ダーク・ファンタジー小説
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.8 )
- 日時: 2023/03/26 18:50
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)
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◇◇◇
「なんだったんだ……」
入学式の会場から出た俺は、そう呟いた。
なんというか、全体的に濃い入学式だったな。主に学院長のせいで。
俺はもう一度ため息を吐いて辺りを見渡す。
入学式を終えてから三十分程は休憩時間。という名の保護者との思い出作り時間だ。
数え切れない程の人々が〈カメラ〉と呼ばれる魔道具を持って、桜並木の下で騒いでいる。
「家族、か」
俺に両親は居ない。親戚も居ない。
母親も兄弟もとっくの昔に死んだし、親父は──
でも、それが俺にとっての当たり前だ。今更、別の家族の様子を見て憂いたりしない。
ブワッと一つ風が吹く。
初桜は風が吹いても散らないとよく聞く。が、散るものは散る。
幾つかの白い花弁がフライングして宙を舞った。
それと共に、俺達〈縹〉の学年色である、縹色のラインが入った制服のマントも、バタバタッと音を立ててなびいた。
「〈白の魔女〉
かつて夜刀が封印したと言われる悪しき者だ。魔女はその名の通り全身真っ白な容姿だったらしい。分かるな?」
と、どこからかそんな話し声が聞こえた。
忍んでいると言うよりかは、相手を戒めるような張った声。
耳が良い俺はその声が聞こえたが、周りの人は気付いていないらしい。
気になった俺は辺りをキョロキョロと見渡して、声の源を探す。
桜並木から軽く外れてフラフラとしていたら、それは意外にもアッサリと見つかった。
「自主退学を要求する」
着いた先は小さな中庭。芝生が生い茂るそこには、5〜6人程の本当に小さなギャラリーが出来ていた。
皆が視線を向ける先には、相対する二人の生徒が居た。
片方は、翠色の髪をもったガタイが良い男子生徒。ブレッシブ殿下が。
もう片方は、肌も髪も真っ白な女子生徒。ビャクダリリーが居た。
「それは絶対飲めない要求ですね」
ビャクダリリーは肩を竦めて苦笑いする。
先程の会話からして喧嘩でもしているのだろうか。
ブレッシブ殿下にとってビャクダリリーは、自分の晴れ舞台を潰した人物だもんな。
更に、大昔世界を壊したと言われる〈白の魔女〉を彷彿とさせる真っ白な容姿。
放っておけという方が無理だろう。
寧ろ、王族という権力を振りかざさずに”自主退学”を要求している分マシまである。
「そうか。では申し訳ないが、自主退学をするという言質が取れるまで、少々痛い目にあってもらう」
ブレッシブ殿下が腕を前に伸ばす。と思うと、何も無い所から唐突に剣が現れた。
水晶のように透き通った、白い刃を持つ洋剣。
大切に扱っているのか、鏡のように景色を反射させている。
「剣が、現れた?!」
野次馬テンプレのようなセリフが真横から聞こえた。
しかしブレッシブ殿下こと、勇者が持つ剣のことなんて誰でも知っている。
俺は軽く鼻で笑いながら言った。
「勇者が持つ〈加護〉──と聞いたことがある。手に持つのは〈聖剣十束〉
白の魔女を封印した際に使われたと言われている」
焼きたてのパンのようにふわっとした濃い金髪を頭の上で二つに結び、褐色肌に埋められた琥珀色の瞳を持つ野次馬が俺を見る。
女の見た目をしているのに男よりも高い背に、尖った耳を持つ少女を見て俺はギョッとする。
「あっ、すまん。つい話してしまった」
ついでは無い。わざとだ。
それでも反射的に俺は謝る。
尖った耳を持つ彼女は人間では無いだろう。
吸血鬼か、ピクシーか、それとも──
少なくとも軽い気持ちで見下すと痛い目に合いそうな相手だ。
「ううん! 全然大丈夫だよ! えっと……」
相手は唐突に話しかけてきた俺に困惑した表情を見せ、苦笑いをする。
罰が悪いが、ここでポーカーフェイスを崩すのは俺のプライドが許さない。
「玫瑰秋 桜だ」
と自己紹介し、無理やり話を進めた。
「私はアブラナルカミ・エルフ・ガベーラ。よろ──」
「いくぞ!」
軍人のような圧のある掛け声に圧倒され、アブラナルカミは話を遮る。
俺達はブレッシブ殿下達へ視線を移した。
ブレッシブ殿下が剣の腹を振り下ろす。
と、ビャクダリリーはギリギリの所で横に避けた。
「危なっ」
ビャクダリリーの震えた声。白髪が剣の勢いによってなびく。
殿下が関心したように呟いた。
「これをかわせるのか……」
本気でビャクダリリーと戦うつもりなのか?
晴れ舞台を台無しにされたブレッシブ殿下には同情するが、実力行使に出るほどでは無いだろう。
と、ブレッシブ殿下に少しだけ悪感情が湧く。
ブレッシブ殿下はまた剣を振り上げた。さっきよりも早いスピードで。
それを紙一重でかわし続けるビャクダリリー。
彼女も余裕が無いらしく、フラフラと千鳥足でいる。
酒でも飲んだのか、と、傍からそれを見ていると笑ってしまいそうだ。
「あれ……」
そこで俺は気付く。
ブレッシブ殿下はずっと、ビャクダリリーに剣の腹を当てようとしている。
それに、ブレッシブ殿下は素人の俺でも上手いと分かるほどの太刀筋の持ち主だ。
ビャクダリリーが強いという訳でも無さそうだし、一向に剣が当たらないのもおかしい。
ビャクダリリーを切るつもりは無い、ということだろうか?
ブレッシブ殿下は、どういうつもりで喧嘩をしているんだ?
本当に、ビャクダリリーから自主退学の言質を引きずり出す為なのか──
「〈壱・気泡〉!」
と、ブレッシブ殿下が叫んだ。
ビャクダリリーの足元に風──いや、風と言えるほど大きくない、小さな空気抵抗が生まれた。
「ぁっ」
次の瞬間、ビャクダリリーは何も無い所で転ける。
〈壱・気砲〉とは、風よりも小さな空気の流れを作る、初級魔法だ。
勇者も魔法は使うのか、と俺は感心する。
「ヒラギセッチューカ・ビャクダリリー。退学を要求する」
ブレッシブ殿下は慈悲のつもりなのか、剣を振り上げた所で止め、尻餅をついているビャクダリリーに言った。
そこで俺は目を細める。
やはりブレッシブ殿下は退学を要求した。
王族の勇者なんて権力を使えば、無名のビャクダリリーなど簡単に退学にできるはずだ。
なのに何故、頑なに”要求”をするんだ?
「絶っ対に嫌ね」
ピンチなのに何故か笑うビャクダリリー。
「そうか。残念だ」
ブレッシブ殿下のその声と共に剣が振り下ろされる。
「ぃやっ」
と、隣のアブラナルカミが声を上げた。
声を上げるべきはビャクダリリーだというのに。
晴れ舞台を潰されたブレッシブ殿下も、唐突に生徒代表にさせられたビャクダリリーも、不憫には思う。
が、王族であるブレッシブ殿下と不気味な白髪を持つ者には関わりたくない、という気持ちの方が勝った。
だから、俺は特に何も言わずその様子を見物する。
「〈参・氷塊〉」
新雪が柔らかく地面に触れる様な、冷たくも柔い声が響いた。
ビャクダリリーの足元から氷塊が生える。
それはブレッシブ殿下の剣を包み込み、凍らせて止めた。
その間にビャクダリリーは立ち上がって殿下と距離を取る。
〈参・氷塊〉氷の初級魔法だ。
名の通り、氷の塊を出現させる。
ビャクダリリーは白髪だから魔法の適正が分からなかったが、氷系統のようだ。
それでも彼女の左目は紅色。
炎系統適正者の特徴があるのに氷系統を使うという、生物の法則の矛盾を感じる。
「そこまでして学院に残りたいのか」
ブレッシブ殿下が表情を歪めながら、剣を氷塊から抜く。
バキバキッと硝子が割れるような音と共に、剣が抜かれ、氷塊が砕けた。
「あの人の為にも──こっちも事情があったりなかったり。別に、私が居ても殿下に害は無いじゃん? 見逃してくれませんかね」
「勇者が〈白の魔女〉を見逃すとでも?」
そのブレッシブ殿下の言葉で俺は腑に落ちる。
執拗に白髪のビャクダリリーに突っかかっているのは、勇者だからか。
ビャクダリリーは眉を八の字にして言った。
「だから魔女じゃ無いって! 魔女が世界壊したって1400年前よ? しかも、英雄達が魔女を三つに分けて世界のどっかに封印したって。それが今になって出てくると思います?」
1400年前に世界を壊したとされる〈白の魔女〉
白髪に白皙の肌と透明な眼を持つと言われる災厄だ。
しかしビャクダリリーの言う通り、白の魔女は学院長と初代勇者を含めた英雄達によって封印された、と言われてる。
それは〈皙の月〉と呼ばれているが、今はどうでも良いだろう。
俺もビャクダリリーが魔女とは思えない。
片目は紅い色だし、第一、魔女を封印した英雄が学院長の学院に入学できたのだ。
でも──
「その白い髪はなんだ」
ブレッシブ殿下の冷たい声。
そう、彼女は白髪。生物の法則を逸脱した、言い伝えの魔女と酷似した容姿。
魔女では無いにしろ、勇者であるブレッシブ殿下も簡単には引き下がれないのだろう。
「そこ言及されると、生まれつきとしか──。でも自主退学はしませんよ?」
ビャクダリリーが肩をすくめる。
まあ、名門校と名高い夜刀学院からの退学を要求されても『はいそうですか』とはならんだろうが。
問題はビャクダリリーの態度だ。
危機的状況なのにも関わらず、ふざけた態度でい続ける。俺はそれに不快感を覚えた。
「そ、そこまでにしようぜ!」
と、ビャクダリリーでも、ブレッシブ殿下でもない別の声が挙がる。
声の主は俺達の注目を気にせず二人の間に割って入った。
「この争いは何も産まねぇだろ! 見た目がおかしいからってだけで自主退学を迫るのはキツイぜ殿下!」
燃えるような真っ赤な短髪と同じ色をした瞳を持つ、長身の青年だった。頭半分が白がかっているが、光の反射が強いのだろうか。
ブレッシブ殿下は自分より巨体の青年を黙って見つめる。
「あいつ、大丈夫か……」
俺は赤い青年を心配に思って、そう呟いた。
白髪を庇うと、世界を滅ぼしかけた〈白の魔女〉を庇ってると勘違いされてしまう。
夜刀学院でそれを行うなんて、魔女を封印した英雄の一人──学院長に喧嘩を売る様なものだ。
それにブレッシブ殿下含め、王族に楯突くと今後何をされるか分からない。
それを踏まえてこの場に割り込もうとするのは正義感の強い者か、世間知らずである。
赤色のアイツは口調が荒いし多分後者だ。
「俺はブレッシブ・エメラルダ・ディアペイズだ。名を名乗れ」
「狐百合 癒輝」
ブレッシブ殿下は大人顔負けの圧を放つ。
赤いヤツ──ユウキはブレッシブ殿下の前で両手を広げ、ビャクダリリーを守る形をとった。
「ユウキ。お前の言い分は正しい。がしかし、俺は勇者だ。白髪は放っておけない」
「そう、だけどな……」
ブレッシブ殿下に言い返す言葉が見つからないらしい。ユウキは口ごもって両手を閉じかける。
ブレッシブ殿下はユウキの横を通り過ぎ、後ろのビャクダリリーに寄った。
そして、剣を下に構えた。
彼の視線はビャクダリリーを突き刺している。
「よっ、避けてっ」
隣のアブラナルカミが呼吸の様に言葉を吐いた。
空気抵抗を受けながら上がる剣の腹。
それがビャクダリリーに当た──
『止めてもらっていいかな』
る所で、声が頭に響いた。
鼓膜が受信したものではなく、脳内にねじ込められた言葉。
俺は初めての感覚に軽く混乱して中庭を見渡す。
ブレッシブ殿下も驚いて、ビャクダリリーの脳天直前で剣を止めた。
4.>>9