶ。
 アラクネや獣人族など、パッと見でわかる種族もいれば、〔ヒト〕かどうか判断がつかない種族もいる。吸血鬼なんかが、そうだな。
 
 一方でキュウは、俺でも見たことがない種族だ。ヒトの形をしているが、ヒトじゃないとわかる見た目。
 正直不気味である。しかしそこはみこんではいけない領域りょういきだ。下手したら種族差別だとか思われて、関係がこじれる。
 
 なのに。
 コイツは軽々その領域りょういきに入り込みやがった。
 しかも土足で。
 相手を思いやる心とかないのかコイツ。
 恐る恐るキュウを見てみる。キュウは特段嫌な顔はしておらず、それでもうーんとうなって返答に困っていた。

「えっと、えっと。〔半妖はんよう〕とは、言われてるんだけ──」
 
「半分 妖怪ようかいって意味?」

 ヒラギセッチューカが食い気味に問う。その圧力に、キュウは泣きそうな顔で言葉を探している。
 
「わ、分からないよっ。そう言う意味、だとは、思うんだけど──」

 真っ黒な瞳をうるませて、キュウが口をモゴモゴとならす。
 ハンカチを拾ってもらった恩人ということもあり、その様子をみているとズキリと心が痛む。

「ふ、ざけんなっ──」

 ふるえたヒラギセッチューカの呟き。と、ヒラギセッチューカは、ルカを挟んでとなりにいるキュウのネクタイを掴んだ。
 ひえっ。とびっくりしたルカの悲鳴。連なるように、ヒラギセッチューカが叫ぶ。

「どういうつもりだ、キュウっ!」
 
 それはこっちのセリフだ。初対面の人の種族を聞いて、さらにえりまで掴むなんてどういうつもりだ。

「ヒラギ、ちょっと落ち着け。な?」

 ヒラギセッチューカの向かいに座るユウキ。
 彼はヒラギセッチューカの腕に手をやり、ゆっくりとキュウからはなす。
 ヒラギセッチューカはユウキを軽く睨んで、それでもう一度キュウを睨む。
 
 ルカはそれらを前に、黙りこくって紅茶をすする。
 いつも思うが、ルカはなぜ、こういうときになると傍観ぼうかんてっするんだ?
 普通は止めるか、もっと慌てるかだと思うんだが。まあいいか。そういう性根のやつなんだろう。
 
 俺はヒラギセッチューカの方を向く。机の右端みぎはしと向かい側の左端ひだりはし。ちょっと遠い距離きょりだからと、俺は声をさる。

「うるせぇ。ちょっとはだまれよ!」
 
「るっさいよ無知蒙昧むちもうまい

 ヒラギセッチューカが悪いのに、生意気にも反抗してきた。
 俺は悪くないのに、なんで悪口言われなきゃなんないんだ。ムカつく。

 机に手をかけ軽く飛ぶ。机に膝をつき、飛んだ勢いそのままにヒラギセッチューカへ向かう。
 片方の手をちゅうに上げ、勢いよく下ろした。

「いっ、た」

 音はしなかった。仮面を殴ったからか、手にはかた感触かんしょくが残って少しだけ痛かった。
 殴られたヒラギセッチューカは頬に手を当て、こちらを見ている。こちらもヒラギセッチューカに冷たい視線を返した。

「ぉぃおいおい! お前ら何やってんだ!」

 ユウキが俺達の間に入って、俺とヒラギセッチューカを交互に見る。

「というか、机に座るとかお行儀悪いよ、ヨウ」

 は。そう返してやると、殴られると思ったのかルカは黙る。

「ヨウ。座りなさい」

 俺とヒラギセッチューカの間に腕が割って入る。太くて力強い手。たぶん、俺より強い力をだせるだろう。
 腕の主は、俺のとなりに座るユウキだ。
 間に入られては何も出来ない。けどあやまりたくもないし、なんか座りたくもない。

「仕方ないだろ。止まらなかったんだから」
 
「他に、穏便おんびんにすます方法はあっただろ?」

 攻撃こうげき的なこちらに対して、ユウキはさとすように言った。その温度差に、話しているだけで自分がおろかに感じてしまう。恥ずかしい。
 ユウキと話していると、大人と話しているみたいに自分の子供っぽさが露呈ろていする。
 これ以上恥ずかしくなりたくない。俺は、素直すなおに机からおりた。

「ヒラギも、ちゃんとキュウに謝れよ」

 えー。ヒラギセッチューカは不貞腐ふてくされてそっぽ向く。

「謝れよ、な?」

「絶対にムリ。てか私いけないことした? むしろヨウに殴られたヒガイシャー」

 いいから謝れよ。元はと言えばお前が悪いんだからな。

「ヒラギ謝りなさい」

「やだ」

「ヒラギ」

「やだ」

 同じ問答が続く。俺たちは何を見せられているんだ。商店街しょうてんがいで駄々こねる子供と、それをあやす親でも見ているみたいだ。

「キュウだって何もしてないのに、いきなり問い詰められて可哀想とは思わねーのか」

 
  4.>>43