ダーク・ファンタジー小説
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.17 )
- 日時: 2023/04/02 15:23
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第2幕、2話ーー副題(未定)
私の目の前で払われたのは、〝極細の円錐状の何か〟ーー。
とにかく細いーー。
針の先端に向かうように細まるそれは、一度払われると地面に突き立てられた。
足だーー。
というよりも、それは多数の節足というものなのだろう。
ほとんど物音を立てない関節が剥き出しになったような生き物は、そのーー私の知る、よく似た生物の頭部に当たる部分から人型を生やしていた。
蜘蛛だ。
体高はその人体部分と併せると、2メートルを超えるだろう。
元居た世界でいう蜘蛛の頭部に代わり、人型の腰から上を生やしたその生き物はーー何かの説話で聞いた事があった。
名前は思い出せないが、そのーー蜘蛛人間はピタリと動きを止め、こちらを窺っているような気配だ。
視線を逸らせないーー。
その多数の節足の一つで払い飛ばされた後輩君を目で追おうとするが、その瞬間に死が待っているのだとーー本能で理解出来てしまう。
彼が心配だった。
すぐにでもこの場を駆け出して、安否を確認したいーー。
でも、それでも首一つ巡らせられない状況と、自身の不甲斐無さに焦燥感が募る。
蜘蛛人間はその上体ーー薄衣を纏った身体の頂上には、顔が乗っていた。
まるでマネキンのようなその肌ーー。
陶器にも似た質感の表情がピクリと動き、口が開かれる。
「セレモニアーナ、カ?
……ニシテハ、プラーナ、ガ少シ小サイナ?」
聞き取りにくいが、何か言われた。
話しかけられた事に軽く驚くが、セレモニアーナーー?
その単語に引っ掛かりを覚えつつも、私は蜘蛛人間を注意深く見詰めた。
どちらかというと女性的な表情は、また聞き取りにくい声で続ける。
「……貴様ガドノ、セレモニアーナ、ノ差シ金カ知ラヌガ、我ノ領域ヲ犯シタ事、贄ト成ル事デ償ワセテヤロウ……!」
言われた事を理解するのに、時間が掛かった。
振り上げられた節足の一つで、相手の意図を悟った私ーー。
本能的に通力を巡らせた身体が咄嗟に跳び退り、無様に転げる。
後輩君はーー?
立ち上がりながら首を動かすが、その目端にまた、追撃の節足が掠めてきた。
速いーー。
通力循環によって私の身体能力は普段の倍以上になっている筈なのだが、それでも回避するのがやっとだ。
どうしようーー?
後輩君の安否を確認しなくてはならないのに、視線を逸らす事も出来無いなんてーー。
私は自分でもらしくない大声を上げる。
「後輩君……!?無事よね……!?
無事なら返……」
そこで声を止めた。
意識を逸らしたのが不味かったのだろう。
私は木の一つを目端にし、そこでーー思わず、しまったと気付く。
前方は枝に阻まれるように遮られていて、背後からの攻撃を躱し切れない。
手には何も持っていないから、咄嗟にーー手近に落ちていた枯れ枝で受け止める。
だがーー後輩君を払い飛ばした節足の一撃だ。
軽々と吹き飛ばされた私は、木々の一つにぶち当たった。
「……ッう!?」
背中をぶつけ、息が詰まる。
咳き込みそうになるのを抑え、音も無く近付いてくる節足を目にした。
見上げると、蜘蛛人間の上体だ。
この時に至ってーー私はせめて、杖を手元に置いておけば良かったと後悔する。
まだ試してないが前世の記憶を辿れば、何かしらの術式による応戦は出来たかもしれないのだ。
私を追い詰めた蜘蛛人間が言う。
「……セレモニアーナ、程デハ無クトモ、プラーナ、ヲ宿ス生キ物ハ貴重ダ……。
連レ帰リ、我ガ生存ノ糧トシテヤロウ……!」
言われ、節足が今度こそーー。
木々の枝先に動きを制限された私に、逃げ場は無かった。
振り上げられた針のような先端がこちらを狙い、反射的に目を閉じる。
死ぬーー。
呆気なさ過ぎて、笑みが浮かんだ。
異世界に来てやりたい事が沢山あった筈なのに、何も浮かんでこない。
日頃は無駄に考え過ぎる頭が、今はーー真っ白だ。
身動ぎも出来無いそこへ、他方から駆け足が聞こえてきたーー気がした。
金属同士がぶつかるような物々しい音と、その声ーー。
「逃げて下さいっ!」
私に痛みを齎す筈だった節足を弾いたのは、術式で再現されていた剣だった。
軽装姿の腰に差してあったものだろう。
森で目の前を歩いていたーーその後ろ姿だ。
「後輩、君……?」
「逃げて下さいっ!早く!?
此処はおれが何とかしますから、、!」
僅かに振り返らせたこめかみから、血が流れているように見えた。
彼に言われるがままーー糸に手繰られでもしたように、背を向ける。
後輩君の無事を確認出来た安堵と、死を目前にした緊張がーー私をおかしくさせていたのだろう。
振り返る事も出来ずに、死から逃れようとする一心だけでーーその場から逃げ出していた。
彼はナイトだ。
日頃の馬鹿げた遣り取りでそれを自認し、本来ーー通算で倍の年齢である私をドギマギとさせ、ふとそう思わせるように普段から振舞ってきた。
困ってる時は必ず手を差し伸べてくれたし、いつ如何なる時でも私の味方をしてくれてーーこれで感謝の念を抱かなければ、それはただの性悪女に他ならない。
そこに別の感情が含まれたって、何の不思議も無いだろうーー?
私はそれをーー。
「はぁハァ……」
側の樹木に手を付き、気忙しい息を繰り返した。
嫌な汗が流れてくるーー。
ただ走って息が上がっただけでは無い、別の汗がーー。
どうしようも無い悪寒に襲われた私は、冷静になってきた頭で自分が何をしていたのかを悟った。
「後輩君を……。
見捨てたの……?」
違うーー。
何故なのかあの瞬間は何も考えられなくて、言われるがままにただ逃げてきた。
そう、私は逃げ出したのだーー。
ただ我が身可愛さのあまり、日頃から自分を慕ってくれた後輩君を置き去りにして、あの蜘蛛人間へ差し出してしまったのだ。
嫌な汗が全身を伝い、吹き出してくるーー。
両手で掻き抱いた自分の身体が震えている事に、ようやく気付いた。
早く戻らないといけないーー。
あの場に早く戻って、後輩君の無事を確かめて、それでーー。
どうしたら良いのだろうーー?
彼の無事を確認して、もしーー。
そこまで浮かべて、それ以上は考えられなかった。
思考が前後不覚を起こしたように溢れ返り、頭の中で流れる嫌な想像ーー。
普段から、気付けばいつも目で追っていた相手なのだ。
まだそんな様子も、そうした状況を見たわけでも無いのにーー頭にこびり付いて離れない。
後輩君のこめかみから流れていた血の色で、視界が染まっていくーー。
そう錯覚してしまう程に、この時の私は動揺していた。
そして、この後に及んで未だにーーこの場所から駆け出せずに居た。
次話、>>18