ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.7 )
日時: 2023/03/26 18:50
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)

 
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 ◇◇◇

 二千人の生徒とその保護者を入れてもまだ余裕がある程広い館内。
 木製の椅子に座る生徒の一人である俺は、舞台から視線を外さない。

「──生徒指導 兼 寮長である私からは以上だ」

 そう〈ユリウス・アルフォルター〉と名乗った”黒い人”である女性教師は、話を締めた。

 現在は俺たち新入生を迎え入れる式典である入学式。様々な教師や責任者が挨拶という名のテンプレ挨拶を話し、去って行く。
 同じような内容に飽きて寝そうになるが、俺はそんな不真面目な事はしない。

 それに、次の話は──

「あー、ああー。聞こえてるかなこれ……。おっほん!」

 長髪の黒髪に紅い目。それらが映える白皙の肌を持つ長身の人物がボソボソと何か言っている。

 音声拡張が出来る魔法がかかった道具──魔道具である〈マイク〉は、その呟きを正確に察知して館内に広げた。
 今のところ、式典で緊張感の無い言葉を発信しただけの間抜け者だ。

 しかし、そんなことをしても許されるのがこの方である。

「生徒諸君!」

 深く深く意識に滲み込む、自然と意識が引っ張られるような威勢のよい声だ。

 俺含め、生徒全員の視線がステージの上の人物に集まる。

「俺の名前は夜刀 月季。 知る人ぞ知るこの夜刀学院の学院長だ」

 1400年前に〈白の魔女〉を封印したとされる英雄の一人。現時点ディアペイズ──世界最強であるお方。
 俺たち生徒は勿論、教師に騎士に都市長。国王でさえ簡単には逆らえない重鎮なお方だ。
 
「えーっと、澄んだ晴天と初桜が春の始まりを伝える今日、都市ラゐテラ市長様、略、対魔都市トレジャラー市長様をはじめ、多くのご来賓の皆様のご臨席のもとに、蛇白桜夜刀学院 第千四百回入学式を挙行できますことはこのうえない喜びであります。心からの感謝と御礼を申し上げます」

 学院長は胸ポケットから細長い折りたたんだ和紙を取り出す。
 陽気な挨拶は生徒の気を引くためのものだったのか、棒読みで他教師と変わらない挨拶と始める。

 式典が始まってから伸びっぱなしの背筋は、不味い麺のようにだるい感覚が襲っていた。
 今の生徒たちの言葉を代弁すると退屈──だろう。
 
「本校は今年で創立千四百年となり、創立のきっかけは皆様ご存知〈皙の――」

 それを、学院長は破った。
 
「あぁ! やめやめやめ! 今日でこれ聞くの何回目だ耳にタコができるわ!」

 突然、カンペだった和紙をビリビリに破いて宙に舞わせる学院長。
 そして、生徒たちの気持ちを代弁した。
 
 何事かと口を開く俺たち生徒。その様子を呆れながら見つめる先生やご来賓。
 その視線なんて気にせず学院長は器用に演台に登った。
 それを咎める者は居ない。咎められない。

 今まで静かだった館内にざわめきが波打つ。
 驚きの声もあるが、それよりも大きいのは期待と、退屈な時間が破られた事への喜びの声。

 けれど、俺は違った。
 何やってんだコイツ──という軽い軽蔑の感情が湧いていた。

「さぁさぁ皆様ご注目う!
 舞台に立ち居るは、学院長や警団総監などの肩書き欲張りセットの持ち主”夜刀やつの 月季げっか
 長話嫌いだから端折って簡単に言っちゃうと”とんでもなくすごくウルトラスーパーハイパー”すげぇ人だ!」

 全てを包み、抉り、凍りつく空気。
 
 さっきの知的な挨拶をした人物とは思えないほど語彙が低下した言葉を放った学院長は、微笑んで空に人差し指を挙げた状態で停止していた。

 その剽軽な発言に皆、反応に困ってか口を閉じている。
 俺は、学院長の威厳の無さに呆れを越えて軽く見下していた。

 しかし、あのお方は学院長という名の他、ディアペイズの治安維持をする〈夜刀警団やつのけいだん〉を統率する頂点である”総監”に、一番信仰される〈夜刀教やつのきょう〉の教祖にして教皇。その他様々の肩書きを持っているのだ。
 
 そう簡単に見下しちゃ行けないのは、俺も分かっている。理性でだが。

「……ブハッ!」

 綺麗な白紙をぐちゃぐちゃに握りつぶしたような汚い笑い声が一つ。
 それが微かに空気を溶かし、学院長は微笑みを崩さず「こほん」と咳払いする。
 
「そして、この学院が目指すものは一つ! 個性の魔法能力を磨き、魔素量を増幅させること!」

 学院長は自身の滑った挨拶を無かったことにし、今までで一番強調された言葉を放った。

「君たちが持った個性、『魔法の色』を存分に輝かせてくれ!」

 学院長は宙に拳を突きつける。言葉に緩急はあるものの、初めから微笑みの鉄仮面は外れていない。

 そこが、少し不気味だ。

 軽蔑が不審に変わり、俺は眉を歪ませて呂色の学院長を見る。
 しかし、そんな不審はそう長くもたなかった。
 
「次に……ちょっ、ちょっとま! まだ続いてるから! まってまってユリウス!」

 すると、先程舞台に上がっていたの”黒い”見た目をしたユリウス先生がステージに上がる。
 そして、学院長が乗る演台を力強く蹴った。
 ガンッ! という鈍い音で演台が揺れる。
 
 と言っても流石〈夜刀ヤツノ〉というべきか、学院長は揺れる演台から華麗に飛んで着地した。
 そこは慌てて落ちても良いと思う。

 それでも、ユリウス先生に襟を捕まれ、ステージから無理やりずり落とされた。

 小言を言う学院長に、それを制するユリウス先生と、その様子を唖然と見守る人々。
 そして、耳が良い俺だからこそ聞こえる、誰かの雪のような忍び笑い。

 それらをかき消すように司会者は言った。
 
「それでは次に参ります。新入生代表挨拶。ブレッシブ・エメラルダ・ディアペイズ!」
「はいっ!」

 他の生徒や先生とは違う、ハキハキした返事。
 次はその声が空気を弾いて、俺達の緩んでいた背筋を伸ばした。

 カツカツと学院指定のブーツが床を叩く音が大きくなってく。
 翠玉色の短髪と同じ色の瞳を持つ、只者ではないと素人でも分かる体つきの青年が、俺の席の横を通り過ぎた。

 ブレッシブ・エメラルダ・ディアペイズ
 元皇太子で今代の勇者である。

 王族の上、他の生徒とは違い”勇者”という肩書きを持つ。
 新入生代表には最適の人物であろう。

「あ、ごめーん。新入生代表挨拶する人変更でー!」

 すると、学院長が司会者のマイクを奪い取り言った。
 神聖な場であるのに無作法な事をまだする学院長には、流石に腹が立ってくる。
 
 生徒達は驚いてザワザワし始め、キリッとした格好でステージへ歩いていたブレッシブ殿下も驚きで固まっていた。

「何言ってんだお前!」
「学院長……そのような予定は……」
「困りますっ!」

 先生達も予想外のようで、真面目に学院長を止めるためにマイクを奪おうとする。
 しかし、無駄に強い学院長は先生達を軽くいなしてしまう。
 そして微笑みを崩さずに改めてマイクを構える。
 
「改め! 新入生代表ヒラギセッチューカ・ビャクダリリー!」
『誰?』
 
 考えるよりも先に声に出てしまい、急いで口を両手で抑える。でもそれは他の生徒も同じようで、声が綺麗に重なった。

「……え?」

 すると、白銀のような細く高く美しい声が一つ上がった。タイミング悪く、皆が静かになった時に声を上げてしまったようで会場全体に響く。

 ”ヒラギセッチューカ・ビャクダリリー”
 その名前に俺は首を傾げた。そんな名前一度も耳にしたことが無かったからだ。
 それは俺が無知だからという訳では無いようで、他生徒も、教師でさえ首を傾げていた。

 学院長が指名するからには、ブレッシブ殿下よりも立派な生徒なのだろうが……。
 どうも不信感が拭えない俺は、そう胸の言葉を濁した。

「ヒラギセッチューカ・ビャクダリリー!」
「聞いてません」

 学院長がステージに上がることを急かすように名前を呼ぶ。しかし、呼ばれた本人ですら慌てているようだ。

 てっきりビャクダリリーと呼ばれた人物も知っているものだと思っていた俺は、余計学院長の行動を不審に思う。
 
「ヒラギセッチューカ・ビャ・ク・ダ・リ・リー!!!」

 しかし、学院長も負けじと圧をかけた大声で名前を呼んだ。
 
「聞いて……つっ……」

 ビャクダリリーは抵抗したが、諦めたのか椅子から立ち上がる音が聞こえる。
 そして、ブレッシブ殿下より軽い足音がし始めた。

「なぜ、お前なのだ──」

 俺の横にある通路で立ち止まっているブレッシブ殿下が呟く。
 それが気になり、俺はチラッと隣に立つ青年に視線を移した。
 
 堂々とした平行立ちで、列の後ろを睨むブレッシブ殿下。
 彼は表情を少し歪ませるも、直ぐ無表情になり、大人しく来た道を戻ってった。

 それと共に、不自然に後ろの方からざわめきが無くなっていく。

 そんなにビャクダリリーと呼ばれる生徒は凄いのだろうか?
 俺はブレッシブ殿下を不憫に思いながらも、試すように後方を一瞥した。

 そして、言葉が蒸発したように喉から無くなる。

 時が止まった世界で一人歩く生徒は、惚れ惚れするほど綺麗な動作で舞台に上がり、演台の前に立つ。
 そして、白皙に近い桃の唇を動かした。
 
「……あーえっと。
  本日は第千四百期生である私達のためにこのような豪華な式を開いて頂きありがとうございます」

 この世界──ディアペイズには大きくわけて七種類の〈魔法系統〉がある。
 その中から一個体に一種、特殊な場合二種。
 適正の魔法系統を持っており、瞳と毛色は適正系統が影響している。
 〈闇系統〉なら黒、〈岬系統〉なら青──と。

 だから、だからこそおかしい。
 異例、異質というレベルでは無い。
 ”有り得ない”のだ。

「様々な種族が集まるこの学院で、種族を越えた関係を……」

 窓から差し込む昼前の陽の光を受けて輝く白銀の肩ほどの髪。
 俺から見て左の目はそれと同じ色を持つ──いや、無色で反対側が見えそうな程不気味に澄んでいて、真っ直ぐと前を見ている。
 右の目は古血のようにドロドロとした紅がグルグルと渦巻いていて、焦点が合っていない左目。
 
 女の見た目をした生徒は、急に指名された癖に迷い無く淡々と挨拶をする。
 
 魔法系統の中に白色の魔法は存在しない
 昔話の〈白の魔女〉以外は──
 
 存在すら聞いたことも無いその容姿を見て、世界が揺れる。
 違う。俺の瞳孔が揺れてるんだ。

 本能が拒絶する容姿。
 理性が拒絶する声帯。
 運命が拒絶する存在。

 ヒラギセッチューカ・ビャクダリリーと言ったか。

 ──なんて、気色悪い笑顔なんだ

 一定のリズムで淡々と続く入学式は、ぼーっとしている間に終わってしまった。
 司会者が式典終了の合図である挨拶をすると、生徒らは保護者と共に式場を去ってゆく。
 また一人。また、一人と。

 しかし、俺は中身がない綿人形のように呆然と椅子に座っていた。
 白皙が立っていた舞台を見つめて。

 あの蛆虫よりも忌々しい薄ら笑いで火傷した脳で。
 
 3.>>8