ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.5 )
日時: 2023/12/13 19:32
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: /YovaB8W)

  0


ヒュンヒュン。耳元を大木がすれ違う。心臓が早鐘を鳴らしていて喉から飛び出してきそう。
 魔法で宙を飛び、木々の間を縫うように飛ぶ少女がいた。金髪のツインテールに褐色の肌と、忘れてはいけない尖った耳。
 《アブラナルカミ・エルフ・ガベーラ》と呼ばれる、エルフの少女だ。
 アブラナルカミは最小限の荷物を背に、森を飛んでいた。
 後ろには──

「シャァッ──!」

 真っ黒で手足が無く、恐ろしいスピードで地面を這う生き物。そこら辺の大木よりも太くて大きい、〔黒蛇〕という恐ろしい〔魔獣〕が迫っていた。
 水流のようになだらかに〔黒蛇〕は走る。と、急に首をもたげた。嫌な予感だ。

「うわっと!」

 アブラナルカミは反射的に横へジャンプした。紫の液体が、アブラナルカミがいた場所に落とされる。
 シュウッと、不気味な音がして地面が液状化してく。
 明らかに毒魔法。当たったら終わりだ。そう、アブラナルカミの背筋に悪寒が走る。焦って魔法のスピードを上げる。けれどそろそろ体力も気力もなくなってきた。
 
 目的である〔都市ラゐテラ〕まで、あとどれぐらいかかるのだろうか?
 故郷から出て約二ヶ月、ずっと山中を旅している。なのに目的地に近づいている感覚がしない。
 ──もう少しで着くはずなのに、なんで街の気配もしないのよ。挙句の果てにこんな化け物にも襲われるなんてっ!
 アブラナルカミは嘆きたい気持ちを抑え、唇を噛んで逃げることに集中する。

「あっ」

 と、アブラナルカミが落ちる。何かの糸がプツンと切れたように、急に地面に落ちてしまった。
 魔法が切れてしまったのだ。アブラナルカミは地面に転げる。
 ちょっとしか浮いていなかったはずなのに、スピードが出ていたからか派手に転がった。
 土の匂いがする。息が荒い。もう動きは止まったのに心臓がうるさい。
 アブラナルカミは自分が思っていたよりも息切れしていて、滝のような汗をかいていた。
 三月──いや、この世界では〔弥生やよいの月〕と呼ぶべきか。
 涼しい季節のはずなのに、真夏のように身体中から熱が溢れ出てくる。

「集中力切れた……」

 魔法を使うためには集中力がいる。持続的な魔法は特にそうだ。〔黒蛇〕に追われてからずっと魔法を使っていたアブラナルカミは、集中力が切れてしまった。
 〔黒蛇〕は獲物を仕留め満足そうに、ゆっくりとエルフに近付く。

「みっ、見逃して……」

 アブラナルカミは無駄と分かりながらもお願いしてみる。
 しかし〔黒蛇〕は止まらない。
 威嚇のつもりか勝利宣言のつもりか、それとも意味などないのか。〔黒蛇〕はぺしゃっと、アブラナルカミの横に毒液を吐き出した。
 ──もう、終わりだ。
 アブラナルカミは鉄板セリフを胸の内で吐く。けれど死の危機なんて直面したことが無いため、実感があまりなかった。周りも頭もボヤけて白昼夢でも見ているみたい。
 それなのに、恐怖だけが脳を這いずりまわっていた。

 〔黒蛇〕の真っ赤な口がアブラナルカミの視界を占めた。
 呼吸が止まっているのに、心臓の音が厭に鮮明に聞こえる。

「熱い……」

 アブラナルカミの呟きとほぼ同時だった。
 今までの熱が嘘のように空気が冷たくなる。
 何があったのだろうか。
 〔黒蛇〕は氷像の様に固まって倒れてしまった。
 いや、“氷像の様に”じゃない。〔黒蛇〕は本当に、氷漬けになっていた。辺りには最近溶けたはずの雪が積もっている。

「た、たすかっ……」

 何がどうなっているか分からなくとも、自分が助かった事だけはわかるアブラナルカミ。嬉しさと共にゆっくりと立ち上がって、辺りを見渡す。と、一人の青年が目に入った。
 
 肩までの眩しく輝く白銀の髪に、片方には恐ろしく透明な白い瞳が、もう片方には渦を描く濁った赤色の瞳が埋まっている。
 顔のパーツが整った白皙の顔に、少し汚れた長袖を着ていた。

 アブラナルカミに、〔黒蛇〕の時とは違う種類の悪寒が走る。 
 白い髪を持つ生物はこの世に存在しない。“ある人物”を除いて。
 御伽噺に出てくる、最悪の存在〔白の魔女〕だ。魔女は大昔、この世界を滅ぼしたおぞましい存在である。
 白髪は異質なんてものじゃない。存在自体が有り得ない。自然で発生する色彩じゃないのだ。
 なんとおぞましい。そう、正常な人なら恐怖する。
 しかし世間知らずかアブラナルカミは、眩しく輝くその青年に釘付けになってしまった。

「……ぁのっ!」

 青年に見惚れていたことに気付いて、慌ててアブラナルカミは声を上げる。
 青年はふい、と顔を逸らして狐面を被る。途端に、青年が霞んで見えるようになった。

「〔都市ラゐテラ〕はこっち。歩いて数分。〔ラゐテラ〕周辺の山は〔黒蛇〕の生息地だから、気をつけて」

 そう、青年は西の方を指さす。そして指を指した方向へ歩いていってしまう。
 ──待って、お礼言ってない!
 アブラナルカミは追いかけようと立ち上がる。まだ一歩も歩いていないのに、青年は溶けるように消えてしまっていた。
 あ。とアブラナルカミはか細い声をだす。
 
 アブラナルカミは他人には無関心な方だ。いつもなら、ついさっき会った人などすぐ忘れてしまう。しかし、ともに義理堅い。
 命を救ってくれた青年を、アブラナルカミは簡単に忘れることができなかった。
 青年は〔都市ラゐテラ〕に向かって行った。いつか再開できるだろうか。
 ──できますように。
 そう、アブラナルカミは願う。そして西の方へ走った。みるみる木々が少なくなり、遂には無くなる。いつの間にか丘の上の草原にいた。

「こんな近くに街があったなんて。もしかして私、〔ラゐテラ〕の周囲ずっと回ってたんじゃ? 通りで着かない筈ね」

 自嘲したアブラナルカミは、崖の下の街へ視線を向ける。
 和風でどこか懐かしく思える街が、奥の奥の奥まで広がっている。街の向こう側が見えないぐらい、とても大きな街の景色が広がっていた。

 ディアペイズ五大都市の一つである〔ラゐテラ〕
 ディアペイズ一大きい都市である。

 風が心地よい。空気が美味しい。人々が住む街というのは、アブラナルカミには新鮮だった。
 ──ここが、私が住む街。
 アブラナルカミの胸に感動が広がって目頭がツンとする。

「私はっ、アブラナルカミだあぁー!」
 
 ここから始まる自分の人生に、自由に、世界に、アブラナルカミは快哉を上げた。
 

 1.>>6

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.6 )
日時: 2023/03/26 18:49
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)

《白い初桜》

 1
 
 カンカンカンカン

 遠く、遠いようで近い所から聞きなれた甲高い金属音が聞こえる。
 俺は無意識に利き手である右腕を振り下ろしたがそこには何も無かった。
 いつもならここに腕を振り下ろしたら鳴り止むはずなのに、金属音は未だ響いている。

 おかしい。いや、違う、ここは……

 少しずつ頭がスッキリしていき、そこで思い出した。ここはいつもの俺の家では無い。
 ここは──

 チャリンッ!

 音と共に金属音がなり止む。
 時間は午前六時、二分ぐらいか?
 
 柔らかい、シワが入ったベッドに知らない天井。
 昨日用意した気がする制服。
 窓の外は丁度日が登り始めていた。

 ここはこの世界──ディアペイズにある五大都市の一つ〈都市ラゐテラ〉
 その中央に位置する学院都市の寮。

 そしてこの学院都市に位置する学校の名は〈白蛇桜夜刀しろへびさくらやつの学院〉
 名前がとても長く覚えずらい。基本的に〈夜刀やつの学院〉と呼ばれている。
 面積、生徒数、知名度、教育水準。挙げだしたらキリがない”世界一”を持っている名門校だ。

「問題は無いな」

 俺はスタンドミラーを見つめ体を少し捻ってみる。
 目の前には黒髪に黒い目。この歳になっても抜けない童顔。短い立て襟マントに、袴に似た構造の制服を着た、見慣れた少年が映っていた。

 玫瑰秋マイカイト  ヨウ 十五歳

今日から夜刀学院に入学する者である。

 俺は指定である革ブーツを履いて扉を開ける。
 部屋を出ると、俺と同じ新入生である生徒達でごった返していた。
 
 明るい未来についての雑談が沢山聞こえ、俺まで気分が明るくなる。
 その雑談に耳を引っ張られながら階段を降りて、一階の食堂に向かう。
 
 食堂はかなり広く、千人入るのではないかと思うほど広かったが、それでも入り切らないぐらい人が多く、俺は仕方なく寮の外に出る。

 醤油や木、水蒸気、何かを焼いている匂いが意識しなくとも鼻の中に入ってくる。
 その匂いはずっと室内で過ごしていた俺にとっては新鮮で、共にどこか懐かしく感じた。

 これが和の匂いだっけか。
 旅行雑誌に書いてあったんだよな。

 寮の敷地を出ると優しそうなおじさんおばさん達が箒で掃除をしている。

 学院都市は、〈都市ラゐテラ〉の中に、夜刀学院の校舎を中心に作られた街。
 一般人も住んでいるし店もあれば観光地にもなってたりする。”学院都市”と言われているものの、普通の街と特段変わらないのだ。
 基本的に学院の生徒は学院都市から出ることは出来ないが。

 掃除をするおじいさん達の横を通るところで、声をかけられる。
 
「おやぁ新入生の子かな? おはよう」
「あ、おはようございます」

 俺は話しかけられるとは思っておらず、怯みながらも挨拶を返した。
 おじさん達は満足そうな顔で笑い、こっちの心も暖かくなる。

「朝早く登校なんて元気だねぇ。朝ごはんは食べたかい?」
「いや、食堂が混んでて……」
「そりゃ行かん! 学院へ行く途中に美味しい肉まん屋さんがあるんだ。これ割引券」
「えっ」

 おじさんは俺が拒否する前に俺の手に無理やり割引券をねじ込む。
 すると、掃除していた他のおじさんおばさんもやって来くる。

「あらぁ新入生? おばちゃんの割引券もあげる!」
「ワシのもやる! あそこの焼きもちは絶品で」
「ここの焼き鳥も」

 気付けば俺の手には沢山の割引券や無料券で溢れかえっていた。
 しかも驚くことにどれも食べ歩ける物だ。

「えっと、あの!」

 一通りおじさん達に割引券を貰った後、結構大きな声で呼んだ。
 おじさん達は何事かと俺の方を見る。

「ありがとうございます!」

 俺がそういった後、後ろの誰かから背中を叩かれる。

「おうってことよ!」
「朝飯食うんだぞ!」
「行ってらっしゃい!」

「いってきます!」

 フレンドリーなおじさん達の温かみに触れながら、俺は満面の笑みで夜刀学院への大通りを走り出した。

 ──桜の花弁が散っている。

 学院都市の至る所に植えられた桜は、少しの風で数枚の花弁を落とす。
 薄桃色と青色の空を眺めていると、あっという間に夜刀やつの学院の校舎に着いていた。

 「入学式」と書かれた大きな立て看板がある鉄の校門。
 洋風の城のような校舎と、黒瓦を乗っけた和風の校舎が遠目で見える。
 和風なのか洋風なのかイマイチ分からない感じが笑える。
 
 門前で保護者と写真撮影をしている生徒を横目に、俺はレンガの床を踏みしめた。
 校舎への道には桜の木が沢山植えられており、観賞用の小川に和風の橋がかけられている。

「御入学おめでとうございます!」

 玄関の前には俺と同じ制服を着た人達が六名ほど並んでいた。きっと先輩方だろう。
 門から玄関までは結構遠いが、焦らず景色を楽しみ、ゆっくりと歩を進める。

 視界の八割を埋めるのは、咲いて間もない桜の花々。
 散る花びらの数は少なく、空を見ると綺麗な絵の具で塗ったような、澄んだ青色がハッキリと見える。
 
 期待、不安、喜びに安心。
 沢山の感情が心の中でぐちゃぐちゃに混ざっている。けど、不思議と黒い負の感情はなく、白く綺麗な感情達が混ざっていく。

 今の感情は一言で簡単に表せるようなものでは無いが、鼻につく言い方で表してみればきっと。
 この桜の花々のように、遠目で見れば綺麗な白に見えているのだろう。
 
 2.>>7

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.7 )
日時: 2023/03/26 18:50
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)

 
 2

 ◇◇◇

 二千人の生徒とその保護者を入れてもまだ余裕がある程広い館内。
 木製の椅子に座る生徒の一人である俺は、舞台から視線を外さない。

「──生徒指導 兼 寮長である私からは以上だ」

 そう〈ユリウス・アルフォルター〉と名乗った”黒い人”である女性教師は、話を締めた。

 現在は俺たち新入生を迎え入れる式典である入学式。様々な教師や責任者が挨拶という名のテンプレ挨拶を話し、去って行く。
 同じような内容に飽きて寝そうになるが、俺はそんな不真面目な事はしない。

 それに、次の話は──

「あー、ああー。聞こえてるかなこれ……。おっほん!」

 長髪の黒髪に紅い目。それらが映える白皙の肌を持つ長身の人物がボソボソと何か言っている。

 音声拡張が出来る魔法がかかった道具──魔道具である〈マイク〉は、その呟きを正確に察知して館内に広げた。
 今のところ、式典で緊張感の無い言葉を発信しただけの間抜け者だ。

 しかし、そんなことをしても許されるのがこの方である。

「生徒諸君!」

 深く深く意識に滲み込む、自然と意識が引っ張られるような威勢のよい声だ。

 俺含め、生徒全員の視線がステージの上の人物に集まる。

「俺の名前は夜刀 月季。 知る人ぞ知るこの夜刀学院の学院長だ」

 1400年前に〈白の魔女〉を封印したとされる英雄の一人。現時点ディアペイズ──世界最強であるお方。
 俺たち生徒は勿論、教師に騎士に都市長。国王でさえ簡単には逆らえない重鎮なお方だ。
 
「えーっと、澄んだ晴天と初桜が春の始まりを伝える今日、都市ラゐテラ市長様、略、対魔都市トレジャラー市長様をはじめ、多くのご来賓の皆様のご臨席のもとに、蛇白桜夜刀学院 第千四百回入学式を挙行できますことはこのうえない喜びであります。心からの感謝と御礼を申し上げます」

 学院長は胸ポケットから細長い折りたたんだ和紙を取り出す。
 陽気な挨拶は生徒の気を引くためのものだったのか、棒読みで他教師と変わらない挨拶と始める。

 式典が始まってから伸びっぱなしの背筋は、不味い麺のようにだるい感覚が襲っていた。
 今の生徒たちの言葉を代弁すると退屈──だろう。
 
「本校は今年で創立千四百年となり、創立のきっかけは皆様ご存知〈皙の――」

 それを、学院長は破った。
 
「あぁ! やめやめやめ! 今日でこれ聞くの何回目だ耳にタコができるわ!」

 突然、カンペだった和紙をビリビリに破いて宙に舞わせる学院長。
 そして、生徒たちの気持ちを代弁した。
 
 何事かと口を開く俺たち生徒。その様子を呆れながら見つめる先生やご来賓。
 その視線なんて気にせず学院長は器用に演台に登った。
 それを咎める者は居ない。咎められない。

 今まで静かだった館内にざわめきが波打つ。
 驚きの声もあるが、それよりも大きいのは期待と、退屈な時間が破られた事への喜びの声。

 けれど、俺は違った。
 何やってんだコイツ──という軽い軽蔑の感情が湧いていた。

「さぁさぁ皆様ご注目う!
 舞台に立ち居るは、学院長や警団総監などの肩書き欲張りセットの持ち主”夜刀やつの 月季げっか
 長話嫌いだから端折って簡単に言っちゃうと”とんでもなくすごくウルトラスーパーハイパー”すげぇ人だ!」

 全てを包み、抉り、凍りつく空気。
 
 さっきの知的な挨拶をした人物とは思えないほど語彙が低下した言葉を放った学院長は、微笑んで空に人差し指を挙げた状態で停止していた。

 その剽軽な発言に皆、反応に困ってか口を閉じている。
 俺は、学院長の威厳の無さに呆れを越えて軽く見下していた。

 しかし、あのお方は学院長という名の他、ディアペイズの治安維持をする〈夜刀警団やつのけいだん〉を統率する頂点である”総監”に、一番信仰される〈夜刀教やつのきょう〉の教祖にして教皇。その他様々の肩書きを持っているのだ。
 
 そう簡単に見下しちゃ行けないのは、俺も分かっている。理性でだが。

「……ブハッ!」

 綺麗な白紙をぐちゃぐちゃに握りつぶしたような汚い笑い声が一つ。
 それが微かに空気を溶かし、学院長は微笑みを崩さず「こほん」と咳払いする。
 
「そして、この学院が目指すものは一つ! 個性の魔法能力を磨き、魔素量を増幅させること!」

 学院長は自身の滑った挨拶を無かったことにし、今までで一番強調された言葉を放った。

「君たちが持った個性、『魔法の色』を存分に輝かせてくれ!」

 学院長は宙に拳を突きつける。言葉に緩急はあるものの、初めから微笑みの鉄仮面は外れていない。

 そこが、少し不気味だ。

 軽蔑が不審に変わり、俺は眉を歪ませて呂色の学院長を見る。
 しかし、そんな不審はそう長くもたなかった。
 
「次に……ちょっ、ちょっとま! まだ続いてるから! まってまってユリウス!」

 すると、先程舞台に上がっていたの”黒い”見た目をしたユリウス先生がステージに上がる。
 そして、学院長が乗る演台を力強く蹴った。
 ガンッ! という鈍い音で演台が揺れる。
 
 と言っても流石〈夜刀ヤツノ〉というべきか、学院長は揺れる演台から華麗に飛んで着地した。
 そこは慌てて落ちても良いと思う。

 それでも、ユリウス先生に襟を捕まれ、ステージから無理やりずり落とされた。

 小言を言う学院長に、それを制するユリウス先生と、その様子を唖然と見守る人々。
 そして、耳が良い俺だからこそ聞こえる、誰かの雪のような忍び笑い。

 それらをかき消すように司会者は言った。
 
「それでは次に参ります。新入生代表挨拶。ブレッシブ・エメラルダ・ディアペイズ!」
「はいっ!」

 他の生徒や先生とは違う、ハキハキした返事。
 次はその声が空気を弾いて、俺達の緩んでいた背筋を伸ばした。

 カツカツと学院指定のブーツが床を叩く音が大きくなってく。
 翠玉色の短髪と同じ色の瞳を持つ、只者ではないと素人でも分かる体つきの青年が、俺の席の横を通り過ぎた。

 ブレッシブ・エメラルダ・ディアペイズ
 元皇太子で今代の勇者である。

 王族の上、他の生徒とは違い”勇者”という肩書きを持つ。
 新入生代表には最適の人物であろう。

「あ、ごめーん。新入生代表挨拶する人変更でー!」

 すると、学院長が司会者のマイクを奪い取り言った。
 神聖な場であるのに無作法な事をまだする学院長には、流石に腹が立ってくる。
 
 生徒達は驚いてザワザワし始め、キリッとした格好でステージへ歩いていたブレッシブ殿下も驚きで固まっていた。

「何言ってんだお前!」
「学院長……そのような予定は……」
「困りますっ!」

 先生達も予想外のようで、真面目に学院長を止めるためにマイクを奪おうとする。
 しかし、無駄に強い学院長は先生達を軽くいなしてしまう。
 そして微笑みを崩さずに改めてマイクを構える。
 
「改め! 新入生代表ヒラギセッチューカ・ビャクダリリー!」
『誰?』
 
 考えるよりも先に声に出てしまい、急いで口を両手で抑える。でもそれは他の生徒も同じようで、声が綺麗に重なった。

「……え?」

 すると、白銀のような細く高く美しい声が一つ上がった。タイミング悪く、皆が静かになった時に声を上げてしまったようで会場全体に響く。

 ”ヒラギセッチューカ・ビャクダリリー”
 その名前に俺は首を傾げた。そんな名前一度も耳にしたことが無かったからだ。
 それは俺が無知だからという訳では無いようで、他生徒も、教師でさえ首を傾げていた。

 学院長が指名するからには、ブレッシブ殿下よりも立派な生徒なのだろうが……。
 どうも不信感が拭えない俺は、そう胸の言葉を濁した。

「ヒラギセッチューカ・ビャクダリリー!」
「聞いてません」

 学院長がステージに上がることを急かすように名前を呼ぶ。しかし、呼ばれた本人ですら慌てているようだ。

 てっきりビャクダリリーと呼ばれた人物も知っているものだと思っていた俺は、余計学院長の行動を不審に思う。
 
「ヒラギセッチューカ・ビャ・ク・ダ・リ・リー!!!」

 しかし、学院長も負けじと圧をかけた大声で名前を呼んだ。
 
「聞いて……つっ……」

 ビャクダリリーは抵抗したが、諦めたのか椅子から立ち上がる音が聞こえる。
 そして、ブレッシブ殿下より軽い足音がし始めた。

「なぜ、お前なのだ──」

 俺の横にある通路で立ち止まっているブレッシブ殿下が呟く。
 それが気になり、俺はチラッと隣に立つ青年に視線を移した。
 
 堂々とした平行立ちで、列の後ろを睨むブレッシブ殿下。
 彼は表情を少し歪ませるも、直ぐ無表情になり、大人しく来た道を戻ってった。

 それと共に、不自然に後ろの方からざわめきが無くなっていく。

 そんなにビャクダリリーと呼ばれる生徒は凄いのだろうか?
 俺はブレッシブ殿下を不憫に思いながらも、試すように後方を一瞥した。

 そして、言葉が蒸発したように喉から無くなる。

 時が止まった世界で一人歩く生徒は、惚れ惚れするほど綺麗な動作で舞台に上がり、演台の前に立つ。
 そして、白皙に近い桃の唇を動かした。
 
「……あーえっと。
  本日は第千四百期生である私達のためにこのような豪華な式を開いて頂きありがとうございます」

 この世界──ディアペイズには大きくわけて七種類の〈魔法系統〉がある。
 その中から一個体に一種、特殊な場合二種。
 適正の魔法系統を持っており、瞳と毛色は適正系統が影響している。
 〈闇系統〉なら黒、〈岬系統〉なら青──と。

 だから、だからこそおかしい。
 異例、異質というレベルでは無い。
 ”有り得ない”のだ。

「様々な種族が集まるこの学院で、種族を越えた関係を……」

 窓から差し込む昼前の陽の光を受けて輝く白銀の肩ほどの髪。
 俺から見て左の目はそれと同じ色を持つ──いや、無色で反対側が見えそうな程不気味に澄んでいて、真っ直ぐと前を見ている。
 右の目は古血のようにドロドロとした紅がグルグルと渦巻いていて、焦点が合っていない左目。
 
 女の見た目をした生徒は、急に指名された癖に迷い無く淡々と挨拶をする。
 
 魔法系統の中に白色の魔法は存在しない
 昔話の〈白の魔女〉以外は──
 
 存在すら聞いたことも無いその容姿を見て、世界が揺れる。
 違う。俺の瞳孔が揺れてるんだ。

 本能が拒絶する容姿。
 理性が拒絶する声帯。
 運命が拒絶する存在。

 ヒラギセッチューカ・ビャクダリリーと言ったか。

 ──なんて、気色悪い笑顔なんだ

 一定のリズムで淡々と続く入学式は、ぼーっとしている間に終わってしまった。
 司会者が式典終了の合図である挨拶をすると、生徒らは保護者と共に式場を去ってゆく。
 また一人。また、一人と。

 しかし、俺は中身がない綿人形のように呆然と椅子に座っていた。
 白皙が立っていた舞台を見つめて。

 あの蛆虫よりも忌々しい薄ら笑いで火傷した脳で。
 
 3.>>8

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.8 )
日時: 2023/03/26 18:50
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)


 3

 ◇◇◇

「なんだったんだ……」

 入学式の会場から出た俺は、そう呟いた。
 なんというか、全体的に濃い入学式だったな。主に学院長のせいで。

 俺はもう一度ため息を吐いて辺りを見渡す。

 入学式を終えてから三十分程は休憩時間。という名の保護者との思い出作り時間だ。
 数え切れない程の人々が〈カメラ〉と呼ばれる魔道具を持って、桜並木の下で騒いでいる。

「家族、か」
 
 俺に両親は居ない。親戚も居ない。
 母親も兄弟もとっくの昔に死んだし、親父は──
 でも、それが俺にとっての当たり前だ。今更、別の家族の様子を見て憂いたりしない。

 ブワッと一つ風が吹く。

 初桜は風が吹いても散らないとよく聞く。が、散るものは散る。
 幾つかの白い花弁がフライングして宙を舞った。
 
 それと共に、俺達〈はなだ〉の学年色である、縹色のラインが入った制服のマントも、バタバタッと音を立ててなびいた。
 
「〈白の魔女〉
 かつて夜刀が封印したと言われる悪しき者だ。魔女はその名の通り全身真っ白な容姿だったらしい。分かるな?」

 と、どこからかそんな話し声が聞こえた。
 忍んでいると言うよりかは、相手を戒めるような張った声。
 耳が良い俺はその声が聞こえたが、周りの人は気付いていないらしい。
 
 気になった俺は辺りをキョロキョロと見渡して、声の源を探す。
 桜並木から軽く外れてフラフラとしていたら、それは意外にもアッサリと見つかった。

「自主退学を要求する」

 着いた先は小さな中庭。芝生が生い茂るそこには、5〜6人程の本当に小さなギャラリーが出来ていた。
 皆が視線を向ける先には、相対する二人の生徒が居た。

 片方は、翠色の髪をもったガタイが良い男子生徒。ブレッシブ殿下が。
 もう片方は、肌も髪も真っ白な女子生徒。ビャクダリリーが居た。
 
「それは絶対飲めない要求ですね」

 ビャクダリリーは肩を竦めて苦笑いする。

 先程の会話からして喧嘩でもしているのだろうか。
 ブレッシブ殿下にとってビャクダリリーは、自分の晴れ舞台を潰した人物だもんな。
 更に、大昔世界を壊したと言われる〈白の魔女〉を彷彿とさせる真っ白な容姿。
 放っておけという方が無理だろう。
 寧ろ、王族という権力を振りかざさずに”自主退学”を要求している分マシまである。
 
「そうか。では申し訳ないが、自主退学をするという言質が取れるまで、少々痛い目にあってもらう」

 ブレッシブ殿下が腕を前に伸ばす。と思うと、何も無い所から唐突に剣が現れた。
 水晶のように透き通った、白い刃を持つ洋剣。
 大切に扱っているのか、鏡のように景色を反射させている。

「剣が、現れた?!」

 野次馬テンプレのようなセリフが真横から聞こえた。
 しかしブレッシブ殿下こと、勇者が持つ剣のことなんて誰でも知っている。
 俺は軽く鼻で笑いながら言った。

「勇者が持つ〈加護〉──と聞いたことがある。手に持つのは〈聖剣十束せいけんとつか
 白の魔女を封印した際に使われたと言われている」

 焼きたてのパンのようにふわっとした濃い金髪を頭の上で二つに結び、褐色肌に埋められた琥珀色の瞳を持つ野次馬が俺を見る。

 女の見た目をしているのに男よりも高い背に、尖った耳を持つ少女を見て俺はギョッとする。

「あっ、すまん。つい話してしまった」

 ついでは無い。わざとだ。
 それでも反射的に俺は謝る。

 尖った耳を持つ彼女は人間では無いだろう。
 吸血鬼か、ピクシーか、それとも──
 少なくとも軽い気持ちで見下すと痛い目に合いそうな相手だ。
 
「ううん! 全然大丈夫だよ! えっと……」

 相手は唐突に話しかけてきた俺に困惑した表情を見せ、苦笑いをする。
 罰が悪いが、ここでポーカーフェイスを崩すのは俺のプライドが許さない。
 
玫瑰秋まいかいと ヨウだ」

 と自己紹介し、無理やり話を進めた。
 
「私はアブラナルカミ・エルフ・ガベーラ。よろ──」
「いくぞ!」

 軍人のような圧のある掛け声に圧倒され、アブラナルカミは話を遮る。
 俺達はブレッシブ殿下達へ視線を移した。
 
 ブレッシブ殿下が剣の腹を振り下ろす。
 と、ビャクダリリーはギリギリの所で横に避けた。

「危なっ」

 ビャクダリリーの震えた声。白髪が剣の勢いによってなびく。
 殿下が関心したように呟いた。

「これをかわせるのか……」

 本気でビャクダリリーと戦うつもりなのか? 
 晴れ舞台を台無しにされたブレッシブ殿下には同情するが、実力行使に出るほどでは無いだろう。
 と、ブレッシブ殿下に少しだけ悪感情が湧く。

 ブレッシブ殿下はまた剣を振り上げた。さっきよりも早いスピードで。
 それを紙一重でかわし続けるビャクダリリー。
 彼女も余裕が無いらしく、フラフラと千鳥足でいる。
 酒でも飲んだのか、と、傍からそれを見ていると笑ってしまいそうだ。

「あれ……」

 そこで俺は気付く。

 ブレッシブ殿下はずっと、ビャクダリリーに剣の腹を当てようとしている。
 
 それに、ブレッシブ殿下は素人の俺でも上手いと分かるほどの太刀筋の持ち主だ。
 ビャクダリリーが強いという訳でも無さそうだし、一向に剣が当たらないのもおかしい。

 ビャクダリリーを切るつもりは無い、ということだろうか?
 ブレッシブ殿下は、どういうつもりで喧嘩をしているんだ?
 本当に、ビャクダリリーから自主退学の言質を引きずり出す為なのか──

「〈いち気泡きほう〉!」

 と、ブレッシブ殿下が叫んだ。
 ビャクダリリーの足元に風──いや、風と言えるほど大きくない、小さな空気抵抗が生まれた。
 
「ぁっ」

 次の瞬間、ビャクダリリーは何も無い所で転ける。
 〈壱・気砲〉とは、風よりも小さな空気の流れを作る、初級魔法だ。
 勇者も魔法は使うのか、と俺は感心する。

「ヒラギセッチューカ・ビャクダリリー。退学を要求する」

 ブレッシブ殿下は慈悲のつもりなのか、剣を振り上げた所で止め、尻餅をついているビャクダリリーに言った。

 そこで俺は目を細める。
 やはりブレッシブ殿下は退学を要求した。
 王族の勇者なんて権力を使えば、無名のビャクダリリーなど簡単に退学にできるはずだ。
 なのに何故、頑なに”要求”をするんだ?

「絶っ対に嫌ね」

 ピンチなのに何故か笑うビャクダリリー。
 
「そうか。残念だ」

 ブレッシブ殿下のその声と共に剣が振り下ろされる。

「ぃやっ」

 と、隣のアブラナルカミが声を上げた。
 声を上げるべきはビャクダリリーだというのに。

 晴れ舞台を潰されたブレッシブ殿下も、唐突に生徒代表にさせられたビャクダリリーも、不憫には思う。
 が、王族であるブレッシブ殿下と不気味な白髪を持つ者には関わりたくない、という気持ちの方が勝った。

 だから、俺は特に何も言わずその様子を見物する。

「〈さん氷塊ひょうかい〉」

 新雪が柔らかく地面に触れる様な、冷たくも柔い声が響いた。
 ビャクダリリーの足元から氷塊が生える。
 それはブレッシブ殿下の剣を包み込み、凍らせて止めた。
 その間にビャクダリリーは立ち上がって殿下と距離を取る。

 〈参・氷塊〉氷の初級魔法だ。
 名の通り、氷の塊を出現させる。

 ビャクダリリーは白髪だから魔法の適正が分からなかったが、氷系統のようだ。
 それでも彼女の左目は紅色。
 炎系統適正者の特徴があるのに氷系統を使うという、生物の法則の矛盾を感じる。

「そこまでして学院に残りたいのか」

 ブレッシブ殿下が表情を歪めながら、剣を氷塊から抜く。
 バキバキッと硝子が割れるような音と共に、剣が抜かれ、氷塊が砕けた。

「あの人の為にも──こっちも事情があったりなかったり。別に、私が居ても殿下に害は無いじゃん? 見逃してくれませんかね」
「勇者が〈白の魔女〉を見逃すとでも?」

 そのブレッシブ殿下の言葉で俺は腑に落ちる。
 執拗に白髪のビャクダリリーに突っかかっているのは、勇者だからか。

 ビャクダリリーは眉を八の字にして言った。
 
「だから魔女じゃ無いって! 魔女が世界壊したって1400年前よ? しかも、英雄達が魔女を三つに分けて世界のどっかに封印したって。それが今になって出てくると思います?」

 1400年前に世界を壊したとされる〈白の魔女〉
 白髪に白皙の肌と透明な眼を持つと言われる災厄だ。
 しかしビャクダリリーの言う通り、白の魔女は学院長と初代勇者を含めた英雄達によって封印された、と言われてる。
 それは〈なつめの月〉と呼ばれているが、今はどうでも良いだろう。

 俺もビャクダリリーが魔女とは思えない。
 片目は紅い色だし、第一、魔女を封印した英雄が学院長の学院に入学できたのだ。

 でも──
 
「その白い髪はなんだ」

 ブレッシブ殿下の冷たい声。
 
 そう、彼女は白髪。生物の法則を逸脱した、言い伝えの魔女と酷似した容姿。
 魔女では無いにしろ、勇者であるブレッシブ殿下も簡単には引き下がれないのだろう。
 
「そこ言及されると、生まれつきとしか──。でも自主退学はしませんよ?」

 ビャクダリリーが肩をすくめる。
 まあ、名門校と名高い夜刀学院からの退学を要求されても『はいそうですか』とはならんだろうが。

 問題はビャクダリリーの態度だ。
 危機的状況なのにも関わらず、ふざけた態度でい続ける。俺はそれに不快感を覚えた。  

「そ、そこまでにしようぜ!」

 と、ビャクダリリーでも、ブレッシブ殿下でもない別の声が挙がる。
 声の主は俺達の注目を気にせず二人の間に割って入った。

「この争いは何も産まねぇだろ! 見た目がおかしいからってだけで自主退学を迫るのはキツイぜ殿下!」

 燃えるような真っ赤な短髪と同じ色をした瞳を持つ、長身の青年だった。頭半分が白がかっているが、光の反射が強いのだろうか。
 ブレッシブ殿下は自分より巨体の青年を黙って見つめる。

「あいつ、大丈夫か……」 

 俺は赤い青年を心配に思って、そう呟いた。

 白髪を庇うと、世界を滅ぼしかけた〈白の魔女〉を庇ってると勘違いされてしまう。
 夜刀学院でそれを行うなんて、魔女を封印した英雄の一人──学院長に喧嘩を売る様なものだ。
 
 それにブレッシブ殿下含め、王族に楯突くと今後何をされるか分からない。
 それを踏まえてこの場に割り込もうとするのは正義感の強い者か、世間知らずである。
 赤色のアイツは口調が荒いし多分後者だ。

「俺はブレッシブ・エメラルダ・ディアペイズだ。名を名乗れ」
狐百合きつねゆり 癒輝ゆうき

 ブレッシブ殿下は大人顔負けの圧を放つ。
 赤いヤツ──ユウキはブレッシブ殿下の前で両手を広げ、ビャクダリリーを守る形をとった。
 
「ユウキ。お前の言い分は正しい。がしかし、俺は勇者だ。白髪は放っておけない」
「そう、だけどな……」

 ブレッシブ殿下に言い返す言葉が見つからないらしい。ユウキは口ごもって両手を閉じかける。
 ブレッシブ殿下はユウキの横を通り過ぎ、後ろのビャクダリリーに寄った。
 そして、剣を下に構えた。
 彼の視線はビャクダリリーを突き刺している。
  
「よっ、避けてっ」

 隣のアブラナルカミが呼吸の様に言葉を吐いた。
 空気抵抗を受けながら上がる剣の腹。
 それがビャクダリリーに当た──

『止めてもらっていいかな』

 る所で、声が頭に響いた。
 鼓膜が受信したものではなく、脳内にねじ込められた言葉。

 俺は初めての感覚に軽く混乱して中庭を見渡す。
 ブレッシブ殿下も驚いて、ビャクダリリーの脳天直前で剣を止めた。

 4.>>9

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.9 )
日時: 2023/03/26 18:51
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)


 4

 ビャクダリリーの隣で黒煙が立ち上る。
 瞬きする間もなくそれは人一人分に膨れ上がった。そして黒煙から現れる2メートル近い姿。
 
 漆黒の長髪を一縛りにした紅い瞳の、中性的な人物。喧嘩の間接的な元凶、学院長だ。
 
「学院長、入学式の件、説明して頂きたい」

 ブレッシブ殿下は語気を強めて聞いた。
 俺達は唐突に現れた学院長に驚いていて、それどころでは無い。
 俺は目を見開いて彼らを見る。

 学院長は全く動じないブレッシブ殿下に苦笑いした。
 
「俺〈転移〉っていう凄い魔法使って来たんだけど。もう少し驚いてくれないかなー?」
 
 学院長のふざけた言葉がシリアスな空気に放たれる。
 ギリッというブレッシブ殿下の歯ぎしりが微かに聞こえた。
 
「おたわむれも程々にしてくださいっ、何故白髪がこの夜刀学院にいるのですかっ」
 
 ブレッシブ殿下は怒りを抑えたからか、今日一番の胴間声だった。軍人の様な圧に押されて俺は心臓が縮み上がる。
 
 それに動じてない学院長は「どうどう」とブレッシブを宥めるジェスチャーをした。
 が、逆効果だったようでブレッシブ殿下は睨みを効かす。

「んー、依怙贔屓えこひいき?」

 学院長は睨みを軽くいなして、とんでもない事を言った。
 ブレッシブ殿下は震えた掌を握る。
 
「依怙贔屓って……!」

 第三者からでも怒りと悲しみとやるせなさを感じる声色だった。
 学院長の依怙贔屓で生徒代表挨拶から外されたブレッシブ殿下と、それでヘイトを買われたビャクダリリーに俺は同情した。
 
 しかし学院長は悪びれも無さそうに笑っていて、一発殴りたくなる。

「で、他には?」

 ブレッシブ殿下は一旦深呼吸をして、学院長の問いかけに答える。
 
「何故ワタシではなく、ヒラギセッチューカ・ビャクダリリーが生徒代表なのですか」 
「これが一番優秀だから。学院は実力主義だし!」

 依怙贔屓発言の上に生徒を”これ”呼ばわりで、とても教師とは思えない。
 俺の中で学院長への信頼が面白いぐらいに下がってく。

「私に夜刀やつの学院生から頭一つ抜ける様な頭脳も魔素量も持ち合わせておりません。その紅い目は生ゴミで?」

 ビャクダリリーがようやく口を開く。 
 生徒代表に指名されたことを根に持っているのか、煽り気味だった。
 気持ちは分かるが、ビャクダリリーも悪い意味で肝が座っている。

「なら、君の片目も生ゴミになるよ?」

 学院長の軽い煽り返しを、ビャクダリリーは鼻で笑った。
 
「生ゴミだよ、こんなの」

 ビャクダリリーの片目は学院長と同じ紅色。
 けど、それは傍から見ても瞳として機能してるのか疑うほど濁っているし、学院長の目と違い渦巻いていた。

 学院長はビャクダリリーの悪態が効いた様子もなく「悲しいこと言わないで?」とおちゃらけて言った。
 
「それで、満足したかな? ブレッシブクン」
 
 と、話を移す学院長。
 ブレッシブ殿下は顰めた顔で鉛の様に重い言葉を叩き落とした。
 
「いいえ、まだ腑に落ちません。何故白髪が入学出来──」 
「あ、そうだ。俺ブレッシブクンを呼びに来たんだよ。お母さんが探してたよ?」

 殿下の母親──王妃様だ。
 身近に王妃様がいらっしゃると思うと、やましいことは無いはずなのに血の気が引いた。
 そして王族も他生徒、保護者と同じ扱いと会話から察して、更に鳥肌が立つ。

 ブレッシブ殿下の無愛想から怒りの色が消える。代わりに青色が薄く広がった。
 と共に、彼が手に持つ聖剣十束が溶けるように消える。
  
「忠告は……、したからな」

 負け惜しみに見える言葉を吐いて、ブレッシブ殿下は大股で中庭を去る。
 
 客観視、ブレッシブ殿下は生徒に退学を迫った悪だ。
 相手が白髪だったから嫌悪感は少なかったが、先に突っかかったのはブレッシブ殿下だろう。
 今回彼が受けた恥は自業自得と言える。

 俺の横をブレッシブ殿下が通り過ぎる。

 彼は恥をかいたのに堂々と前を向いて歩いていた。
 自分がやった行動に後悔は無い、という彼の気持ちがヒシヒシと伝わる。
 俺は一瞬、彼に視線が釘付けになった。

 アイツ、別に悪くないんじゃ──
 
「あのっ!」

 急に隣のアブラナルカミが駆け出した。
 他生徒は騒ぎが終わったからと中庭から出ていくが、アブラナルカミだけはビャクダリリーの元へ行く。
 また面倒事を起こすんじゃ無いだろうな?
 不安になって俺はアブラナルカミを追いかけた。

 アブラナルカミはビャクダリリーの前に立つと、胸に手を当て興奮気味に言う。

「私、アブラナルカミ・エルフ・ガベーラ! 入学前に黒蛇から助けて貰ったんだけど──」
「あ……、あの時の!」

 ビャクダリリーはアブラナルカミの登場に表情を固めるが、直ぐに溶けて間抜けた声を出した。

 どうやら二人は知り合いだったらしい。
 また喧嘩が起こると予想していた俺はホッと胸をなでおろす。

 再開に会話が弾む二人を見て俺は場違い感を覚えた。
 俺もこのまま黙って去ってしまおうか。そう思っていると、俺らを微笑んで眺めていた学院長が呟く。

「エルフと残滓、何の因果か──」

 普通の人ならまず聞こえないであろう声量。けど、耳が良い俺は聞き取れた。
 意図は分からないが、学院長の言葉は氷のように冷たく、少しゾッとする。

「俺結局何も出来なかったな、すまない」

 未だ留まっていたらしいユウキが申し訳なさそうに頭をかいた。
 ビャクダリリーはキョトンとするも、「ぶはっ」と吹き出して笑った。

「ありがとう、嬉しかった」
「どーいたしまして」

 ビャクダリリーの感謝に、ユウキは自嘲気味に笑って返事した。

「ヒラギセッチューカ、喧嘩は頂けないよ。ブレッシブにも言えるけどね」

 と、学院長はタイミングを見計らって注意する。
 この人、教師らしい事も言えるんだな。少し見直した。
 
 ビャクダリリーは王族並の大物に直接注意されたにも関わらず、ぶっきらぼうに「すみません」と答えた。
 やはりコイツは悪い意味で肝が座っている。

「あと、白髪と王族の喧嘩とかマジ笑えないから辞めてね」

 流石の学院長でもそこは焦るらしい。
 子供同士の小競り合いだったとしても、口調の崩れから焦燥が伺える。
 ビャクダリリーはムスッと返事する。

「はーい」
「よろしい。では、俺はここでお暇しようかな。大人がアオハルに割り込んで悪かったね」

 学院長は"あおはる"などと剽軽な事を笑って言った。
 それを怪訝に思っているうちに学院長は転移魔法の黒煙に包まれる。そして、消えてしまった。

 学院長の転移を見届けたビャクダリリーは一つため息を吐いて、自嘲気味に笑う。

「災難だったね。白髪と関わるとろくな事がない。さ、行った行った」

 俺らをギャラリー扱いしてビャクダリリーは手をヒラヒラと振った。
 俺はともかく、心配してくれたアブラナルカミとユウキにその態度は無いんじゃないか?
 さっきから少しずつ積もっていたイライラを抑えられなくなった俺は、

「それは無いだろ」

 と言葉を漏らしてしまう。
 ビャクダリリーが手を止め、キョトンとした顔で俺を見た。

 やってしまった。俺が事件の種を撒いてどうするんだ。
 思わず口に手をそえるが、ここまで来て食い下がらないのも勿体ない気がした。
 自分は頭が切れる方だ。喧嘩を起こす様な馬鹿なことしないだろう。
 俺はこのまま突っ張ることにした。

「二人はお前を心配して声をかけたんだぞ? 相手は気持ちが悪い白髪なのに。その態度は無いだろ」
「えっと、どちら様で?」

 ビャクダリリーは怪訝そうな顔をして言った。

 失礼にも程かあるだろう! と、怒りのダムの堰が切れそうになるが、何とか持ちこたえる。
 俺は静観していたからビャクダリリーを知っているが、ビャクダリリー目線俺とは初対面。
 今のは当たり前の反応だろう。
 俺は敵意が無いことを証明するために微笑みを作る。

「紹介が遅れた。玫瑰秋まいかいと ようだ」

 ビャクダリリーの瞳孔が微かに開く。
 何故か「玫瑰秋まいかいと……」と、とても小さな声で復唱するのが不気味で、俺はゾッとした。
 
「私はヒラギセッチューカ・ビャクダリリー。で、なんだっけ? 」

 しかし、ビャクダリリーはそれを無かったかのように扱った。
 小声過ぎて俺には聞こえてないと思ったのだろう。バッチリ聞こえてるが。

 俺は少し怒りを我慢出来ず、わざと語気を強めて言った。 

「失礼な態度はやめろと言ってるんだ」
「──ぶははっ!」

 ビャクダリリーは突然吹き出してせせら笑いを浮かべた。
 舌打ちしたいのを堪えて俺は聞く。
 
「何がおかしい?」

 思ったよりドスが効いてしまった。
 しかし、そんなこと気にならないぐらいの言葉をビャクダリリーは吐き捨てた。

「傍観者が作った正義ヅラほど滑稽なモンはないと思ってさ! ──ぶはははっ!」

 憎いほど綺麗な笑顔が踊った。俺の体液も沸騰して踊った。
 真っ白なビャクダリリー。俺の頭も真っ白になる。

 ──ふざけるなよ
 
 綺麗な白髪が一本一本、宙で舞っている。
 フサフサの白いまつ毛がたなびいている。
 それから目を逸らさずに、俺は拳に力を入れた。
 
 そして

「黙れぇっ!!」

 ──ビャクダリリーを殴った。

 俺のオレンジ色の拳が、白皙の頬にめり込む。
 顎の骨が拳にゴツッと当たって痛い。けど勢いは止めなかった。
 
「あがぁっ……!」

 情けない声を出して、ビャクダリリーはドサッと地面に倒れ込んだ。

 殴る側も結構痛い。俺は拳に広がる痛みの余韻を味わう。
 コミュニケーションにおいて、暴力に頼るのは一番やってはいけない事だ。
 それは分かってた。
 理性では分かってた。
 
 感情は、知らなかったらしい。


 咲いて間もない桜の花弁。
 ヒラヒラと不規則に宙を舞う。
 静かな空気を旅するそれは、静かに、大地を
 ──白く染め始めた。

 【終】