ダーク・ファンタジー小説

Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.23 )
日時: 2023/04/02 15:42
名前: htk (ID: OHC2KpRN)

1章〜〜第2幕、8話ーー副題(未定)



 高く、およそ常人では有り得ない跳躍力で迫る眼帯ヤンキーーー。
 テツヲが跳び掛かったのは蜘蛛人間相手に、では無い。
 宙に浮く後輩君ーー。
 ヒラト君目掛けて、武闘服の格好をした〈隻眼悪鬼〉が勢いよく空を切った。
 その真下から、呆気に取られた声が上がる。
「ナッ……?!」
 複眼の視界を跨いだ眼帯ヤンキーは、蜘蛛人間に見向きもしない。
 テツヲは後輩君を縫い留めているであろう見えない糸ごと、まだ目覚めない身体を宙で引っ掴む。
 勢いよく突っ込んだ先はーー円形巣の横壁だ。
 そのまま衝突するかにも思えたがーー違う。
 テツヲは器用に身体を反転させると、その横壁に足裏を着け、再び折り返す。
 蜘蛛人間は咄嗟に指を手繰るような動きをしたが、まるでーー見えない糸に引っ張られたらしく横転した。
「クゥッ……?!」
 それを眼下に着地したテツヲは、何でも無さそうに口を開く。
「アアン?ソイツがアラクネもどきかァ、、?」
 後輩君を無理矢理奪還した際に、糸で引っ掛けたのだろう。
 その腕には引き裂かれたような傷が出来ていたがそれに構わず、彼を横たえた。
 やや安堵の声色で、沙梨亜ちゃんが口を開く。
「、、テツ先輩
血、出てますよ?」
「アア?なんか引っ掛けたんだよなァ、、?
、、何だったんだァ?」
 仮にも人一人分を持ち上げた糸を引っ掛けておいて、それを考えるとよく無事でーーと思った方が良いのかもしれない。
 だが、今ーー私が気になるのは後輩君の容体だ。
「後輩君……!無事よね?!
……起きてる!?
ねぇ!?後輩君……?!」
 彼の顔を覗き込み、身体を揺する。
「、、駄目です、リン先輩
、、重病人は揺すっては駄目です!」
「あ……!そ、そうよね……!?
ど、どうしよう……?」
 そういえば、沙梨亜ちゃんの言うような事は聞いた事があった。
 これだけ周りで動きがあっても起きないのだから、昏睡しているのかもしれないーー。
 私はどうにか彼を目覚めさせる方法が無いかと思案していると、また聞き取りにくい声が騒ぎ立てる。
「馬鹿ナッ……?!巨獣ヲモ易々ト屠ル我ガ糸ヲ引キ千切ッテオキナガラ、無事デ済ンデイルダト……?!」
「アアン?なんか言ってんのかァ?
、、っつうかァ、キンキン煩ェ!」
 言ったテツヲが、視界から消えた。
 常人を超えた速さで、瞬時に蜘蛛人間の前に現れたテツヲだがーー今更ながら、いくら何でもこれはおかしい。
 プラーナは本来ーー不可視の筈だ。
 私が術式で外気に干渉するように事象へと変換でもしなければ、普通は視認出来るものでは無い。
 しかしーー。
「今ァ、すこぶる調子が良くてなァ?
、、ヒョコのヤツが裏でコソコソやってたヤツ、ようやく掴めそうなんだよなァ?」
 言う眼帯ヤンキーの周囲はよく見ると、空気が揺らめいているようにも見える。
 テツヲの輪郭を伝い、天頂へと立ち昇るかのような一筋の流気ーー。
 間違いなかったーー。
 通力循環によって爆上がりしたテツヲの身体能力は既に私の知るそれを大きく超え、内から漏れ出たプラーナが彼を起点に渦巻いているのだ。
 突然目の前に現れた相手を見て、反応の遅れた蜘蛛人間が驚愕する。
「……ナッ、イツノ間ニ……?!
……我ノ通力視デモ捉エラレヌ速サトハ、貴様……タダノ魔女ノ従者デハ無イナ?」
「アアン!?
、、っつうか何言ってんのか全然分ッかんねェし、殴って良いんだよなァ!?」
 言うや否や、空気の揺らめきを纏ったテツヲの拳がーー横殴りにされた。
 それを私の目で追うのは、ほぼーー不可能に近いだろう。
 後から遅れて、結果を知る以外に無い。
 蜘蛛人間の上体はその脇に渾身の拳を叩きつけられ、巣内に衝撃の揺れが伝わる。
 横壁まで吹き飛んだ敵を視線で追うまで、数瞬掛かった。
 衝突したその陶器じみた皮膚が割れ、青緑の血が吐かれる。
「クハァッ……?!キ、貴様……信ジラレヌ?!
プラーナ保有量ガ見ル見ル上昇スルダト……?!
ソンナ馬鹿ゲタ話……」
「アア、アア!煩ェ、煩ェ!
、、テメェ、ちょうどイイから殴り台に使ってやるよァ!
サシだ、、!」
 もはや相手の吐く戯言を余所に、テツヲは勝負を仕掛けた。
 サシーーそれは不良漫画でもお馴染みの、一対一の喧嘩を指す言葉だ。
 武闘服の上着を脱ぎ捨てながら、眼帯ヤンキーは言う。
「オメェらはヒラトのヤツ連れて此処を出ろァ!?いいなァ?」
「え……?でも、それじゃ……」
 テツヲの言いたい事は分かる。
 未だに身動ぎしない後輩君を此処に置いたまま、蜘蛛人間と戦うのは不安が残るのだろう。
 何より、今のところーー彼が呼吸している様子が見られないのだ。
 顔色もあまり良いようには見えないし、出来るなら早くーー可能な限りの処置を施した方が良いに決まっている。
 脱出を薦めたテツヲの上着を拾い上げ、沙梨亜ちゃんは後輩君を後ろに担ぐ。
「、、動かしたくはねーですが、此処では、、
行きますよ?リン先輩」
 私は頷き、沙梨亜ちゃんが提げていた分の荷袋を手に取った。
 だがーー。
「ソウ易々ト逃ストハ思ワ……」
「だァから!煩ェ、、!?」
 また掌を手繰って何かしようとした蜘蛛人間が、宙に跳んだテツヲの膝蹴りを喰らう。
 私達はその様子を余所に、戦いの振動が伝わってくる円形巣を出た。



 円形巣を出る途中ーーあの人面蜘蛛の骸が累々と横たわっていたが、その後続は見掛けなかった。
 幼体は全て、テツヲによって倒されたのだろうかーー?
 若干の不安を感じつつも、今は後輩君が最優先だ。
 洞窟内に入ってきた時の通路のあたりで、沙梨亜ちゃんが立ち止まった。
「沙梨亜ちゃん……?」
「、、先輩
、、もう、、」
 後輩女子が言い淀む。
 その声は震えていて、何かーー。
 その続きを聞くのが、怖かった。
「、、本当は
、、気付いてたんです、、」
 何をーー?
 と聞く間も無く、沙梨亜ちゃんは後輩君の身体を横たえる。
 光球に照らされた彼の顔色はーー蒼白だ。
 一目で危険な状態だと分かるぐらいに、まるでーー。
 その先が、頭に浮かばなかった。
 今にも啜り泣きそうな声音で、沙梨亜ちゃんが続ける。
「、、天ヶ嶺君の首に
、、線が付いています
まるで、首を締められたみたいに、、」
 そう指摘された私は、その箇所をーー注視する他無かった。
 細く、糸みたいな細さの跡が、後輩君の首を取り巻いているーー。
 それ以上は、何も考えられない。
 気付けば、沙梨亜ちゃんが小さく啜り泣いていた。
 後輩君の同じクラスの友人がーー。
 その意味を理解するまでに、どれ程の時間が経ったのだろうかーー?
 私の奥底で堆積した揺らぎが、ほとんど波風を立てなかった。
 目の前にある事実だけが、それが当たり前でさも当然のように理解出来てしまう。
 そうーー。
 後輩君は、もう既にーー私の前から永久に去ってしまったのだ。



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