ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.6 )
日時: 2023/03/26 18:49
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)

《白い初桜》

 1
 
 カンカンカンカン

 遠く、遠いようで近い所から聞きなれた甲高い金属音が聞こえる。
 俺は無意識に利き手である右腕を振り下ろしたがそこには何も無かった。
 いつもならここに腕を振り下ろしたら鳴り止むはずなのに、金属音は未だ響いている。

 おかしい。いや、違う、ここは……

 少しずつ頭がスッキリしていき、そこで思い出した。ここはいつもの俺の家では無い。
 ここは──

 チャリンッ!

 音と共に金属音がなり止む。
 時間は午前六時、二分ぐらいか?
 
 柔らかい、シワが入ったベッドに知らない天井。
 昨日用意した気がする制服。
 窓の外は丁度日が登り始めていた。

 ここはこの世界──ディアペイズにある五大都市の一つ〈都市ラゐテラ〉
 その中央に位置する学院都市の寮。

 そしてこの学院都市に位置する学校の名は〈白蛇桜夜刀しろへびさくらやつの学院〉
 名前がとても長く覚えずらい。基本的に〈夜刀やつの学院〉と呼ばれている。
 面積、生徒数、知名度、教育水準。挙げだしたらキリがない”世界一”を持っている名門校だ。

「問題は無いな」

 俺はスタンドミラーを見つめ体を少し捻ってみる。
 目の前には黒髪に黒い目。この歳になっても抜けない童顔。短い立て襟マントに、袴に似た構造の制服を着た、見慣れた少年が映っていた。

 玫瑰秋マイカイト  ヨウ 十五歳

今日から夜刀学院に入学する者である。

 俺は指定である革ブーツを履いて扉を開ける。
 部屋を出ると、俺と同じ新入生である生徒達でごった返していた。
 
 明るい未来についての雑談が沢山聞こえ、俺まで気分が明るくなる。
 その雑談に耳を引っ張られながら階段を降りて、一階の食堂に向かう。
 
 食堂はかなり広く、千人入るのではないかと思うほど広かったが、それでも入り切らないぐらい人が多く、俺は仕方なく寮の外に出る。

 醤油や木、水蒸気、何かを焼いている匂いが意識しなくとも鼻の中に入ってくる。
 その匂いはずっと室内で過ごしていた俺にとっては新鮮で、共にどこか懐かしく感じた。

 これが和の匂いだっけか。
 旅行雑誌に書いてあったんだよな。

 寮の敷地を出ると優しそうなおじさんおばさん達が箒で掃除をしている。

 学院都市は、〈都市ラゐテラ〉の中に、夜刀学院の校舎を中心に作られた街。
 一般人も住んでいるし店もあれば観光地にもなってたりする。”学院都市”と言われているものの、普通の街と特段変わらないのだ。
 基本的に学院の生徒は学院都市から出ることは出来ないが。

 掃除をするおじいさん達の横を通るところで、声をかけられる。
 
「おやぁ新入生の子かな? おはよう」
「あ、おはようございます」

 俺は話しかけられるとは思っておらず、怯みながらも挨拶を返した。
 おじさん達は満足そうな顔で笑い、こっちの心も暖かくなる。

「朝早く登校なんて元気だねぇ。朝ごはんは食べたかい?」
「いや、食堂が混んでて……」
「そりゃ行かん! 学院へ行く途中に美味しい肉まん屋さんがあるんだ。これ割引券」
「えっ」

 おじさんは俺が拒否する前に俺の手に無理やり割引券をねじ込む。
 すると、掃除していた他のおじさんおばさんもやって来くる。

「あらぁ新入生? おばちゃんの割引券もあげる!」
「ワシのもやる! あそこの焼きもちは絶品で」
「ここの焼き鳥も」

 気付けば俺の手には沢山の割引券や無料券で溢れかえっていた。
 しかも驚くことにどれも食べ歩ける物だ。

「えっと、あの!」

 一通りおじさん達に割引券を貰った後、結構大きな声で呼んだ。
 おじさん達は何事かと俺の方を見る。

「ありがとうございます!」

 俺がそういった後、後ろの誰かから背中を叩かれる。

「おうってことよ!」
「朝飯食うんだぞ!」
「行ってらっしゃい!」

「いってきます!」

 フレンドリーなおじさん達の温かみに触れながら、俺は満面の笑みで夜刀学院への大通りを走り出した。

 ──桜の花弁が散っている。

 学院都市の至る所に植えられた桜は、少しの風で数枚の花弁を落とす。
 薄桃色と青色の空を眺めていると、あっという間に夜刀やつの学院の校舎に着いていた。

 「入学式」と書かれた大きな立て看板がある鉄の校門。
 洋風の城のような校舎と、黒瓦を乗っけた和風の校舎が遠目で見える。
 和風なのか洋風なのかイマイチ分からない感じが笑える。
 
 門前で保護者と写真撮影をしている生徒を横目に、俺はレンガの床を踏みしめた。
 校舎への道には桜の木が沢山植えられており、観賞用の小川に和風の橋がかけられている。

「御入学おめでとうございます!」

 玄関の前には俺と同じ制服を着た人達が六名ほど並んでいた。きっと先輩方だろう。
 門から玄関までは結構遠いが、焦らず景色を楽しみ、ゆっくりと歩を進める。

 視界の八割を埋めるのは、咲いて間もない桜の花々。
 散る花びらの数は少なく、空を見ると綺麗な絵の具で塗ったような、澄んだ青色がハッキリと見える。
 
 期待、不安、喜びに安心。
 沢山の感情が心の中でぐちゃぐちゃに混ざっている。けど、不思議と黒い負の感情はなく、白く綺麗な感情達が混ざっていく。

 今の感情は一言で簡単に表せるようなものでは無いが、鼻につく言い方で表してみればきっと。
 この桜の花々のように、遠目で見れば綺麗な白に見えているのだろう。
 
 2.>>7