ダーク・ファンタジー小説
- Re: 魔女先輩は転移後即日死した後輩君を甦らせたい!? ( No.1 )
- 日時: 2023/03/23 16:54
- 名前: 天麩羅 (ID: F69kHN5O)
プロローグ〜〜序話ーー副題(未定)
呆気なかった。
向かいの恐怖が張り付いた表情を見て、ゆっくりと首を巡らせる。
背後に気配を感じて、振り返った直後だ。
重く叩きつけられる、側面からの一撃ーー。
目端に何かを確認した瞬間、おれの意識は混濁した。
視界がぐるぐると錐揉んだのを目線で追って、先程まで正面にしていた顔が驚きに目を丸くする。
パラパラ漫画みたいだ。
恐怖から驚愕、そして絶望へと変わっていくその表情ーー。
ぐるぐると何度もその顔が映し出されて、徐々に顔色が塗り変えられていく。
それを見てるだけなのは、正直ーー居た堪れない。
あれーー?
おれ、この人の為に異世界に来たんじゃ無かったっけーー?
混濁する頭からどうにかひり出した思考だが、確かそうだった。
この、現実では痛々しいまでに常人と一線を画する、人呼んで魔女先輩ーー。
おれはその通称に良くない噂が込められていたのを知りつつも、だからこそ彼女に近付いた。
そこに、野次馬根性にも似た軽薄な考えがあったのは否定出来ない。
八波羅高校二年生にして校内一の異物であり、侮蔑と畏怖の対象ーー。
矛盾する二つの意味を同時に含有する魔女先輩に、最初ーーおれは興味がそそられた。
学校の屋上を不法占拠して日夜怪しい活動に邁進していた彼女は、校内非公認の闇サークルを設立した創立メンバーでもあった。
ツバ付きの三角帽子を被り、ローブを身に付けた姿はまさに異世界の魔女ーー。
さしずめ、そんな彼女に誘われたおれは興味本位のまま闇サークルの活動に加わり、それがいつの間にかーーただの好奇心とは別の感情を抱くようになっていた。
いつからだったかは覚えてないーー。
魔女先輩の使い魔もとい、ナイトを気取っていて心地良さを感じ始めたのはーー。
怪しげな活動にのめり込んでいったおれは、闇サークルの目的ーー異世界転移という馬鹿げた話に乗った。
奇怪な喚術陣やら、よく分からない成分のインクで描かれた奇妙な文字列は何の功を奏したのか、〝此処〟に来る直前ーー。
学校の屋上でぐるりと円形に配された文字列は少なくとも、彼女の悲願を達成したとーー今なら言える。
おれ他、複数名のサークル員達は始め、それが単なる転移じゃないかと疑った。
学校の屋上から、見知らぬ場所へーー。
これが事実ならそれだけでも十分な快挙だったが、その時はまだ、此処が異世界である保証はまったく無かった。
それぞれが別行動で異世界らしいものを見付けてくるまでに小一時間ーー。
おれは〝此処〟が少なくとも元居た世界とはまるで異なる場所であると、身を以って示す事となった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「こ……。
……後輩君?」
そう、いつものように彼を呼んだつもり。
本当は下の名前で呼んだ方が良いのか、でも今更改まってそう呼ぶのも違和感あるしーー。
なんて考えてたのが最近の悩みだった。
小さく呼び掛けた私の声に、視界から居なくなった彼からの反応は無い。
喉から出た響きが空気を震わせていない事に気付いたのは、さっきまで居た後輩君が目の前から居なくなったーーその直後だった。
普段なら、彼の姿を視線で追っていただろう。
最近の私は少々ながら、これがーー少々どころではないぐらいに後輩君の姿を無意識の内に探していて、例えば朝早くから登校中の学生服の中を眺めていたりする。
運良く中肉中背のやや寝癖がかった後ろ頭を見て、にっこり微笑んでいるぐらいには重症だ。
それを数少ない同性の友人に見られて根掘り葉掘り聞かれるのが分かっていても、その時ばかりは忘れているのだから仕方無い。
しかし今日は生憎と、別の事で頭がいっぱいだった。
そう、校内非公認ながら異世界への様々なアプローチ及び、異なる世界への到達を目的とする我が〈ワルプルギスの集い〉にとって、本日は記念すべき日ーー。
今日この日を以って、この現世をオサラバする日なのだ。
だからーーいつにも増して背後への警戒が無さ過ぎたのは、計画で頭がいっぱいになっていたからに他ならない。
脇を伝ってそのままもにゅーー。
とでも擬音で表現される胸部の膨らみに手を伸ばしてきたのは、真後ろからの魔の手だった。
耳元にはいつものように私を揶揄う、女子生徒の声ーー。
「今日も隙だらけだね〜?うへへ〜
いや〜、堪能堪能!」
「あなたねぇ……?」
肘で後ろの顔を押しやった私は振り返る。
茶髪の中に金のアクセントを塗した髪色の女子は油断のならない目付きで、人の胸を遠慮無く見詰めていた。
それと、その隣には見るからに凶悪そうな長身の男子生徒ーー。
「朝っぱらからイチャついてんじゃねェよ、真島ァ、、
この駄肉がァ」
よもや言う人次第では、セクハラ発言だ。
如何にもなヤンキー口調でいながら顔を背ける彼は、目の保養にすら値しないとでも言いたいのだろうかーー?
見掛けに寄らず紳士な態度だが、ある一点だけはその風貌を大きく裏切っている。
中二病ーー。
それは中高生達にとって触れてはならない禁断の第一指定ワードであり、彼の右目にもそれを象徴する物体が存在感を放っていた。
同好の志達がこよなく愛する、そうーー眼帯だ。
しかし中二病ーーと彼を罵ってはいけない事は、我が校の生徒のみならず近隣の学生達でさえ知っている。
そして、その最悪の不良と双璧を成す、八波羅の〈フィクサー〉にして〈気狂い女帝〉ことーー。
「うへへ〜、いや〜?
今日もイイ揉み心地でしたな!眼福眼福」
そう言ったのは、数少ない同性の友人でありながらもその特権を存分に堪能するオヤジ女子だった。
因みに私の胸部の膨らみがいつの間に彼女の占有になったのかは、私自身も知らないーー。
オヤジ女子はニヤけた表情のまま、向こう一点を指差す。
「イイのかな〜、リン〜?
彼、行っちゃうよ?」
「え……?
べ……!?別に打ち合わせならお昼にでもすれば良いじゃない!?
……とは言ってもあとは最後確認だけだし?
出来る準備は全てしてきたつもりなのだわ!?」
危うく素が出掛けたが、どうにかその場を取り繕った。
普段から学生服に身を包んでいるのは世を忍ぶ仮の姿ーー。
異世界の記憶を持ち、遥かな次元を隔てた遠き現代へ転生してきた魔女ーー。
それが今生の名前である真島リンこと、不世出の大魔女たる私だった。
次話、>>2
- Re: 魔女先輩は転移後即日死した後輩君を甦らせたい!? ( No.2 )
- 日時: 2023/03/23 16:57
- 名前: 天麩羅 (ID: F69kHN5O)
プロローグ〜〜序幕、1話ーー副題(未定)
いつもと同じ、退屈な授業ーー。
結局、後輩君に声を掛けなかった私は同じクラスのあの二人がいつの間にか居なくなったのを確認した。
どうせまた、屋上でサボりだろう。
異世界に転移する最後の日ぐらい、授業を受ければいいのにーー。
そう思いつつの私は意外にも、今日この日までの出席数はコンプリートしていた。
本日のお日柄は秋も深まる、二学期の半ば頃だ。
文化祭も終え、紅葉も粗方散る季節だった。
外来語の先生が耳に馴染まない言語をペラペラと流暢に喋っているのだがーー下らない。
欠伸を噛み殺したような声が、他生徒達の口から聞こえてくるのは文化的な軋轢から生じた、せめてもの抵抗と見做すのは穿ち過ぎなのだろうかーー?
幼少から慣れ親しんだ母国語に加え、いきなり中等部から外来語を学ぶ事に対しての違和感を感じてから、そのまま今日まできてしまっているのだろう。
耳に馴染まない言語に慣れようと最初から聞き耳を立てていたかどうかーー。
それが運命の分かれ道だった。
何となく気取っている気がして、流暢に喋るのが鼻につくーー。
そう思ってしまった私が授業についていけてないのも、ある意味必然だったのだろう。
何せ、こちとら異世界の記憶を持つ身の上だ。
異なる言語を覚えるのに幼少の頃は必死に聞き耳を立てていた。
幼児の頭というのは学習能力の権化らしく、一度や二度聞いただけでこの世界の言葉を覚えられたりするが、ここにきてーー。
これはもう数年前の話になるが外来語の授業だ。
はっきり言って、少々やってられないとは私も常々感じていた。
カルチャーギャップというやつだろう。
こんなどうでも良い外来語を覚えたとしても、いざ本場で流暢な会話となると馬の耳に念仏に違いない。
これはペンですーーなんて普通は言わない筈だし、きっとおノボリさんが本場で覚えたての言葉を使ってみたかったとしか思われないだろう。
もしかしたら外来語でそれを言う機会はあるのかもしれないが、はっきり言って人生でそんな場面が訪れるのかは疑わしい。
必然、小学生の頃までは100点だったテストの点数も見る見る下がっていった。
それまでこなせていた課題が満足にこなせないと知るに至り、同時に勉学への熱意も喪われていくーー。
そう、よくある話なのだ。
そこに至るまで私はこの耳馴れない言語の世界に馴染もうと努力し、ある程度は自分でも満足のいく結果を打ち出していた。
ところがーー中等部に入るなり、裏切りの連続だ。
先に挙げた外来語の件もそうだし、小学生までの自由闊達とした関係性が上下を意識したものとなって、先輩後輩と呼び分けられるのが当たり前になっていくーー。
大人になる為の準備だと、賢しげな大人達は言うのだろう。
しかし私にとっては、異世界の記憶から続いての二度目なのだ。
突然ハシゴを外されたような気がして、周囲に順応する気は無くなってしまった。
半グレというやつなのだろう。
別にあの二人のような不良では無いし、かといって周囲と仲良く同調出来る程大人でも無い。
だから私は、記憶の中にある異世界を探求した。
既に中等部もとっくに終え、高等部に入ってからの前世の記憶は曖昧なものとなりつつあったが、それでもーーある程度の成果を生み出す事は出来た。
喚術陣と、異世界原語ーー。
記憶の中の異なる世界とそっくり同じものかは分からなくても、数年の研鑽を経た私の研究成果はこの退屈な世界に新しい彩りを齎した。
勿論、仲間内だけでの話だ。
これを公表したら、頭のおかしい人として世間から後ろ指を指されるかもしれないとも思えたがーーこの世には、少々おかしな人達が山程居る。
魔女を意識した三角帽子を校内で常に着用する私を始め、教室内を見渡せばーー何人か怪しい授業態度の生徒達が居た。
所謂、オタクとカテゴライズされる人達だ。
ヘッドホンで何かの曲を聴きながら黒板をノートに写す男子が居れば、ぐるぐる眼鏡で怪しげな文庫本を読み耽る女子生徒も居る。
他所の高校の事はよく知らないのだが、少々変わった授業風景なのは間違いない。
これには些か事情があって、我が八波羅の〈フィクサー〉ことーーあの友人が色々と陰で働きかけた影響が大きいともいわれていた。
どんな手段を使ったのかは分からないのだが、相棒の眼帯ヤンキーが幅を利かせているのを背景に、犯罪スレスレの際どい交渉力を発揮したに違いない。
つまり、私がこの八波羅高校を隠れ蓑にするのには都合の良い環境が出来上がっていたのだ。
普段は何かと不必要なボディタッチの多い〈気狂い女帝〉でもあるのだが、それ以外の点に関しては私のみならず、彼女に感謝している生徒も多いだろう。
そんな彼女を友人に持つ私は一介のオタクを装った現代の魔女として、校内に闇サークルを創設したのが去年ーー高校一年生の時の出来事だった。
そして、時は現在に至り、今日ーー。
一学期に勧誘した後輩君達の尽力もあって、本日異世界転移する。
そんな計画を頭の中で思い浮かべている内に、お昼休みになった。
屋上だ。
ペントハウスを背にだらしなく背を凭れているのは、肩で制服の上着を着る二年生ーー。
眼帯ヤンキーこと、近隣の不良達を震え上がらせる〈隻眼悪鬼〉ーー迦具土テツヲだろう。
此処は元々先代のーーもはや死語と呼んでも良さそうな番長からテツヲが一年生の時に奪った場所らしく、生徒ばかりか彼の威名を恐れた教師達も近付いてこない。
だから、闇のサークルの活動拠点としては打って付けの場所だといえる。
既に昨日描いた喚術陣は屋上目いっぱいに布かれていて、その内側から円が幾つも連ねられた合間ーー円と円の間に、弧をなぞるように異世界原語が並んでいた。
起動の時を待ち侘びる円陣ーー日差しで乾いたそのインクから、私は他方へと視線を向ける。
屋上の端の方でシートが敷いてあるのは〈フィクサー〉にしてオヤジ女子こと、鳥居ひよ子の固有スペースだろう。
今日持ち込んだ漫画らしいのが重ねられていて、開けっ放しの袋が既に三つーー散らかされている。
けれども、当の本人は見当たらない。
袋の中の菓子本体は既に空のようだから、近くのコンビニにでも補充に行ったのだろう。
ちょうどお昼時だし、いつもと変わらない。
私が屋上の扉を開けたのに気付いたのかどうか、テツヲの横顔はこちら側が眼帯で窺えなかった。
後輩君達は、まだ来ていない。
そう思った直後ーー。
後ろから、階段を昇る足音が聴こえてくる。
彼だ。
「あ、リン先輩!
おそようございます」
礼儀正しく挨拶してくる後輩君に続き、後ろの女子生徒が続く。
「、、おそよーです
お菓子余ってます?」
小柄ながらに堂々とシートに直行したのは、後輩君と同じクラスのーー。
「中身は空ね……沙梨亜ちゃん」
「、、ちっ
使えねー先輩ですね、約1名」
彼女が揶揄したのは此処に居ないもう一人、私の友人のひよ子だろう。
一学年上の彼女を憚らない後輩女子、前垣沙梨亜ーー。
後輩君と同じクラスで、ぱっと見はお淑やかそうにも見える女の子だった。
サラサラとした髪の毛は艶やかに光を照り返してくる黒で、そこらの燻んだ黒とは格が違う。
薄く目立たないように化粧をした顔は素材そのものが一級品だ。
だから、時々口から出てくる毒がその容姿に相反してタマラナイーーらしかった。
曰く、男子達の口からヒソヒソと聞こえてくる品評にして、校内の闇の番付けでもある。
一学期の内に同級生の男子半数が撃沈したとも噂され、それは私と同じ二年生男子も例外では無い。
さすがにその想いを告げた人数は誇張としても、女子の私から見てもたまにドキリとする女の子だった。
それからーー。
「いよいよ今日ですね、先輩
緊張するなぁ」
「そ、そうね……。
ヒ、ヒラ……後輩君」
ヒラト君、と呼ぼうとした。
天ヶ嶺開人ーーそれが、ここ最近私を狂おしく悩ませる後輩君の本名だった。
次話、>>3
- Re: 魔女先輩は転移後即日死した後輩君を甦らせたい!? ( No.3 )
- 日時: 2023/03/23 17:01
- 名前: 天麩羅 (ID: F69kHN5O)
プロローグ〜〜序幕、2話ーー副題(未定)
ヒラト君、ひらと君、開人君ーー。
頭の中が妄念で満たされた。
私が後輩君を下の名前で呼べないのは、一重に悪しき慣習のせいに違いない。
やれ先輩だ後輩だ、と横の繋がりだけで済んでいたものをわざわざ上下にまで及ぼして、まさに陰謀といっても言い過ぎでは無いだろう。
ヒラト君ーー後輩君は若干浮いた寝癖を気にしたように頭を掻いて、やはり直らない事に思い至ったらしい。
癖っ毛なのだろう。
酷い日は何となく鳥の巣を思わせる頭を諦めて、昨日描いた喚術陣を見渡している。
「あはは、本格的ですね
かなり」
「ま……まあね?
……こんなナリでも生前は終期末の魔女の名を謳われし大魔女なのだから、当然なのだわ!」
そう、私はこの世界に至る以前の前世では、魔女の名を冠するに相応しい程の術法を使い熟した大魔女なのは、先に述べた通りだ。
勿論、単なる脳内設定では無い。
本当は少し自分でも疑っていた時期があったが、この喚術陣の効力はここ数年の間にしっかりと確かめている。
つまり、生まれた時からあった不可解な記憶が、ある程度現実と符号するかどうかの確認作業でもあったのだ。
その証拠になるのが以前の実験で、それぞれ別の地点同士を繋いだ喚術陣が、互いに物体を飛ばせるかどうかの試みを試行してみた事があったのだがーー。
それらの実験は全て一定の成功を納めた事を少なくとも、〈ワルプルギスの集い〉の面々は知っている。
だから、彼らは本日ーー私と共に異世界へ転移するのだ。
それぞれがそれぞれの理由でーー。
私が思考に耽っていると、ペントハウスの壁際から声が聞こえてくる。
「、、起きて下さい
テツ先輩」
爪先で眼帯ヤンキーを突ついているのは、沙梨亜ちゃんだ。
彼女は手提げから弁当箱を二つ取り出し、それが当然であるかのように置いた。
今の今まで寝ていた声が、ようやく反応する。
「アア、、?沙里亜かァ?
今日は何だァ?」
「、、卵焼きとひじき、それから朝早く丹精込めて作った唐揚げと彩りにプチトマトです
感謝して食べるがいいですよ?」
「アア、済まねェな、、」
そう言ったテツヲは、ガツガツと弁当に手を付けた。
朝から何も食べていないのだろう。
会話の端々から聞こえてくる彼の家庭環境は少し聞いただけでも劣悪なものだからーーそれを知るとほっこりする事この上ない情景だ。
決してリア充爆発しろ、だなんて思ってはいけないーー。
何となくモヤモヤしてる私の肩を、後輩君が叩く。
「先輩、例のブツがここに」
「抜かりは無いわね?」
そう問い掛けた私に差し出されたのは素っ気ない購買用の袋に包まれた、丸い形状の食べ物だ。
後輩君はそれを恭しく差し出し、先の問いに応える。
「勿論です!
おれ達もお昼にしましょう」
ナイト様を自認するだけあった。
これは別にせっかくだから自分もーーというノリでこちらに付き合ってくれているだけで、まさか本気では無いのだろう。
それでも彼はそっと手を差し伸べ、恭しく頭を下げてくる。
せっかくだからと彼が購買で手に入れたメロンパンを片手に持ち、他方の手を差し出した。
なんか、後輩君が私だけを見てくれているみたいでドキドキしてくる。
勿論、そんな事は有り得ないと分かっていても、通算30歳超えの私をこうまで翻弄するのだからーー。
はっきり言って将来が少し心配だ。
ほわほわとリードされつつ私は、気付けばひよ子の固有スペースであるシートの上に座っていた。
本人が居ないのだから、別に良いだろう。
いつも忘れかけるが、そういえばーーと小銭を出し、後輩君に手渡す。
「はい……いつも悪いわね?」
「いえいえ、ご用命とあらばいつ如何なる時にでも
先輩の頼みですからね」
そうなのだ。
学校の一階は一年生ーーと何故か創業以来からの決まりがあるらしく、二年生の教室は当然のように二階だ。
つまり、二階から買いに行って屋上に行くよりも、一階から直行出来る彼に行って貰った方が早い。
ましてや競争率の高いメロンパンだ。
私の足で二階から購買へ向かっても、買えるかどうかは五分々々だろう。
二年生になってなかなかメロンパンを食べられなくなったといつだか不満を漏らしてからは、彼が買い出しに走るようになった。
一学期の頃の出来事だ。
後輩君はそつなく袋から牛乳を取り出し、こちらに差し出してくる。
「ありがとう
……褒めて仕すのだわ!」
「ははっ、有難き幸せ!」
こうした言動にも反応してくれるあたり、付き合いは良いのだろう。
にこやかに笑みを交わしつつ、お昼を頂いた。
「……ひよ子がまだ来ないけど、最後確認ね?
ここに布いた喚術陣はこれまでとは一線を画するものよ?
それでおさらいだけど……。
ちょうど満月の夜に相互転移の術式を刻んだにも関わらず、先月の実験では裏山頂上への物体の転移は起きなかったわ……」
「っつうことはつまり、、
オレのウルトラ仮面フィギュアは異世界に行った可能性が高ェってこったな?
イイじゃねェか!」
嬉しそうに言ったのはテツヲだ。
彼は見掛けに寄らずというべきかーーその厨二じみた眼帯にそぐわずというべきなのかはともかく、多岐なオタク道を邁進している。
ゲームや漫画、アニメはいうに及ばず、人気ロボットのガソタンや実年齢がまだ達してない筈のRと付くジャンルのいかがわしいゲームやら、果ては戦国武将等々ーーさしもの私もレパートリーの多さには舌を捲く。
その甲斐もあってかこの街で彼はオタクの血脈を護りし〈隻眼悪鬼〉との評判を轟かせ、その辺の不良との長き抗争に明け暮れたのは去年の話だ。
今では底辺の陰気なオタク達も大手を振って商店街を出歩けるようになり、一部からは街の若き英雄とまで目される人物なのである。
私も何を言っているのか分からなくなりそうだが、そういう人だ。
だからこそ彼のウルトラ仮面フィギュアが先月の実験で異世界に紛失したのを気に病んでいたとも思えたが、実は違ったらしい。
「これでウルトラ仮面もいよいよ異世界進出だなァ!
、、今頃はガキ共のヒーローごっこが白熱してるに違ェねェぜ!
な!ヒラト」
「は、はい?
そうですね?テツヲさん」
力関係が推し量れる遣り取りだ。
とりあえず頷いてみせたは良いものの、ヒーローごっこが後輩君の琴線に触れなかった様子が何となく分かる。
はーー!?
もしかしてこれって以心伝心ーー!?
私はいつの間にか熟年夫婦でしか成せないスキルを身に付けたのかも、とも思ったがーー。
「あ、でも小さい頃は戦隊ごっことかやりましたよ?
北条戦隊八幡ジャーとか懐かしいですよね!」
「おォ!あれ見てたのかァ!
いやァ、舞台が戦国時代をモチーフにしてるっつうのも異色なんだよなァ!?
それにも増して異例なのがそれまで固定化されてた戦隊カラーを破った、、」
「そうそう、8色ですよ!8色!
関東連合に対して甲越同盟が成立した時の絶望感ときたら、、
あれでそれまでスポットが当たらなかった茶色にも活躍の場が出来ましたからね」
「おォ!?そうだったそうだった!
、、茶色が両面作戦の上杉勢をたった一人で足止めするトコとか胸熱だったよなァ」
私の勘違いを他所に、何やら熱く語り合っていた。
なんか、悔しいーー!?
キリキリと歯軋りしそうなのを堪えた私の耳に、後輩女子の声が響く。
「、、どーでも良いです
そんなことより先輩、早く確認を」
「え……?そ、そうね
それでなんだけど……」
続けようとしたら背後に、なんか圧がかかってきた。
正確には私越しの沙梨亜ちゃんに、だ。
「アアン!?沙梨亜、てめェ、、
八幡ジャーがどうでもイイたァ、随分な了見だなァ?」
「、、っち
これだからミーハーは嫌なんですよ?」
何故か、さっきまで恋人一歩手前の趣きを醸していた二人が険悪だった。
次話、>>4
- Re: 魔女先輩は転移後即日死した後輩君を甦らせたい!? ( No.4 )
- 日時: 2023/03/23 17:06
- 名前: 天麩羅 (ID: F69kHN5O)
プロローグ〜〜序幕、3話ーー副題(未定)
後輩女子が、キリッと目線を上げる。
「、、良いですか?
そもそも戦隊ものは5色と相場が決まっているのに8色とは、あまりに人数が多過ぎます
ただでさえ色の格差が酷いシリーズもあるのに8色ですよ!?
白、黒はまだ分かりますが何ですか?茶色って、、?
他のカラーが八幡イエローだ八幡レッドだ名乗るのに、茶色だけ八幡茶色ですよ!?そのまんま茶色!舐めてやがりますよね!?
名乗りに統一感がありませんし、ファンの間では未だに茶色の相応しい名乗りを語るスレが某掲示板で建つ程です
、、知っていますか?
八幡茶色の名乗り案がその後、どういった経過を辿ったのかを、、」
言葉数の多さに、周囲は無言だった。
なんだかこの娘、少し怖くないーー?
怒りの圧を放っていたテツヲも黙り込み、無言で沙梨亜ちゃんの発言を促している。
「、、さすがのテツ先輩でも知らないみたいですね
八幡茶色の名乗り案はその後、10年近くに渡って掲示板を紛糾させました
八幡ゴボウだ八幡コーラだ八幡シロップだと様々な案が生まれては消え、消えてはまた生まれました、、」
聴き手を引き付ける才能でもあるのか、私達は彼女の声に聞き入っていた。
何か思うところでもあるのか、物憂げに沙梨亜ちゃんは続ける。
「、、実を言うとわたしも某掲示板に書き込み、どうにかならないかと議論に加わったんです
、、ですが、結局力は及びませんでした、、」
「沙梨亜、おめェ、、」
彼女の心情に触れたのだろう。
ここまで詳しいのだから、生半可なファンではない。
テツヲは済まなそうな顔をし、そっと顔を背けた。
それに気付いてか気付かずにか、後輩女子は小さく呟く。
「、、八幡う〇こ
、、う〇こですよ!?う〇こ!分かります!?
どうにか掲示板の流れを変えようとしたわたしはその後も渾身の名乗り案、、
、、八幡アースを提唱し続けたんです!
でも、それでも時勢の流れは変えられませんでした、、
一度スレ民の頭にこびり付いた印象は変えようが無かったんですよ!?
八幡う〇こ、、最悪です、、」
そう言って、彼女は膝から崩れ落ちた。
何この茶番ーー。
そう思ってはいけない。
これが彼女達のオタク道であり、推しに対する一途な想いなのだからーー。
頽れた沙梨亜ちゃんの肩に、テツヲはそっと手を置く。
「茶色は悪かねェ、、
一番悪ィのは半端な構想で見切り発車した制作スタッフだ、、」
「、、テツ先輩、うぅ、、」
涙目の後輩女子に寄り添ったのは、眼帯ヤンキーだけでは無い。
後輩君も二人の雰囲気を憚ってか邪魔しないようにーー。
しかしながら、ボソリと零す。
「八幡アースか
なんか、良いですね」
「アア、最高だ、、
八幡アース、、
、、他の誰に呼ばれなくても、オレらだけはその名で呼び続けてやるんだ
八幡アース、、!
、、良いじゃねェかァ!?チクショウ、、」
迂闊に近寄れる雰囲気では無かった。
そこに易々と入っていった後輩君の対人スキルの高さに私は驚きながらも、そろそろかそろそろかと様子を窺う。
もう一度言うが、決して茶番と言ってはいけない。
たとえチャイムの音がもうすぐそこまで迫っていても、今この瞬間は此処でしか味わえないのだからーー。
キーンコーンカーンコーンーー。
生徒達を急かす音に、いつもならイラッとするが救われた思いだった。
私は今になってーー時間に気付いたように言う。
「あら……もうこんな時間ね」
「はい、そうですね
行きましょうか、リン先輩」
ナイト君が応じてくれたのにホッとしつつ、後ろを振り返る。
既に謎のオタク結界は解かれ、元の空気に戻りつつあった。
少し気まずそうにしながらも、沙梨亜ちゃんが口を開く。
「テツ先輩も天ヶ嶺君も、それから、、
、、リン先輩もありがとーです」
「え……?ええ、ど……どういたしまして?
それじゃまたあとでね?」
何故かお礼を言われた。
放課後ーー。
最後の打ち合わせだ。
結局、お昼は顔を出さなかったひよ子も居る。
「いや〜、昼間はごめんね〜?
私もちょっと思うところがあってね〜?
、、色々と考えてたんだ」
「そう……。
みんなにとっては最後だものね?
それとも、やっぱり気が変わったって言うなら……止める?」
勿論、私は一人でも行くつもりだった。
みんなが付いて来ないというなら、それは仕方無い。
誰しもが生まれ育った世界を憎みながらも、心の何処かで常に想っている。
私はそれをこの世界に生まれて感じたし、彼らだって私が想うようにこの世界を想っているのだろう。
愛憎半ばにしながらも、常に意識のひとつ後ろ側に在るーー。
生まれ故郷の世界とは私にとって、そういうものだった。
彼らの気が変わったのならーー。
そう問い掛けた私に、後輩君は首を振る。
「おれは行きますよ!
異世界へ行ってそれで、それで、、
、、とにかく行きますよ!」
何か色々と野心が見えそうな気もする彼だが、それだって一緒に来てくれるなら嬉しい。
テツヲも沙梨亜ちゃんも、後輩君の言に続く。
「愚問だなァ?真島ァ
、、オレの器はこんな狭い世界にゃ収まり切らねェ!」
「、、当然です
昼間はお陰様で吹っ切れましたからね
覚悟するがいーです!?異世界!」
何をーー?
とは、聞かなくても良い事だろう。
女の子には、生まれ変わる瞬間が必ずある。
彼女もどうやらそれを迎えたようで、後ろでそれを見守るのが年長者たる私の務めなのかもしれない。
そして、最後の一人ーー。
茶髪に金のアクセント部分を指先で弄っていたひよ子は、意を決したように口を開く。
「私はね〜?うん、、
、、みんなには悪いんだけど、こればっかりはね〜?
行けないかな〜、やっぱり、、」
そう言い、申し訳無さそうに両手を合わせる。
「みんなごめん!
今はまだ、、」
「あれ?どうしてですか、、?ヒョコ先輩」
一瞬呆気に取られていた後輩君が声を掛けた。
普段は何かとひよ子を邪険に扱っている後輩女子も、同様の表情だ。
彼女と同じ二学年の私とテツヲは、後輩達と違って然程驚いてはいない。
ひよ子は少し申し訳無さそうにし、普段のおふざけは微塵も感じられなかった。
髪を弄るのを止め、後輩君の問いに彼女は答える。
「考えたんだよね、異世界、、
、、私も行きたい
でも、それは今じゃない」
オヤジ女子は今、普通の女子の顔に戻っていた。
普段の彼女は私及び、他にも多数の女の子との触れ合いを求めるーーある意味危険思想の持ち主で、だからこそ〈気狂い女帝〉とも呼ばれていたのだが、それをここで前面に出してはこない。
以前から、エルフにケモ耳と触れ合いたいという邪な願望を持ってはいたけれどもーー。
そうした欲望を殴り捨て、彼女は言う。
「この喚術陣は確かに異世界に繋がってる可能性はあるし、繋がってる可能性を立証する為には、飛び込んでみるしかない、、
、、だったね?リン?」
「ええ……その通りなのだわ?
この喚術陣は先月のウルトラ仮面フィギュアが戻って来なかった時の術陣に、更に座標の検知に質量基準を設けた他、自動翻訳や人体の環境適応等様々な術式を組み込んだものなのよ?
だから……以前と比べあらゆるケースを想定したこれ以上無いぐらいの喚術陣である事は間違いないのだわ!」
力説した。
研究の過程を頷いたひよ子は分かっているし、他のみんなも何となくなりに理解はしている。
その上で、彼女は言う。
「でも、絶対じゃない
、、絶対安全に目当ての異世界へ辿り着けるかは分からないし、私達が想定してないケースがあればそこで終了
、、そうだね?リン」
「ええ、その通り……。
……だからこその、最後確認ね?」
私は再びみんなの顔を見渡すが、意思は変わらないらしい。
行かないと言ったひよ子も、前言を翻す気は無さそうだった。
「……それじゃ、今夜決行よ!
今夜、満月の満ちる時間に……私達は異世界へ行くのだわ!」
みんなが頷いたのを確認する。
そして、少々寂しげなひよ子の顔を見た。
「……最後になるわね?ひよ子」
「うん、見送りには行くよ
、、最後にた〜っぷり堪能しないとね〜?うへへ〜」
伸びてきた魔の手を私はピシャリとやった。
次話、>>5
- Re: 魔女先輩は転移後即日死した後輩君を甦らせたい!? ( No.5 )
- 日時: 2023/03/23 17:12
- 名前: 天麩羅 (ID: F69kHN5O)
プロローグ〜〜序幕、終話ーー副題(未定)
電灯の光を頼りに、私は最終確認を行う。
それぞれの円陣の合間に描かれた文字列は、起動の時を待ち侘びたように塗料を照り返していた。
今夜、もうすぐなのだ。
今この時、この一瞬々々が最後になる。
だから最終確認を入念に行うべく、私は早目に家を出てーー今現在に至る。
内側の円から外側の円へーー。
丸く連なった幾つもの円陣はそれぞれが一つの術式だ。
起動すると内側から外側の円へ順に発動し、最終的に異世界へと転移する。
それぞれの文字はそれぞれの円陣の上に刻まれていて、この異世界の文字が意味する効果は多岐に渡った。
それを一つ一つ、入念に確認していく。
「……転移先も転移先での活動に纏わる術式も問題無さそうね
……抜かりは無い筈よ!たぶん……いいえ、絶対……!」
でなければ困る。
私が例えば予期せぬ事象に巻き込まれて死んだとしてもそれは私個人の末路だが、後輩君達はそうではないーー。
そもそも彼らを唆したのは私だし、彼らの安全をある程度保証する責務があるのだ。
転移した瞬間にいきなり死なせてしまっては、始末が悪過ぎる。
気負い過ぎなのだろうかーー?
私が考えを巡らせながら確認作業を続けていると、向こうから物音が聞こえてきた。
ここ最近では、その足音の立て方一つで誰なのか分かってしまうーー。
「リン先輩、早いですね
また最終確認ですか?」
後輩君だ。
私は振り返らずに頷く。
「ええ……念には念を入れてね?
文字列の順序も問題無いし、発動する式の連結も間違いなく正確よ!
……あとは、そうね
こちらの想定外の事象が起きない事を祈るだけね……」
「はは、そうですね
おれにはまったく分からない分野なんで口の挟みようも無いんですけど、だから、、リン先輩はあとは楽にしてて下さい!
異世界で何かあったら自分が手足になりますんで!」
「ええ……その時は任せるのだわ!
頼りにしてるわよ、後輩君!」
最終確認を終えた私はそう言って、彼の肩を軽く叩いた。
それから間も無く、夜の屋上に〈ワルプルギスの集い〉の面々が集まった。
5人だ。
創業のメンバーは私を含め、テツヲとひよ子の3人ーー。
それから一学期に新しく入ったのは後輩君こと、ヒラト君と沙梨亜ちゃんだった。
この集まりの最後を見送りに来たひよ子は、然程深刻そうな表情もせずに言う。
「私、決めたんだ
研究者になって、いつかみんなに会いに行くよ!
何年経ってもね〜?」
「アア?大きく出やがったなァ!?
、、が、悪かねェ!」
この二人は私達の中で最も付き合いが古いらしく、近隣を恐れさせる不良になる以前からの、幼馴染みらしい。
普段はテツヲにべったりの沙梨亜ちゃんも、今は邪魔する気は無さそうだった。
だが、ここにきてひよ子が試すようにヒソヒソと告げる。
「こんな奴だけどね〜?
君にはちょっと荷が重いかもね〜?うへへ〜」
「、、何の話です?
黙りやがらないと異世界に行く前にオトシマエ付けさせますよ?」
「ま〜、その内分かるかな〜?」
沙梨亜ちゃんの耳元で何やら含ませつつ、彼女は余裕綽々だ。
ひよ子と後輩女子は、相変わらず仲が悪い。
これは彼女達の中心にテツヲという軸が居る事で成り立つ関係だからであり、そんな彼を挟めば対立しか生まれないのだろう。
もっとも、それ以前に校内の綺麗ドコロには粗方ちょっかいを掛けてるひよ子が、何かしたのかもしれないがーー。
沙梨亜ちゃんは嫌そうな顔をしながらも反論はせず、ぷいと顔を背けた。
揶揄い甲斐の無さに若干顔を顰めたひよ子は、今度はこちらに素早く詰め寄る。
「うへへ〜、揉み納めだね〜?リン〜」
「はあ……あなたねぇ?」
こんな時までオヤジっぷりを止めない女子は、私の胸部の感触をしっかりと掌に焼き付けるつもりらしかった。
そして、その視線はそんな私の隣へと向けられる。
「後輩く〜ん?
実は私ってば意外と気が効くのを自認しててね〜?
リンのおっぱいはこれまで右側しか揉んでこなかったんだよね〜?うへへ〜」
何を言ってるのだろうかーー?
そういえばと思い当たりはしたが、それと今の状況が結び付かないーー。
ひよ子は困惑する私に構わず、後輩君に告げる。
「つまり、リンの左胸はまだ初めてというわけですな!
分かったかな〜?後輩く〜ん?」
「んなっ!?」
それまで視線を逸らしていた彼はやや固まって、思わず顔を向けてきた。
だが、いたいけな少年心を弄んだオヤジ女子が、その直視を許さない。
反射的に顔を向けてきた後輩君にすかさず、ひよ子の空いた指先が直行する。
「ヒョコちゃん超絶秘技、フィンガー目潰し〜!」
「ア痛っ!?」
その目に、ピースの先端がぶち当たった。
直前で目を閉じたと思うが、彼はその場で跪くーー。
人をネタにいたいけな後輩君を弄ぶとは、やっぱりどこまでいってもオヤジ女子の〈気狂い女帝〉だ。
私は呆れつつも、はっきりと言う。
「……もういい加減にしなさいよ!
まったく、こんな時まで……」
いつまでも弄ってきそうな魔の手を退けて、夜空を見上げた。
今がちょうど、満月の頃合いだろう。
「さて、と……。
それじゃ、喚術陣を起動するから血液を採取して……」
「あ、それね〜?
もうやっちゃった!」
見ればポタポタと赤い雫を指先から垂らすひよ子の他方の手には、カッターが握られていた。
喚術陣を起動させるのには人の体内にあるプラーナーー所謂、気のようなものを使うのが基本だが、その起動媒体に別のものを使う方法もある。
それ即ちーー血液だ。
彼女の唐突過ぎる行動に、変な声を上げたのは私だけでは無い。
「うへ……?」
「アアン、、?」
「、、え!?
いきなりやりやがったんです!?この女!?」
異世界直行組はみんな一番内側の円陣にそれぞれ入っているから問題無いがーー。
私達の呆気にとられた声に構わず、彼女は喚術陣の外側へと退がる。
「いきなり傷口から未知の感染症とか発症したら危ないからね〜?
リスクは可能な限り少なくしとくものだよ?諸君!」
確かにそうだが、まだ別れの挨拶も済んでいない。
先程の目潰しから復帰した後輩君が、辛うじて告げる。
「あ、ヒョコ先輩!
何から何までお世話に、、」
そう言った彼及び、私達の足元の円陣は強く発光した。
内側から外側の円陣へーー。
次々と点滅を大きくしていく術陣に刻まれた術式は、その文字列をゆっくりと周回させ始める。
向こうで軽く手を振るひよ子の顔は、目一杯明るそうに微笑みながらもーー目は潤んでいるように見えた。
その表情を遮断するように円陣の一つ一つが宙を浮く帯へと変わり、私達の周囲の四方八方を取り巻いていく。
最後に聞こえてきたのは、ひよ子の別れを告げる声だ。
「みんなっ!行っといで〜!
身体には気を付けるんだよ!?
食べられそうなキノコとか果物とかあっても、まずは他の動物が食べるか入念にチェックして、え〜と?それと、それから、、」
何か伝えたい事が山ほどあるのに、それを伝え切れないもどかしさだけは何となくーー伝わってきた。
私達を取り巻く術式の帯が、私にとって無二の友人の顔を遮る。
そして、僅かな逡巡を最後に見せたひよ子が、大きな声で告げる。
「いつか行くからね〜!?私も!
、、絶対に!」
それを聞いた私は皆同様、彼女が最後に見せた表情と同じ顔をしていたに違いない。
取り巻く円陣の帯の向こう側に仲間を一人残してーー。
私達は今日この日、異世界へと旅立った。
次話、>>6
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.6 )
- 日時: 2023/03/23 17:16
- 名前: htk (ID: F69kHN5O)
プロローグ〜〜序幕、閑話ーーヒョコちゃんの後日談
やっほ〜、皆の衆!
みんな大好き、異世界をこよなく愛するさすらいの愛の戦士ヒョコちゃんだよ〜。
いや〜、それがね〜ーー?
私が〈ワルプルギスの集い〉の同志達を送り届けて、その後はしんみりと自販の缶コーヒーでも買って夜空を見上げながら物思いに耽ろうかと思ってたんだけどね〜?
眼前の光景を見て、ぶっちゃけ息がーーってゆうか時が止まれ!
とか思わないでも無いんだよね〜、これが!?
えーー?
何があったってゆーと、ぱっくりと抜け落ちたみたいなクレーター?
えーー?何なのこれ?
私が愛する同志達を送り届けてしんみりする下りはドコ行っちゃったのかな〜?
うへへ〜ーー。
いや〜、笑えないですなーー。
そんでもって情景を描写するとだね〜?
何故か喚術陣が描かれてた範囲が丸ごとすっぽり抜け落ちてて、綺麗な断面の縦穴が地の底まで続いてる感じなんだよね〜?
これどうすんのーー!?
明らかに人為的な現象を超えた光景なんですけど〜?!
もしかしてあれかな〜?
明日から我が愛する母校は休校する流れなのかな〜?
あ、でも旧校舎あるし、たぶんそっちで普通に受講再開する流れだよね〜?
でもそれとも、地盤沈下とかの懸念で暫く辺り一帯に近付くなって行政から司令が来る流れかな〜?
いやーーね?
夜中に校内に不法進入してた私って立場的にどうなのかな?
もう一度言うよ!
夜中に不法進入してた一学生の私がこんな上天からの裁きみたいな事象を起こせる筈無いと世間一般的には思われるんだろうけどそれでも重要参考人として突然家にサツの方々が乗り込んで来たりしないよね〜!?まさかね〜!?
焦燥のあまり思わず句読点抜きで一気に喋っちゃったけど、これマズイんじゃねーー?ガチで!
うへへ〜ーー?
逃げなきゃマズイですなーー!
あ〜、え〜、コホンーー。
それでね〜?
あの後家に帰ってその日の内に逃避行の旅に出ようかどうしようかの判断も込みで、暫く何処かに潜伏しようと思ってたんだけどね〜?それがーー。
何故か、お家に偉い人が来たんだけど〜?
え、何ソレーー?
ガチ過ぎて笑えない。
次話、>>7
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.7 )
- 日時: 2023/04/02 14:21
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第1幕、1話ーー副題(未定)
見渡す限り、森林ーー。
遠く霞んだ山々が雲を纏い、私の頬へと息を吹きかけてくる。
東西南北何処を見下ろしても、森、森、森、森だらけだった。
「はあ……高いわね、後輩君」
「はい、、そうですね、リン先輩」
簡易な装具を身に付けた男子は応じ、辺り一帯を見下ろす。
もう一度言うが森、森、森ーー。
遠く見下ろした視点は遥か下方の森との間に切り立った崖を映していて、思わずーー身震いが肌を伝ってくる。
後輩君が同意を示したように、高いという言葉だけでは足りない程度には高いーー。
円形の断崖の上に、私達は居た。
あの学校の屋上の足場ごと転移してしまったらしく、私達は今ーー少し途方に暮れている。
この状況ははっきり言って、斜め上なのだろう。
私達がこうして無事に五体満足で居るのを見れば、転移自体は成功裡に終わったといって差し支えない。
しかし、その転移先が例えば海中とか地中とか、それとも或いは宇宙等ーーは、喚術陣に組み込んだ術式で避けたから有り得ないが、想定外の座標なり次元なりに繋がった挙げ句、まったく未知の環境で数分と保たずに死ぬ可能性は幾分かはあったのだ。
それを考えるとーーひとまずは僥倖といって差し支えないのだろう。
転移術式に組み込んだ衣装ーー武闘服の上着を肩で纏った眼帯ヤンキーが言う。
「しっかしなァ、、
、、高ェ!高過ぎじゃねェかァ!?」
円形の足場の端でしゃがみ込んだ彼、迦具土テツヲは真下を覗き込んだ。
眩暈がしてくるような高さーー。
武闘家になりきった格好のテツヲにとっては平気なのかもしれないが、この高さはーーたとえ苦手でなくても、足場の端に寄るのすら躊躇ってしまいそうな高所だ。
思わず後退りしたのは、身体のラインが幾分か際立つ魔女装束を着た、私だけでは無い。
隣で立っていた歳下の後輩君ーー下級騎士というよりも、従者然とした簡易な軽装を身に付けた天ヶ嶺開人君も恐る恐る、といった様子だった。
そして、発動を終えた喚術陣が描かれた中央から、まったく身動ぎもしない女の子は項垂れている。
「、、む、無理です
わ、わたし、、高い所だけは駄目なんです、、」
ガクブルと震えているあたり、高所恐怖症なのだろう。
その場から一歩たりとも動けそうにない後輩女子ーー前垣沙梨亜ちゃんは、場所が場所なら闇に溶け込みそうな生地の衣装に身を包んでいた。
身体にフィットした薄い布地の上からフード付きの上衣を羽織った、アサシンスタイルだ。
しかしこの様子では、最初のクラス選択を誤ったと言わざるを得ないのかもしれないーー。
大体、高所が駄目なアサシンが果たして任務を遂行出来るのかと疑わしく思えてくる。
そもそも沙梨亜ちゃんが本当に戦えるのかどうかを、生憎と私は知らない。
次いでにいうと私達のこの格好は予め、喚術陣に組み込んだ術式が置き換えられたものだった。
これを使いこなせば大概の事は実現可能ーーとひよ子が以前言っていたのを思い出すが、前世の記憶があやふやな私にとってはそこまでの見地に至っていない。
ともあれ、こうして異世界ーーなのかどうかはまだ未確認だがそれはともかくとして、転移自体は成功したのだーー!
「遂にやったわね……!
思えば永かったのだわ……。
成長するにつれ自覚せざるを得なかった記憶と現実との乖離……周囲の無理解と己が異物であるという根拠の無い確信に、幼少の頃の私は囚われていたの……。
けれども、それももうお終いね……!」
「良かったですね!リン先輩」
後輩君が祝福してくれた。
そう、今の私は無力で愚昧なただの一般市民では無い。
終期末を司ると謳われし大魔女の魂をその身に宿す者なのだからーー!
手にした長杖を高々と掲げた私の後ろから、後輩君の拍手が鼓膜を打ってくる。
「おお!格好良いですよ!
、、ところで、此処からどうやって降りるんですか?」
そう、問題はそこなのだ。
「よっしゃ、飛び降りるかァ、、!」
「却下よ……!
はあ……どうしてそういう発想になるのかしら?」
あまりに乱暴な意見を私は一蹴した。
発言者は、これはもう言うまでもないと思うが、脳が筋肉の鼓動だけで動いていそうな人物ーーテツヲだ。
電気信号の司令など、彼にとっては瑣末なものに違いない。
私は既に一蹴したつもりだったが、テツヲは抗弁してくる。
「でもなァ、術式とかナンとかの中に色々仕掛けたんだろうがァ、、?真島とヒョコでコマゴマと、、
そういやァ、この服もソレだったんじゃねェのかァ?」
それは、確かにそうなのだ。
転移の際に様々な恩恵が得られるよう、私とひよ子は多様な術式の開発に取り組んだ。
向こうの世界ーー。
今居る此処が異世界と仮定するならば、という但し書きは付くが、テツヲを止めたのにはそれなりの理由がある。
元居た向こうの世界では、不可視の比定物質ーープラーナと確か、前世でそう呼ばれていた存在の源のようなものが薄いらしく、仮に大掛かりな術式を組んだとしても制御が難しい事が予想され、迂闊に発動しないようにしていたのだ。
それでも細々と安全を確保しながらの実験で、高校一年生の間に様々な異世界文字を用いた術式をひよ子と共に開発したは良いがーー。
元居た世界のプラーナが薄い影響下での実証実験は、生憎とほとんど果たせなかったのである。
だから、つまりーー。
体内に含有されるプラーナとの適合の術式も喚術陣には予め組み込んでおいたのだから、もしーー此処が異世界なら身体能力向上などの恩恵やら各員装備の耐久力で飛び降りたとしても、何の問題も無いのかもしれない。
だが、これが単なるーー世界間を跨がない転移だったとすると非常に危ういのである。
だから私は、まだ飛び降りたそうにストレッチするテツヲに釘を刺す。
「そうね……。
此処がもし、異世界じゃなく元居た世界ならテツヲ、あなた……潰れるわよ?」
「アアン?そうなのかァ、、?
、、なら仕方ねェ」
諦めてくれたらしい。
彼が好き勝手に動けばその余波で私達諸共詰みかねないのだから、そこは自重して貰うつもりだった。
遣り取りを聞いていた後輩君が、何か思い付いたらしく手を挙げる。
「はいはい!リン先生」
「質問タイムね……?後輩君」
私は発言を許可した。
彼ならば、テツヲよりも具体的で建設的な案を出してくれると期待したい。
「スキルって無いんですかね?
確か、リン先輩とヒョコ先輩でそんな話してたような、、?」
「ええ……そうだったわね
けれども、各人の適性に裏打ちされたスキルのようなもの……。
ある種の超常的な能力がどういった経緯、どんな形で発現するか、はたまた発現しないのかはまったくの未知数なのよ……?
申し訳無いのだわ……」
これは正直、詰んでるのかもしれない。
此処がどれくらいの高さかは目測で測りようも無いが、遠く霞む山々とそれ程変わらなそうなのを見るとーー。
少なく見積もっても、千メートルはあると考えた方が無難なのだろう。
私の謝罪を耳にした後輩君は、項垂れた。
「はは、、そうですか」
失望させてしまったかもしれない。
少々の間、私達の間には沈黙が流れた。
気不味いーー。
どうにかしなくては、と私は手荷物の中を改める。
術式に組み込んでおいた装備一式だ。
中を漁っていると、皮袋の中から奇妙なものを見付けた。
「あら……?これは何かしら……」
異世界に来たとしても早々、必要になるとは思えないものだ。
私が掴んだのは、一冊の本ーー。
その表題には、こう書かれていた。
〈ヒョコちゃんとのラブリーアツアツ通信記〉とーー。
次話、>>8
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.8 )
- 日時: 2023/04/02 14:24
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第1幕、2話ーー副題(未定)
私達は喚術陣の円陣が描かれていた中央に寄り集まっている。
日記なのだろうかーー?
最初のページには既に誰の手によるものか、これは言われなくてもわかるがーー。
それを見た後輩女子が、剣吞さを隠さずに言う。
「、、ちっ!?
何がラブリーアツアツですか!?あの女、、
、、消し炭にしてしまいましょう!是が非でも」
「待って待って!?前垣さん!
ほら?たぶん、せっかくヒョコ先輩が用意してくれたものだし、、?」
「、、っち!?
仕方ないですね、、」
後輩君のお陰で危うく消し炭の末路を免れた日記ーー〈ヒョコちゃんとのラブリーアツアツ通信記〉は風でパラパラとページが捲れた。
最初のページ以外、全て白紙なのだろう。
テツヲは怪訝そうにその日記を拾い上げる。
「アア?交換日記かァ」
「……みたいね
……ヒョコったら、こんなもの用意して……」
ジワリとくるものがあったが、此処はみんなの前だ。
私は手渡された日記の最初のページをゆっくりと開いた。
『やっほ〜、元気〜?
うへへ〜、びっくりしたかな〜?
どうも〜、みんな大好き愛の戦士ヒョコちゃんだよ〜?
あ、これね〜?文字を転送する術式とか色々組み込んで出来ないかと思ってね〜?
結果はどう出るのかな〜?
い〜やはや楽しみですな!
あ、そうそう〜
あの後、みんなを送ってから色々あってね〜?
何日かゴタゴタしてたんだけど、』
「待て待てェ!何だァ今のは、、!?」
違和感に気付いたテツヲを、私は窘める。
「……煩いわ!?ちょっと黙ってなさい!」
「、、っち
トンデモナイ女ですね!?
まさか異世界にまでストーキングしてくるなんて、、」
ストーキング、と口にした沙梨亜ちゃんとひよ子との間に何があったのかは分からないし、詮索する気もないのだがーー今は煩い。
私の眉間に皺が寄ったのを察した声が、クラスメイトの沈静化を図る。
「まあまあ、落ち着いて落ち着いて?
早く続き読もう?前垣さん?」
後輩君の取りなしに沙梨亜ちゃんも口を噤み、文章の羅列を静かに追った。
ひよ子曰く、何日かゴタゴタしてーー?
こちらとあちらでは時間の流れが違うとでもいうのだろうかーー?
ひとまず読み進めてみる。
『あ、そうそう〜
あの後、みんなを送ってから色々あってね〜?
何日かゴタゴタしてたんだけど、なんか家に偉い人が来てね〜?
たぶんそっちで、私の推測が正しければ喚術陣の真下にあった地盤ごと転移してる可能性が考えられるんだけど、どうかな〜?
色々ハショるけど状況の説明するね〜?
つまり、こっちではいきなりくっきりと学校の屋上から地盤ごと消失する事件があってね〜?
そりゃもう大騒ぎなわけですな!うっへっへ〜!
ともかくそんな流れでみんな!聞いて驚くなよ!?
私こと愛の戦士ヒョコちゃんは晴れて晴れて何と!?
国家機密の研究機関に務める事になりました〜!
まだまだ研究者じゃないんだけどね〜?内定ってやつかな〜?
そんなわけでこっちはすこぶる順調です!世間一般は大変なんだけどね〜
あ、そうそう〜
みんなの手荷物の中になんか色々術式組み込んで再現した便利アイテム仕込んどいたよ!
ブランド名は、ヒョコティティル製品とかかな〜?
ちゃんとそっちに持ち込めてるといいね〜?
この〈ヒョコちゃんとのラブリーアツアツ通信記〉もその一つなんだけどね〜
無事届いたかな〜?
それとみんなも無事異世界に行けたのかな〜?
心配だし〜?出来るだけ早い返信求む!
首を長くして待ってるからね〜?
by 愛の戦士ヒョコティティル』
「……まさか、私の知らない間にそんなとこまで手を回していたとはね
いやはや、畏れ入ったのだわ……!
さすが私の唯一無二の友人……」
ホロリときた。
涙を零す程では無いにしても、少し目元を拭うのは不可抗力だ。
ジワリときてる隣で後輩君がそっとハンカチを差し出してくる。
「ありがとう……。
私ったら、こんなに友人に恵まれていたのね……」
「はは、そうですね!
ヒョコ先輩は規格外な人でしたから、敵わないですよね
本当に、、」
彼がみんなの気持ちを代弁した。
さしもの沙梨亜ちゃんも舌打ちはするが、脱帽してるらしい。
「、、っち
不本意ですがあの女が仕込んだブツを見ますよ?」
「だなァ?
、、ヒョコのクセにやりやがる!
思えば小っこい頃からいつもだけどなァ、、」
ひよ子とは幼馴染みのテツヲも、何処か遠くを見るような趣きだ。
私は瞳がジワリと滲みそうなのを堪え、彼女が仕込んでくれた〈ヒョコティティル製品〉とやらの確認を始めた。
「……現状、よく分からないものが多いわね」
ひよ子特製の便利アイテムの数々は、私達を困惑させた。
用途不明のものが多いーー。
そもそもそれぞれ各人が持つ荷袋自体もそうなのだが、外観上のサイズと内容量をまったく無視した代物だった。
よく異世界系小説で登場する、空間ボックスというものなのだろう。
見た目は片手で持ち運べる程度の荷袋だが、中身に簡単な食料品等も含まれているのを見ると、従来のーー腐食を防止する為、時間が止まっている類のものかもしれない。
その内容量は明らかに外見を裏切っていて、袋の口にサイズが合う物ならまだまだ入りそうだった。
中身から取り出されたのは先に触れた食料を始め、水、ガスコンロや携帯用トイレ等は勿論だが、折り畳み式テントや寝袋、果ては化粧品やら応急セットにも加え、ちょっとした小物まで様々だ。
それら必需品を押し退けて並べられたものはーー。
「あ、これ何ですかね?
、、モノクル?」
「アア、あれじゃねェのかァ?
異世界ものでよくある鑑定のヤツ、、」
試しにと眼帯の付いていない方の左目で片眼鏡を着用するテツヲだが、特に変わった事は無いらしい。
他にも何も描かれていない羊皮紙だとか、ペットボトルサイズの大型キャンドル、栓のされた内容物の怪しげなフラスコが複数種及び、明らかに尋常では無い毒々しい液体まである。
沙梨亜ちゃんはその一つを手に取り、困惑顔だ。
「、、これをどうしろと?
飲め、ですか?」
「まさか……?
いくらひよ子でもヤバイ薬飲ませようとはしない筈なのだわ?たぶん……」
言いはしたが、自信は無い。
彼女にとっては便利アイテムでも、私達が使えば危険物となり得るかもしれないのだ。
沙梨亜ちゃんは嫌そうにフラスコから手を離し、こちらの荷袋を窺ってくる。
「、、先輩の方はどーなんです?
何か、状況を打開出来そうなものとか、、」
聞かれ、私が皮袋から取り出したのはーー箒だ。
各人それぞれの手荷物の中には〈ヒョコティティル製品〉が幾つか入っていそうだったが、魔女に箒とはーー。
よく分かっていたのだろう。
「最高よ……!さすが我が愛する親友、愛の戦士ヒョコティティルなのだわ!」
時々冗談めかして、異世界風ネーミングとして考案されたヒョコティティルが、唯一無二の親友にランクアップした。
次話、>>9
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.9 )
- 日時: 2023/04/02 14:27
- 名前: hts (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第1幕、3話ーー副題(未定)
「それで、どうやって使うんですかね?リン先輩
魔女といえば箒なのは分かりますけど」
後輩君が訊ねてくる。
おそらく術式を施した特別な箒なのは間違いないのだが、問題は使い方だ。
「待ってて……なんかこう?
今少し思い出せそうだから……」
私には、前世由来の知識がある。
それは今世の記憶ーー例えば昨日食べたご飯みたいにいつでも思い出せるようなものでは無く、ちょうど数ある記憶の糸を手繰り寄せるようなものなのだ。
目を閉じた私は意識を深く沈め、静かな時間が訪れたかに思えた。
だが、喧しい奴が何か言ってくる。
「おォ、またいつものヤツかァ、、
、、今度は何日かかんだろうなァ?」
「、、しっ
黙りやがれですよ!テツ先輩」
沙梨亜ちゃんに諌められ、余計な茶々入れは入ってこなくなった。
じっくりと集中する必要があるだろう。
私は意識を閉ざし、辺りは沈黙した。
「これは……プラーナに働きかける事で効能を発揮する導器具の一種ね
その証拠にほら……?
……ここに紅い金属が埋め込まれているのが見えるのだわ?」
「、、紅い金属、です?
どれですか?」
箒のボサボサ部分を掻き分け、その奥に見えた紅い金属を指し示した。
沙梨亜ちゃんの疑問に、私は答える。
「これはフィフィーロカネン……。
プラーナに干渉する際に必要とされる力……さっき次いでに思い出したのだけれど、通力解放と呼ばれる力の干渉により感応する貴金属よ?」
「、、なるほど、フィフィーロカネン?
聞き覚えはありますが、、?」
沙梨亜ちゃんが言い、それに頷いたのはテツヲだ。
「ヒヒイロカネ、だなァ?確か、、
訳すなら紅銅、とかかァ?
またひよ子がナントカいうアレで引っ張りだしてたみてェだなァ?」
「そうね……。
ナントカじゃなくて、術式変換品……とひよ子は呼んでいたのだわ?」
先程広げていた〈ヒョコティティル製品〉を正確に言い表すと、そんなところだろう。
私の記憶にある異世界原語はあらゆる事象に作用するらしく、記憶の当事者よりもその効果を理解していた友人には脱帽する。
フィフィーロカネンーーテツヲが言い表した紅銅が元の世界でいわれるそれと同じかはともかくとして、前世の世界では確か希少金属だった筈だ。
「そんなに流通するようなものでは無かった筈だけれども……。
……ひよ子ったら、いつの間にこんなもの再現させてたのね?
ま……いいわ!
早速使ってみましょう!」
そう言って私は、ベンチにでも腰掛けるような姿勢で箒の柄に座る。
ふわりと浮きかけたーーが、そこは習熟が必要なのだろう。
ぽすんと下に落ちた私はぼそりと呟く。
「……練習が必要みたいね」
「ですね、リン先輩
おれ、応援してます!」
後輩君に頷き、私はもう一度箒の柄に座った。
木ーーというのはそもそも、通力を通しやすい。
だから魔女が乗る箒や振るう杖は押し並べて木を素材に作られていたりするのだが、この箒も例に漏れずーー木で出来ている事が功を奏したと言えた。
もしこれがフィフィーロカネンのような貴金属でもなく、ただの鉄製の柄だったらーー飛び続ける自信はとても、さしもの大魔女といえども無い。
そんな私達は今ーー空中に居る。
箒の柄に腰掛けた私は勿論だがーー。
「おいッ!?沙梨亜ァ!
、、テメェガタガタ震えてんじゃねェ!?」
「、、ご、ごめんなさい!?テツ先輩
、、で、でも怖いんです、うぅ、、」
眼帯ヤンキーの小脇に抱えられた彼女はもう、箒の柄にまで振動が伝わってくるぐらいに震えていた。
他方の手で箒のボサボサを掴むテツヲは、その両手が塞がっているにも関わらずーー更には口で荷物を咥えているのだから、まさに筋肉お化けだ。
そもそも口が塞がったままどうやって怒鳴っているのか、さしもの私でも見当が付かない。
そして、もう一方の箒の先端を掴むのはーー必死に脂汗を浮かべる後輩君だ。
彼も残りの手荷物を他方の手にぶら下げてから、既に体感で数十分あまりが過ぎている。
「もう駄目です、リン先輩
おれ、、
、、落ちます」
「後輩君……!?
待って早まらないで……!?
もう少し、もう少しだから……!」
思わず声が裏返りそうになった。
何とかしなければーー彼が落ちていくところなんて見たくない。
たとえ座り続けたせいでお尻が痛くても、前世を跨いで十数年ぶりの通力のコントロールが覚束なくても、後輩君に死なれてはその後の異世界ライフがーーきっとその後の私の人生にも深く関わってくるのだ。
若干の焦りを覚えつつ閃く。
「そ……そうなのだわ!?
つ、通力よ……!通力循環!
体内のプラーナを意識しなさい……!?今すぐ!」
「む、無理ですって!?先輩
通力とか何の事かさっぱり、、」
無茶振りが過ぎるのは分かっていた。
それでも今ここを乗り切らなければ、私は後悔してもしきれないだろう。
荒療治だが、それに今後色々と差し障るかもしれないが、この際だから仕方ない。
柄の先端を掴む後輩君の手に、私は手を伸ばす。
「せ、先輩!?」
「……良いからそのまま握ってなさい!?
今から私の通力解放による外気への干渉で、直接後輩君のプラーナ……内気へと働きかけるのだわ!」
もうヤケクソだった。
私は触れ合った手と手で別の妄念が浮かんできそうになるが、そうした想いを排してーー自身の指先へと意識を向ける。
後輩君の、ピクピクと震える指先ーー。
そこに被せた掌から直接相手の体内へと私自身のプラーナを流し、それによって押し出された彼の内気はーー今度は逆に私の中へと流れ込んでくる。
後輩君は、何かを感じたらしいーー。
「お!?おお、、!?
な、なんかこれ、、す、凄く熱いです!
凄く熱くてなんだか、、い、色々とヤバイです
それにこれ、ちょっとなんか、、気持ち良く、、?」
「……い、言わなくていいから!?
そ、それ以上言ったら、わ……分かってるわよね!後輩君……!?」
言論の封殺は本来的な私の信条とは異なっていても、こればかりは言わせてはならない。
禁則事項だ。
後輩君の内気ーープラーナが今度はこちらへ逆流してくるが、他者の身体を媒体とした通力循環は幸いにも上手くいっている。
「はぁハァ……私も何だか……。
身体が熱くなってきたのだわ……?」
「せ、先輩!?
、、それ以上は駄目です!?
おれ、、おれも何だか色々と力が溢れて
とにかくヤバイです、、!?」
「……わ、分かってるから落ち着いて!?
へ……平静を保つのよ?そう……。
……ゆっくり、ゆっくりでいいから……」
「は、はい
こ、、こうですね?」
「そ……そうよ?
上手に出来てるわね……?
何だか凄く……良い、イイのだわ……?」
「せ、先輩ぃ!?
も、戻ってきて下さい、、!?先輩っ、リン先輩ぃ!?」
周りも頭に入らず、後輩君ーーヒラト君に呼ばれる度にズキュンとしてきた。
その際、腰掛ける箒の他方からボソッと聞こえてくる声をーー今は気にする余裕も無い。
「イチャついてやがんなァ、、」
「、、うぅ
、、怖いです、ぐスン、、」
最早、誰の目を憚ろうともこの時の私は気にならなかった。
次話、>>10
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.10 )
- 日時: 2023/04/02 14:32
- 名前: hts (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第1幕、4話ーー副題(未定)
一線を越えてしまったーー。
この場合、一線というのは生身が介在したかどうかは関係ない。
つまり、私と後輩君との間には既に見えない繋がりが出来てしまったのだーー。
気恥ずかしさのあまり、彼の顔をまともに見れない。
向こうもどうやら同じ気持ちらしく、嬉し恥ずかしそうな反面ーーどこか申し訳無さそうに俯いている。
「せ、先輩、、
、、な、なんかごめんなさい」
「い……いいのよ?別に
わ……私だって後輩君に居なくなられたら、ほら……?
こ、困るじゃない……?」
そう言って、しまったーーと思わないでも無かった。
何故か気を利かせたらしいテツヲと沙梨亜ちゃんは居ないが、傍目から今の発言を聞けば、どう聞いても遠回しな告白に聞こえてしまう。
図らずも胸の内の一端を晒してしまった私に対して、後輩君はーーまるで何かを決心したように口を開く。
「おれ、、実を言うと最初は遊び半分のつもりだったんです
リン先輩はおれ達一年生が入学した時から有名でしたから、、
はっきり言っちゃいますけど、頭のオカシイ変わった先輩が居るって、、」
そうなのだ。
私こと、真島リンの評判は我が母校において芳しく無かった。
近隣に威名を轟かせる不良二人ーーテツヲとひよ子に上手く取り入って、何やら怪しげな活動をしてるとか、実はヤクがキメられてどうたらとかーー。
私に纏わる噂はひょっとすると不良二人以上に出回っていて、他の生徒達からは気味悪く思われていたに違いない。
そうした中で、一学期に我が〈ワルプルギスの集い〉に入ってきた一年生二人の加入がどんな理由だったとしても、それが僥倖だと思わなくてはならない程にーー。
後輩君は、包み隠さず続ける。
「リン先輩には色んな噂話が付き纏ってましたからね
それを全部、おれは暴いてやろうと最初は思ってました
でも、違ったんです
真実は小説よりも奇なり、って言いますよね?
先輩方の活動に触れて、一つ一つ事実を確認して、リン先輩の記憶から得られた知識と現実の擦り合わせは思いの外、上手くいっているように見えました
その時おれは、既に夢中だったんです
〈ワルプルギスの集い〉の活動と、その、、」
一瞬、彼は言い淀む。
億したような気配を私は感じ取ったがそれもすぐ打ち消され、後輩君はーーヒラト君はこちらを真っ直ぐ見詰めてきた。
「リンさんに、、おれ、自分でもおかしいと思うんですけど、夢中なんです」
「あ……え?
あ、うん……ありがとう
……な、なんか、て……照れちゃうわね?嫌だわ……?
……ニヤけが止まらない……」
顔が熱くなるのを感じ、両手で覆った。
彼も少しぐらいは私に気があるかもと思っていたが、本当にーー。
本当に、今は顔が上げられない。
そうした事は前世においても今生においても、無縁だと思っていた私にとってーー。
今の彼の破壊力は強烈過ぎる。
いけないーー。
脳ミソが沸騰しそうだった。
もう沸いているのかもしれないーー。
この先彼との仲が深まるにつれ、あんなコトやそんなコトまでーー。
そう、彼氏だ。
休日に二人でお出掛けしたり、沙梨亜ちゃんみたく弁当攻勢を仕掛けてみたり、イベントの際はサプライズ・ナイトに励んでみたりーー。
これ以上はイケない。
それが、歳頃の女子にとっての禁断の彼氏なのだ。
我が人生の中で無意識の内に封印していた禁則ワードの一つにも該当する。
信じられないーー。
今にも爆発させられそうな頭と心臓の鼓動が落ち着き切らない内に、彼ーーヒラト君から言葉が降りてくる。
「最初は遊び半分で近付きましたけど、おれ、、真剣ですからね?
今はまだ役立たずで何にも出来ませんけど、いつかリン先輩にとって欠かせない存在になれたらその時に、、
、、この気持ちに応えて貰えますか?」
「え……?あ、そ……そうね」
何故か、会話が思わぬ方向へ流れた。
すぐに反応を示さなかったーー私が原因だ。
冷静な彼は私からの返事が無かった事で脈有りと判断しながらも、今はまだーーと考えたのだろう。
痛恨のミスーー。
いや、今ならまだ挽回出来るのだろうかーー?
「こ、後輩君……!」
咄嗟に呼んだがしまった、と気付いた。
彼の名前を下の名前で呼ぶ絶好のチャンスだったのだ。
そういえばさっき先輩抜きで、リンさんーーと呼ばれていたから、今ヒラト君と呼んだなら然程不自然な状況では無かったのだろう。
気付くのが遅過ぎるーー!
少々混乱してしまった私は、適当な事を口走ってしまう。
「そ……そろそろお腹空いたわね!?」
「はい、そうですね
おれが作りますよ!
別に料理得意ってわけじゃないですけど、たまに自分で作ったりしますし?」
「そ、そう……?期待するのだわ……!」
口から出た発言はもう戻らない。
私は千載一遇の好機を逃したのだ。
彼がもう荷袋を漁り始めたのを見ると、そう返すより他に無かった。
それ程時を置かずに、テツヲと沙梨亜ちゃんが戻ってきた。
まさかとは思うが、草葉の陰から見守っていたなんて事はーー。
「、、ふぅ
、、リン先輩、ファイトですよ!」
「アア、ヒラトは良くやったがなァ?
及第点だよなァ、、ギリギリ辛うじて」
見られてたーー!?
周囲には確かに、覗き見ポイントが幾らでもあるのだ。
背後にあの断層ーー。
綺麗にくり抜かれた円柱のような筒型突起地勢がこちらを見降ろしている以外は、周辺一帯森の中だった。
頭上の木々の枝の隙間から陽光が僅かに漏れているが、辺りはやや薄暗い。
身を隠す地点には事欠かず、会話も全部聞かれていたかと思うと、気恥ずかしい。
先程の余韻で、まだ顔から火が出そうだーー。
私は二人の励ましーー?
には囚われず、話題を変える。
「ご、ご飯食べるわよ……!?」
「はいよォ、、
、、近くにモンスターとかは居ねェらしいなァ?」
ただ覗いていただけでは無かったらしく、テツヲは言った。
沙梨亜ちゃんは小さく頷き、言葉を引き継ぐ。
「、、です
まだ異世界と決まったわけじゃねーですけど」
それについては、私も同意見だ。
現状、異世界かどうかを判断出来る材料は少ない。
あの箒型の導器具ーーフィフィーロカネンが感応したのは何か別の要因ーー。
例えば、異世界を前世に持つ私の影響なども考えられ、プラーナの濃淡だけでは判断が付かないだろう。
元居た世界が必ずしもプラーナの薄い場所ばかりとも限らないし、事例は色々と考えられるのだ。
思考に沈みかけた私の想念を中断させたのは、香ばしい匂いだった。
「オゥ!ウマそうな匂いだなァ、、」
「、、すんすん
、、チャーハンの匂いです」
二人に釣られ、私も後輩君が有り合わせで調理してる方へ向かった。
次話、>>11
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.11 )
- 日時: 2023/04/02 14:35
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第1幕、5話ーー副題(未定)
やや大振りに刻まれた野菜と、米に卵と塩を塗しただけのものだったがーー。
それはそれで、自然に囲まれた環境で食べたチャーハンはまた一味違った。
たとえ、少し水量の調整で米がべっちょりとしていてもーー。
味は別に悪くないのだから、十分に及第点をあげられるだろう。
食べ終えた沙梨亜ちゃんは後輩君の手料理の品評を始めている。
「、、良いですか?天ヶ嶺君
チャーハンをパラパラにしようとして所々ムラがあるのは分かりますね?」
「はい、前垣師匠!
どうしたら良かったでしょうか?」
「、、答えは簡単
、、卵、ですよ?」
「まさか、、卵に何か秘密が?」
「、、そうです
刻んだ具材を入れ、米と共に炒めた最後に天ヶ嶺君は溶き卵を投入しましたね?」
「はい、及ばずながら、、
おれにそれ以外の選択肢はありませんでした
どうしたら良かったのでしょうか?」
「、、最初が肝心です
一番初めに卵と暖かいご飯を混ぜ、具材に軽く火を通した後に丸ごと投入するんです」
「え、、?それだけで?」
「、、です
それだけでパラパラの美味しいチャーハンが作れますよ?
今度試してみて下さい」
「なるほど、今後の参考にさせて頂きます」
師弟に扮した二人の講義は終わった。
普段どんな会話をしているのだろうーー?
と気にならないでも無かったが、どうやら私が気にするような問題は無かったらしい。
何がーー?
と訊かれると困ってしまうが男女の間ともなれば、もしもの場合はあるのだ。
沙梨亜ちゃんがテツヲに入れ込んでいるのは分かるが、ここは念の為ーーヒラト君の傾向をよく知る為にも聞き漏らすわけにはいかないだろうーー?
決して仲良さそうで嫉妬したとか、そういう話では無い。
単純な興味本位だ。
もっとも、私の話術でヒラト君との会話を弾ませるには長期に及ぶ研鑽が必要になりそうなのだがーー。
そんな事を考えていると、お代わりを平らげたテツヲが口を開いた。
「でェ?
ノンビリダベってんのもイイが、結局ここは異世界なのかそうじゃねェのか、どっちなんだァ?真島ァ」
「物証が少な過ぎるわね……。
これぐらいの森なら元居た世界にもあったでしょうし、仮にあの箒がプラーナの濃い場所でしか感応しないのだとしても……元居た世界でプラーナの濃い場所が無かったとも限らないのだわ?」
先程考えていた事をそのまま伝えた。
例えば、都会のプラーナは薄く、大自然の中でのプラーナは濃いという場合も考えられるかもしれない。
似たような事を思い浮かべていたらしく、沙梨亜ちゃんが言う。
「、、都会と田舎、です?
ですが、そもそもプラーナ自体私はまだよく分かってません」
「はい!前垣さんに同じく」
後輩君も手を挙げ、大きく頷いた。
私も断片的な事しか思い出せないが、説明が必要だろう。
「……いい?プラーナっていうのは確か、前世で誰かから聞いた気がするのだけれども……?
プラーナは物体……というよりも、いいえ……。
……これは存在自体がそこに在ろうとする意思、何かが存在する確率とでも言おうものかしらね……?
……ごめんなさい
私もそれ以上はさっぱり思い出せないのだわ……?」
「でも先輩はそれで、いやさっき、、
おれにアレしてなんか凄い力が湧いてきて、それで彼処から落下しなくて済んだんですよね?」
薄っすらと赤くなる後輩君を見て、変に緊張してしまう。
「そ……そうよ?アレはほら……!?
……急場の判断で他に対処のしようが無かっただけで、決してやましい気持ちとかそんなつもりは……」
「語るに落ちたり、だなァ、、?」
別にさして興味も無さそうにテツヲが言った。
あの時は仕方無くーーというと語弊があり、私だって勿論、後輩君との繋がりを得られるならそれも吝かでは無いのだがーー。
じゃなくて、本来なら一つの肉体内において循環するプラーナを半ば強制的に、通力による干渉で後輩君に活力を与えたのだ。
それだけならば問題無い。
だが、物事にはどんな場合であっても見えない側面が存在する。
つまり、他者との通力の循環には様々な危険性や副作用を伴う場合があるらしく、そうした中では他者の精神への影響を伴うものもあるらしくてーー。
私が色々と言い訳を考えていると、眼帯ヤンキーはどうでも良さげに言う。
「アア、気にすんなァ?
ただの冗談だァ、、」
「、、っち!?
性格悪いですよ!?テツ先輩!」
舌打ちした沙梨亜ちゃんが諌めた。
この極悪ヤンキーーー!?
と思ったのを抑え、頬が赤らむのを感じながらも続ける。
「ともかくね……!?プラーナは使い方次第で非常に危険を伴うものなのだから、あまり人に向かって使うのはお薦め出来ないのだわ……!」
「それを使ってまで、リン先輩はおれを助けてくれたんですね、、
、、ありがとうございます」
不意打ちだ。
別にお礼を言われたくてやったわけでも無かったから、むしろある意味、自身の感情という名の欲求を優先した結果ーーなのだから、それを言われると違和感を感じてしまう。
私が後輩君にどう反応するべきかと考えていると、テツヲはやや物騒な笑みを浮かべる。
「っつう事はなァ?
オレらも修行したら人体にある秘孔を突いたり、ギャメバメ波撃ったり出来るっつうんだなァ!?
最高じゃねェかァ!」
「、、ふっ
ギャメバメ波は撃てないと思いますよ?テツ先輩?
夢見てやがりますね、ふっ、、」
「んだとォ!?沙梨亜ァてめェ、、
えェ、、?撃てねェの?マジで?」
私の呆れ顔に気付いたらしく、テツヲは若干残念そうに言う。
そんな事訊かれても、私も知らない。
「さあ……?
……通力解放で外気のプラーナに干渉出来れば似たような事は可能かもしれないのだけれども、ねぇ?
私も知らないのだわ……?」
理論上はおそらく、可能だろう。
しかし先程、この大魔女たる私をおちょくってくれた極悪ヤンキーにわざわざ教えてあげる道理は無いのだ。
それにもし、元居た世界の人気マンガを模したギャメバメ波を撃つなら、そこに至るまでに避けては通れない段階がある。
先は長い。
幾らこの極悪ヤンキーでも、容易には辿り着けない境地だろう。
私は夫婦漫才でもする趣きのテツヲと沙梨亜ちゃんを意識の外に置き、ふとーーヒラト君と目線が合う。
「ま……これからよね、これから!」
「そうですね
おれも頑張りますよ!」
自然と口から出た言葉に、彼はいつものように応じた。
次話、>>12
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.12 )
- 日時: 2023/04/02 14:45
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第1幕、6話ーー副題(未定)
今後の指針について、みんなと話し合う。
「……目下、そうね
私達を取り巻く環境がどんなものかを把握する必要があるのだわ?」
現状は右も左も分からないのだから、目的を明確にしておく必要があった。
私が切り出すと、後輩君が周りを見て言う。
「見た感じは普通の森ですよね?
そんなに寒くないので常緑樹か落葉樹かは分かりませんけど」
「ええ、そうね……。
冬場なら樹木に葉っぱが付いてるかどうかで落葉樹かどうか判断するのよね?確か……」
彼の言葉尻を拾い、そこに沙梨亜ちゃんが疑問符を付ける。
「、、です?
なら、暫く過ごさないと四季があるかも分からねーですよ?」
後輩女子がそう指摘した。
仮に此処で暫く過ごしたとして、寒冷期に際して樹木の葉が落ちるなら落葉樹ーー落ちなければ常緑樹、と判断は付く。
けれどもそれは、沙梨亜ちゃんが指摘したように季節があるという前提で成り立つものであって、もしーー一年中同じような気候が続くなら、判断の基準としては不十分だった。
更にいうなら、この環境でずっと生活していけるかはーー元の世界に慣れ親しんだ私達にとっては微妙なところだろう。
「安定した拠点が欲しいわね……。
術式で再現した物資もいつまで保つか分からないのだし……?」
現状、幾ら〈ヒョコティティル製品〉があるとはいっても、それも無限では無いのだ。
だから四季が移り変わるかどうかを待っていたら、いつの間にか物資が枯渇しないとも限らない。
これから此処かーーそれとも他のいずれかの場所で生活する事を考えると、何らかの供給源は必要なのだろう。
それを聞くと、今度はテツヲが口を開く。
「確認がてら見て回ろうじゃねェかァ?
モンスターが居ればなァ、、」
あまり望ましくない意見が口に出された。
腕試しでもしたいのだろう極悪ヤンキーにしてみれば渡りに船でも、今現在ーー私達にどれだけの事が出来るのかは未知数なのだ。
此処が異世界かどうかを判断するのにテツヲの言うようなモンスターーー或いは、元居た世界には存在し得ない何かがあれば、此処がそうなのだと確認出来る。
しかし私は、少々の懸念を浮かべながらも小さく頷いた。
「……あまり気乗りはしないのだけれども、そうね
何か危険性があれば即時退却するつもりで周囲を探索してみるのだわ……!
せっかくの異世界なのだから!」
「ですね、リン先輩
異世界だと良いなぁ」
元々そのつもりで異世界に来たのだから、反対する人はいない。
私達は確認がてら異世界らしいものを見付ける為、二手に別れた。
日が落ちてきたらあの円形断崖の麓へ戻る事ーー。
ーーそれがひとまずの取り決めだった。
あとは二手に分かれた理由についてだが、これはーー周囲が森林で覆われ、身を隠す場所が豊富な事が挙げられる。
わざわざモンスター及びーー敵対的な住人等が仮に居たとして、それらから見付かる危険性を増やす事は躊躇われたのだ。
別行動を言い出した沙梨亜ちゃんは別れ際にガッツポーズを送ってきたからーーそこに他の意図があった事は否めない。
もし何かのトラブルに巻き込まれたら、その時点で少人数で行動する利点も喪われるのだがーー。
ーー見付かる危険性を踏まえると、そもそも事を起こさない方に賭けた形だった。
ともかくそんな経緯で私は今、後輩君ーーヒラト君と二人っきりだ。
今度こそーー。
「ヒ、ヒラ……後輩君」
「はい、リン先輩」
ヘタレてしまう。
すぐ隣でなるべく物音を立てないように歩く彼の横顔をーー直視出来ない。
内心あたふたとしているのを悟られないよう耳を澄ましてみると、何かのーー虫の囀りのような音色は聴こえてくるから、生き物は居るのだろう。
「……一応、虫の類は居るみたいね?」
「そうですね
、、苦手だったりしないんですか?」
私が手近な葉から掬ったテントウムシーーに似た昆虫を見て、ヒラト君は若干青い顔をする。
「それを嫌がっていたら魔女だなんて名乗れないのだわ……!別に得意ってわけでも無いのだけれど……。
何を隠そう、私は前世の記憶を持つ大魔女なのだから……!」
「はは、そうでしたね
そういえば喚術陣を書く時もインクにミミズの磨り潰しとか混ぜてましたね、、」
あまり思い出したくないらしく、後輩君はテントウムシに似た昆虫から顔を背けた。
視線を外した彼は辺りをキョロキョロと見渡し、耳に手を当てている。
「何を探してるのかしら……?」
「川の流れる音とか、食料になりそうな木の実とかですかね?
飲食物が尽きるまでにライフラインを整えないと、さすがに生きていけませんし?」
「そうね……注意して進むのだわ?」
彼に同意した。
此処が何処の世界にしても、環境自体は元の世界とそうそう変わらないのだろう。
そうでなければ辺りの樹木がまず生えてくる筈が無いし、生態系は元居た世界と近しいと考えても差し支えない。
勿論、人の住めない環境は可能な限り術式で避けたのだから、適応可能な環境なのは当たり前なのだがーー。
そして、そうだとすれば木の実や果物なんかも見付かるかもしれない。
後輩君は探索次いで、質問してくる。
「モンスターらしい生き物は確か、此処がリン先輩の前世の世界なら居るんでしたっけ?」
「ええ……確か、魔物……。
……これは喚術陣に組み込んだ翻訳の術式が発動していると仮定して言うのだけれども、魔物を意味する異世界文字で現地人から把握されている筈なのだわ?
私の知っている限り……」
少し不安になる。
私の知る前世の記憶は先にも述べたように断片的なものでしか無く、数少ない情報の中から目の前の現実を判断するしか無い。
物事には必ず見えない側面というものがあり、そうした闇の底無し沼に嵌らないとも限らないのだ。
何かを正しく判断するには、まず自分自身が無知であるのだと理解しなくてはいけない。
私が取り留めもない思考に囚われていると、後輩君が思い付いたように言う。
「そうだ、あれ使ってみましょう!モノクル!」
「え……?ああ、あれね!」
彼は自分の荷袋から、眼鏡の片側だけが欠けたモノクルーー片眼鏡を取り出した。
早速耳にかけた後輩君は、難しい顔をしている。
「ううーん、どうやって使うのかなぁ?
紅い金属の縁取りだし、リン先輩の箒と同じですよね?」
「フィフィーロカネンね……。
けれども……それを感応させるには通力解放で外部のプラーナへと干渉出来ないと無理なのだわ?
……貸してみて?」
彼から片眼鏡を受け取り、左目にかけてみた。
途端ーー。
モノクルに込められた術式が起動したらしく、辺りに幾つもの数字が浮かんだ。
「何……かしら?
大小様々な……数字?」
「え?数字!?
もしかしてステータスですか?」
「……ちょっと待って?」
後輩君の質問を遮り、浮かび上がった幾つもの数字に集中する。
異世界小説によくあるようなーーステータスを表示するものでは無さそうだ。
では、何かというとーー。
「……えぇと?その辺りの木から浮かんでる数字はだいたい500から大きい数字で1000を超えるぐらいね?
それから、ああ……さっきのテントウムシは、たったの6しか無いのだわ……?」
「え、、?もしかしてスカウターですか?」
後輩君が言ったのは、戦闘力が分かるという例のアレだ。
それに近いかもしれない。
テツヲに勧められて私も半分くらいはその漫画を読んだ事があるが、ただどうにもーーその作品に登場するスカウターとは別物のようにも思える。
「あら……ちょっと待って……!?そこの草……」
「え?これですか?」
「そうそう、それなのだわ……!
2800から、3500……いいえ、上限3600ね……?」
そこにあった何処にでもありそうな雑草の中から一つを手に取ってみる。
どれも同じ種類の草だ。
ギザギザの扇状に伸びた葉先のーー見た目はそれなりに見掛けそうなこの植物は何なのだろうーー?
他の種類の雑草を見ても、数値の高いもので4、50といった程度だ。
「薬草、ですかね?ひょっとすると」
「薬草……?それかもしれないのだわ……?」
判断は保留にしながらも、私もその可能性は高いように思えた。
扇状のギザ葉に手を伸ばした後輩君が言う。
「それじゃあ、ちょっと摘んでいきましょう!
これがもし薬草なら、いきなり幸先良いですね!」
彼は薬草らしき草を幾つか抜いて、荷袋に仕舞った。
その際、何気なく見ていたがーー浮かび上がっていた数値が半分近くまで下がったのを確認する。
何か、命の灯火のようなものでも指しているのだろうかーー?
とも思ったが、抜かれた仮薬草が1500以下になる様子は無い。
思索に耽りつつ、私は判断を保留した。
次話、>>13
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.13 )
- 日時: 2023/04/02 14:48
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第1幕、7話ーー副題(未定)
道中、色々な物を見てみたが、1000を超すものはなかなか見掛けなかった。
モノクル越しに見た結果、樹齢を多く刻んでいそうな木が1000を超えていた他、苔生した岩が5800ーーと、これまでの最高値を叩き出したのだ。
因みに後輩君の数値もこっそり確認してみたら時々数値に乱れが生じるものの、だいたい130から150の値を推移している。
樹木や先程の薬草、苔生した岩等と比べると遥かに少なく、今の彼の数値は141だ。
他の人と見比べてみないと、多いのか少ないのかは分からない。
そんな後輩君はこの探索中、幾つかの発見をした。
「あ!木の実発見!
こっちにもプルーンみたいのが!?」
食用になるかどうかは分からないが、嬉しそうだ。
彼が木の実やらプルーン似の果実を捥ぎ取る度、その収穫物の数値は一定量減少した。
だが、半分以下になるものはこれまで一度も確認していない。
これが仮に鮮度を表しているなら、その後も経過を見ないと分からないがーーそれとも或いはこちらの憶測とは何の関係も無く、例えば数値は物の価値を表しているのかもしれない。
しかし、もしそうだとすると彼の価値は130から150ーーとまで考えて、私は首を振る。
「……そんな筈無いのだわ!?
駄目ね……!?もう外しましょう……!?」
そう言い、モノクルを後輩君に返した。
どうにもーーこれは箒に乗っていた時にも感じた事なのだが、自分の中の何かがすり減っているように感じる。
おそらくプラーナーー体内の内気を燃料として起動していたモノクルは、私の身体から離れると紅い金属の僅かな発光を収束させた。
後輩君が心配そうに言う。
「使い過ぎは良くなさそうですね?なんか、、」
「ええ、そうね……血液を代償にして喚術陣を起動した時と、同程度には疲れるのだわ……?」
「あ、あれですか?
、、なんか、色々と身体の内側から抜かれてるような気がするんですよね」
実験の際に喚術陣を起動するべく血液を提供した彼なら、分かる感覚だろう。
後輩君は気遣わしげに言ってくる。
「少し休みましょう、リン先輩」
「そうね……疲れたのだわ」
彼の勧めに有り難く従った。
後輩君も木の根元に腰掛けようとしーー。
「うわッ、、!?何だこれ!?
、、ベトベトだ」
枝に引っ掛かった袖に何か付いたらしく、嫌そうな顔をした。
後輩君の袖に付着した何かは、何かの粘液なのだろうかーー?
「樹液……?それとも蜘蛛の巣かしら?」
「嫌だなぁ、、蜘蛛なんて一番苦手な虫ですよ!?」
付着した網目状に近いベトベトは既にその形を成していない。
後輩君はそれをゴシゴシと擦り取るように幹で拭き取っている。
「うわぁ、やっちゃったなぁ、、」
残念そうだ。
こう言っては何だが、彼の困り顔を見るのもーーと若干思ってしまう。
勿論、本当に困ってるのなら咄嗟に手を差し伸べてしまいそうな自分をつい先頃ーー自覚したばかりだが、生憎と後輩君の不運までは引き受けてあげられない。
どうにかベトベトを拭い取った彼もまた、少しだけ気疲れしたように座り込んだ。
「そろそろ戻りましょうか?リン先輩」
真上の枝と枝の合間から漏れる光が薄くなったのを見て、後輩君が言った。
暗くなって動きにくくなる前に戻った方が良いのだろう。
頷いた私は腰を上げると、後輩君の跡に続いた。
辺りは相変わらず鬱蒼としていて、視界が悪い。
あの学校屋上の喚術陣跡地ーー円形断崖から降りた時が、ちょうど真昼時だった。
だすると頭上の木々に遮られて見えない空模様は、もう既に夕刻だろうかーー?
まだ完全に暗くなってはいないから、急いだ方が良いだろう。
「ふア……にしても、眠いのだわ」
「そうですね、おれも少し、、」
中途半端に休息したせいか、却って眠気に襲われた。
思えば学校の屋上から転移したのは夜中だったからーーと、そこまで考えてそういえば此処が異世界なら、元居た世界とのタイムラグがあってもおかしくはない、と思い至った。
私達を見送ってくれたひよ子の顔を最後に見たのは夜中で、転移後ーーあの円形断崖の頂上は少なくとも、暗い時間帯では無かった。
〈ヒョコちゃんとのラブリーアツアツ通信記〉で、ひよ子は向こうで既に数日が経過したと触れていたが、その数日間ーー。
私達の世界間移動に伴い何日かズレが生じたとも考えられ、つい先頃は元居た世界との時間の流れが違うーーと早合点してしまったが、そうとも限らないのだ。
つまりこれは、ひよ子の日記で示された時間のズレが異世界へ来た事を示す端的な証拠になるのではーー?
とも一瞬思ったが、それを確かめるには親愛なる友人と、細かな遣り取りをしなくては判明しそうにない。
同じ元居た世界でも場所が変われば時間帯も変わるし、国家間でそれぞれ時差があるのは当然なのだーー。
とは何故か、眠気に誘われた思考が明後日の方角へ向かったのを感じた。
疲れた頭は普段よりも数段遅れ、思考力の低下を伝えている。
私は首を振り、前方の彼の方を見た。
後輩君は時々足元へ手を伸ばし、手頃な枯れ枝ーー出来るだけ乾いているものを拾っているから、後で焚き火でもするのだろう。
私も彼に倣い、足元に手を伸ばす。
「薪代わりね……?」
「ええはい、そうです
手荷物の中にも確か炭は入ってましたけど、出来れば節約しておきたいですからね?
あ、そっちよりも細い方が、、」
「……え?こっち?」
「はい、太いと中が湿っていて火が付きにくかったりしますから」
「ああ……なるほどね」
意外にサバイバル能力が高そうで、素直に感心した。
勢いで異世界へ来ようとしていた私にとっては、よく働いてくれる彼の存在は有り難い。
薪になりそうな枯れ枝を拾いつつ、私達は円形断崖の麓へと向かう。
それ程遠くへ来たわけでは無かったから、思いの外ーーすぐそこだった。
「テツヲとサリアちゃんは……まだ戻ってないみたいね」
「遠くへ行き過ぎて無いと良いんですけど、、」
そう言いつつ、後輩君は拾ってきた薪代わりの枝を並べ始める。
火起こしの準備を進める彼に倣って、私も何かするべきだろう。
やや立ち惚けていると、後輩君が言う。
「そういえば、返事は良いんですか?」
「え、返事……?何の?」
「ヒョコ先輩の日記」
言われて思い出した。
確か、出来るだけ早い返信求むーーと書かれていた筈だ。
「あ……そうだったわね
じゃ、悪いけどそっちは任せるのだわ!」
「はい、ヒョコ先輩によろしく伝えておいて下さい
こっちは楽しくやってます、って」
「そうね……何て返事しようかしら?」
荷袋からペンと〈ヒョコちゃんとのラブリーアツアツ通信記〉を取り出して考える。
後輩君はその横で何かに気付いたようにまた言う。
「あ、テーブルとかも必要ですよね
近くに人の住んでそうな場所があるか分かりませんし、仮の拠点築いた方が良いのかなぁ、、」
「そうね……確かに」
私は生返事をしつつ、ペンを走らせる。
愛すべき我が親友ーーひよ子はいつもおちゃらけているが、きっと心配してくれているだろう。
彼女の反応を思い浮かべながら、日記を綴った。
次話、>>14
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.14 )
- 日時: 2023/04/02 14:55
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第1幕、閑話その1ーー闇堕ちしたヒョコちゃんの後日談
世間は大騒ぎだった。
事件に一枚どころか二枚も三枚も関与していた私ーー悪の秘密結社の三下こと、ダークネスファイターのヒョコちゃんは口止めされてるんだけどね〜?
高校生四人が一夜にして行方不明ーー。
失踪した彼らと親しくしていた女子生徒のTさん(鳥居さん)として私の証言は幾度となく報道で繰り返された。
沈んだ面持ちでーー。
『心配ですね〜、、穴の中に落ちてるかもしれないし早く捜索して欲しいですね〜
はあ〜、みんな大丈夫かな〜、、』
モザイクで顔は隠されていながらも、レンズ越しでも分かる物憂げな美少女の溜め息に、夜の討論番組は紛糾した。
他国のミサイル攻撃が誤って墜落しただの、無計画な地下インフラの整備が悲劇を招いただの、果てはヨソの国の工作員が秘密裏に侵略を開始しただのとーー事態は予断を許さないみたいに報道されててね〜?
うへへ〜、なんかトンデモナイことになっとりますなーー!
さて、そんな渦中に一番近いところに居たと思われる私は、報道陣とのイタチごっこだった。
いや〜、参るよね〜?
公表出来る情報が少な過ぎて、記者の人達は既に5日経った後でもしつこく付き纏ってくる。
嫌だな〜ーー。
私、これから早くも受講を再開した学校に行くんですけど〜?
自宅を出てすぐのところで目を血走らせた記者さん達に囲まれ、掻き分けるのが大変だった。
何処から情報漏れたのかな〜ーー?
もしかして昔中学生の頃シメた他中生徒達がこぞって今頃になって〜ーーとかじゃないよね〜?
うへ〜、嫌だな〜。
今は闇堕ちすれども愛の戦士としての矜持は喪っていないヒョコちゃんとしては、世の中ラブ&ピースなんだけどね〜ーー?
フラッシュとか、興奮のあまり飛んでくる唾とか我慢してると、記者さん達を抜けたとこで高級そうなリムジンが止まった。
中の後部座席に乗ってる人が、窓からこっちに手招きしてくる。
怪しい人かな〜ーー?
「鳥居さーん!鳥居ひよ子さーん!こっちこっち!」
何処となくポンコツそうなお姉さんが呼んでるね〜?
手招きされた私はこの際だからしょうがないと思って、高級車に乗り込んだ。
なるほど〜、中はこうなってるんだね〜?
横付きのソファみたいな座席に座った私に、ポンコツお姉さんが話し掛けてくる。
「あっはっはっは、大変ですねー?
ボスから送り迎えするよう言われて飛んできたんですよー!」
「あの人ね〜、いや、、苦手だな〜」
基本、何事も義務とか責任とか規範に縛られたくないヒョコちゃんとしては、相容れないタイプの人なんですけどね〜。
黒服を着た彼女の言うボス、とゆーのはみんなを異世界へ送り出したあの日ーー。
いきなり朝から家の玄関を叩いてきたオジサンだった。
とうとうヤーさんに目付けられたーー!?
と思った私は、そこで大立ち回りを演じようとして、脆くも失敗した。
うへへ〜ーー。
テツヲ以外には負けない自信があったんだけど、世の中には居るんだね〜、強いのが!
突然自宅の玄関先で肘を極められた私は動くに動けず、耳元に生気を感じない声を聞いたんだっけーー。
『あー、うぉっほん……あー、そーだなー?
キミが特殊な……チカラというべきものかね?
……それを獲得し、乱用している事は我々……さる国家機密特務機関としても把握しているつもりだよ
……全てじゃないがね?
我々としても高校生5人を泳がせ、暫くは様子を見て然るべき時に接触を図るつもりだったのだがね……?事情が変わってしまったのはキミも理解している筈だ……。
……あー、どうだね?話を聞く気があるのなら、この手を離してやるのも吝かでは無いのだがね?
八波羅高校2年生、鳥居ひよ子君……!』
気持ち悪いったら無いよね〜、本当にもう。
見知らぬオジサンに個人情報を把握されてるこっちとしては、耳に息を吹き掛けられるのも嫌だったからーー仕方無く頷いた。
玄関の先には黒服が数人ーー。
それぞれこの目元の隈が深いオジサンと同程度の実力と仮定すれば、私に逃走するチャンスは回って来ないね〜、たぶんーー。
ヤキが回ったかな〜、と思いながら、解放された私は一方的な話を聞いた。
生気の無いオジサンこと、ボス曰くーー。
さる国家機密の、特務機関所属の研究員の卵として私を迎え入れる用意があるとのこと。
まあ〜、そこに漕ぎ付けるまでにこっちも舌の渇きそうな交渉に臨んだんだけどね〜?
そしてマスコミが、私が失踪した高校生4人と親しかった事を何処からか嗅ぎ付けてきたのが事件から2日目でーー今日は5日目だった。
表向きは落盤事故ーーと一旦は報道されたものの、すぐおかしいと一部の評論家達が指摘し、更には高解像度の衛星写真が決め手だったとゆー話だね〜。
綺麗にくり抜かれたような円形の断面は、いったい何処の天上王が下した裁きーー?
とか某掲示板で未だにレスが冷めやらないらしく、まさに現代のミステリーだった。
さしずめーー全ての秘密を知るヒョコちゃんから、情報が漏れ出るのを恐れた組織のお姉さんが言う。
「いやー、隠蔽工作班が上手く機能しなくてですねー?
初動が遅れた痛恨のミス
あそうそう、あたしも工作班の一員だったんですけどねー?
何故かこっちに回されたんですよー?あっはっはっは
ひよ子さんと歳近いからかなー?」
いや〜、私としてはたぶんその情報が漏れたのもポンコツお姉さんのせいだと邪推してるんですけどね〜?
こっちが適当に頷いてるだけでペラペラと喋る彼女は、秘密を共有するのに不向きな人間ですなーー。
「おー?噂の日記ですねー?
見せて下さい!」
つい最近は癖みたいに日記を確認してたら、油断した。
返信が来ていた事に安堵し、私の試みの一つである〈ヒョコちゃんとのラブリーアツアツ通信記〉が何処の馬の骨とも分からない女に強奪されてしまったのはーー痛恨のミスだ。
咄嗟に取り返そうと手を伸ばし、激昂する。
「何すんのかな〜っ!?
まだ私も読んでないヤツだからっ、ソレっ!?」
「えー、いーじゃないですかー?
おおー、こっちのページがひよ子さん
お友達からはヒョコちゃんって呼ばれてるんですかねー?
愛の戦士、さすらいのヒョコさん!
いーですねー!あたしもこーゆーの好きなんですよー!
きっとヒョコさんとの相性最高だと思うんですよねー!良かったなー!
仲良くなれそーで!」
「おいてめっ!?その手離さないとシバくぞ!?マジでてめ〜っ!?」
手を伸ばしたけど、僅差で届かない。
仕方無いーー。
このポンコツもとい、もうポン子でいいかな〜?
アッケラカンとさりげなく煽ってくる態度に、少しムカついた。
ポン子をとっちめる為に私も少し、本気出さなきゃね〜?
広い高級車内でヒョコちゃんの超絶奥儀、千手掌乱舞が加速するーー!
次々と繰り出される、破邪の手ーー。
道行く女子生徒の数々の豊かな膨らみを屠ってきた技だけど、この女ーー素早い!?
無駄な動きを制した体捌きが僅差で私の掌を触れさせず、薄い紙のように躱していくーー!
「おおー、やりますねー!さすがあたしの初めての後輩!
ボスに勧誘されただけありますねー!」
「何なのっ、、かな〜っ!?この女!
ムカつく、、!」
私の横へスルスルと足を伸ばしてきて、それを捕まえようとした。
フェイントなのは分かってたつもりだーー。
でも、そっちへ手を伸ばした逆側を突かれて前のめりになると、気付けば立ち位置が入れ替わっていた。
おかしいーー!?
ポンコツ女の癖して、まさか此処までやるとはね〜?
これはーーヒョコちゃん第二形態を解放するしか無さそうだった。
次話、>>15
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.15 )
- 日時: 2023/04/02 14:58
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第1幕、閑話その2ーー闇堕ちしたヒョコちゃんの後日談
「プラーナって知ってたりするのかな〜?もしかして〜?」
「報告書にありましたねー?
あたしら特務機関の更に暗部に位置する鬼道部にもそれらしき秘伝が伝わってますよー?
気、マナ、魔力、オーラ、エーテル
呼び名は様々なんですけどねー?
んんー?」
こちらの雰囲気が変わった事を察してか、ポンコツ女は表情を引き締めた。
プラーナーーとゆーのはそもそも、私の大親友たる真島リンだけの専売特許では無いんだよね〜?これがーー!
彼女程に習熟していなくても、ここ1年と半ばを実験に費やす過程で私も朧気ながら身に付けちゃったんだな〜、実は。
自身の内側に遍く満ちるプラーナーー。
それを丁寧に流す技法を、リンは通力循環と呼んでたんだよね〜。
うっへっへっへ〜ーー!
陰でコソコソと試行錯誤してた成果を見せる時ですな!
掌をニギニギとさせる構えの私ーー。
指先から頭の芯、身体の軸を通って足裏まで体温が上がるのを感じた。
これぞ、通力循環ーー!
私の気配の変化を察したポンコツ女が言う。
「本気、みたいですねー?
いーですよ!
先輩の沽券を維持する為にも、ここは受けて立ってやりましょー!
さー来い!」
理由が俗っぽい。
けれど彼女からもーーリン程では無いにしろ、プラーナが詰まってるような感覚を覚える。
この女、デキるーー!
私は初めて遠慮呵責無く力を試せる相手の登場に歓喜した。
「後悔しないで、、
、、よねっ!」
短い距離を詰める。
目を丸くするポンコツ女ーー。
彼女が引き手で握る日記が咄嗟に後ろに回されたのを無視し、狙いは足元だ。
超加速からの、スライディングーー!
走行距離が短過ぎて速さが足りなかったけど、意表を突くことには成功した。
私の爪先が引っ掛かりたたらを踏みそうになりながらも、身体を宙へ跳躍させるポンコツ女ーー。
背中を車内の天井に張り付け、両手足が大の字ーー。
驚異的な背筋力だけど、胴がガラ空きだ。
ニンマリと、私は笑みを浮かべる。
低い姿勢から片手を跳ね上げ、逆立ちでもするように爪先を伸ばす。
「っくー!?」
どうにか天井スレスレを蹴り出したポン子は、呻きを上げつつソファ座席に転がった。
そこへ追尾するのは、天井に着けられた私の片足だ。
狭い地の利を活かした作戦は狙い通りーー!
彼女を跨ぐように上乗りになった私は、勝利の笑みを浮かべる。
「さあ〜、返して欲しいな〜?
痛い目に遭いたくなければね〜?」
いつでも拳を振り下ろせるよう身構えた。
既に私の両足でがっつりホールドされてる彼女は、観念したように言う。
「んんー、分かりましたよー
容赦無いですねー?」
意外と聞き分けが良い。
冷や汗を浮かべながら、素直に日記を手渡してきた。
愛の大勝利だね〜!?いえ〜い!
何人たりとも私とリンの仲を裂けないのが証明されましたなーー!
日記を受け取った私は、彼女の上から退く。
このポンコツ女は通力循環中の私の動きにも付いてこれてはいたからーーたぶん、似たような事は出来てたんだね〜?何となくーー?
それでも私に勝利のゴングが鳴ったのは、彼女の片手が日記で常に塞がっていたこととーーあと、単純に実戦経験の差だ。
ポンコツ女も何かしらの武道らしい動きは見せてたんだけど、テツヲと一緒に各校で暴れ回った経験のある私相手ではね〜?
ご愁傷様ーー!
起き上がった彼女はとやかく言わず、素直に称賛してくる。
「強いですねー!ヒョコさん
いやー、先輩の威信が掛かってたんですけどねー?
参っちゃうなー、もー?」
「その呼び方禁止!
あと、これからは私の舎弟になって貰っちゃおうかな〜?うっへっへっへ!」
「嫌な笑い方ですねー?止して下さいよー!?」
うっへっへっへ〜?
勝者の特権を行使すべく手をニギニギとさせたんだけど〜ーー?
「君、あんまし肉付き良くないね〜?
守備範囲から外れますな!」
「ええー?ヒョコさん、もしかしてそっち系の人なんですかー?
ううー、大変な人の舎弟になってしまった」
己の身の不幸を嘆きでもするように言った。
ポン子は仕方無さそうに服を一枚一枚脱ぎ捨てているーー。
面白いから暫くそのままにしておこうね〜?
うっへっへ〜、こういうシーンを不意にしちゃう程ヒョコちゃんも空気読めない娘じゃないんだな〜、これが!
ポン子は放置放置ーー!
私は早速無事戻ってきた〈ヒョコちゃんとのラブリーアツアツ通信記〉をさっと捲る。
最初のページは以前私が書いた内容で、リンの返信はこうだった。
『ひよ子、元気してる?
真島リンこと、大魔女からの有り難いお言葉を賜るのだわ……!
でもその前に幾つか確認しとくべき事案が出来たみたいなの……。
この日記もその内の一つね……。
ところでそっちは今、私達が転移してから何日経ったのかしら……?』
ここまで読んで、私はピンときた。
なるほど、数ある可能性の一つとしてその問題については私も考えてたんだけど、問題はどの程度の齟齬があるのかだよね〜?
うう〜んーー?
あんまり誤差が無いと良いな〜?
想定してた懸念の一つを思い浮かべながらも、私は続きを読む。
『ところでそっちは今、私達が転移してから何日経ったのかしら……?
実はあなたの日記の最初のページを読んだのが、今朝だったのよね……。
私達が転移した後、そっちでは何日かゴタゴタしてたって書いてあったじゃない……?
でも、私がひよ子の文を読んでからこれを書くまで、たぶん半日も経ってないのだわ……?
まず、本当に此処が異世界なのかどうか確かめようって話になったのだけれども、思えば何かの勘違いでも無ければ時間の流れが違う事は確かなのよね、たぶん……?
だから、こっちは予定通り、異世界に転移出来たと考えても良いのかもしれないのだわ?
……それで案の定、当初の懸念通り、人里らしいものは近くに見当たらなそうなのよね?
何処も彼処も、森、森、森……森なのだわ!
最悪のケースは呼吸すら出来ない環境で即死だったのだけれども、砂漠とか氷山とか、火山活動の活発な火口付近とか……考えられる中では随分とマシな方ね!
食料になりそうな小動物とかは現状見当たらないけど、後輩君が木の実とか果物見付けてくれたのだわ……!
彼、意外と頼りになるのよ……!
あ、そうそう……。
この日記もそうなのだけれど、他にもモノクルとか確かめてみたのよね
何かのフラスコとか得体の知れないキャンドルとかはまだよく分からないのだけれども、そうそう……!箒よ!箒!
あれのお陰で、最初の転移地点から降りられたのだわ……!
さすが私の友人……いいえ、親友ね!助かったわ!
それであのモノクルも使ってみたのだけれども、何やらよく分からない数字が浮かんでくるのよね……。
たぶん、物体の持つ生命力……と今書いてて気が付いたのだけれど、浮かんでくる数値は存在が持つプラーナの保有量を表しているのではないのかしら?
我ながら、正解な気がするわ……。
ま、そんなこんなでこっちは順調よ!
〈ヒョコティティル製品〉……と呼ぶ事にするけれど、出来ればその目録を早急に詳しく伝えて欲しいわね
あ、後輩君が今火起こしてるわ……!
テツヲと沙梨亜ちゃんはまだ探索から戻って来ないけれど、あの極悪ヤンキーが居るなら万に一つも無いわよね……!
それじゃ、こっちも返信よろしく……!首を長くして待っているのだわ!
by 終期末の魔女リン』
大親友からの返信を読み終え、私はページを閉じた。
後ろから、胡乱な顔が覗いてくる。
「本当に異世界行けちゃうんですねー?
それでヒョコさん
あたし、いつまでこーしてるんですかー?」
ポンコツ女ならぬ痴女が何か言ってるけど、車内だからって半裸になる女とはお近付きになりたくないよね〜?
しっしっーー!
こっちを見ないで欲しいな〜?
私がぞんざいに手を動かすと、ポンコツ痴女は怒りを露わにする。
「ああー!酷いですよー!
ムキーですからねー!」
「瘦せぎすは好みじゃないですな!
しっしっ!ヒョコちゃんの美肌に触れるな!あっち行け〜!」
本日の第二ラウンドが始まった。
次話、>>16
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.16 )
- 日時: 2023/04/02 15:21
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第2幕、1話ーー副題(未定)
「よし、っと……。
こんなところね!」
ペンを置いた私は大きく伸びをする。
気付けば焚き火が燃やされ、拾ってきた枝がパチパチと鳴っていた。
後輩君は何やら鍋をグツグツと沸かしているが、何を作るつもりなのだろうーー?
そういえば既に宵闇が降りてきていたが、テツヲと沙梨亜ちゃんはまだ戻っていない。
探索範囲を拡げ過ぎて何か、厄介な事態を持ち込んでこないといいのだがーー。
不安だ
日記とペンを仕舞った私は暖を取るべく焚き火へと近付く。
それに目敏く気付いた後輩君が声をかけてくる。
「あ、リン先輩!
コーヒーって飲みます?それとも紅茶?」
ティーバッグの入ってる袋と粉コーヒーの瓶を見せてきた。
荷袋の積載量が豊富とはいえ、ひよ子は随分と色々仕込んだらしい。
眠気を払うべく、私は瓶に詰まった茶色い粉末を示す。
「コーヒーね!砂糖多めのやつ……」
「あ、はい!
砂糖たっぷりですね、ミルクも?」
頷いた。
疲れた頭にこの飲み物は格別なのだ。
決して砂糖の有無が精神年齢を表すとか、そういう俗説を信じてはいけない。
彼はカップを二つーーそれぞれ、お湯を注いでいくが満たされた容器の色合いは違った。
方や暖かみを感じさせる色なのに対し、もう一方は焚き火に照らされていなければ闇に溶け込んでしまいそうな色ーーブラックだ。
「意外ね……」
「え?そうですか?
おれはいつもこれですよ?
あ、でも寝起きとかは牛乳入れたりしますけどね」
「そ、そう……?大人ね」
言ってしまった。
決して大人とか子供とか、コーヒーの砂糖一つでは決まらない筈なのだ。
案外、私の前で少し大人ぶっているのかとも考えたのだがーーどうにもそんな様子は無い。
黒々とした液体に躊躇無く口をつけ、苦さで表情を歪める事も無かった。
確かに、普段から飲み慣れているのだろう。
方や私はミルクと甘さの拡がるコーヒーを口に含み、ゆっくりと味わう。
甘味の中にほんのり蝕んでくる苦味はーー敗北の味わいだ。
通算の年齢でいえば私の半分に満たない後輩君に負けてーーもとい、決して負けてはいない理由をどうにか探している。
特に言い訳が思い付かずにいると、カップの半ば程を飲み干した後輩君が口を開いた。
「遅いですね、テツ先輩と前垣さん」
「そうね……。
でも、迷子になってるだけなのかもしれないのだわ?」
二人の身を案じる反面ーーせいぜいが深く進み過ぎて、明るくなるまで一夜を明かす事にしたのかもしれないのだ。
そういえばーー別行動を提案した沙梨亜ちゃんも案外、敢えてそれを狙っての事なのかもしれない。
私は杞憂に終わりそうな二人の現在状況を頭から逐いやった。
後輩君も似たような事を思い浮かべたのかは分からないが、話題を変えようとする。
「二人のことはさておき、今後の方針でも固めておきましょう!」
「そうね……。
差し詰め、物資が続いている間に拠点を築くか、それとも……」
「人の居そうな場所を見付ける、とかですかね?」
彼の言に私は頷いた。
実際問題、此処が私の前世と同じ異世界なら、一応ながら人ーー人類と呼べる者達は居る。
けれども彼らは、私達と同じような見た目の同じような人種かというとーー確かにそういう人種も居たが、私の知る限りで主流では無い。
記憶にあるだけでも数十種もの数多の人類と呼べる種が存在している筈だから、一概に友好関係を結べば良いーーという話でも無かった。
後輩君は少し悩んだ末、慎重な判断を下す。
「どちらにしても、ある程度生活を持続出来るだけの拠点が必要ですかね
食料に水、生活用水の確保に雨風を凌げるだけの住居、と、、」
「最低限それらは必要なのだわ……!」
いくら異世界に来たがっていたとはいえ、私もサバイバル生活をずっと続けたいわけでは無かった。
どちらかというと元居た世界のーー窮屈で閉塞感のある社会に嫌気が差したのが、理由として大きい。
〈ワルプルギスの集い〉の面々は多かれ少なかれ多少はそういう空気感を共有していたのだから、特に後輩君も疑問は無いのだろう。
「そうなると、まずは水ですね
確か、あっちの方に山が見えましたから、どこかに渓流があると思います
これだけ木がある場所ですしね!
水源を見付けるのは簡単だと思いますよ!きっと」
「そうね……!
明日からは水源の確保をひとまずの指針として、あとは……」
そこで言葉を切った。
初め、何かと思い目を凝らすーー。
木々の梢に挟まれた何かが、向こうからこちらを覗いているように思えた。
あの二人が戻ってきたのだろうかーー?
ちょうど、後輩君の背後の方だ。
焚き火の火に照らし出された顔が、高い位置から見下ろしている。
ドクン、とーー肌から伝わる感覚が警鐘を鳴らした。
テツヲか、それとも沙梨亜ちゃんーー?
頭が急速に見た情報を整理しようとするが、疲れた身体は重い腰を上げようとしない。
気付けば、梢の間に浮かんだ顔はスルスルとこちらに近付いていた。
物音もせず、しかしーー私の表情に違和感を感じたらしい彼は振り返る。
この時ーー私は声を上げなくてはならなかった。
何てーー?
逃げて、でも、走って、でもーー何でも良かった筈だ。
それとも私が後輩君に覆い被さり、すぐさま手を引いて駆け出せればーー。
咄嗟にそう考えるには、元居た世界のぬるま湯に浸かり過ぎていたのだ。
そう、元居た世界ーー。
そして、此処は今生の私が生まれ育った世界とは別の世界だ。
それを確信し、判断をするのがーー遅過ぎる。
身を翻した後輩君と、その横から払われるように迫ったのはーー。
それを目撃する瞬間、私の口はようやく言葉を捻り出す。
「こ……。
……後輩君?」
いつものように、そう呼んだ。
この瞬間ですら彼の本名で呼べなかったのは、或いは自制心を効かせ過ぎていたのかもしれない。
だから肝心な時に手足が動かず、口でさえ思うようにままならないのだ。
後輩君ーーヒラト君の姿が、目の前から消えた。
次話、>>17
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.17 )
- 日時: 2023/04/02 15:23
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第2幕、2話ーー副題(未定)
私の目の前で払われたのは、〝極細の円錐状の何か〟ーー。
とにかく細いーー。
針の先端に向かうように細まるそれは、一度払われると地面に突き立てられた。
足だーー。
というよりも、それは多数の節足というものなのだろう。
ほとんど物音を立てない関節が剥き出しになったような生き物は、そのーー私の知る、よく似た生物の頭部に当たる部分から人型を生やしていた。
蜘蛛だ。
体高はその人体部分と併せると、2メートルを超えるだろう。
元居た世界でいう蜘蛛の頭部に代わり、人型の腰から上を生やしたその生き物はーー何かの説話で聞いた事があった。
名前は思い出せないが、そのーー蜘蛛人間はピタリと動きを止め、こちらを窺っているような気配だ。
視線を逸らせないーー。
その多数の節足の一つで払い飛ばされた後輩君を目で追おうとするが、その瞬間に死が待っているのだとーー本能で理解出来てしまう。
彼が心配だった。
すぐにでもこの場を駆け出して、安否を確認したいーー。
でも、それでも首一つ巡らせられない状況と、自身の不甲斐無さに焦燥感が募る。
蜘蛛人間はその上体ーー薄衣を纏った身体の頂上には、顔が乗っていた。
まるでマネキンのようなその肌ーー。
陶器にも似た質感の表情がピクリと動き、口が開かれる。
「セレモニアーナ、カ?
……ニシテハ、プラーナ、ガ少シ小サイナ?」
聞き取りにくいが、何か言われた。
話しかけられた事に軽く驚くが、セレモニアーナーー?
その単語に引っ掛かりを覚えつつも、私は蜘蛛人間を注意深く見詰めた。
どちらかというと女性的な表情は、また聞き取りにくい声で続ける。
「……貴様ガドノ、セレモニアーナ、ノ差シ金カ知ラヌガ、我ノ領域ヲ犯シタ事、贄ト成ル事デ償ワセテヤロウ……!」
言われた事を理解するのに、時間が掛かった。
振り上げられた節足の一つで、相手の意図を悟った私ーー。
本能的に通力を巡らせた身体が咄嗟に跳び退り、無様に転げる。
後輩君はーー?
立ち上がりながら首を動かすが、その目端にまた、追撃の節足が掠めてきた。
速いーー。
通力循環によって私の身体能力は普段の倍以上になっている筈なのだが、それでも回避するのがやっとだ。
どうしようーー?
後輩君の安否を確認しなくてはならないのに、視線を逸らす事も出来無いなんてーー。
私は自分でもらしくない大声を上げる。
「後輩君……!?無事よね……!?
無事なら返……」
そこで声を止めた。
意識を逸らしたのが不味かったのだろう。
私は木の一つを目端にし、そこでーー思わず、しまったと気付く。
前方は枝に阻まれるように遮られていて、背後からの攻撃を躱し切れない。
手には何も持っていないから、咄嗟にーー手近に落ちていた枯れ枝で受け止める。
だがーー後輩君を払い飛ばした節足の一撃だ。
軽々と吹き飛ばされた私は、木々の一つにぶち当たった。
「……ッう!?」
背中をぶつけ、息が詰まる。
咳き込みそうになるのを抑え、音も無く近付いてくる節足を目にした。
見上げると、蜘蛛人間の上体だ。
この時に至ってーー私はせめて、杖を手元に置いておけば良かったと後悔する。
まだ試してないが前世の記憶を辿れば、何かしらの術式による応戦は出来たかもしれないのだ。
私を追い詰めた蜘蛛人間が言う。
「……セレモニアーナ、程デハ無クトモ、プラーナ、ヲ宿ス生キ物ハ貴重ダ……。
連レ帰リ、我ガ生存ノ糧トシテヤロウ……!」
言われ、節足が今度こそーー。
木々の枝先に動きを制限された私に、逃げ場は無かった。
振り上げられた針のような先端がこちらを狙い、反射的に目を閉じる。
死ぬーー。
呆気なさ過ぎて、笑みが浮かんだ。
異世界に来てやりたい事が沢山あった筈なのに、何も浮かんでこない。
日頃は無駄に考え過ぎる頭が、今はーー真っ白だ。
身動ぎも出来無いそこへ、他方から駆け足が聞こえてきたーー気がした。
金属同士がぶつかるような物々しい音と、その声ーー。
「逃げて下さいっ!」
私に痛みを齎す筈だった節足を弾いたのは、術式で再現されていた剣だった。
軽装姿の腰に差してあったものだろう。
森で目の前を歩いていたーーその後ろ姿だ。
「後輩、君……?」
「逃げて下さいっ!早く!?
此処はおれが何とかしますから、、!」
僅かに振り返らせたこめかみから、血が流れているように見えた。
彼に言われるがままーー糸に手繰られでもしたように、背を向ける。
後輩君の無事を確認出来た安堵と、死を目前にした緊張がーー私をおかしくさせていたのだろう。
振り返る事も出来ずに、死から逃れようとする一心だけでーーその場から逃げ出していた。
彼はナイトだ。
日頃の馬鹿げた遣り取りでそれを自認し、本来ーー通算で倍の年齢である私をドギマギとさせ、ふとそう思わせるように普段から振舞ってきた。
困ってる時は必ず手を差し伸べてくれたし、いつ如何なる時でも私の味方をしてくれてーーこれで感謝の念を抱かなければ、それはただの性悪女に他ならない。
そこに別の感情が含まれたって、何の不思議も無いだろうーー?
私はそれをーー。
「はぁハァ……」
側の樹木に手を付き、気忙しい息を繰り返した。
嫌な汗が流れてくるーー。
ただ走って息が上がっただけでは無い、別の汗がーー。
どうしようも無い悪寒に襲われた私は、冷静になってきた頭で自分が何をしていたのかを悟った。
「後輩君を……。
見捨てたの……?」
違うーー。
何故なのかあの瞬間は何も考えられなくて、言われるがままにただ逃げてきた。
そう、私は逃げ出したのだーー。
ただ我が身可愛さのあまり、日頃から自分を慕ってくれた後輩君を置き去りにして、あの蜘蛛人間へ差し出してしまったのだ。
嫌な汗が全身を伝い、吹き出してくるーー。
両手で掻き抱いた自分の身体が震えている事に、ようやく気付いた。
早く戻らないといけないーー。
あの場に早く戻って、後輩君の無事を確かめて、それでーー。
どうしたら良いのだろうーー?
彼の無事を確認して、もしーー。
そこまで浮かべて、それ以上は考えられなかった。
思考が前後不覚を起こしたように溢れ返り、頭の中で流れる嫌な想像ーー。
普段から、気付けばいつも目で追っていた相手なのだ。
まだそんな様子も、そうした状況を見たわけでも無いのにーー頭にこびり付いて離れない。
後輩君のこめかみから流れていた血の色で、視界が染まっていくーー。
そう錯覚してしまう程に、この時の私は動揺していた。
そして、この後に及んで未だにーーこの場所から駆け出せずに居た。
次話、>>18
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.18 )
- 日時: 2023/04/02 15:25
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第2幕、3話ーー副題(未定)
予想に反して、そこに後輩君の姿は無かった。
代わりに、こちらを案じた声が掛かってくる。
「アアン?遅かったじゃねェかァ、、?」
「、、遅刻ですよ?
それと、やりかけだったので適当に具材と味付け足しておきました
世話が焼けやがりますね、まったく、、」
適当に腰掛け、既にくつろぐ風のテツヲと沙梨亜ちゃんだ。
私はそれに応じようと思ったが、言葉が出てこないーー。
何と言おうか迷うのも束の間、怪訝そうな顔をした沙梨亜ちゃんが気付く。
「、、顔蒼いですよ?
リン先輩、どーしたんです?」
「アアン?
、、ヒラトはどうしたァ?」
異変に気付いた様子のテツヲも、鍋を突いていた箸を止めた。
私の予想に反して居ない後輩君の事を、早く伝えないとーー。
「……あ、こ……後輩君は……?」
それだけだ。
思ったように口が動かず喉も掠れていて、私らしくない。
いつもならーー大魔女と抜かしつつアレコレ出てくる筈の言葉も思考も、何も湧いてこなかった。
焚かれた火に照らされた地面に、そこだけポタポタとーー雨が零れ落ちる。
私の足元だ。
それを見て、テツヲは油断の無さそうな目付きで訊ねてくる。
「何かあったのかァ、、?真島ァ」
「、、です?リン先輩」
器を手に取り鍋をよそろうとしてた沙梨亜ちゃんも、手の動きを止めたままだった。
嗚咽が込み上げてくるのが、自分ではどうしようも無い。
「ぅわ……私が、ひっク……。
……ぅ私のせいで、こゥ……後輩く、後輩君が……?!
どうしよ、どうしよう……?!」
呂律が上手く回らない。
早く状況を説明しないとーーと焦れば焦る程、変な声と一緒に涙が零れ落ちてくる。
二人は顔を見合わせ、表情を険しくさせた。
「、、っつうコトはアラクネみてェなそのモンスターに襲われ、ヒラトのヤツは連れ去られたっつうコトだなァ?」
「、、ですね
だいたい、まだ何も分かってねーのに泣きベソかくのは早過ぎますよ?先輩」
たどたどしく状況を説明したら、二人にそう言われた。
連れ去られたーーと言われれば、その通りかもしれない。
確かに、辺りに争った形跡はほとんど無かったのだから、あの後ーー此処で後輩君の身に何かが起きたとは考えにくかった。
五体満足とも思いにくいが、二人の言い分は十分に整合性が取れていてーー混乱した私よりも余程冷静に見えた。
沙梨亜ちゃんの手に握られていた感触が、私の手から離れる。
「、、モタモタしてる場合じゃねーです
行きますよ?」
「だなァ、、
、、オメェらが戻って来たらと思ってたんだが、早い方が良いよなァ?」
「、、です
テツ先輩、急ぎましょう」
二人の遣り取りがよく分からない。
私が訊ね返す間も無いまま、テツヲは話を進める。
「、、こっから先、単独行動は厳禁だァ!沙梨亜ァ!
それと真島ァ、、オメェもだ!イイなァ?」
「え……そ、そうね……?
でも何を……?」
訊き返した。
一刻も早く後輩君の行方を追いたいのは、二人から十分伝わってくる。
でも、それにしたって手掛かりらしいものが何一つ無いのに、急過ぎるだろう。
まだ平静さを取り戻したとは言い難いが、今の私にもそれぐらいは分かるのだ。
テツヲは訊ね返した私に手短く答える。
「道中話す、、!付いて来いやァ!?二人共!」
「、、ふぅ
カチコミなんて久し振りですね
天ヶ嶺君を追いますよ!」
既に気迫十分のテツヲと沙梨亜ちゃんに、こちらの反応は遅れる。
「え……?ど、何処に向かうって言うの……?!
まだ何の手掛かりすら……」
二人は私の戸惑いに応じず忙しく準備を進め、再びーー円形断崖を離れた。
「マーキングだなァ、、?ありゃァ」
「、、ですね、テツ先輩」
懐中電灯を手に、沙梨亜ちゃんが向こうを示した。
辺りは既に暗く、よくよく目を凝らさないと見えてこない。
何か、ぬらぬらと光るものーー。
そういえば、後輩君と探索した時に見付けた、あのベトベトらしいものが照らし出されていた。
ライトが向けられた箇所は私と彼が見付けたものとは別だが、道中ーーよく見ると所々に同じようなものがある。
「、、そこです、リン先輩」
「あ、うん……?そう……?
よく見えるわね……?沙梨亜ちゃん」
「、、ええ
これでも現代の祓魔衆の家筋ですので、一応」
「……祓魔衆?
聞いた事も無いのだわ……?」
私が首を傾げていると、テツヲが言葉を引き継ぐ。
「アア、よくあんだろァ?
伊賀とか甲賀、風魔のどれかぐらい聞いた事あるよなァ?真島も
、、沙梨亜ァ、っつうよりか前垣家っつうのは今じゃヤーさんとそんな変わんねェが、本家本元に秘伝の一つ二つ眠ってるっつう説が昔からあるらしくてなァ?」
「ええと……つまり、現代の忍者?」
そう言うと、沙梨亜ちゃんが表情をキリッとさせてくる。
「、、ダサい呼び方です!
祓魔衆ですよ?祓魔衆!
二度と間違えないで下さい!分かりましたね?」
「あ……分かったのだわ?」
彼女の何かに触れてしまったらしい。
危うく踏み込んではいけないラインのようだが、今はそれよりもーー後輩君だ。
「ええと、つまり……あのベトベトは蜘蛛人間のマーキングと見て間違い無いわけね?」
「、、です
そのマーキングを辿れば、いずれ天ヶ嶺君の元へ辿り着けると思います」
沙梨亜ちゃんの言に、こくりと頷いた。
先程から駆け通しで、少々ーー息が上がっている。
前の二人は息一つ切らしてないのに、それに加えてよく見通しの悪い森中を走れるものだ。
昼間ならまだしもーー今現在はとっくに暗くなっていて、特に運動神経に自信があるわけでも無い私が付いていくのには、少々苦労した。
通力循環で身体能力が倍になっているのにも関わらずーーやはり、元々の身体のデキからして違うのだろう。
沙梨亜ちゃんの意外な出自には驚いたが、それにも増してーー異様なのはテツヲだ。
邪魔な枝先があればバキバキと手折っていく猛獣さながらの疾走は、後ろの私達二人の進路を確保した上で尚ーー余裕があるように見えた。
彼らを見ていると結局ーー一番の足手纏いは私だったのかもしれない。
そうした思いが念頭に浮かんでくるのを沈めて、夜の森を駆ける。
テツヲがこれ程荒々しく猛進してるのに、その途次ーーまったく生き物らしい生き物の気配が無いのも、彼の推測が当たっているからなのだろう。
此処があの蜘蛛人間の縄張りだというなら、普通ーーそれを知る生き物達は下手に近付いて来ないに違いない。
それを指摘したテツヲは普段の印象に反して、頭が悪くないのを私達は知っている。
蜘蛛人間が言っていた言葉ーー。
当の化け物本人もそれらしい事を話していたような気がするから、ベトベトを目印に後を追うのは間違いでは無いのだ。
私は前を行く二人に頼もしさを感じ、先を急いだ。
次話、>>19
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.19 )
- 日時: 2023/04/02 15:30
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第2幕、4話ーー副題(未定)
「、、彼処です
、、洞窟があります」
「……みたいね」
沙梨亜ちゃんの言に、私は頷いた。
暗くて分かりにくいが、あの蜘蛛人間のマーキングらしいベトベトを掻い潜り、進んで来た先には岩肌があった。
洞窟があるのは、その岩肌沿いだ。
さして高くもない岩壁の横穴から明かりが漏れているのを見て、私達は此処に辿り着いたのだ。
懐中電灯を仕舞いながら、沙梨亜ちゃんが言う。
「、、中
明かりが点いてますね、、?
見てきましょうか?」
「いんやァ、ダメだァ!
オレが行く!」
何故か、先陣争いが始まった。
あの明かりが漏れる洞窟の先に、後輩君が連れ去られたのだろうかーー?
先程単独行動を禁じた筈のテツヲは、一歩も譲る気は無いらしい。
後輩女子の前に立ち塞がり、仁王立ちしていた。
それを見た沙梨亜ちゃんは、やや残念そうに言う。
「、、この手は使いたくありませんが
、、わたしとリン先輩は全軍突入に賭けますから、票数2対1でテツ先輩の要求は却下です!」
「何だァ?
ちッ、、なら仕方ねェ」
私が沙梨亜ちゃんの言に頷いたのを見て、テツヲは言った。
彼としては自分一人で後輩君を救出するつもりだったようだが、相手は得体の知れないあの蜘蛛人間なのだ。
先程は追い詰められた私だったが、今は手元に長杖を握っているしーー沙梨亜ちゃんもその脇に、短刀を二本差している。
むしろこの場合、素手のテツヲの方が客観的に見れば戦力として劣ると見る向きもあるかもしれないがーー。
それでも、彼の恵まれた身体能力と強さを何となくなりに知っている身としては、このヤンキーが私達の中で最も戦闘に向いているのは疑いようがない。
後輩女子に却下され、不承々々身を翻したテツヲが言う。
「ココでモタついても始まらねェ、、
、、行くぞォ!?沙梨亜、真島ァ!」
呼ばれた沙梨亜ちゃんと私は頷き、気勢を吐く眼帯ヤンキーの後に続いた。
洞窟の中は思ったよりも広い。
人二人が並んで歩ける程度の幅があり、天井には角灯が取り提げられている。
何を燃料に灯りを灯しているのかは分からないが、管のようなものが洞窟の壁中に埋まっているらしくて、そこから光源が供給されているようだった。
だから歩くのにそれ程困りもせず、私達3人は洞窟の奥へと順調に進んだ。
中に入る前ーー外の木々の枝先には所々蜘蛛の巣が張り巡らされていたのだが、中はそうでも無いらしい。
先頭を歩くテツヲが言う。
「相手は蜘蛛人間、つったなァ?真島ァ、、」
「ええ……そうね
通力循環で身体能力が向上した私でも、軽々と追い詰められるぐらいには運動能力が高いのだわ……?」
「あんましアテになんねェなァ?ソレ、、」
言われてしまった。
確かに平素の私は常人以下の運動能力しか持ち合わせていない。
だが、だからといったって通力循環で体内のプラーナを循環させればーーきっと、オリンピックに出場出来るぐらいの身体能力にはなるのだ。
それをアテにならないと言った眼帯ヤンキーが、突然ーー膝をつく。
「おゥ?何だァ、、?」
見ればテツヲの足元の地面が大きく沈み、どうにもそこは伸縮しているように思えた。
例えるなら、トランポリンだろうかーー?
普通の地面からゴムのように沈む場所に踏み込んでしまったらしい。
それを確かめようと爪先を伸ばした沙梨亜ちゃんが言う。
「、、蜘蛛の巣
、、ですね、地中に棲んでる種類の」
「だなァ、、?確か、ジグモっつったかァ?」
そう言ったテツヲは足を引っこ抜き、その足を元居た地面へと戻した。
ジグモーーというのを私は名前までは知らなかったが、確かにそういう種類が居たのは覚えている。
見ると此処から先の洞窟内の通路は、どうにもこの筒型の巣で出来ているらしい。
よく見ると土や埃が粘着したような雰囲気で、これまでの地面と比べると全体的に軽そうなのだ。
それを腰に差した短刀で突き刺した沙梨亜ちゃんが言う。
「、、巣の真下
、、多分、空洞ですね?
どーします?」
「つまり……此処から先、より広い空間の中に筒状の巣が張り巡らされていると考えて良さそうなのね……?」
広い空間内を張り巡らされた筒状の巣が、四方八方へ伸びている様子を私は思い浮かべた。
つまり、私達は今ーーこちら側の地面との区別は付けにくいが、筒型の巣を前にしているのだと考えられる。
そこの地面に擬した巣を突き破れば、おそらくそれなりに広い空間に出るのだろう。
高さがそれ程あるとは思えないが、このまま筒状巣の中を進むのは危険なのだろうかーー?
「そうね……。
この巣の中を進んでも足が取られて、そこを襲撃されるかもしれないのだわ?」
「アア、動きにきィのは勘弁してェなァ、、?
よっしゃ、飛び降りるかァ!」
テツヲが膝を屈伸させながら言った。
沙梨亜ちゃんはやや逡巡したものの、筒状巣に刃先を当てる。
「、、なら
、、切りますよ?テツ先輩」
「よし、やれェ!」
言われ、沙梨亜ちゃんは二本の短刀を交互にさせた。
あまりにも鮮やかな、複数回の斬撃ーー。
筒状巣に網目が刻まれたかと思うと、千切れた巣が向こう側でダラリと力無く項垂れた。
地面に擬していた巣のあったところへ視線を落とすと、そこはーー。
「広いわね……かなり」
予想通り、広大な空間が広がっていた。
此処から先の本来の地面は急斜になっていて、無数の筒状巣があちこちで張り巡らされているのが分かる。
時々、その筒型の巣内をもぞもぞと動いているのは、蜘蛛なのだろうかーー?
「一匹じゃねェなァ?
其処彼処の巣、全部かァ、、?
蜘蛛の巣一つにつき、一匹ってトコだなァ?」
「、、ちっ
、、そーだとすると、形勢良くないですよ?
全部で30、いえ、、4、50はあるように見えやがりますね、、」
つまりーー見えている範囲でも、あの蜘蛛人間かそれに類する生き物が4、50匹は居ると考えられるのだ。
けれどもーー私はだからといって引き退るわけにはいかない。
一度逃げ出して、二度までもーーとあっては、これまでの想いが嘘になる。
「私は行くのだわ……!
後輩君を奪われたまま帰るなんて以ての外……!言語道断よ!?」
「同感だァ!真島ァ、、!
後輩一人護れねェで、先輩風吹かしてられるかァ!?」
気勢を吐いたテツヲは、後輩女子に振る。
「テメェはどうすんだァ?沙梨亜ァ、、」
「、、ちっ
、、行かねーとは一言も言ってねーですよ!?
勘違いしないで下さい!」
言った沙梨亜ちゃんの表情を見て、眼帯ヤンキーは笑った。
私達三人は頷き合い、急斜面を跳び降りる。
是が非でも、後輩君を救けるのだ。
私は先を行く二人に続き、広い空間内へと着地した。
次話、>>20
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.20 )
- 日時: 2023/04/02 15:34
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第2幕、5話ーー副題(未定)
筒型の巣が張り巡らされた空洞ーー。
先程まであった角灯は見当たらず、真っ暗闇に近い。
飛び降りて来た横穴から漏れる光で、辛うじて見える程度だ。
ほとんど輪郭でしか分からない沙梨亜ちゃんが、もぞもぞと動く。
「、、暗いです
、、懐中電灯、何処かに、、」
「……待って?沙梨亜ちゃん
試したい事があるのよ?」
言った私は長杖を構え、体外に漂うプラーナへと干渉する。
これは通力解放ーーと呼ばれる技法で、前世の記憶の中にあったものだ。
「光術式……ええと?異世界原語で……?
いえ、術式で翻訳されている筈なのだから、呼び方は何でも良い筈なのだわ……?
光よ……!」
言うと杖の玉が埋め込まれた先端を、異世界原語を示す文字の連なりが取り巻いた。
単一の円陣が宙で形勢され、私の真上に光球が浮かび上がる。
「出来たのだわ……!」
「おォ!?魔法かァ、、!?
、、凄ェじゃねェかァ!真島ァ!」
テツヲが感心した声を上げると、沙梨亜ちゃんが続ける。
「、、今更驚きはしませんが
急ぎましょう」
言いながら、荷袋を探る手を止めた。
懐中電灯が切れても、これなら暗い空洞内を歩けるだろう。
私が沙梨亜ちゃんに頷き、テツヲは前を歩く。
明るくなった其処を見上げると、かなりの広さだ。
張り巡らされた筒状巣は所々にある横穴へと繋がっていて、私達が降りてきたのはその一つらしかった。
筒型の巣の中では何かが蠢いているらしく、真下から見上げていると時折、何かが巣内を移動しているのが分かる。
二人の後ろを歩きながら、私は言う。
「不気味ね……。
後輩君は何処に居るのかしら……?」
「さてなァ、、?
、、手掛かりは特に無ェが、アレじゃねェのかァ?」
前方を指差したテツヲーー。
彼の示した先には、幾多の筒状巣が繋がるコロニーとも呼ぶべきーー大掛かりな巣が見えた。
これまで見た筒型の巣と違い、円形に近い。
これは、どう判断すれば良いのだろうーー?
「あの中に蜘蛛人間が居る……と考えても良いのかもしれないわ?」
「、、なら
、、私が行って見てきましょうか?」
言った沙梨亜ちゃんが、一番低い位置にある筒状巣へ跳躍した。
ぶらんーーとぶら下がった後輩女子は、伸縮性のある巣の表面をよじ登っていく。
それを見て、テツヲも別の巣へ取り掛かる。
「よっしゃ、此処だなァ?」
それなりに高さのあるそこへ垂直跳びした彼は、いきなり真上付近で着地したらしい。
分かってはいたが、驚異的な脚力だ。
此処からだと、眼帯ヤンキーの姿は見えない。
置いてけぼりになった私に、沙梨亜ちゃんから声が掛かる。
「、、リン先輩
ロープ要ります?」
「いえ……何とかなると思うわ?たぶん……」
言い、再び杖を構える。
「土術式……!
我が身をかの元へ運べ……!」
異世界言語に訳された言葉が、術式となって長杖を取り巻いた。
文字の羅列はぐるりと私の足元へ移動すると、途端に盛り上がる。
そこにあった地面は徐々に高さを増していき、テツヲや沙梨亜ちゃんと同じ目線の位置で止まった。
やや片目を上げたテツヲが言う。
「何でもアリだなァ、、?」
「そうね……どうにも此処はプラーナが濃いらしいのよ?
通力解放による外気への干渉に際して、ほとんど抵抗が無いのだわ……?
……元居た世界とはまるで別ね」
以前、実験の過程で色々と試した時は、此処まで容易く術式を行使出来た事が無かったのだ。
仮にもしーー元居た世界で同程度の術を起動させるのなら、相当に面倒な幾つもの術式の連なりを必要とする。
それは単一の円陣というよりも術法陣というべきもので、その規模が大きくなればなる程、扱いが難しかった。
だから、あちらの元居た世界ではほとんど実証出来なかったという経緯があったのだがーー今はこうして、前世の記憶を頼りに術式を行使出来る。
私はその土術式によって盛り上がった地面から、筒状巣の上へ跳び乗った。
あの大きな円形の巣は、目と鼻の先だ。
だが、そこでーー。
「アアン?どうしたァ?沙梨亜ァ、、」
「、、わたし、高い所が
、、いえ、何でもありません
これぐらいなら、、」
首を振った後輩女子は、恐る恐るーーおっかなびっくりといった様子で足を踏み出す。
そういえばあの円形断崖でも震えていたから、本当に高い所が苦手なのだろう。
見ていて少々危うい気がしたものの、私達は筒状巣の中心ーー円形巣の上へと移動した。
「、、突入です
、、準備は良いですか?」
沙梨亜ちゃんが言った。
二本の短刀を手に、いつでも足元の円形巣を切り刻める構えだ。
この真下に、後輩君が居るのかもしれないーー。
ーーその可能性がある限り、行かないという選択肢は無かった。
私は沙梨亜ちゃんにこくりと頷き、テツヲが催促する。
「よっしゃ、やれェ!沙梨亜ァ!」
「、、では
、、転げ落ちないで下さいね?二人共、、!」
左右に短刀を手にした後輩女子が、先程のように交互の斬撃を繰り出した。
網目のように刻まれたそこに、飛び降りられる程度の縦穴が出来上がる。
先に飛び込むのは、テツヲだ。
「先陣は俺が貰ったァ!」
「行くのだわ……!沙梨亜ちゃんも大丈夫ね!?」
言い、後輩女子がこくりと頷いたのを確認して、私も飛び込む。
落下中耳に忍んできたのは、上で深呼吸する声だ。
「、、ふぅ
、、やれねーわけねーですよ!?」
気勢を吐いた沙梨亜ちゃんも、意気込んで飛び込んでくる。
着地際ーー足元から僅かに振動が伝わるが、飛んだり跳ねたりする感触では無い。
地面だ。
何処からか運ばれてきた土塊が詰められているらしく、予想とは違った。
足場が安定しているなら、それは私達にとって好材料だろう。
そして、私の光術式によって照らされた巣内はーー。
「、、繭
、、ですか?」
「みてェだなァ、、?」
内部の円周沿いを見渡した二人が言った。
養蚕で見るような、あの繭だ。
ただ、その繭はそれなりに大きなもので、内部の壁際でずらりと並んでいた。
あの蜘蛛人間の幼体が居る、と考えるのが妥当なのだろうかーー?
他方、天井や横壁を見渡すと筒型の巣内へと続く横穴が幾つも点在している。
筒状巣の中で蠢いていたものが何なのか未だに分からないが、そこへ繋がっていそうな幾つもの穴は警戒しておいた方が良いかもしれないーー。
そうした考えを浮かべていると、上の方でカサカサと物音がした。
案の定ーーというべきなのだろう。
巣内を荒らす侵入者に、敵はようやく気付いたのだ。
筒状巣へと繋がる幾つもの横穴ーー。
そこには、顔、顔、顔ーー幾つもの人の顔がこちらを覗き込んでいた。
次話、>>21
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.21 )
- 日時: 2023/04/02 15:37
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第2幕、6話ーー副題(未定)
ずらりと並んだ顔が、こちらを覗き込んでくる。
光術式の光によって照らされたその表情は、一見すると陶器のようだった。
それらを見上げ、眼帯ヤンキーが言う。
「ようやくお出迎えかァ、、?
、、蜘蛛人間、っつうよりかァ人面蜘蛛みてェだなァ?」
「私が会ったのとは別なのだわ……?」
「アアン?そうなのかァ?」
テツヲが指摘した人面蜘蛛ーーというのは適切で、あの蜘蛛人間とは別だ。
天井や横壁の穴から湧き出したーー幼体ともいうべきそれらは、その後部節から糸を垂らして一匹、また一匹と降りてくる。
その様子を見て、沙梨亜ちゃんが言う。
「、、ふぅ
、、タチの悪いホラー映画みてーです、ねっ、、!?」
一駆けした彼女は手近な一匹に詰め寄ると、その顔面に短刀を一振りした。
ザシューーと空気を切りそうな音が立て続けに聞こえ、多数の節足が散る。
身動きの取れなくなった一匹が力無く項垂れたのを皮切りに、他方ではテツヲがーーこれは驚くべき事だが、視界の端から瞬時に移動した。
「よォ?人面蜘蛛
、、ヒラト、っつうヤツ見掛けなかったかァ?」
呑気に話し掛けているが、対して陶器のような表情が大口を開け、鋭利な牙を覗かせる。
その口内から、毒々しい何かが飛ぶーー。
それを眼帯ヤンキーは首の動きで躱し、気付けば爪先を蹴り上げた格好だ。
まるでテツヲの動きだけが切り替わったように、動作の連続性が視認出来ない。
そこに居た筈の幼体は宙高く浮き、天井へと勢いよく突き刺さっていた。
眼帯ヤンキーは足を下ろしながら、群がる敵を睥睨する。
「人が話し掛けてんのにいきなりツバ吐かれるとはなァ?
、、気に入らねェ」
言ったテツヲに近付いてきた人面蜘蛛達が、まるで慄くように、一斉に牙を剥いた。
こちらから眼帯ヤンキーの表情は見えなかったが、これが所謂ーーガン付け、というものなのだろうかーー?
表情を嬉々と凶猛さに塗り替えたに違いないテツヲが、一斉に放たれたツバもとい、毒々しい液体を潜り抜ける。
弧を描いた先の着弾点に、武闘家姿は見られない。
射程の内側へ入られた数匹が、瞬く間にその後列を越えて吹き飛んだ。
間合いを詰める跳び蹴りからの、殴る、蹴る、また殴るーー。
そうした動きを結果として頭で理解は出来るのだが、それは既に事が起こった後なのだ。
凄まじい身体能力で敵を圧倒するテツヲから視線を外して、他方ーー。
沙梨亜ちゃんといえば、積み上がっていく人面蜘蛛の死骸の合間を上手く立ち回っていた。
姿勢を低く、あの毒々しい液体を躱し、既に事切れた骸を盾に接近ーー気付けば、また一つ一つと確実にトドメが刺されていく。
「、、ふぅ
、、次です」
短刀の一つが抜き払われ、引き続き左右から忍び寄ってきた一匹の顔が足蹴にされる。
そのまま沙梨亜ちゃんは人面を踏んで宙返りし、向かい合わせの一匹へと跳び掛かった。
脳天から突き刺された人面蜘蛛は、最期の瞬間ーー何も理解出来なかっただろう。
続いて、先程顔を足蹴にされたもう一匹も怯んでいる内に、その体躯を大きく傾けた。
原因は、片側の節足を全て斬り落とした短刀ーー。
ーー既に身動きの取れない幼体を遮蔽物に、あの毒々しい液体の照準を免れる動きだ。
するりと神出鬼没の影に翻弄され、迫る人面蜘蛛達は右往左往する。
身動きの取れなくなった敵の合間を、駆け抜ける沙梨亜ちゃんーー。
こちらもまた、テツヲとは別の意味で縦横無尽だった。
そして、二人を眺める私は、といえばーー。
「手持ち無沙汰ね……。
後輩君は……何処かしら?」
怪しいといえば、あの繭だろうかーー?
円形巣の内側沿いに並ぶそれらの中にもし彼が居るのだとしたらーー。
全てを開いて覗き見るのには時間が掛かるし、そもそも今は人面蜘蛛の迎撃でそこまで辿り着けそうに無い。
テツヲと沙梨亜ちゃんのお陰で相手取るのには然程苦労しないが、それを突破するとなれば話は別だった。
筒状巣に通じる穴からまだ後続は続いているのだから、敵の渦中にわざわざ身を晒すわけにもいかない。
そう考えていると、回し蹴りで人面蜘蛛の数匹を飛ばしたテツヲが言う。
「おゥ!?真島ァ、、!
アレじゃねェのか!
、、あの繭みてェなヤツ」
「ええ、私もそう睨んでいるのだわ……?」
そうは言ったが、不安だ。
繭の中身がどうなっているのかは分からないのだし、もし後輩君の身に何かあったらーー。
そうした想いを察してくれたのか、後輩女子が言う。
「、、わたしが見てきます、リン先輩
、、此処はどーにか凌いで下さい」
そう言った沙梨亜ちゃんは人面蜘蛛の体躯を足蹴に、向こうへ跳躍する。
あんなに深く斬り込んで、大丈夫なのだろうかーー?
やや不安に思ったが、此処は沙梨亜ちゃんに望みをかけるしか無い。
「分かったのだわ……!沙梨亜ちゃん」
言い、後輩女子が受け持っていた方面へと当たる。
既にそれなりの数の人面蜘蛛が横たわっているが、まだ数が減ったような気はしない。
私は杖を構え、術式を起動する。
「土術式……!
……かの敵を地中より出ずる槍にて穿ち抜け!」
敵一匹々々の元で丸く連なる、異世界文字の羅列ーー。
それらの円陣はひと度発光したかと思うと、先端を尖らせた土槍が勢いよく噴出した。
声無き呻きが、円形の巣内で木霊する。
貫かれた体躯の一つ一つは、昆虫標本にでもされたような趣きだ。
多数の節足を縮めるように人面蜘蛛達は動かなくなったが、まだそれで終わりでは無い。
「風術式……!
……我が道を阻みし敵をその威風より圧倒せよ!」
叫びと共に、空気が軋んだ。
敵の真上で展開された円陣が、まるで頭上から抑えつけるように人面蜘蛛達を圧迫する。
見えない壁に押し潰されでもしたのか、幼体達は身動きが取れない。
ミシリミシリとーーこちらまで聴こえてきそうな音を立てて、その体躯が遂には緑色の液体をぶちまけた。
都合二回の術式によって目に見える前方の敵は片付いたが、その後も後続が途絶える様子は無いーー。
勿論、私もこんな程度で終わらせる気はさらさら無いのだが、いつまでも幼体を相手にしているわけにもいかなかった。
背後へ目を向けると、テツヲは片手に掴んだ人面を将棋倒しのようにして突っ込んでいるし、あちらは問題無いだろう。
あの眼帯ヤンキーを敵に回したのは、憎き蜘蛛人間にとって思慮の外に違いない。
私は視界の上から糸を垂らしてくる後続を見付け、術式を行使する。
「風術式……!
……かの敵を切り裂け!」
向けた杖先からの見えない刃によって、敵が真っ二つになった。
私はその後も術式の風刃によって迫る敵を蹴散らしながら、沙梨亜ちゃんの後を追う。
この場はあの眼帯ヤンキーに任せても、たぶん大丈夫だろう。
目的はあくまでもーー後輩君の救出なのだ。
「待ってて、ヒラト君……」
自分では意図せず、彼の名を口にしていた。
時々、後にしてきた向こうからテツヲの掛け声が聞こえてくる。
「だりャァアッ!?」
その度に大きな物音が響き、円形巣が揺れた。
未だ人面蜘蛛との戦闘が続く最中ーー私は沙梨亜ちゃんの姿を探す。
巣の内側に並んだ繭の手前まで来て、その後ろに回り込んだ。
手前に蔓延っていた人面蜘蛛の骸やら繭で気付かなかったが、円形巣の円周沿いは急斜になっていてーーその先にも同じような繭が並んでいる。
そこで、沙梨亜ちゃんの声が聞こえてきた。
「、、ちっ
、、趣味わりーですよ、、」
「沙梨亜ちゃん……?」
そちらへ向かうと、後輩女子は綺麗な顔立ちを歪めている。
短刀で切り裂いた繭の中身を見て、何かを見付けたのだろうかーー?
私に気付いた沙梨亜ちゃんは、こちらを見て言う。
「、、先輩は
、、見ねー方が良いです」
その言を聞いて、嫌な想像をしてしまった。
だが、沙梨亜ちゃんはそれを払拭するように言う。
「、、天ヶ嶺君では無いです
、、でも、、」
言われ、ホッとしつつも表面が引き裂かれた繭へと回り込む。
一度は止めた沙梨亜ちゃんも、強いては止めない。
私はそれを見てーー怖気を感じた。
綿のようなもので覆われたその中央には、まるで胎児が眠るようなーー顔がある。
形成途上の皮膚が透けるような見た目は、これ以上ーー直視する気にはなれなかった。
もしかして、後輩君もーー。
嫌でもその考えが浮かんでしまうが、その思考は中途で中段される。
耳に忍び寄ってきたのは、あのーー聞き取りにくい声だ。
「セレモニアーナ、ノ差シ金カ
……ヨク来タ!
我ニ誘キ出サレタトモ知ラズニ……!」
現れたのは、蜘蛛の頭部に代わって人型を生やす、あの蜘蛛人間だった。
次話、>>22
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.22 )
- 日時: 2023/04/02 15:39
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第2幕、7話ーー副題(未定)
私達を誘き出されたーー。
と聞き取りにくい声は指摘したが、それは根拠に乏しいハッタリの類に違いない。
後輩君を探しに此処まで来るのかどうかも相手には分からないしーーそれに、そもそも私達が此処に辿り着けるのかどうかを、最初に遭遇した時点では知りようが無い筈なのだ。
それを指摘しようと、口を開く。
「ハッタリも良いところなのだわ……!
彼は何処に居るの……!?」
「……ハッタリ?
フフフフ……セレモニアーナ、共ハ、トンダ未熟者ヲ寄越シタラシイナ?」
セレモニアーナーーと誰かを呼んでいるらしいのだが、前世の記憶を探っても思い出せない。
何となく引っ掛かりはするが、今はそんな場合では無いだろう。
「彼の居所を吐きなさい、今すぐ……!さもないと……」
言い切る前に、聞き取りにくい声が割り込んでくる。
「ソレガ分カラナイトアッテハ、ロクナ教育モ受ケラレナカッタラシイ……!
……プラーナ、ノ保有量ガ奴ラニ迫ルモノト警戒シタガ、トンダ腰抜ケダッタヨウダ!」
そう言った蜘蛛人間は、こちらを嘲るように陶器のような表情を震わせた。
沙梨亜ちゃんがその遣り取りを聞いて、ぼそりと零す。
「、、セレモニアーナ?
、、何の話です?」
「……トボケテモ無駄ダ!
貴様ラハ我ガアラクモ族再建の糧ト成リ、贄トシテ……」
話の途中で、またーー今度は蜘蛛人間の聞き取りにくい声が遮られた。
先程のお返しだ。
見開かれた複眼のような目端を掠め過ぎたのは、風術式の刃ーー。
鋭く圧縮された空気を放った杖を向け、私は告げる。
「……次、言わないのならその首を刎ね飛ばしてやるのだわ!?
さあ、答えて……!?
彼が何処に居るのか……!」
不快さに引き歪められた蜘蛛人間の表情が、真顔になる。
「……腐ッテモ、プラーナ、ヲ保有スルダケハアルヨウダ!
良イダロウ……貴様ラ纏メテ、我ガ眷属ノ端ニ加エテヤルトシヨウ……!」
そう言った蜘蛛人間が、多数の節足を撓ませてーー跳躍する。
こちらの要求に応じる気は無いらしい。
頭上へ高く浮いたその後部節から、ぬらりとした液体が拡がった。
「沙梨亜ちゃん……!」
後輩女子へと手を伸ばし、逆の手の杖先で地面をなぞる。
地べたに触れた箇所を起点に、隆起する土塊ーー。
ーー盛り上がった土のこちら側に握り返された手を引き込んだ私は、頭上を見上げた。
ドーム状に拡がった液体は幾重にも線を形成し、私達二人を囲い込むーー。
だが、その寸前で周囲を囲ったのは、土で出来たかまくらだ。
外からの圧迫で土塊がポロポロと零れ落ちるが、土術式の防御を崩すまでには至らない。
初撃を凌いだこちらに向け、頭上から声が聞こえてくる。
「小癪ナッ……!?
……シカシ通力ヲ多少ハ扱エテモ、コレハ躱セマイ!?」
土のかまくらの真上ーー。
そこへ飛び乗ってきたような振動が伝わり、後輩女子の目が見開かれる。
「、、先輩!」
沙梨亜ちゃんが、私の頭を抑えて横倒しになった。
かまくら内で今も光る光球が、天井を突き抜けてくる多数の節足を照らし出す。
地べたすれすれのーー私の鼻先に、突き刺さる寸前だった。
あわやこちらに届きそうな節足を避け、手にした長杖を振り上げる。
異世界原語を頭の中で浮かべての、術式の起動ーー。
これで、相手にこちらからの反撃が悟られずに済む。
杖の先端を取り巻いた円陣から、見えない刃が飛んだ。
かまくらの屋根を割った風刃は、上に乗しかかっていた蜘蛛人間ごと真っ二つに引き裂いたに違いない。
私達は溢れ落ちる土を避け、身体を起こす。
かまくらが左右に崩れ、その外から圧迫しようとした網目もーーくたびれたように伏せっていた。
蜘蛛人間の姿はーー見当たらない。
その事に焦りを覚えると、隣で声が上がる。
「、、先輩
、、あれを、、?!」
「どうして分かったの……!?」
後輩女子に釣られ上を見上げると、そこには巣内で今し方ーー宙に布かれたばかりの、網目の蜘蛛の巣が拡がっていた。
その上に蜘蛛人間が居る。
先程は口唱しない方法で試したから、私の放った風刃を察知出来た筈が無いのだーー。
こちらの動揺を嘲るように、陶器のような口元が開かれる。
「フフフフ……!通力ヲ多少ハ扱エルダケノ半端者ニ分カラヌノモ無理ハ無イ!
セレモニアーナ、共ハ貴様ニ何モ教エナカッタヨウダナ!?」
相変わらず、私を何かと勘違いしているらしいのだが、あの瞬間ーー察知出来なかった筈の風刃を避けた事実は、無視出来ない。
網目の足場から降り立った蜘蛛人間が、最後通告のように言う。
「半端ナ貴様ニ教エテヤロウ……!
プラーナ、ヲ体内デ巡ラセルノダケガ、通力ノ扱イ方デハ無イトイウ事ヲ……!」
言ったその顔の複眼のような目がーー光った。
何か、来るーー!?
そう思って身構えたが、特に何も起こらない。
ハッタリなのだろうかーー?
でも既に、何かしらの方法でこちらの術式を感知したらしいのを、私は知っている。
陶器のような表情は私達の動揺を愉しむように、口を開く。
「我ニハ視エテイル……!
……貴様ト先程ノ少年ヲ繋グ線ガナ?」
どういう事だろうーー?
そう思って、私はすぐに一つの事実に思い至った。
あの円形断崖を降りる際に、私を介して通力循環した後輩君との間にはーー敵の言うように、繋がりが出来ていた筈なのだ。
蜘蛛人間は私達を見向きもせず、物音も立たない節足で、こちらに背を向ける。
わざと隙を見せ誘っているのだとも考えたが、多数の節足は一つの繭の側でーー止まった。
「コレダ……!」
その上体の陶器のような腕がひと振りされると、特に何をしたようにも見えなかったのにーー示された繭が、パクリと開いた。
中で眠るように横たわる、軽装姿ーー。
日頃から見慣れた顔は、見間違えようがない。
「後輩君……!?」、、天ヶ嶺君!」
私と沙梨亜ちゃんの声が重なった。
見たところーー特に外傷のようなものは見られない。
近付いてみないと分からないが、やや遠目でも五体満足に見えた。
こめかみから流れていた血も止まっているように見えたし、正直なところーー少しだけホッとしている。
だがーー。
「ワザワザツガイノ印マデ刻ンデ、マサカソレヲ見捨テル者ハ居ナイダロウ……?
……貴様ラ魔女ノ中ニハナッ!?」
聞き取りにくいが、何と言ったのだろうーー?
ーーツガイ?
その言葉で心の内に踏み入れられた気がして、怒りが湧きそうになったがーーそれより先に蜘蛛人間の表情が引き歪む。
「……欲深ク身勝手ナ魔女ノ前デ、コノ少年ノ肌ヲ刻ンデヤルノモ一興ト思ッテナ?」
その上体の指先が、くねりと動かされた。
言った蜘蛛人間の頭上に、後輩君のーーその目を覚まさない身体が浮き上がる。
奇術でも見ているかのような光景だが、沙梨亜ちゃんはさして驚かずに言う。
「、、糸、ですね
ありきたりといえばありきたりです」
相手は蜘蛛人間なのだから、見えない極細の糸を操るぐらいはするのだろう。
そう言われると確かに、後輩君の軽装姿は何かに引っ張られたようにその衣服を撓ませていた。
掌を上にし、嫌な笑みを浮かべる蜘蛛人間ーー。
「コノ程度ノ、プラーナ保持者ナラ特ニ用ヲ成サナイノデナ……?
モシ、貴様ガソノ身ヲ自ラ進ンデ差シ出ストイウナラ、考エテヤラナクモ……」
言い掛けたが、その口の動きが止まった。
私達の頭上を飛び越え、ひと足跳びで盛大に跳躍出来るのはーー。
この場には、一人しか居なかった。
次話、>>23
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.23 )
- 日時: 2023/04/02 15:42
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第2幕、8話ーー副題(未定)
高く、およそ常人では有り得ない跳躍力で迫る眼帯ヤンキーーー。
テツヲが跳び掛かったのは蜘蛛人間相手に、では無い。
宙に浮く後輩君ーー。
ヒラト君目掛けて、武闘服の格好をした〈隻眼悪鬼〉が勢いよく空を切った。
その真下から、呆気に取られた声が上がる。
「ナッ……?!」
複眼の視界を跨いだ眼帯ヤンキーは、蜘蛛人間に見向きもしない。
テツヲは後輩君を縫い留めているであろう見えない糸ごと、まだ目覚めない身体を宙で引っ掴む。
勢いよく突っ込んだ先はーー円形巣の横壁だ。
そのまま衝突するかにも思えたがーー違う。
テツヲは器用に身体を反転させると、その横壁に足裏を着け、再び折り返す。
蜘蛛人間は咄嗟に指を手繰るような動きをしたが、まるでーー見えない糸に引っ張られたらしく横転した。
「クゥッ……?!」
それを眼下に着地したテツヲは、何でも無さそうに口を開く。
「アアン?ソイツがアラクネもどきかァ、、?」
後輩君を無理矢理奪還した際に、糸で引っ掛けたのだろう。
その腕には引き裂かれたような傷が出来ていたがそれに構わず、彼を横たえた。
やや安堵の声色で、沙梨亜ちゃんが口を開く。
「、、テツ先輩
血、出てますよ?」
「アア?なんか引っ掛けたんだよなァ、、?
、、何だったんだァ?」
仮にも人一人分を持ち上げた糸を引っ掛けておいて、それを考えるとよく無事でーーと思った方が良いのかもしれない。
だが、今ーー私が気になるのは後輩君の容体だ。
「後輩君……!無事よね?!
……起きてる!?
ねぇ!?後輩君……?!」
彼の顔を覗き込み、身体を揺する。
「、、駄目です、リン先輩
、、重病人は揺すっては駄目です!」
「あ……!そ、そうよね……!?
ど、どうしよう……?」
そういえば、沙梨亜ちゃんの言うような事は聞いた事があった。
これだけ周りで動きがあっても起きないのだから、昏睡しているのかもしれないーー。
私はどうにか彼を目覚めさせる方法が無いかと思案していると、また聞き取りにくい声が騒ぎ立てる。
「馬鹿ナッ……?!巨獣ヲモ易々ト屠ル我ガ糸ヲ引キ千切ッテオキナガラ、無事デ済ンデイルダト……?!」
「アアン?なんか言ってんのかァ?
、、っつうかァ、キンキン煩ェ!」
言ったテツヲが、視界から消えた。
常人を超えた速さで、瞬時に蜘蛛人間の前に現れたテツヲだがーー今更ながら、いくら何でもこれはおかしい。
プラーナは本来ーー不可視の筈だ。
私が術式で外気に干渉するように事象へと変換でもしなければ、普通は視認出来るものでは無い。
しかしーー。
「今ァ、すこぶる調子が良くてなァ?
、、ヒョコのヤツが裏でコソコソやってたヤツ、ようやく掴めそうなんだよなァ?」
言う眼帯ヤンキーの周囲はよく見ると、空気が揺らめいているようにも見える。
テツヲの輪郭を伝い、天頂へと立ち昇るかのような一筋の流気ーー。
間違いなかったーー。
通力循環によって爆上がりしたテツヲの身体能力は既に私の知るそれを大きく超え、内から漏れ出たプラーナが彼を起点に渦巻いているのだ。
突然目の前に現れた相手を見て、反応の遅れた蜘蛛人間が驚愕する。
「……ナッ、イツノ間ニ……?!
……我ノ通力視デモ捉エラレヌ速サトハ、貴様……タダノ魔女ノ従者デハ無イナ?」
「アアン!?
、、っつうか何言ってんのか全然分ッかんねェし、殴って良いんだよなァ!?」
言うや否や、空気の揺らめきを纏ったテツヲの拳がーー横殴りにされた。
それを私の目で追うのは、ほぼーー不可能に近いだろう。
後から遅れて、結果を知る以外に無い。
蜘蛛人間の上体はその脇に渾身の拳を叩きつけられ、巣内に衝撃の揺れが伝わる。
横壁まで吹き飛んだ敵を視線で追うまで、数瞬掛かった。
衝突したその陶器じみた皮膚が割れ、青緑の血が吐かれる。
「クハァッ……?!キ、貴様……信ジラレヌ?!
プラーナ保有量ガ見ル見ル上昇スルダト……?!
ソンナ馬鹿ゲタ話……」
「アア、アア!煩ェ、煩ェ!
、、テメェ、ちょうどイイから殴り台に使ってやるよァ!
サシだ、、!」
もはや相手の吐く戯言を余所に、テツヲは勝負を仕掛けた。
サシーーそれは不良漫画でもお馴染みの、一対一の喧嘩を指す言葉だ。
武闘服の上着を脱ぎ捨てながら、眼帯ヤンキーは言う。
「オメェらはヒラトのヤツ連れて此処を出ろァ!?いいなァ?」
「え……?でも、それじゃ……」
テツヲの言いたい事は分かる。
未だに身動ぎしない後輩君を此処に置いたまま、蜘蛛人間と戦うのは不安が残るのだろう。
何より、今のところーー彼が呼吸している様子が見られないのだ。
顔色もあまり良いようには見えないし、出来るなら早くーー可能な限りの処置を施した方が良いに決まっている。
脱出を薦めたテツヲの上着を拾い上げ、沙梨亜ちゃんは後輩君を後ろに担ぐ。
「、、動かしたくはねーですが、此処では、、
行きますよ?リン先輩」
私は頷き、沙梨亜ちゃんが提げていた分の荷袋を手に取った。
だがーー。
「ソウ易々ト逃ストハ思ワ……」
「だァから!煩ェ、、!?」
また掌を手繰って何かしようとした蜘蛛人間が、宙に跳んだテツヲの膝蹴りを喰らう。
私達はその様子を余所に、戦いの振動が伝わってくる円形巣を出た。
円形巣を出る途中ーーあの人面蜘蛛の骸が累々と横たわっていたが、その後続は見掛けなかった。
幼体は全て、テツヲによって倒されたのだろうかーー?
若干の不安を感じつつも、今は後輩君が最優先だ。
洞窟内に入ってきた時の通路のあたりで、沙梨亜ちゃんが立ち止まった。
「沙梨亜ちゃん……?」
「、、先輩
、、もう、、」
後輩女子が言い淀む。
その声は震えていて、何かーー。
その続きを聞くのが、怖かった。
「、、本当は
、、気付いてたんです、、」
何をーー?
と聞く間も無く、沙梨亜ちゃんは後輩君の身体を横たえる。
光球に照らされた彼の顔色はーー蒼白だ。
一目で危険な状態だと分かるぐらいに、まるでーー。
その先が、頭に浮かばなかった。
今にも啜り泣きそうな声音で、沙梨亜ちゃんが続ける。
「、、天ヶ嶺君の首に
、、線が付いています
まるで、首を締められたみたいに、、」
そう指摘された私は、その箇所をーー注視する他無かった。
細く、糸みたいな細さの跡が、後輩君の首を取り巻いているーー。
それ以上は、何も考えられない。
気付けば、沙梨亜ちゃんが小さく啜り泣いていた。
後輩君の同じクラスの友人がーー。
その意味を理解するまでに、どれ程の時間が経ったのだろうかーー?
私の奥底で堆積した揺らぎが、ほとんど波風を立てなかった。
目の前にある事実だけが、それが当たり前でさも当然のように理解出来てしまう。
そうーー。
後輩君は、もう既にーー私の前から永久に去ってしまったのだ。
次話、>>24
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.24 )
- 日時: 2023/04/02 15:45
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第2幕、9話ーー副題(未定)
「、、何を
、、してるんです、、?」
気付けば蹲っていた沙梨亜ちゃんが、顔を上げた。
私は特に答えを返さず、物言わなくなった後輩君に杖を向ける。
異世界原語を思い浮かべながらの、術式の起動ーー。
それらは横たわる彼の周囲で展開されるも、効力を喪ったように掻き消えてしまう。
「違う……。
外気への干渉力が足りないというの……?それともプラーナに働きかける私の力不足……?
……いいえ、まだ試していない事がある筈なのだわ……?何か……」
幾度かの術陣が起動を直前に不発に終わったのを見て、私は考える。
先程から試みているのはーー後輩君の蘇生だ。
馬鹿げた話をーーと、人が聞いたら思うのかもしれないが、この世界は元居た世界とは法則が違う。
異世界なのだーー。
だから何か、死した人間を呼び戻す手段があっても不思議では無いとーーそう思いたかった。
沙梨亜ちゃんは先程から何も言わず、こちらを黙って見詰めている。
何か言いたい事があるのかもしれないし、それともーー今は好きにさせてくれるのが、時折皮肉っぽい後輩女子なりの優しさなのかもしれない。
私はそれに構わず、何ら反応を示さない彼の傍らでーー手段を考える。
あの蜘蛛人間が、何か言っていた筈だ。
私と後輩君との間にーー。
「そう……。
通力循環ね……」
外気を介して、後輩君の体内へーー。
彼の手を握った私は、自身の内にあるプラーナを物言わぬ身体へ注ぎ、彼の中にまだ残存するプラーナに触れたのをーー感じた。
それはーーどう判断するべきなのか、事例が無いせいで見当も付かない。
でも、彼の身体はまだーー微弱ながらも生命活動を終えていない、端的な証拠だとはいえないだろうかーー?
そうした希望的観測が、私自身の都合に基づいたある意味、脳内お花畑な、少女じみた考えなのは分かっているつもりだ。
それでも、彼の中にまだ残るプラーナがあるという事実にーー望みをかけたい。
私のプラーナを介した後輩君の顔色が、心無しかーー良くなったような気がした。
目の錯覚かもしれないーー。
私は首を振り、ありとあらゆる手段を思索する。
「何か……。
何か、ある筈なのよ……!?
……死して体内に残る彼のプラーナが他の死と同等に比定されるかは未確認だけど、それでも何か……」
自然と漏れた述懐を、そこで止めた。
こういう時ーー。
いつもならフザけた相槌を打ちながらも、的確な助言をくれた顔が思い浮かぶ。
茶色に金のアクセントを塗した髪色の、私達を見送ってくれた親友ーー。
「日記……」
私は急いで荷袋を弄り、それを見付けた。
〈ヒョコちゃんとのラブリーアツアツ通信記〉と書かれた表紙を、一枚二枚と捲る。
此処に来る直前ーーひよ子に宛てた返信の次のページに、長々とした文字の羅列が書き足されていた。
術式変換品ーー〈ヒョコティティル製品〉の目録が、相変わらずフザけた口頭の後に続いている。
そのいつもの前口上を読み飛ばし、探した。
何か、今の私にとって最も必要とする、その何かをーー。
「あった……!」
その箇所には、こう綴られている。
『次に、これはね〜?
もしもの時の為を思い深謀遠慮を発揮するヒョコちゃんに感謝する時が来るかもしれませんな!うっへっへ〜?
後輩女子ちゃんの袋にテキトーに詰めといたんだけど、その中身は古今東西、かの不老不死を目指した皇帝も真っ青な秘薬霊薬がより取り見取り〜!
ま〜、効果を実証する時間は無かったから必ずしも役立つとは限らないんだけどね〜?
どうかな〜?
それじゃ以下の下、その内訳を列挙しておくよ!
刮目して見るが良い!なんてね〜?』
そのページを開いた私は、沙梨亜ちゃんに向き直る。
「これ……これよ、これ……!
ここ見て……!」
「、、先輩、、?」
示した箇所に目を向けた後輩女子が見た内容は、こうだ。
『さすがに不老不死の霊薬とまではいかないと思うんだけどね〜?
あの見るからに毒々、ってゆーかポイズンちっくなやつ〜?
実はあれ、魂を呼び戻す秘薬みたいなんだ!
けどどうかな〜?
それで本当に人が甦るとかさすがのヒョコちゃんでも分からないけど、もしもの時用だね〜
ま〜、それを使う機会が来ない事を祈るよ?
友人達を陰ながら見護りたい気分の私としてはね〜?
あ〜、そうそう!
用法上の注意だけど、死んだ人に無理矢理飲ませようとしても無駄だから、使い方を補足するとだね〜?
いわゆる、ちゅーチューして死人の口に注ぎ込むわけですな!いや〜?
その際、相手の鼻をつまむと人体の反射で飲み込もうとするらしいんだけど、これはあくまでも死者が死んで間も無く、まだ身体が生きてるのが条件かもしれなくてだね〜?
これはもしかすると、もしかするかも分かりませんな!?』
沙梨亜ちゃんはその記述を読むと、自身の荷袋を漁った。
出てきたのは、あのーー見るからに毒々しい液体だ。
「、、ほ、本当に、、
、、これで天ヶ嶺君が、、?」
「……貸して」
私は半ば、それをひったくるように受け取ると、フラスコの液体を口に含んだ。
それをそのままーー後輩君の鼻をつまんで、彼の口に注ぎ込む。
平素ならーーとてもそんな行動は取れなかっただろう。
それがどんな感触で、どんな味がして、どんな気持ちになるのかもーー浮かんではこなかった。
唇に自身のそれを触れさせた私の目は、後輩君の様子を注視している。
ゴクリーーとは誰が鳴らした音なのか、最初は分からなかった。
私自身かもしれないし、処置を見護る沙梨亜ちゃんだったのかもしれないし、でもーー。
僅かに反応があったような気がしたのは、後輩君の喉元だ。
幻聴だったのだろうかーー?
毒々しい蘇生薬を嚥下したのかどうかーー。
パッと見た限りでは、よく分からない。
目の錯覚だったとも思えず、思案する私の傍らからーー。
「、、顔色
、、さっきと違う気がします、、?」
「沙梨亜ちゃんにも……そう見える?」
二人して、同じような幻覚を見ているのだとはーー今は判断が付きそうに無い。
沙梨亜ちゃんにとっても日頃から仲良くしているクラスメイトの死は衝撃だった筈で、先程啜り泣いた目元が赤いのもーー普段冷静な彼女の動揺を示すものなのだろう。
対して私は意外な程にーー心の奥底の揺らぎが無くなっていた。
あまりの衝撃に、少しだけ情緒がおかしくなっているのかもしれないーー。
でも、この瞬間に限っては取り乱したりせずに済んで、それで良かったように思える。
心無しかーー顔色が良くなった気のする後輩君の傍らで、無言の時間が流れた。
時々、洞窟の奥から響いていた物音も、今は聴こえてこない。
向こうでも何かしらの決着が付いたのかもしれなかったが、だから此処を動こうとかーーそんな気にはなれなかった。
今も自分が後輩君の手を握っていた事に気付き、それには触れず、私は言う。
「テツヲの奴……遅いわね
大丈夫かしら……?」
「、、テツ先輩は負けません
、、必ず勝ちます」
そう断言する後輩女子の眼帯ヤンキーに対する信頼は、一切の揺らぎが無いように見えた。
私もそれを、あまり疑ってはいない。
想像しにくい、といった方が正確だったが、今はーー後輩君の容体が良くなる事を願うのみだ。
私はそれから暫くの間ーー彼の手を離さなかった。
次話、>>25
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.25 )
- 日時: 2023/04/02 15:48
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第2幕、終話ーー副題(未定)
「心臓は動いてるみてェだなァ、、?」
後輩君の胸に耳を当て、眼帯ヤンキーが言った。
洞窟の奥から物音が聴こえなくなって、少し経った後だ。
戻って来たテツヲは沙梨亜ちゃんから上着を受け取ったかと思うと、開口一番に横たわる彼の身を案じた。
ただーー見た目だけならそれを言った本人の方が、余程重症にも見える。
ボロボロだ。
あちこち引き裂かれ、武闘服のズボンは膝や脛のあたりが裂けてしまっている。
今は上着を纏って見えない上半身にも裂傷が其処彼処に刻まれていたように見えたのだが、事ここに至ってーー平気そうだった。
だが、殺しても死ななそうなテツヲの事は、今はどうでもいいのだ。
私は眼帯ヤンキーが言った言葉を訊き返す。
「今、何て……?」
「アアン?」
「し、心臓がどうって……?」
「アア、耳にこのプラーナっつうの?
それを集中させっとよく聴こえやがるんだよなァ、、
、、いやァ、その光の球みてェの無くなってから流石のオレも見えねェし、躱せねェしでケッコウ貰っちまったんだがなァ?
なんか身体ン調子良くなってから色々出来るコトに気付いてよォ?
あのアラクネもどきには逃げられちまったがなァ、、?」
つまりーーテツヲが勝ったらしいのは分かったが、肝心の彼の心臓はーー。
それを聞いた私は、後輩君の胸に耳を当てる。
その後ろで、沙梨亜ちゃんがテツヲとの会話を引き継いだ。
「、、逃げられた
、、ですか?」
「おゥ?まァな、、
、、デケェ繭みてェのが出来たかと思ったら、ソン中に閉じ篭もっちまいやがってなァ?
何しても開かねェし、壊せねェしでイイ加減放っぽといてきたトコだァ!」
「、、っち!?
、、早く此処を出ますよ!?」
二人が騒ぐせいで、よく聴こえない。
プラーナを耳に集中ーー?
テツヲが言った技法は私も試した事は無かったが、今それに取り組んでいるところだった。
こちらのそんな様子を窺ったらしい沙梨亜ちゃんが、テツヲに言う。
「、、それで、テツ先輩!?
、、天ヶ嶺君の心臓は動いてやがるんですよね!?ちゃんと!」
「アア!間違いねェ!
、、心音の間隔はオメェらと比べるとエラく長ェが、間違い無く動いてやがるぜ!」
それを聞いた私は、後輩君の胸から耳を離した。
つまりーー私の拙い蘇生措置はどれが功を奏したのかは分からないが、ひとまずは成功したのだ。
この眼帯ヤンキーの発言を信用するなら、と但し書きは付くのだがーー。
ともかく、それを聞いた沙梨亜ちゃんは脱出を促す。
「、、急ぎますよ!?
、、繭に篭った敵がどーなるかなんて、十中八九強化フラグに決まってます!」
「おゥ!オメェもそう思うかァ!?
いやァ、次はあの固ェ繭に大穴開けてやらねェとなァ、、!」
「、、分かってるなら、、!
、、早く天ヶ嶺君を担いで下さい!?テツ先輩!
リン先輩も、それで文句ねーですよね!?」
物凄い剣幕だ。
確かに、あの蜘蛛人間がテツヲに借りた漫画の強敵みたいにパワーアップしたらーー。
そう思うと、はっきり言って今の私では勝てる自信が無い。
有無を言わさない雰囲気の沙梨亜ちゃんに私は頷き、後輩君がテツヲに担がれるのを見護る。
昏睡状態から目覚める様子は無いが、その顔色は明らかにーー蒼白とは違うように見えた。
土気色でも無く、死後硬直が始まっているようにも見えない。
その様子にホッとするも、まだーー油断は出来ないとも感じている。
だが今はーーこの不愉快で悍ましい洞窟を出る時なのだろう。
私達は担がれた後輩君を伴い、蜘蛛人間の巣窟から脱出した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『ーー/
私達は旅を続ける。
目を覚まさない彼を伴って、この元居た世界とは異なる地を巡って、果てどのない旅を。
時折、思うのだ。
彼が目覚める時、その時がもしくるのなら、私はどんな顔を向ければ良いのだろう、と。
長き旅路の空の果てにて、時折ーーそれを考えるのだ。
by 終期末の魔女リン
/ーー』
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