ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.9 )
日時: 2023/03/26 18:51
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)


 4

 ビャクダリリーの隣で黒煙が立ち上る。
 瞬きする間もなくそれは人一人分に膨れ上がった。そして黒煙から現れる2メートル近い姿。
 
 漆黒の長髪を一縛りにした紅い瞳の、中性的な人物。喧嘩の間接的な元凶、学院長だ。
 
「学院長、入学式の件、説明して頂きたい」

 ブレッシブ殿下は語気を強めて聞いた。
 俺達は唐突に現れた学院長に驚いていて、それどころでは無い。
 俺は目を見開いて彼らを見る。

 学院長は全く動じないブレッシブ殿下に苦笑いした。
 
「俺〈転移〉っていう凄い魔法使って来たんだけど。もう少し驚いてくれないかなー?」
 
 学院長のふざけた言葉がシリアスな空気に放たれる。
 ギリッというブレッシブ殿下の歯ぎしりが微かに聞こえた。
 
「おたわむれも程々にしてくださいっ、何故白髪がこの夜刀学院にいるのですかっ」
 
 ブレッシブ殿下は怒りを抑えたからか、今日一番の胴間声だった。軍人の様な圧に押されて俺は心臓が縮み上がる。
 
 それに動じてない学院長は「どうどう」とブレッシブを宥めるジェスチャーをした。
 が、逆効果だったようでブレッシブ殿下は睨みを効かす。

「んー、依怙贔屓えこひいき?」

 学院長は睨みを軽くいなして、とんでもない事を言った。
 ブレッシブ殿下は震えた掌を握る。
 
「依怙贔屓って……!」

 第三者からでも怒りと悲しみとやるせなさを感じる声色だった。
 学院長の依怙贔屓で生徒代表挨拶から外されたブレッシブ殿下と、それでヘイトを買われたビャクダリリーに俺は同情した。
 
 しかし学院長は悪びれも無さそうに笑っていて、一発殴りたくなる。

「で、他には?」

 ブレッシブ殿下は一旦深呼吸をして、学院長の問いかけに答える。
 
「何故ワタシではなく、ヒラギセッチューカ・ビャクダリリーが生徒代表なのですか」 
「これが一番優秀だから。学院は実力主義だし!」

 依怙贔屓発言の上に生徒を”これ”呼ばわりで、とても教師とは思えない。
 俺の中で学院長への信頼が面白いぐらいに下がってく。

「私に夜刀やつの学院生から頭一つ抜ける様な頭脳も魔素量も持ち合わせておりません。その紅い目は生ゴミで?」

 ビャクダリリーがようやく口を開く。 
 生徒代表に指名されたことを根に持っているのか、煽り気味だった。
 気持ちは分かるが、ビャクダリリーも悪い意味で肝が座っている。

「なら、君の片目も生ゴミになるよ?」

 学院長の軽い煽り返しを、ビャクダリリーは鼻で笑った。
 
「生ゴミだよ、こんなの」

 ビャクダリリーの片目は学院長と同じ紅色。
 けど、それは傍から見ても瞳として機能してるのか疑うほど濁っているし、学院長の目と違い渦巻いていた。

 学院長はビャクダリリーの悪態が効いた様子もなく「悲しいこと言わないで?」とおちゃらけて言った。
 
「それで、満足したかな? ブレッシブクン」
 
 と、話を移す学院長。
 ブレッシブ殿下は顰めた顔で鉛の様に重い言葉を叩き落とした。
 
「いいえ、まだ腑に落ちません。何故白髪が入学出来──」 
「あ、そうだ。俺ブレッシブクンを呼びに来たんだよ。お母さんが探してたよ?」

 殿下の母親──王妃様だ。
 身近に王妃様がいらっしゃると思うと、やましいことは無いはずなのに血の気が引いた。
 そして王族も他生徒、保護者と同じ扱いと会話から察して、更に鳥肌が立つ。

 ブレッシブ殿下の無愛想から怒りの色が消える。代わりに青色が薄く広がった。
 と共に、彼が手に持つ聖剣十束が溶けるように消える。
  
「忠告は……、したからな」

 負け惜しみに見える言葉を吐いて、ブレッシブ殿下は大股で中庭を去る。
 
 客観視、ブレッシブ殿下は生徒に退学を迫った悪だ。
 相手が白髪だったから嫌悪感は少なかったが、先に突っかかったのはブレッシブ殿下だろう。
 今回彼が受けた恥は自業自得と言える。

 俺の横をブレッシブ殿下が通り過ぎる。

 彼は恥をかいたのに堂々と前を向いて歩いていた。
 自分がやった行動に後悔は無い、という彼の気持ちがヒシヒシと伝わる。
 俺は一瞬、彼に視線が釘付けになった。

 アイツ、別に悪くないんじゃ──
 
「あのっ!」

 急に隣のアブラナルカミが駆け出した。
 他生徒は騒ぎが終わったからと中庭から出ていくが、アブラナルカミだけはビャクダリリーの元へ行く。
 また面倒事を起こすんじゃ無いだろうな?
 不安になって俺はアブラナルカミを追いかけた。

 アブラナルカミはビャクダリリーの前に立つと、胸に手を当て興奮気味に言う。

「私、アブラナルカミ・エルフ・ガベーラ! 入学前に黒蛇から助けて貰ったんだけど──」
「あ……、あの時の!」

 ビャクダリリーはアブラナルカミの登場に表情を固めるが、直ぐに溶けて間抜けた声を出した。

 どうやら二人は知り合いだったらしい。
 また喧嘩が起こると予想していた俺はホッと胸をなでおろす。

 再開に会話が弾む二人を見て俺は場違い感を覚えた。
 俺もこのまま黙って去ってしまおうか。そう思っていると、俺らを微笑んで眺めていた学院長が呟く。

「エルフと残滓、何の因果か──」

 普通の人ならまず聞こえないであろう声量。けど、耳が良い俺は聞き取れた。
 意図は分からないが、学院長の言葉は氷のように冷たく、少しゾッとする。

「俺結局何も出来なかったな、すまない」

 未だ留まっていたらしいユウキが申し訳なさそうに頭をかいた。
 ビャクダリリーはキョトンとするも、「ぶはっ」と吹き出して笑った。

「ありがとう、嬉しかった」
「どーいたしまして」

 ビャクダリリーの感謝に、ユウキは自嘲気味に笑って返事した。

「ヒラギセッチューカ、喧嘩は頂けないよ。ブレッシブにも言えるけどね」

 と、学院長はタイミングを見計らって注意する。
 この人、教師らしい事も言えるんだな。少し見直した。
 
 ビャクダリリーは王族並の大物に直接注意されたにも関わらず、ぶっきらぼうに「すみません」と答えた。
 やはりコイツは悪い意味で肝が座っている。

「あと、白髪と王族の喧嘩とかマジ笑えないから辞めてね」

 流石の学院長でもそこは焦るらしい。
 子供同士の小競り合いだったとしても、口調の崩れから焦燥が伺える。
 ビャクダリリーはムスッと返事する。

「はーい」
「よろしい。では、俺はここでお暇しようかな。大人がアオハルに割り込んで悪かったね」

 学院長は"あおはる"などと剽軽な事を笑って言った。
 それを怪訝に思っているうちに学院長は転移魔法の黒煙に包まれる。そして、消えてしまった。

 学院長の転移を見届けたビャクダリリーは一つため息を吐いて、自嘲気味に笑う。

「災難だったね。白髪と関わるとろくな事がない。さ、行った行った」

 俺らをギャラリー扱いしてビャクダリリーは手をヒラヒラと振った。
 俺はともかく、心配してくれたアブラナルカミとユウキにその態度は無いんじゃないか?
 さっきから少しずつ積もっていたイライラを抑えられなくなった俺は、

「それは無いだろ」

 と言葉を漏らしてしまう。
 ビャクダリリーが手を止め、キョトンとした顔で俺を見た。

 やってしまった。俺が事件の種を撒いてどうするんだ。
 思わず口に手をそえるが、ここまで来て食い下がらないのも勿体ない気がした。
 自分は頭が切れる方だ。喧嘩を起こす様な馬鹿なことしないだろう。
 俺はこのまま突っ張ることにした。

「二人はお前を心配して声をかけたんだぞ? 相手は気持ちが悪い白髪なのに。その態度は無いだろ」
「えっと、どちら様で?」

 ビャクダリリーは怪訝そうな顔をして言った。

 失礼にも程かあるだろう! と、怒りのダムの堰が切れそうになるが、何とか持ちこたえる。
 俺は静観していたからビャクダリリーを知っているが、ビャクダリリー目線俺とは初対面。
 今のは当たり前の反応だろう。
 俺は敵意が無いことを証明するために微笑みを作る。

「紹介が遅れた。玫瑰秋まいかいと ようだ」

 ビャクダリリーの瞳孔が微かに開く。
 何故か「玫瑰秋まいかいと……」と、とても小さな声で復唱するのが不気味で、俺はゾッとした。
 
「私はヒラギセッチューカ・ビャクダリリー。で、なんだっけ? 」

 しかし、ビャクダリリーはそれを無かったかのように扱った。
 小声過ぎて俺には聞こえてないと思ったのだろう。バッチリ聞こえてるが。

 俺は少し怒りを我慢出来ず、わざと語気を強めて言った。 

「失礼な態度はやめろと言ってるんだ」
「──ぶははっ!」

 ビャクダリリーは突然吹き出してせせら笑いを浮かべた。
 舌打ちしたいのを堪えて俺は聞く。
 
「何がおかしい?」

 思ったよりドスが効いてしまった。
 しかし、そんなこと気にならないぐらいの言葉をビャクダリリーは吐き捨てた。

「傍観者が作った正義ヅラほど滑稽なモンはないと思ってさ! ──ぶはははっ!」

 憎いほど綺麗な笑顔が踊った。俺の体液も沸騰して踊った。
 真っ白なビャクダリリー。俺の頭も真っ白になる。

 ──ふざけるなよ
 
 綺麗な白髪が一本一本、宙で舞っている。
 フサフサの白いまつ毛がたなびいている。
 それから目を逸らさずに、俺は拳に力を入れた。
 
 そして

「黙れぇっ!!」

 ──ビャクダリリーを殴った。

 俺のオレンジ色の拳が、白皙の頬にめり込む。
 顎の骨が拳にゴツッと当たって痛い。けど勢いは止めなかった。
 
「あがぁっ……!」

 情けない声を出して、ビャクダリリーはドサッと地面に倒れ込んだ。

 殴る側も結構痛い。俺は拳に広がる痛みの余韻を味わう。
 コミュニケーションにおいて、暴力に頼るのは一番やってはいけない事だ。
 それは分かってた。
 理性では分かってた。
 
 感情は、知らなかったらしい。


 咲いて間もない桜の花弁。
 ヒラヒラと不規則に宙を舞う。
 静かな空気を旅するそれは、静かに、大地を
 ──白く染め始めた。

 【終】