ダーク・ファンタジー小説
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.45 )
- 日時: 2023/12/26 20:03
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: TPJwhnvu)
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深呼吸。瞳をとじて外界の情報をなるべくシャットアウトだ。意識の底、俺の奥の奥にある、芯のような何かを感じる。
エネルギーを体に回してくれ。そう願う。いや、願いとはちょっと違うかもしれない。手や足を動かすみたいな、命令に近い。
芯にあるエネルギーを、肉体にまわす。
ホットミクルを飲んだときみたいに、体が芯から温まる感じがする。
「キュウ、〔加護〕を発動させた」
後ろにしゃがむのはルカとキュウ。ユウキは倒れ込んでいて何も言わないから、多分気絶している。
「りょうかい」
「それより、さっきの。〔妖怪〕があと一体いるってのは本当なのか?」
作戦会議中に聞いたキュウの発言を思い出して、聞いてみる。
〔妖怪〕はヒラギセッチューカと戦っているアイツしか見当たらない。
二体目の〔妖怪〕がいるというのは、にわかに信じられないのだ。
「うん。この結界はカケラナナコ分の大きさだ。ヒラギセッチューカ君が相手してるのはロッコだから、イッコ足りない」
分かったような、分からないような。
“カケラ”とやらの数と結界の大きさは比例するってことか? そして〔妖怪〕はその“カケラ”を持っている。
まず“カケラ”ってなんだよって話なんだが。
「そのイッコとかロッコとかってなんだ? 数字?」
「今は知らなくていいよ」
追究されたのが嫌だったのかキュウは冷たかった。さっきまでは優しかったのに。
でも、意味深なこと言うキュウが悪いと思う。
「ヨウ君後ろ!」
キュウが鋭い言葉。
意味がわからなくても危機がせまっている気がして振り向く。
『シィ、ロ』
ヒラギセッチューカの反対側。そこに、黒い霧におおわれた『何か』がいた。
人型をしていて身長は俺よりも高い。ユウキぐらいだ。
全身真っ黒で、ちょっと透けているかも。煤で体を作ったみたいだ。チラチラと、体から黒煙がでている。
ズル、ズルと。スライムを引きずるような音。足を引きずってこちらに近づいてくる。
「ヨウ君。あれが二体目の〔妖怪〕だよ」
言われなくても分かっている。〔妖怪〕と戦うのははじめてだ。軽く身構える
と、〔妖怪〕の腰から二本の腕が生える。
うねうねと芋虫みたいに蠢き、俺の方へ向かってくる。
腕に生える三本だけの指がひらく。
俺の顔目前まで迫る。
そこで、俺は軽く右に移動。耳元で腕がすれ違う。それを、俺は思いっきり掴んだ。
「──」
〔魔素逆流〕は、起こらない。
よっし。なんて言葉が漏れる。
掴んだ腕は思ったよりヘナヘナだ。紙粘土でも掴んでいるみたい。〔加護〕の力を使い、思いっきり腕をにぎる。ブチ。そんな音をたてて〔妖怪〕の腕は切れた。
「キュウの言った通りだ!」
弾む心とは裏腹に、ちぎった腕は黒煙をあげて寂しそうに消える。
俺の後ろに座るキュウは、ニッコリ笑ってガッツポーズ。
俺の〔加護〕は、魔素の量と筋力を一時的に増幅させるもの。
そこでキュウは予想した。体の魔素量を飽和させたら、〔魔素逆流〕を防げるんじゃないかと。
砂とかを精一杯押し固めたら、吸引器で吸えなくなるだろ? あれを体の中で再現しろとの事だった。
魔素を固めるって言ったって、固めるための水がない。そう言ったら、キュウは「砂はあくまで例えだよ」と苦笑いしていた。
ちょっとよく分からない部分もあるが、大方理解したつもりだ。
『シィロー!』
〔妖怪〕の叫び声。たくさんの声色が重なったみたいなその不快音に、思わぶ耳を塞ぎたくなる。
しかし怯む時間はない。
再び腕が伸びてきた。今度は二本。
複数本も同時に、どう対処するんだ。
微かに不安が沸き上がる。
俺は不安の元となる疑問を払拭して、〔妖怪〕の方へ走った。
まず、先に伸びてきた腕を掴む。
思いっきり引きちぎろうと力を入れる。と、足元に二本目の腕が伸びてきた。
慌ててジャンプ。
我ながら上手い回避だ。
ほのかに達成感が広がる。
片足で着地して、思いっきり振りかぶる。
握っている腕を一本背負いする。と、力に耐えられなくなった腕は、俺に投げられる前にブチ、と切れた。
よっし。と前を向くと、次は三本の腕が〔妖怪〕の腰から生える。さっき千切らなかった腕とあわせて四本だ。
腕は切っても切っても生えてくる。四本同時はさすがに相手できない──!
勝ち目が薄いと思った瞬間に悪寒が走る。
助けてくれ。縋るようにキュウの方をみる。
「が、頑張って!」
座り込むキュウが言ったのは、それだけだった。
策は無い。その事実にふつふつと怒りが込み上げてくる。
さっきサポートするって言ったじゃないか。嘘吐き。
複数の腕の対処法などかんたんに出せるものじゃないが、それでも「頑張って」はないだろ。
どうしたら良いかって聞きたかったんだよ!
キュウを殴ってやりたかった。が、〔妖怪〕を前にそんな余裕はない。
キュウの話だと〔妖怪〕は核を破壊すれば倒せるらしい。
あの〔妖怪〕の核は、大きな一つ目がギョロリとある頭だとか。少なくとも胴体に近付かなければならない。
でも近付けない。
腕のリーチが長すぎるんだ。
どうしたものか。そう悩むと不安が込み上げてくる。
本当に勝てるかとか、〔魔素逆流〕に会うんじゃないかとか。
溢れる恐怖に充てられるのが嫌で、また疑問ごと頭から消し去る。
とりあえず走ったらいいんだ!
勢いをつけて駆ける。また腕が向かってきた。
足を掬おうとしてくる腕や、手を広げて俺を掴もうとかかってくる腕。
もう何も考えず、体の主導権を反射神経に渡す。
軽くジャンプで腕を避ける。
顔をもたげて腕をかわす。
左に大股一歩行ってかわす。
俺とすれ違う腕を掴み、切る。
今のところいい調子だが、何か考えて行動しているわけじゃない。
全て反射神経だより。そこに理論などない。
だからこそ不安だ。いつまでこの腕に対処できるか。ミスせず行動できるか。
じんわりと焦燥感が滲みでてくる。
ふと、ブーツ越しに掴まれる感覚がする。ひぁ。声が出た。
下を向くと、影の塊みたいな真っ黒の腕が、俺の足を掴んでいた。
「──ぁ」
力を入れられる。引きずられる。
この程度の力なら踏ん張って耐えられるだろう。
そう踏んだ瞬間に、無慈悲にも俺の足と地面はさようならした。
7.>>46