ダーク・ファンタジー小説
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.5 )
- 日時: 2023/12/13 19:32
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: /YovaB8W)
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ヒュンヒュン。耳元を大木がすれ違う。心臓が早鐘を鳴らしていて喉から飛び出してきそう。
魔法で宙を飛び、木々の間を縫うように飛ぶ少女がいた。金髪のツインテールに褐色の肌と、忘れてはいけない尖った耳。
《アブラナルカミ・エルフ・ガベーラ》と呼ばれる、エルフの少女だ。
アブラナルカミは最小限の荷物を背に、森を飛んでいた。
後ろには──
「シャァッ──!」
真っ黒で手足が無く、恐ろしいスピードで地面を這う生き物。そこら辺の大木よりも太くて大きい、〔黒蛇〕という恐ろしい〔魔獣〕が迫っていた。
水流のようになだらかに〔黒蛇〕は走る。と、急に首をもたげた。嫌な予感だ。
「うわっと!」
アブラナルカミは反射的に横へジャンプした。紫の液体が、アブラナルカミがいた場所に落とされる。
シュウッと、不気味な音がして地面が液状化してく。
明らかに毒魔法。当たったら終わりだ。そう、アブラナルカミの背筋に悪寒が走る。焦って魔法のスピードを上げる。けれどそろそろ体力も気力もなくなってきた。
目的である〔都市ラゐテラ〕まで、あとどれぐらいかかるのだろうか?
故郷から出て約二ヶ月、ずっと山中を旅している。なのに目的地に近づいている感覚がしない。
──もう少しで着くはずなのに、なんで街の気配もしないのよ。挙句の果てにこんな化け物にも襲われるなんてっ!
アブラナルカミは嘆きたい気持ちを抑え、唇を噛んで逃げることに集中する。
「あっ」
と、アブラナルカミが落ちる。何かの糸がプツンと切れたように、急に地面に落ちてしまった。
魔法が切れてしまったのだ。アブラナルカミは地面に転げる。
ちょっとしか浮いていなかったはずなのに、スピードが出ていたからか派手に転がった。
土の匂いがする。息が荒い。もう動きは止まったのに心臓がうるさい。
アブラナルカミは自分が思っていたよりも息切れしていて、滝のような汗をかいていた。
三月──いや、この世界では〔弥生の月〕と呼ぶべきか。
涼しい季節のはずなのに、真夏のように身体中から熱が溢れ出てくる。
「集中力切れた……」
魔法を使うためには集中力がいる。持続的な魔法は特にそうだ。〔黒蛇〕に追われてからずっと魔法を使っていたアブラナルカミは、集中力が切れてしまった。
〔黒蛇〕は獲物を仕留め満足そうに、ゆっくりとエルフに近付く。
「みっ、見逃して……」
アブラナルカミは無駄と分かりながらもお願いしてみる。
しかし〔黒蛇〕は止まらない。
威嚇のつもりか勝利宣言のつもりか、それとも意味などないのか。〔黒蛇〕はぺしゃっと、アブラナルカミの横に毒液を吐き出した。
──もう、終わりだ。
アブラナルカミは鉄板セリフを胸の内で吐く。けれど死の危機なんて直面したことが無いため、実感があまりなかった。周りも頭もボヤけて白昼夢でも見ているみたい。
それなのに、恐怖だけが脳を這いずりまわっていた。
〔黒蛇〕の真っ赤な口がアブラナルカミの視界を占めた。
呼吸が止まっているのに、心臓の音が厭に鮮明に聞こえる。
「熱い……」
アブラナルカミの呟きとほぼ同時だった。
今までの熱が嘘のように空気が冷たくなる。
何があったのだろうか。
〔黒蛇〕は氷像の様に固まって倒れてしまった。
いや、“氷像の様に”じゃない。〔黒蛇〕は本当に、氷漬けになっていた。辺りには最近溶けたはずの雪が積もっている。
「た、たすかっ……」
何がどうなっているか分からなくとも、自分が助かった事だけはわかるアブラナルカミ。嬉しさと共にゆっくりと立ち上がって、辺りを見渡す。と、一人の青年が目に入った。
肩までの眩しく輝く白銀の髪に、片方には恐ろしく透明な白い瞳が、もう片方には渦を描く濁った赤色の瞳が埋まっている。
顔のパーツが整った白皙の顔に、少し汚れた長袖を着ていた。
アブラナルカミに、〔黒蛇〕の時とは違う種類の悪寒が走る。
白い髪を持つ生物はこの世に存在しない。“ある人物”を除いて。
御伽噺に出てくる、最悪の存在〔白の魔女〕だ。魔女は大昔、この世界を滅ぼしたおぞましい存在である。
白髪は異質なんてものじゃない。存在自体が有り得ない。自然で発生する色彩じゃないのだ。
なんとおぞましい。そう、正常な人なら恐怖する。
しかし世間知らずかアブラナルカミは、眩しく輝くその青年に釘付けになってしまった。
「……ぁのっ!」
青年に見惚れていたことに気付いて、慌ててアブラナルカミは声を上げる。
青年はふい、と顔を逸らして狐面を被る。途端に、青年が霞んで見えるようになった。
「〔都市ラゐテラ〕はこっち。歩いて数分。〔ラゐテラ〕周辺の山は〔黒蛇〕の生息地だから、気をつけて」
そう、青年は西の方を指さす。そして指を指した方向へ歩いていってしまう。
──待って、お礼言ってない!
アブラナルカミは追いかけようと立ち上がる。まだ一歩も歩いていないのに、青年は溶けるように消えてしまっていた。
あ。とアブラナルカミはか細い声をだす。
アブラナルカミは他人には無関心な方だ。いつもなら、ついさっき会った人などすぐ忘れてしまう。しかし、ともに義理堅い。
命を救ってくれた青年を、アブラナルカミは簡単に忘れることができなかった。
青年は〔都市ラゐテラ〕に向かって行った。いつか再開できるだろうか。
──できますように。
そう、アブラナルカミは願う。そして西の方へ走った。みるみる木々が少なくなり、遂には無くなる。いつの間にか丘の上の草原にいた。
「こんな近くに街があったなんて。もしかして私、〔ラゐテラ〕の周囲ずっと回ってたんじゃ? 通りで着かない筈ね」
自嘲したアブラナルカミは、崖の下の街へ視線を向ける。
和風でどこか懐かしく思える街が、奥の奥の奥まで広がっている。街の向こう側が見えないぐらい、とても大きな街の景色が広がっていた。
ディアペイズ五大都市の一つである〔ラゐテラ〕
ディアペイズ一大きい都市である。
風が心地よい。空気が美味しい。人々が住む街というのは、アブラナルカミには新鮮だった。
──ここが、私が住む街。
アブラナルカミの胸に感動が広がって目頭がツンとする。
「私はっ、アブラナルカミだあぁー!」
ここから始まる自分の人生に、自由に、世界に、アブラナルカミは快哉を上げた。
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