ダーク・ファンタジー小説
- Re: 魔女先輩は転移後即日死した後輩君を甦らせたい!? ( No.5 )
- 日時: 2023/03/23 17:12
- 名前: 天麩羅 (ID: F69kHN5O)
プロローグ〜〜序幕、終話ーー副題(未定)
電灯の光を頼りに、私は最終確認を行う。
それぞれの円陣の合間に描かれた文字列は、起動の時を待ち侘びたように塗料を照り返していた。
今夜、もうすぐなのだ。
今この時、この一瞬々々が最後になる。
だから最終確認を入念に行うべく、私は早目に家を出てーー今現在に至る。
内側の円から外側の円へーー。
丸く連なった幾つもの円陣はそれぞれが一つの術式だ。
起動すると内側から外側の円へ順に発動し、最終的に異世界へと転移する。
それぞれの文字はそれぞれの円陣の上に刻まれていて、この異世界の文字が意味する効果は多岐に渡った。
それを一つ一つ、入念に確認していく。
「……転移先も転移先での活動に纏わる術式も問題無さそうね
……抜かりは無い筈よ!たぶん……いいえ、絶対……!」
でなければ困る。
私が例えば予期せぬ事象に巻き込まれて死んだとしてもそれは私個人の末路だが、後輩君達はそうではないーー。
そもそも彼らを唆したのは私だし、彼らの安全をある程度保証する責務があるのだ。
転移した瞬間にいきなり死なせてしまっては、始末が悪過ぎる。
気負い過ぎなのだろうかーー?
私が考えを巡らせながら確認作業を続けていると、向こうから物音が聞こえてきた。
ここ最近では、その足音の立て方一つで誰なのか分かってしまうーー。
「リン先輩、早いですね
また最終確認ですか?」
後輩君だ。
私は振り返らずに頷く。
「ええ……念には念を入れてね?
文字列の順序も問題無いし、発動する式の連結も間違いなく正確よ!
……あとは、そうね
こちらの想定外の事象が起きない事を祈るだけね……」
「はは、そうですね
おれにはまったく分からない分野なんで口の挟みようも無いんですけど、だから、、リン先輩はあとは楽にしてて下さい!
異世界で何かあったら自分が手足になりますんで!」
「ええ……その時は任せるのだわ!
頼りにしてるわよ、後輩君!」
最終確認を終えた私はそう言って、彼の肩を軽く叩いた。
それから間も無く、夜の屋上に〈ワルプルギスの集い〉の面々が集まった。
5人だ。
創業のメンバーは私を含め、テツヲとひよ子の3人ーー。
それから一学期に新しく入ったのは後輩君こと、ヒラト君と沙梨亜ちゃんだった。
この集まりの最後を見送りに来たひよ子は、然程深刻そうな表情もせずに言う。
「私、決めたんだ
研究者になって、いつかみんなに会いに行くよ!
何年経ってもね〜?」
「アア?大きく出やがったなァ!?
、、が、悪かねェ!」
この二人は私達の中で最も付き合いが古いらしく、近隣を恐れさせる不良になる以前からの、幼馴染みらしい。
普段はテツヲにべったりの沙梨亜ちゃんも、今は邪魔する気は無さそうだった。
だが、ここにきてひよ子が試すようにヒソヒソと告げる。
「こんな奴だけどね〜?
君にはちょっと荷が重いかもね〜?うへへ〜」
「、、何の話です?
黙りやがらないと異世界に行く前にオトシマエ付けさせますよ?」
「ま〜、その内分かるかな〜?」
沙梨亜ちゃんの耳元で何やら含ませつつ、彼女は余裕綽々だ。
ひよ子と後輩女子は、相変わらず仲が悪い。
これは彼女達の中心にテツヲという軸が居る事で成り立つ関係だからであり、そんな彼を挟めば対立しか生まれないのだろう。
もっとも、それ以前に校内の綺麗ドコロには粗方ちょっかいを掛けてるひよ子が、何かしたのかもしれないがーー。
沙梨亜ちゃんは嫌そうな顔をしながらも反論はせず、ぷいと顔を背けた。
揶揄い甲斐の無さに若干顔を顰めたひよ子は、今度はこちらに素早く詰め寄る。
「うへへ〜、揉み納めだね〜?リン〜」
「はあ……あなたねぇ?」
こんな時までオヤジっぷりを止めない女子は、私の胸部の感触をしっかりと掌に焼き付けるつもりらしかった。
そして、その視線はそんな私の隣へと向けられる。
「後輩く〜ん?
実は私ってば意外と気が効くのを自認しててね〜?
リンのおっぱいはこれまで右側しか揉んでこなかったんだよね〜?うへへ〜」
何を言ってるのだろうかーー?
そういえばと思い当たりはしたが、それと今の状況が結び付かないーー。
ひよ子は困惑する私に構わず、後輩君に告げる。
「つまり、リンの左胸はまだ初めてというわけですな!
分かったかな〜?後輩く〜ん?」
「んなっ!?」
それまで視線を逸らしていた彼はやや固まって、思わず顔を向けてきた。
だが、いたいけな少年心を弄んだオヤジ女子が、その直視を許さない。
反射的に顔を向けてきた後輩君にすかさず、ひよ子の空いた指先が直行する。
「ヒョコちゃん超絶秘技、フィンガー目潰し〜!」
「ア痛っ!?」
その目に、ピースの先端がぶち当たった。
直前で目を閉じたと思うが、彼はその場で跪くーー。
人をネタにいたいけな後輩君を弄ぶとは、やっぱりどこまでいってもオヤジ女子の〈気狂い女帝〉だ。
私は呆れつつも、はっきりと言う。
「……もういい加減にしなさいよ!
まったく、こんな時まで……」
いつまでも弄ってきそうな魔の手を退けて、夜空を見上げた。
今がちょうど、満月の頃合いだろう。
「さて、と……。
それじゃ、喚術陣を起動するから血液を採取して……」
「あ、それね〜?
もうやっちゃった!」
見ればポタポタと赤い雫を指先から垂らすひよ子の他方の手には、カッターが握られていた。
喚術陣を起動させるのには人の体内にあるプラーナーー所謂、気のようなものを使うのが基本だが、その起動媒体に別のものを使う方法もある。
それ即ちーー血液だ。
彼女の唐突過ぎる行動に、変な声を上げたのは私だけでは無い。
「うへ……?」
「アアン、、?」
「、、え!?
いきなりやりやがったんです!?この女!?」
異世界直行組はみんな一番内側の円陣にそれぞれ入っているから問題無いがーー。
私達の呆気にとられた声に構わず、彼女は喚術陣の外側へと退がる。
「いきなり傷口から未知の感染症とか発症したら危ないからね〜?
リスクは可能な限り少なくしとくものだよ?諸君!」
確かにそうだが、まだ別れの挨拶も済んでいない。
先程の目潰しから復帰した後輩君が、辛うじて告げる。
「あ、ヒョコ先輩!
何から何までお世話に、、」
そう言った彼及び、私達の足元の円陣は強く発光した。
内側から外側の円陣へーー。
次々と点滅を大きくしていく術陣に刻まれた術式は、その文字列をゆっくりと周回させ始める。
向こうで軽く手を振るひよ子の顔は、目一杯明るそうに微笑みながらもーー目は潤んでいるように見えた。
その表情を遮断するように円陣の一つ一つが宙を浮く帯へと変わり、私達の周囲の四方八方を取り巻いていく。
最後に聞こえてきたのは、ひよ子の別れを告げる声だ。
「みんなっ!行っといで〜!
身体には気を付けるんだよ!?
食べられそうなキノコとか果物とかあっても、まずは他の動物が食べるか入念にチェックして、え〜と?それと、それから、、」
何か伝えたい事が山ほどあるのに、それを伝え切れないもどかしさだけは何となくーー伝わってきた。
私達を取り巻く術式の帯が、私にとって無二の友人の顔を遮る。
そして、僅かな逡巡を最後に見せたひよ子が、大きな声で告げる。
「いつか行くからね〜!?私も!
、、絶対に!」
それを聞いた私は皆同様、彼女が最後に見せた表情と同じ顔をしていたに違いない。
取り巻く円陣の帯の向こう側に仲間を一人残してーー。
私達は今日この日、異世界へと旅立った。
次話、>>6