ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.46 )
日時: 2024/01/12 17:16
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: WUYVvI61)


 体が倒れる。レンガに肩が強く打ち付けられた。ガン、と骨の鈍い音がする。
 痛いと思うまもなく腕に引きずられる。
 制服越しにレンガのザラザラが伝わる。擦り合う。軽く火に炙られているような痛みが続く。

「ぐ、うぅっ!」

 痛いなんて言いたくなくて堪える。
 腕はまだまだ俺を引きずる。
 胴体の方に向かっていると思っていたがそうではない。なんだかどこに向かっているのか分からなくなる。
 スピードが早くなる。周りの建物が通り過ぎて残像をつくる。
 何がどうなってる? ここはどこ? 俺は、どうなってるの?
 その疑問にアンサーしてくれる視覚情報はない。
 ふと、体が浮いた。頭にボーッと血が溜まって、遠心力が働いていることに気付く。
 
 俺、ぶん回されてる──。
 
 空が見えた。
 夜の青と昼の青の、ちょうど間ぐらいの深い青色。
 ハレーションを起こすには至らない星光がチリカスみたいに散らかっている。
 ふと、空気を吸う。風きり音をだして耳元を通り過ぎる空気は冷たいのに、吸う空気は生あたたかい。
 ──ああ、綺麗だな。

 
「あがっ」


 世界を割るような衝撃がやってくる。背中から壁に衝突して、肺の空気が一気に外へいく。
 その勢いに乗せられ、唾液もレンガに飛び散った。
 ドクドクドク。何度も爆発音をならす心臓が痛い。

「かっ、ぁっ」

 衝撃が強すぎて肺がフリーズしている。
 息が吸えない。
 背骨はナイフで傷付けられたみたいに痛くて動けない。
 力が入らなくて、体は自然と横に倒れた。
 苦しい。手も足も、ちょっと動かしただけで熱湯をかけられたみたいに熱くなる。
 〔加護〕を使ったからか筋肉痛になっているみたいだ。

「くっ、そ」

 動け、体。命令したら動くものの、やってくる痛みに理性が耐えられない。
 うっすら、人影が視界の奥に見える。〔妖怪〕だ。
 腰から生える腕が、こちらへやってくる。

 まずい。ことままだとまた掴まれる。しかし体は動かない。
 今の俺ではここが限界だと、筋肉痛が絶叫する。
 ヒラギセッチューカはもっと大きい〔妖怪〕と戦えているっていうのに、俺はこの〔妖怪〕を倒すどころか胴体に一撃も入れられていない。
 隔絶した差を見せつけられた気がして、悔しみが溢れ出して止まらない。
 ヒラギセッチューカより下にいるという変えようもない事実が心臓を食い破る。
 クッソ。そんな言葉しかでない自分にも、嫌気がさす。

 目の前で、黒い手のひらが開いた。今は〔加護〕も 発動していない。
 このままじゃ〔魔素逆流〕が──

 ガキ。地面と何かが擦れ合う音。俺の視界いっぱいに広がっていた黒は、黒煙をだして空気に溶けた。
 何が起こった。
 周囲を見渡してみると、俺の目線と同じ高さに木刀が転がっていた。

「少年、勇気あるね」

 目の前に現れたのは二つの足だった。白皙の肌の生足がちょっと赤く染っている。
 ゆっくり見上げてみると、そこにいたのはヒラギセッチューカだった。

「でも〔ツェーン〕が〔妖怪〕に挑むのは、ちょっと無理があると思うよ?」

 ヒラギセッチューカがこちらを振り向いてうっすらを笑みを浮かべる。
 巨大な〔妖怪〕と戦っていたはずなのに、ヒラギセッチューカは汗一つかいていない。
 同じ〔ツェーン〕のはずなのに。同じ〔縹〕のはずなのにっ! いけ好かない。

「──お前も〔ツェーン〕だろうが!」

 燻る怒りそのままに叫んでみるも、ヒラギセッチューカは「まあね」と笑いやがる。
 なんで笑うんだよ。もっと嫌そうな顔をしろよ。
 俺ぽっちじゃ、ヒラギセッチューカの苦い顔すら引き出せない。その事実が心臓をかき混ぜて、気持ちが悪い。
 
「なんで手にブーツなんてつけてんだよ」

 俺は悪意と共に吐いた。
 本来足に付けるブーツを、ヒラギセッチューカは手につけている。悪いことでは無いが変ではある。

「まあ、いいじゃん」

 ヒラギセッチューカはまともに答えなかった。と、〔妖怪〕からまた腕が生える。
 それは弓矢の如くヒラギセッチューカへ向かう。
 ヒラギセッチューカは軽くかわした。
 すれ違う〔妖怪〕の腕を、両手のブーツで掴んだ。
 馬鹿じゃないのか? 〔妖怪〕は触れただけで〔魔素逆流〕が起こるのに。
 今後の展開が想像できてざまあみろという気持ちと、俺を守る人がいなくなる不安が共に襲う。
 しかしその展開は一向に訪れない。
 ヒラギセッチューカは呻いても喚いてもいなかった。
 さっきから浮かべる笑みのまま、ブチ、と〔妖怪〕の腕をちぎる。
 なんで〔魔素逆流〕が起こらない。そう疑問を口にする前に、

「ヒラギちゃんからのアドバイス」
 
 ヒラギセッチューカが口を開いた。

「学院のブーツは、〔魔素〕を通さないんだよ」

 そうか。そのブーツ越しに〔妖怪〕に触れているから、ヒラギセッチューカは〔魔素〕を吸われずに済んでいるんだ。
 また腕が伸びる。
 ヒラギセッチューカはそれをかわし、胴体へ走る。

『シィロオォッ──!』

 〔妖怪〕の金切り声。
 攻撃を全ていなしてしまうヒラギセッチューカに、恐怖でも覚えているようだった。 
 その金切り声は、本来は俺に向けられるものだったのに。俺を怖がって欲しかったのに。
 ヒラギセッチューカなんかより、もっと俺を強いと思って欲しかったのに。

 〔妖怪〕から数多の腕が現れる。
 パッと見で数えられない。
 俺の時は、そこまで本気を出して戦わなかったくせに。
 ヒラギセッチューカは側転。〔妖怪〕の腕を跨いで着地する。とちょっとジャンプして宙で一回転。
 その流れだけで、ヒラギセッチューカは十以上の腕を躱した。
 ヒラギセッチューカと〔妖怪〕の直線上には、さっき落ちてきた木刀が転がっていた。ヒラギセッチューカはまた側転。
 足の親指で木刀を掴み、覗く太ももごとそのまま、

「ごめんね」

 〔妖怪〕の頭に、振り下げた。

『シィッ、シロォォッ──!』

 ぐにゃりと〔妖怪〕の目玉が木刀で歪んでいる。ぐちゃ。
 泥が落ちたような音がして、〔妖怪〕は真っ二つになった。
 断面は真っ黒で、外側と何ら変わらない。〔妖怪〕は膝から崩れ落ちれる。

『ホシ、カッタ、ノ──』

 プツプツと煙が現れる。それは上昇するにつれ個々の色を持つ玉となり、淡い光を放って空へ消えた。
 〔妖怪〕の結界も崩れる。
 空を覆っていた五十パーセント透明度の夜は、これも溶けるように消えた。
 空に広がるのは茜色だ。
 さっきまであった夜は、今度は東の空から現れている。
 
 結界が崩れるということは結界内の〔妖怪〕が全て消えたってことだから──ヒラギセッチューカが、〔妖怪〕を二体倒したということ。
 なんで、ヒラギセッチューカなんかがそんな事できるんだ。
 なんで俺じゃあ、〔妖怪〕ぽっちにも敵わないんだ。
 何故、こんな屑が力を持ちやがってるんだ。
 俺の方が、その力を有効活用できるっていうのに。その力にふさわしいって言うのに。

「ああ、最初のおっきい〔妖怪〕は倒しといたから」

 今更なことをヒラギセッチューカは言う。
 消える結界を見れば誰にでもわかる。わざわざ言わなくていいんだよクソ魔女。
 その情報は無用だ。そう冷たく言い放ってやりたいのに、今は口を動かす体力すらない。
 全身に電流が流れているみたいに痛い。そんな中、僅かに残る体力でヒラギセッチューカを睨む。

「あー〔加護〕で動けないんだ。ごしゅーしょーさまー」

 倒れる俺の前にヒラギセッチューカは座った。頬杖をついて、ムフフと笑って見下してくる。
 何がおかしい。汚い赤目でこっち見んじゃねーよ白髪が。
 怒りだけが胸でフツフツと湧き上がって、口に出せないのがもどかしい。

「ヒラギ」

 呼ばれてヒラギセッチューカは振り向く。
 ルカが俺たちに影を落としていた。