ダーク・ファンタジー小説
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.7 )
- 日時: 2023/04/02 14:21
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第1幕、1話ーー副題(未定)
見渡す限り、森林ーー。
遠く霞んだ山々が雲を纏い、私の頬へと息を吹きかけてくる。
東西南北何処を見下ろしても、森、森、森、森だらけだった。
「はあ……高いわね、後輩君」
「はい、、そうですね、リン先輩」
簡易な装具を身に付けた男子は応じ、辺り一帯を見下ろす。
もう一度言うが森、森、森ーー。
遠く見下ろした視点は遥か下方の森との間に切り立った崖を映していて、思わずーー身震いが肌を伝ってくる。
後輩君が同意を示したように、高いという言葉だけでは足りない程度には高いーー。
円形の断崖の上に、私達は居た。
あの学校の屋上の足場ごと転移してしまったらしく、私達は今ーー少し途方に暮れている。
この状況ははっきり言って、斜め上なのだろう。
私達がこうして無事に五体満足で居るのを見れば、転移自体は成功裡に終わったといって差し支えない。
しかし、その転移先が例えば海中とか地中とか、それとも或いは宇宙等ーーは、喚術陣に組み込んだ術式で避けたから有り得ないが、想定外の座標なり次元なりに繋がった挙げ句、まったく未知の環境で数分と保たずに死ぬ可能性は幾分かはあったのだ。
それを考えるとーーひとまずは僥倖といって差し支えないのだろう。
転移術式に組み込んだ衣装ーー武闘服の上着を肩で纏った眼帯ヤンキーが言う。
「しっかしなァ、、
、、高ェ!高過ぎじゃねェかァ!?」
円形の足場の端でしゃがみ込んだ彼、迦具土テツヲは真下を覗き込んだ。
眩暈がしてくるような高さーー。
武闘家になりきった格好のテツヲにとっては平気なのかもしれないが、この高さはーーたとえ苦手でなくても、足場の端に寄るのすら躊躇ってしまいそうな高所だ。
思わず後退りしたのは、身体のラインが幾分か際立つ魔女装束を着た、私だけでは無い。
隣で立っていた歳下の後輩君ーー下級騎士というよりも、従者然とした簡易な軽装を身に付けた天ヶ嶺開人君も恐る恐る、といった様子だった。
そして、発動を終えた喚術陣が描かれた中央から、まったく身動ぎもしない女の子は項垂れている。
「、、む、無理です
わ、わたし、、高い所だけは駄目なんです、、」
ガクブルと震えているあたり、高所恐怖症なのだろう。
その場から一歩たりとも動けそうにない後輩女子ーー前垣沙梨亜ちゃんは、場所が場所なら闇に溶け込みそうな生地の衣装に身を包んでいた。
身体にフィットした薄い布地の上からフード付きの上衣を羽織った、アサシンスタイルだ。
しかしこの様子では、最初のクラス選択を誤ったと言わざるを得ないのかもしれないーー。
大体、高所が駄目なアサシンが果たして任務を遂行出来るのかと疑わしく思えてくる。
そもそも沙梨亜ちゃんが本当に戦えるのかどうかを、生憎と私は知らない。
次いでにいうと私達のこの格好は予め、喚術陣に組み込んだ術式が置き換えられたものだった。
これを使いこなせば大概の事は実現可能ーーとひよ子が以前言っていたのを思い出すが、前世の記憶があやふやな私にとってはそこまでの見地に至っていない。
ともあれ、こうして異世界ーーなのかどうかはまだ未確認だがそれはともかくとして、転移自体は成功したのだーー!
「遂にやったわね……!
思えば永かったのだわ……。
成長するにつれ自覚せざるを得なかった記憶と現実との乖離……周囲の無理解と己が異物であるという根拠の無い確信に、幼少の頃の私は囚われていたの……。
けれども、それももうお終いね……!」
「良かったですね!リン先輩」
後輩君が祝福してくれた。
そう、今の私は無力で愚昧なただの一般市民では無い。
終期末を司ると謳われし大魔女の魂をその身に宿す者なのだからーー!
手にした長杖を高々と掲げた私の後ろから、後輩君の拍手が鼓膜を打ってくる。
「おお!格好良いですよ!
、、ところで、此処からどうやって降りるんですか?」
そう、問題はそこなのだ。
「よっしゃ、飛び降りるかァ、、!」
「却下よ……!
はあ……どうしてそういう発想になるのかしら?」
あまりに乱暴な意見を私は一蹴した。
発言者は、これはもう言うまでもないと思うが、脳が筋肉の鼓動だけで動いていそうな人物ーーテツヲだ。
電気信号の司令など、彼にとっては瑣末なものに違いない。
私は既に一蹴したつもりだったが、テツヲは抗弁してくる。
「でもなァ、術式とかナンとかの中に色々仕掛けたんだろうがァ、、?真島とヒョコでコマゴマと、、
そういやァ、この服もソレだったんじゃねェのかァ?」
それは、確かにそうなのだ。
転移の際に様々な恩恵が得られるよう、私とひよ子は多様な術式の開発に取り組んだ。
向こうの世界ーー。
今居る此処が異世界と仮定するならば、という但し書きは付くが、テツヲを止めたのにはそれなりの理由がある。
元居た向こうの世界では、不可視の比定物質ーープラーナと確か、前世でそう呼ばれていた存在の源のようなものが薄いらしく、仮に大掛かりな術式を組んだとしても制御が難しい事が予想され、迂闊に発動しないようにしていたのだ。
それでも細々と安全を確保しながらの実験で、高校一年生の間に様々な異世界文字を用いた術式をひよ子と共に開発したは良いがーー。
元居た世界のプラーナが薄い影響下での実証実験は、生憎とほとんど果たせなかったのである。
だから、つまりーー。
体内に含有されるプラーナとの適合の術式も喚術陣には予め組み込んでおいたのだから、もしーー此処が異世界なら身体能力向上などの恩恵やら各員装備の耐久力で飛び降りたとしても、何の問題も無いのかもしれない。
だが、これが単なるーー世界間を跨がない転移だったとすると非常に危ういのである。
だから私は、まだ飛び降りたそうにストレッチするテツヲに釘を刺す。
「そうね……。
此処がもし、異世界じゃなく元居た世界ならテツヲ、あなた……潰れるわよ?」
「アアン?そうなのかァ、、?
、、なら仕方ねェ」
諦めてくれたらしい。
彼が好き勝手に動けばその余波で私達諸共詰みかねないのだから、そこは自重して貰うつもりだった。
遣り取りを聞いていた後輩君が、何か思い付いたらしく手を挙げる。
「はいはい!リン先生」
「質問タイムね……?後輩君」
私は発言を許可した。
彼ならば、テツヲよりも具体的で建設的な案を出してくれると期待したい。
「スキルって無いんですかね?
確か、リン先輩とヒョコ先輩でそんな話してたような、、?」
「ええ……そうだったわね
けれども、各人の適性に裏打ちされたスキルのようなもの……。
ある種の超常的な能力がどういった経緯、どんな形で発現するか、はたまた発現しないのかはまったくの未知数なのよ……?
申し訳無いのだわ……」
これは正直、詰んでるのかもしれない。
此処がどれくらいの高さかは目測で測りようも無いが、遠く霞む山々とそれ程変わらなそうなのを見るとーー。
少なく見積もっても、千メートルはあると考えた方が無難なのだろう。
私の謝罪を耳にした後輩君は、項垂れた。
「はは、、そうですか」
失望させてしまったかもしれない。
少々の間、私達の間には沈黙が流れた。
気不味いーー。
どうにかしなくては、と私は手荷物の中を改める。
術式に組み込んでおいた装備一式だ。
中を漁っていると、皮袋の中から奇妙なものを見付けた。
「あら……?これは何かしら……」
異世界に来たとしても早々、必要になるとは思えないものだ。
私が掴んだのは、一冊の本ーー。
その表題には、こう書かれていた。
〈ヒョコちゃんとのラブリーアツアツ通信記〉とーー。
次話、>>8
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.8 )
- 日時: 2023/04/02 14:24
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第1幕、2話ーー副題(未定)
私達は喚術陣の円陣が描かれていた中央に寄り集まっている。
日記なのだろうかーー?
最初のページには既に誰の手によるものか、これは言われなくてもわかるがーー。
それを見た後輩女子が、剣吞さを隠さずに言う。
「、、ちっ!?
何がラブリーアツアツですか!?あの女、、
、、消し炭にしてしまいましょう!是が非でも」
「待って待って!?前垣さん!
ほら?たぶん、せっかくヒョコ先輩が用意してくれたものだし、、?」
「、、っち!?
仕方ないですね、、」
後輩君のお陰で危うく消し炭の末路を免れた日記ーー〈ヒョコちゃんとのラブリーアツアツ通信記〉は風でパラパラとページが捲れた。
最初のページ以外、全て白紙なのだろう。
テツヲは怪訝そうにその日記を拾い上げる。
「アア?交換日記かァ」
「……みたいね
……ヒョコったら、こんなもの用意して……」
ジワリとくるものがあったが、此処はみんなの前だ。
私は手渡された日記の最初のページをゆっくりと開いた。
『やっほ〜、元気〜?
うへへ〜、びっくりしたかな〜?
どうも〜、みんな大好き愛の戦士ヒョコちゃんだよ〜?
あ、これね〜?文字を転送する術式とか色々組み込んで出来ないかと思ってね〜?
結果はどう出るのかな〜?
い〜やはや楽しみですな!
あ、そうそう〜
あの後、みんなを送ってから色々あってね〜?
何日かゴタゴタしてたんだけど、』
「待て待てェ!何だァ今のは、、!?」
違和感に気付いたテツヲを、私は窘める。
「……煩いわ!?ちょっと黙ってなさい!」
「、、っち
トンデモナイ女ですね!?
まさか異世界にまでストーキングしてくるなんて、、」
ストーキング、と口にした沙梨亜ちゃんとひよ子との間に何があったのかは分からないし、詮索する気もないのだがーー今は煩い。
私の眉間に皺が寄ったのを察した声が、クラスメイトの沈静化を図る。
「まあまあ、落ち着いて落ち着いて?
早く続き読もう?前垣さん?」
後輩君の取りなしに沙梨亜ちゃんも口を噤み、文章の羅列を静かに追った。
ひよ子曰く、何日かゴタゴタしてーー?
こちらとあちらでは時間の流れが違うとでもいうのだろうかーー?
ひとまず読み進めてみる。
『あ、そうそう〜
あの後、みんなを送ってから色々あってね〜?
何日かゴタゴタしてたんだけど、なんか家に偉い人が来てね〜?
たぶんそっちで、私の推測が正しければ喚術陣の真下にあった地盤ごと転移してる可能性が考えられるんだけど、どうかな〜?
色々ハショるけど状況の説明するね〜?
つまり、こっちではいきなりくっきりと学校の屋上から地盤ごと消失する事件があってね〜?
そりゃもう大騒ぎなわけですな!うっへっへ〜!
ともかくそんな流れでみんな!聞いて驚くなよ!?
私こと愛の戦士ヒョコちゃんは晴れて晴れて何と!?
国家機密の研究機関に務める事になりました〜!
まだまだ研究者じゃないんだけどね〜?内定ってやつかな〜?
そんなわけでこっちはすこぶる順調です!世間一般は大変なんだけどね〜
あ、そうそう〜
みんなの手荷物の中になんか色々術式組み込んで再現した便利アイテム仕込んどいたよ!
ブランド名は、ヒョコティティル製品とかかな〜?
ちゃんとそっちに持ち込めてるといいね〜?
この〈ヒョコちゃんとのラブリーアツアツ通信記〉もその一つなんだけどね〜
無事届いたかな〜?
それとみんなも無事異世界に行けたのかな〜?
心配だし〜?出来るだけ早い返信求む!
首を長くして待ってるからね〜?
by 愛の戦士ヒョコティティル』
「……まさか、私の知らない間にそんなとこまで手を回していたとはね
いやはや、畏れ入ったのだわ……!
さすが私の唯一無二の友人……」
ホロリときた。
涙を零す程では無いにしても、少し目元を拭うのは不可抗力だ。
ジワリときてる隣で後輩君がそっとハンカチを差し出してくる。
「ありがとう……。
私ったら、こんなに友人に恵まれていたのね……」
「はは、そうですね!
ヒョコ先輩は規格外な人でしたから、敵わないですよね
本当に、、」
彼がみんなの気持ちを代弁した。
さしもの沙梨亜ちゃんも舌打ちはするが、脱帽してるらしい。
「、、っち
不本意ですがあの女が仕込んだブツを見ますよ?」
「だなァ?
、、ヒョコのクセにやりやがる!
思えば小っこい頃からいつもだけどなァ、、」
ひよ子とは幼馴染みのテツヲも、何処か遠くを見るような趣きだ。
私は瞳がジワリと滲みそうなのを堪え、彼女が仕込んでくれた〈ヒョコティティル製品〉とやらの確認を始めた。
「……現状、よく分からないものが多いわね」
ひよ子特製の便利アイテムの数々は、私達を困惑させた。
用途不明のものが多いーー。
そもそもそれぞれ各人が持つ荷袋自体もそうなのだが、外観上のサイズと内容量をまったく無視した代物だった。
よく異世界系小説で登場する、空間ボックスというものなのだろう。
見た目は片手で持ち運べる程度の荷袋だが、中身に簡単な食料品等も含まれているのを見ると、従来のーー腐食を防止する為、時間が止まっている類のものかもしれない。
その内容量は明らかに外見を裏切っていて、袋の口にサイズが合う物ならまだまだ入りそうだった。
中身から取り出されたのは先に触れた食料を始め、水、ガスコンロや携帯用トイレ等は勿論だが、折り畳み式テントや寝袋、果ては化粧品やら応急セットにも加え、ちょっとした小物まで様々だ。
それら必需品を押し退けて並べられたものはーー。
「あ、これ何ですかね?
、、モノクル?」
「アア、あれじゃねェのかァ?
異世界ものでよくある鑑定のヤツ、、」
試しにと眼帯の付いていない方の左目で片眼鏡を着用するテツヲだが、特に変わった事は無いらしい。
他にも何も描かれていない羊皮紙だとか、ペットボトルサイズの大型キャンドル、栓のされた内容物の怪しげなフラスコが複数種及び、明らかに尋常では無い毒々しい液体まである。
沙梨亜ちゃんはその一つを手に取り、困惑顔だ。
「、、これをどうしろと?
飲め、ですか?」
「まさか……?
いくらひよ子でもヤバイ薬飲ませようとはしない筈なのだわ?たぶん……」
言いはしたが、自信は無い。
彼女にとっては便利アイテムでも、私達が使えば危険物となり得るかもしれないのだ。
沙梨亜ちゃんは嫌そうにフラスコから手を離し、こちらの荷袋を窺ってくる。
「、、先輩の方はどーなんです?
何か、状況を打開出来そうなものとか、、」
聞かれ、私が皮袋から取り出したのはーー箒だ。
各人それぞれの手荷物の中には〈ヒョコティティル製品〉が幾つか入っていそうだったが、魔女に箒とはーー。
よく分かっていたのだろう。
「最高よ……!さすが我が愛する親友、愛の戦士ヒョコティティルなのだわ!」
時々冗談めかして、異世界風ネーミングとして考案されたヒョコティティルが、唯一無二の親友にランクアップした。
次話、>>9
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.9 )
- 日時: 2023/04/02 14:27
- 名前: hts (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第1幕、3話ーー副題(未定)
「それで、どうやって使うんですかね?リン先輩
魔女といえば箒なのは分かりますけど」
後輩君が訊ねてくる。
おそらく術式を施した特別な箒なのは間違いないのだが、問題は使い方だ。
「待ってて……なんかこう?
今少し思い出せそうだから……」
私には、前世由来の知識がある。
それは今世の記憶ーー例えば昨日食べたご飯みたいにいつでも思い出せるようなものでは無く、ちょうど数ある記憶の糸を手繰り寄せるようなものなのだ。
目を閉じた私は意識を深く沈め、静かな時間が訪れたかに思えた。
だが、喧しい奴が何か言ってくる。
「おォ、またいつものヤツかァ、、
、、今度は何日かかんだろうなァ?」
「、、しっ
黙りやがれですよ!テツ先輩」
沙梨亜ちゃんに諌められ、余計な茶々入れは入ってこなくなった。
じっくりと集中する必要があるだろう。
私は意識を閉ざし、辺りは沈黙した。
「これは……プラーナに働きかける事で効能を発揮する導器具の一種ね
その証拠にほら……?
……ここに紅い金属が埋め込まれているのが見えるのだわ?」
「、、紅い金属、です?
どれですか?」
箒のボサボサ部分を掻き分け、その奥に見えた紅い金属を指し示した。
沙梨亜ちゃんの疑問に、私は答える。
「これはフィフィーロカネン……。
プラーナに干渉する際に必要とされる力……さっき次いでに思い出したのだけれど、通力解放と呼ばれる力の干渉により感応する貴金属よ?」
「、、なるほど、フィフィーロカネン?
聞き覚えはありますが、、?」
沙梨亜ちゃんが言い、それに頷いたのはテツヲだ。
「ヒヒイロカネ、だなァ?確か、、
訳すなら紅銅、とかかァ?
またひよ子がナントカいうアレで引っ張りだしてたみてェだなァ?」
「そうね……。
ナントカじゃなくて、術式変換品……とひよ子は呼んでいたのだわ?」
先程広げていた〈ヒョコティティル製品〉を正確に言い表すと、そんなところだろう。
私の記憶にある異世界原語はあらゆる事象に作用するらしく、記憶の当事者よりもその効果を理解していた友人には脱帽する。
フィフィーロカネンーーテツヲが言い表した紅銅が元の世界でいわれるそれと同じかはともかくとして、前世の世界では確か希少金属だった筈だ。
「そんなに流通するようなものでは無かった筈だけれども……。
……ひよ子ったら、いつの間にこんなもの再現させてたのね?
ま……いいわ!
早速使ってみましょう!」
そう言って私は、ベンチにでも腰掛けるような姿勢で箒の柄に座る。
ふわりと浮きかけたーーが、そこは習熟が必要なのだろう。
ぽすんと下に落ちた私はぼそりと呟く。
「……練習が必要みたいね」
「ですね、リン先輩
おれ、応援してます!」
後輩君に頷き、私はもう一度箒の柄に座った。
木ーーというのはそもそも、通力を通しやすい。
だから魔女が乗る箒や振るう杖は押し並べて木を素材に作られていたりするのだが、この箒も例に漏れずーー木で出来ている事が功を奏したと言えた。
もしこれがフィフィーロカネンのような貴金属でもなく、ただの鉄製の柄だったらーー飛び続ける自信はとても、さしもの大魔女といえども無い。
そんな私達は今ーー空中に居る。
箒の柄に腰掛けた私は勿論だがーー。
「おいッ!?沙梨亜ァ!
、、テメェガタガタ震えてんじゃねェ!?」
「、、ご、ごめんなさい!?テツ先輩
、、で、でも怖いんです、うぅ、、」
眼帯ヤンキーの小脇に抱えられた彼女はもう、箒の柄にまで振動が伝わってくるぐらいに震えていた。
他方の手で箒のボサボサを掴むテツヲは、その両手が塞がっているにも関わらずーー更には口で荷物を咥えているのだから、まさに筋肉お化けだ。
そもそも口が塞がったままどうやって怒鳴っているのか、さしもの私でも見当が付かない。
そして、もう一方の箒の先端を掴むのはーー必死に脂汗を浮かべる後輩君だ。
彼も残りの手荷物を他方の手にぶら下げてから、既に体感で数十分あまりが過ぎている。
「もう駄目です、リン先輩
おれ、、
、、落ちます」
「後輩君……!?
待って早まらないで……!?
もう少し、もう少しだから……!」
思わず声が裏返りそうになった。
何とかしなければーー彼が落ちていくところなんて見たくない。
たとえ座り続けたせいでお尻が痛くても、前世を跨いで十数年ぶりの通力のコントロールが覚束なくても、後輩君に死なれてはその後の異世界ライフがーーきっとその後の私の人生にも深く関わってくるのだ。
若干の焦りを覚えつつ閃く。
「そ……そうなのだわ!?
つ、通力よ……!通力循環!
体内のプラーナを意識しなさい……!?今すぐ!」
「む、無理ですって!?先輩
通力とか何の事かさっぱり、、」
無茶振りが過ぎるのは分かっていた。
それでも今ここを乗り切らなければ、私は後悔してもしきれないだろう。
荒療治だが、それに今後色々と差し障るかもしれないが、この際だから仕方ない。
柄の先端を掴む後輩君の手に、私は手を伸ばす。
「せ、先輩!?」
「……良いからそのまま握ってなさい!?
今から私の通力解放による外気への干渉で、直接後輩君のプラーナ……内気へと働きかけるのだわ!」
もうヤケクソだった。
私は触れ合った手と手で別の妄念が浮かんできそうになるが、そうした想いを排してーー自身の指先へと意識を向ける。
後輩君の、ピクピクと震える指先ーー。
そこに被せた掌から直接相手の体内へと私自身のプラーナを流し、それによって押し出された彼の内気はーー今度は逆に私の中へと流れ込んでくる。
後輩君は、何かを感じたらしいーー。
「お!?おお、、!?
な、なんかこれ、、す、凄く熱いです!
凄く熱くてなんだか、、い、色々とヤバイです
それにこれ、ちょっとなんか、、気持ち良く、、?」
「……い、言わなくていいから!?
そ、それ以上言ったら、わ……分かってるわよね!後輩君……!?」
言論の封殺は本来的な私の信条とは異なっていても、こればかりは言わせてはならない。
禁則事項だ。
後輩君の内気ーープラーナが今度はこちらへ逆流してくるが、他者の身体を媒体とした通力循環は幸いにも上手くいっている。
「はぁハァ……私も何だか……。
身体が熱くなってきたのだわ……?」
「せ、先輩!?
、、それ以上は駄目です!?
おれ、、おれも何だか色々と力が溢れて
とにかくヤバイです、、!?」
「……わ、分かってるから落ち着いて!?
へ……平静を保つのよ?そう……。
……ゆっくり、ゆっくりでいいから……」
「は、はい
こ、、こうですね?」
「そ……そうよ?
上手に出来てるわね……?
何だか凄く……良い、イイのだわ……?」
「せ、先輩ぃ!?
も、戻ってきて下さい、、!?先輩っ、リン先輩ぃ!?」
周りも頭に入らず、後輩君ーーヒラト君に呼ばれる度にズキュンとしてきた。
その際、腰掛ける箒の他方からボソッと聞こえてくる声をーー今は気にする余裕も無い。
「イチャついてやがんなァ、、」
「、、うぅ
、、怖いです、ぐスン、、」
最早、誰の目を憚ろうともこの時の私は気にならなかった。
次話、>>10
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.10 )
- 日時: 2023/04/02 14:32
- 名前: hts (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第1幕、4話ーー副題(未定)
一線を越えてしまったーー。
この場合、一線というのは生身が介在したかどうかは関係ない。
つまり、私と後輩君との間には既に見えない繋がりが出来てしまったのだーー。
気恥ずかしさのあまり、彼の顔をまともに見れない。
向こうもどうやら同じ気持ちらしく、嬉し恥ずかしそうな反面ーーどこか申し訳無さそうに俯いている。
「せ、先輩、、
、、な、なんかごめんなさい」
「い……いいのよ?別に
わ……私だって後輩君に居なくなられたら、ほら……?
こ、困るじゃない……?」
そう言って、しまったーーと思わないでも無かった。
何故か気を利かせたらしいテツヲと沙梨亜ちゃんは居ないが、傍目から今の発言を聞けば、どう聞いても遠回しな告白に聞こえてしまう。
図らずも胸の内の一端を晒してしまった私に対して、後輩君はーーまるで何かを決心したように口を開く。
「おれ、、実を言うと最初は遊び半分のつもりだったんです
リン先輩はおれ達一年生が入学した時から有名でしたから、、
はっきり言っちゃいますけど、頭のオカシイ変わった先輩が居るって、、」
そうなのだ。
私こと、真島リンの評判は我が母校において芳しく無かった。
近隣に威名を轟かせる不良二人ーーテツヲとひよ子に上手く取り入って、何やら怪しげな活動をしてるとか、実はヤクがキメられてどうたらとかーー。
私に纏わる噂はひょっとすると不良二人以上に出回っていて、他の生徒達からは気味悪く思われていたに違いない。
そうした中で、一学期に我が〈ワルプルギスの集い〉に入ってきた一年生二人の加入がどんな理由だったとしても、それが僥倖だと思わなくてはならない程にーー。
後輩君は、包み隠さず続ける。
「リン先輩には色んな噂話が付き纏ってましたからね
それを全部、おれは暴いてやろうと最初は思ってました
でも、違ったんです
真実は小説よりも奇なり、って言いますよね?
先輩方の活動に触れて、一つ一つ事実を確認して、リン先輩の記憶から得られた知識と現実の擦り合わせは思いの外、上手くいっているように見えました
その時おれは、既に夢中だったんです
〈ワルプルギスの集い〉の活動と、その、、」
一瞬、彼は言い淀む。
億したような気配を私は感じ取ったがそれもすぐ打ち消され、後輩君はーーヒラト君はこちらを真っ直ぐ見詰めてきた。
「リンさんに、、おれ、自分でもおかしいと思うんですけど、夢中なんです」
「あ……え?
あ、うん……ありがとう
……な、なんか、て……照れちゃうわね?嫌だわ……?
……ニヤけが止まらない……」
顔が熱くなるのを感じ、両手で覆った。
彼も少しぐらいは私に気があるかもと思っていたが、本当にーー。
本当に、今は顔が上げられない。
そうした事は前世においても今生においても、無縁だと思っていた私にとってーー。
今の彼の破壊力は強烈過ぎる。
いけないーー。
脳ミソが沸騰しそうだった。
もう沸いているのかもしれないーー。
この先彼との仲が深まるにつれ、あんなコトやそんなコトまでーー。
そう、彼氏だ。
休日に二人でお出掛けしたり、沙梨亜ちゃんみたく弁当攻勢を仕掛けてみたり、イベントの際はサプライズ・ナイトに励んでみたりーー。
これ以上はイケない。
それが、歳頃の女子にとっての禁断の彼氏なのだ。
我が人生の中で無意識の内に封印していた禁則ワードの一つにも該当する。
信じられないーー。
今にも爆発させられそうな頭と心臓の鼓動が落ち着き切らない内に、彼ーーヒラト君から言葉が降りてくる。
「最初は遊び半分で近付きましたけど、おれ、、真剣ですからね?
今はまだ役立たずで何にも出来ませんけど、いつかリン先輩にとって欠かせない存在になれたらその時に、、
、、この気持ちに応えて貰えますか?」
「え……?あ、そ……そうね」
何故か、会話が思わぬ方向へ流れた。
すぐに反応を示さなかったーー私が原因だ。
冷静な彼は私からの返事が無かった事で脈有りと判断しながらも、今はまだーーと考えたのだろう。
痛恨のミスーー。
いや、今ならまだ挽回出来るのだろうかーー?
「こ、後輩君……!」
咄嗟に呼んだがしまった、と気付いた。
彼の名前を下の名前で呼ぶ絶好のチャンスだったのだ。
そういえばさっき先輩抜きで、リンさんーーと呼ばれていたから、今ヒラト君と呼んだなら然程不自然な状況では無かったのだろう。
気付くのが遅過ぎるーー!
少々混乱してしまった私は、適当な事を口走ってしまう。
「そ……そろそろお腹空いたわね!?」
「はい、そうですね
おれが作りますよ!
別に料理得意ってわけじゃないですけど、たまに自分で作ったりしますし?」
「そ、そう……?期待するのだわ……!」
口から出た発言はもう戻らない。
私は千載一遇の好機を逃したのだ。
彼がもう荷袋を漁り始めたのを見ると、そう返すより他に無かった。
それ程時を置かずに、テツヲと沙梨亜ちゃんが戻ってきた。
まさかとは思うが、草葉の陰から見守っていたなんて事はーー。
「、、ふぅ
、、リン先輩、ファイトですよ!」
「アア、ヒラトは良くやったがなァ?
及第点だよなァ、、ギリギリ辛うじて」
見られてたーー!?
周囲には確かに、覗き見ポイントが幾らでもあるのだ。
背後にあの断層ーー。
綺麗にくり抜かれた円柱のような筒型突起地勢がこちらを見降ろしている以外は、周辺一帯森の中だった。
頭上の木々の枝の隙間から陽光が僅かに漏れているが、辺りはやや薄暗い。
身を隠す地点には事欠かず、会話も全部聞かれていたかと思うと、気恥ずかしい。
先程の余韻で、まだ顔から火が出そうだーー。
私は二人の励ましーー?
には囚われず、話題を変える。
「ご、ご飯食べるわよ……!?」
「はいよォ、、
、、近くにモンスターとかは居ねェらしいなァ?」
ただ覗いていただけでは無かったらしく、テツヲは言った。
沙梨亜ちゃんは小さく頷き、言葉を引き継ぐ。
「、、です
まだ異世界と決まったわけじゃねーですけど」
それについては、私も同意見だ。
現状、異世界かどうかを判断出来る材料は少ない。
あの箒型の導器具ーーフィフィーロカネンが感応したのは何か別の要因ーー。
例えば、異世界を前世に持つ私の影響なども考えられ、プラーナの濃淡だけでは判断が付かないだろう。
元居た世界が必ずしもプラーナの薄い場所ばかりとも限らないし、事例は色々と考えられるのだ。
思考に沈みかけた私の想念を中断させたのは、香ばしい匂いだった。
「オゥ!ウマそうな匂いだなァ、、」
「、、すんすん
、、チャーハンの匂いです」
二人に釣られ、私も後輩君が有り合わせで調理してる方へ向かった。
次話、>>11
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.11 )
- 日時: 2023/04/02 14:35
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第1幕、5話ーー副題(未定)
やや大振りに刻まれた野菜と、米に卵と塩を塗しただけのものだったがーー。
それはそれで、自然に囲まれた環境で食べたチャーハンはまた一味違った。
たとえ、少し水量の調整で米がべっちょりとしていてもーー。
味は別に悪くないのだから、十分に及第点をあげられるだろう。
食べ終えた沙梨亜ちゃんは後輩君の手料理の品評を始めている。
「、、良いですか?天ヶ嶺君
チャーハンをパラパラにしようとして所々ムラがあるのは分かりますね?」
「はい、前垣師匠!
どうしたら良かったでしょうか?」
「、、答えは簡単
、、卵、ですよ?」
「まさか、、卵に何か秘密が?」
「、、そうです
刻んだ具材を入れ、米と共に炒めた最後に天ヶ嶺君は溶き卵を投入しましたね?」
「はい、及ばずながら、、
おれにそれ以外の選択肢はありませんでした
どうしたら良かったのでしょうか?」
「、、最初が肝心です
一番初めに卵と暖かいご飯を混ぜ、具材に軽く火を通した後に丸ごと投入するんです」
「え、、?それだけで?」
「、、です
それだけでパラパラの美味しいチャーハンが作れますよ?
今度試してみて下さい」
「なるほど、今後の参考にさせて頂きます」
師弟に扮した二人の講義は終わった。
普段どんな会話をしているのだろうーー?
と気にならないでも無かったが、どうやら私が気にするような問題は無かったらしい。
何がーー?
と訊かれると困ってしまうが男女の間ともなれば、もしもの場合はあるのだ。
沙梨亜ちゃんがテツヲに入れ込んでいるのは分かるが、ここは念の為ーーヒラト君の傾向をよく知る為にも聞き漏らすわけにはいかないだろうーー?
決して仲良さそうで嫉妬したとか、そういう話では無い。
単純な興味本位だ。
もっとも、私の話術でヒラト君との会話を弾ませるには長期に及ぶ研鑽が必要になりそうなのだがーー。
そんな事を考えていると、お代わりを平らげたテツヲが口を開いた。
「でェ?
ノンビリダベってんのもイイが、結局ここは異世界なのかそうじゃねェのか、どっちなんだァ?真島ァ」
「物証が少な過ぎるわね……。
これぐらいの森なら元居た世界にもあったでしょうし、仮にあの箒がプラーナの濃い場所でしか感応しないのだとしても……元居た世界でプラーナの濃い場所が無かったとも限らないのだわ?」
先程考えていた事をそのまま伝えた。
例えば、都会のプラーナは薄く、大自然の中でのプラーナは濃いという場合も考えられるかもしれない。
似たような事を思い浮かべていたらしく、沙梨亜ちゃんが言う。
「、、都会と田舎、です?
ですが、そもそもプラーナ自体私はまだよく分かってません」
「はい!前垣さんに同じく」
後輩君も手を挙げ、大きく頷いた。
私も断片的な事しか思い出せないが、説明が必要だろう。
「……いい?プラーナっていうのは確か、前世で誰かから聞いた気がするのだけれども……?
プラーナは物体……というよりも、いいえ……。
……これは存在自体がそこに在ろうとする意思、何かが存在する確率とでも言おうものかしらね……?
……ごめんなさい
私もそれ以上はさっぱり思い出せないのだわ……?」
「でも先輩はそれで、いやさっき、、
おれにアレしてなんか凄い力が湧いてきて、それで彼処から落下しなくて済んだんですよね?」
薄っすらと赤くなる後輩君を見て、変に緊張してしまう。
「そ……そうよ?アレはほら……!?
……急場の判断で他に対処のしようが無かっただけで、決してやましい気持ちとかそんなつもりは……」
「語るに落ちたり、だなァ、、?」
別にさして興味も無さそうにテツヲが言った。
あの時は仕方無くーーというと語弊があり、私だって勿論、後輩君との繋がりを得られるならそれも吝かでは無いのだがーー。
じゃなくて、本来なら一つの肉体内において循環するプラーナを半ば強制的に、通力による干渉で後輩君に活力を与えたのだ。
それだけならば問題無い。
だが、物事にはどんな場合であっても見えない側面が存在する。
つまり、他者との通力の循環には様々な危険性や副作用を伴う場合があるらしく、そうした中では他者の精神への影響を伴うものもあるらしくてーー。
私が色々と言い訳を考えていると、眼帯ヤンキーはどうでも良さげに言う。
「アア、気にすんなァ?
ただの冗談だァ、、」
「、、っち!?
性格悪いですよ!?テツ先輩!」
舌打ちした沙梨亜ちゃんが諌めた。
この極悪ヤンキーーー!?
と思ったのを抑え、頬が赤らむのを感じながらも続ける。
「ともかくね……!?プラーナは使い方次第で非常に危険を伴うものなのだから、あまり人に向かって使うのはお薦め出来ないのだわ……!」
「それを使ってまで、リン先輩はおれを助けてくれたんですね、、
、、ありがとうございます」
不意打ちだ。
別にお礼を言われたくてやったわけでも無かったから、むしろある意味、自身の感情という名の欲求を優先した結果ーーなのだから、それを言われると違和感を感じてしまう。
私が後輩君にどう反応するべきかと考えていると、テツヲはやや物騒な笑みを浮かべる。
「っつう事はなァ?
オレらも修行したら人体にある秘孔を突いたり、ギャメバメ波撃ったり出来るっつうんだなァ!?
最高じゃねェかァ!」
「、、ふっ
ギャメバメ波は撃てないと思いますよ?テツ先輩?
夢見てやがりますね、ふっ、、」
「んだとォ!?沙梨亜ァてめェ、、
えェ、、?撃てねェの?マジで?」
私の呆れ顔に気付いたらしく、テツヲは若干残念そうに言う。
そんな事訊かれても、私も知らない。
「さあ……?
……通力解放で外気のプラーナに干渉出来れば似たような事は可能かもしれないのだけれども、ねぇ?
私も知らないのだわ……?」
理論上はおそらく、可能だろう。
しかし先程、この大魔女たる私をおちょくってくれた極悪ヤンキーにわざわざ教えてあげる道理は無いのだ。
それにもし、元居た世界の人気マンガを模したギャメバメ波を撃つなら、そこに至るまでに避けては通れない段階がある。
先は長い。
幾らこの極悪ヤンキーでも、容易には辿り着けない境地だろう。
私は夫婦漫才でもする趣きのテツヲと沙梨亜ちゃんを意識の外に置き、ふとーーヒラト君と目線が合う。
「ま……これからよね、これから!」
「そうですね
おれも頑張りますよ!」
自然と口から出た言葉に、彼はいつものように応じた。
次話、>>12
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.12 )
- 日時: 2023/04/02 14:45
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第1幕、6話ーー副題(未定)
今後の指針について、みんなと話し合う。
「……目下、そうね
私達を取り巻く環境がどんなものかを把握する必要があるのだわ?」
現状は右も左も分からないのだから、目的を明確にしておく必要があった。
私が切り出すと、後輩君が周りを見て言う。
「見た感じは普通の森ですよね?
そんなに寒くないので常緑樹か落葉樹かは分かりませんけど」
「ええ、そうね……。
冬場なら樹木に葉っぱが付いてるかどうかで落葉樹かどうか判断するのよね?確か……」
彼の言葉尻を拾い、そこに沙梨亜ちゃんが疑問符を付ける。
「、、です?
なら、暫く過ごさないと四季があるかも分からねーですよ?」
後輩女子がそう指摘した。
仮に此処で暫く過ごしたとして、寒冷期に際して樹木の葉が落ちるなら落葉樹ーー落ちなければ常緑樹、と判断は付く。
けれどもそれは、沙梨亜ちゃんが指摘したように季節があるという前提で成り立つものであって、もしーー一年中同じような気候が続くなら、判断の基準としては不十分だった。
更にいうなら、この環境でずっと生活していけるかはーー元の世界に慣れ親しんだ私達にとっては微妙なところだろう。
「安定した拠点が欲しいわね……。
術式で再現した物資もいつまで保つか分からないのだし……?」
現状、幾ら〈ヒョコティティル製品〉があるとはいっても、それも無限では無いのだ。
だから四季が移り変わるかどうかを待っていたら、いつの間にか物資が枯渇しないとも限らない。
これから此処かーーそれとも他のいずれかの場所で生活する事を考えると、何らかの供給源は必要なのだろう。
それを聞くと、今度はテツヲが口を開く。
「確認がてら見て回ろうじゃねェかァ?
モンスターが居ればなァ、、」
あまり望ましくない意見が口に出された。
腕試しでもしたいのだろう極悪ヤンキーにしてみれば渡りに船でも、今現在ーー私達にどれだけの事が出来るのかは未知数なのだ。
此処が異世界かどうかを判断するのにテツヲの言うようなモンスターーー或いは、元居た世界には存在し得ない何かがあれば、此処がそうなのだと確認出来る。
しかし私は、少々の懸念を浮かべながらも小さく頷いた。
「……あまり気乗りはしないのだけれども、そうね
何か危険性があれば即時退却するつもりで周囲を探索してみるのだわ……!
せっかくの異世界なのだから!」
「ですね、リン先輩
異世界だと良いなぁ」
元々そのつもりで異世界に来たのだから、反対する人はいない。
私達は確認がてら異世界らしいものを見付ける為、二手に別れた。
日が落ちてきたらあの円形断崖の麓へ戻る事ーー。
ーーそれがひとまずの取り決めだった。
あとは二手に分かれた理由についてだが、これはーー周囲が森林で覆われ、身を隠す場所が豊富な事が挙げられる。
わざわざモンスター及びーー敵対的な住人等が仮に居たとして、それらから見付かる危険性を増やす事は躊躇われたのだ。
別行動を言い出した沙梨亜ちゃんは別れ際にガッツポーズを送ってきたからーーそこに他の意図があった事は否めない。
もし何かのトラブルに巻き込まれたら、その時点で少人数で行動する利点も喪われるのだがーー。
ーー見付かる危険性を踏まえると、そもそも事を起こさない方に賭けた形だった。
ともかくそんな経緯で私は今、後輩君ーーヒラト君と二人っきりだ。
今度こそーー。
「ヒ、ヒラ……後輩君」
「はい、リン先輩」
ヘタレてしまう。
すぐ隣でなるべく物音を立てないように歩く彼の横顔をーー直視出来ない。
内心あたふたとしているのを悟られないよう耳を澄ましてみると、何かのーー虫の囀りのような音色は聴こえてくるから、生き物は居るのだろう。
「……一応、虫の類は居るみたいね?」
「そうですね
、、苦手だったりしないんですか?」
私が手近な葉から掬ったテントウムシーーに似た昆虫を見て、ヒラト君は若干青い顔をする。
「それを嫌がっていたら魔女だなんて名乗れないのだわ……!別に得意ってわけでも無いのだけれど……。
何を隠そう、私は前世の記憶を持つ大魔女なのだから……!」
「はは、そうでしたね
そういえば喚術陣を書く時もインクにミミズの磨り潰しとか混ぜてましたね、、」
あまり思い出したくないらしく、後輩君はテントウムシに似た昆虫から顔を背けた。
視線を外した彼は辺りをキョロキョロと見渡し、耳に手を当てている。
「何を探してるのかしら……?」
「川の流れる音とか、食料になりそうな木の実とかですかね?
飲食物が尽きるまでにライフラインを整えないと、さすがに生きていけませんし?」
「そうね……注意して進むのだわ?」
彼に同意した。
此処が何処の世界にしても、環境自体は元の世界とそうそう変わらないのだろう。
そうでなければ辺りの樹木がまず生えてくる筈が無いし、生態系は元居た世界と近しいと考えても差し支えない。
勿論、人の住めない環境は可能な限り術式で避けたのだから、適応可能な環境なのは当たり前なのだがーー。
そして、そうだとすれば木の実や果物なんかも見付かるかもしれない。
後輩君は探索次いで、質問してくる。
「モンスターらしい生き物は確か、此処がリン先輩の前世の世界なら居るんでしたっけ?」
「ええ……確か、魔物……。
……これは喚術陣に組み込んだ翻訳の術式が発動していると仮定して言うのだけれども、魔物を意味する異世界文字で現地人から把握されている筈なのだわ?
私の知っている限り……」
少し不安になる。
私の知る前世の記憶は先にも述べたように断片的なものでしか無く、数少ない情報の中から目の前の現実を判断するしか無い。
物事には必ず見えない側面というものがあり、そうした闇の底無し沼に嵌らないとも限らないのだ。
何かを正しく判断するには、まず自分自身が無知であるのだと理解しなくてはいけない。
私が取り留めもない思考に囚われていると、後輩君が思い付いたように言う。
「そうだ、あれ使ってみましょう!モノクル!」
「え……?ああ、あれね!」
彼は自分の荷袋から、眼鏡の片側だけが欠けたモノクルーー片眼鏡を取り出した。
早速耳にかけた後輩君は、難しい顔をしている。
「ううーん、どうやって使うのかなぁ?
紅い金属の縁取りだし、リン先輩の箒と同じですよね?」
「フィフィーロカネンね……。
けれども……それを感応させるには通力解放で外部のプラーナへと干渉出来ないと無理なのだわ?
……貸してみて?」
彼から片眼鏡を受け取り、左目にかけてみた。
途端ーー。
モノクルに込められた術式が起動したらしく、辺りに幾つもの数字が浮かんだ。
「何……かしら?
大小様々な……数字?」
「え?数字!?
もしかしてステータスですか?」
「……ちょっと待って?」
後輩君の質問を遮り、浮かび上がった幾つもの数字に集中する。
異世界小説によくあるようなーーステータスを表示するものでは無さそうだ。
では、何かというとーー。
「……えぇと?その辺りの木から浮かんでる数字はだいたい500から大きい数字で1000を超えるぐらいね?
それから、ああ……さっきのテントウムシは、たったの6しか無いのだわ……?」
「え、、?もしかしてスカウターですか?」
後輩君が言ったのは、戦闘力が分かるという例のアレだ。
それに近いかもしれない。
テツヲに勧められて私も半分くらいはその漫画を読んだ事があるが、ただどうにもーーその作品に登場するスカウターとは別物のようにも思える。
「あら……ちょっと待って……!?そこの草……」
「え?これですか?」
「そうそう、それなのだわ……!
2800から、3500……いいえ、上限3600ね……?」
そこにあった何処にでもありそうな雑草の中から一つを手に取ってみる。
どれも同じ種類の草だ。
ギザギザの扇状に伸びた葉先のーー見た目はそれなりに見掛けそうなこの植物は何なのだろうーー?
他の種類の雑草を見ても、数値の高いもので4、50といった程度だ。
「薬草、ですかね?ひょっとすると」
「薬草……?それかもしれないのだわ……?」
判断は保留にしながらも、私もその可能性は高いように思えた。
扇状のギザ葉に手を伸ばした後輩君が言う。
「それじゃあ、ちょっと摘んでいきましょう!
これがもし薬草なら、いきなり幸先良いですね!」
彼は薬草らしき草を幾つか抜いて、荷袋に仕舞った。
その際、何気なく見ていたがーー浮かび上がっていた数値が半分近くまで下がったのを確認する。
何か、命の灯火のようなものでも指しているのだろうかーー?
とも思ったが、抜かれた仮薬草が1500以下になる様子は無い。
思索に耽りつつ、私は判断を保留した。
次話、>>13
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.13 )
- 日時: 2023/04/02 14:48
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第1幕、7話ーー副題(未定)
道中、色々な物を見てみたが、1000を超すものはなかなか見掛けなかった。
モノクル越しに見た結果、樹齢を多く刻んでいそうな木が1000を超えていた他、苔生した岩が5800ーーと、これまでの最高値を叩き出したのだ。
因みに後輩君の数値もこっそり確認してみたら時々数値に乱れが生じるものの、だいたい130から150の値を推移している。
樹木や先程の薬草、苔生した岩等と比べると遥かに少なく、今の彼の数値は141だ。
他の人と見比べてみないと、多いのか少ないのかは分からない。
そんな後輩君はこの探索中、幾つかの発見をした。
「あ!木の実発見!
こっちにもプルーンみたいのが!?」
食用になるかどうかは分からないが、嬉しそうだ。
彼が木の実やらプルーン似の果実を捥ぎ取る度、その収穫物の数値は一定量減少した。
だが、半分以下になるものはこれまで一度も確認していない。
これが仮に鮮度を表しているなら、その後も経過を見ないと分からないがーーそれとも或いはこちらの憶測とは何の関係も無く、例えば数値は物の価値を表しているのかもしれない。
しかし、もしそうだとすると彼の価値は130から150ーーとまで考えて、私は首を振る。
「……そんな筈無いのだわ!?
駄目ね……!?もう外しましょう……!?」
そう言い、モノクルを後輩君に返した。
どうにもーーこれは箒に乗っていた時にも感じた事なのだが、自分の中の何かがすり減っているように感じる。
おそらくプラーナーー体内の内気を燃料として起動していたモノクルは、私の身体から離れると紅い金属の僅かな発光を収束させた。
後輩君が心配そうに言う。
「使い過ぎは良くなさそうですね?なんか、、」
「ええ、そうね……血液を代償にして喚術陣を起動した時と、同程度には疲れるのだわ……?」
「あ、あれですか?
、、なんか、色々と身体の内側から抜かれてるような気がするんですよね」
実験の際に喚術陣を起動するべく血液を提供した彼なら、分かる感覚だろう。
後輩君は気遣わしげに言ってくる。
「少し休みましょう、リン先輩」
「そうね……疲れたのだわ」
彼の勧めに有り難く従った。
後輩君も木の根元に腰掛けようとしーー。
「うわッ、、!?何だこれ!?
、、ベトベトだ」
枝に引っ掛かった袖に何か付いたらしく、嫌そうな顔をした。
後輩君の袖に付着した何かは、何かの粘液なのだろうかーー?
「樹液……?それとも蜘蛛の巣かしら?」
「嫌だなぁ、、蜘蛛なんて一番苦手な虫ですよ!?」
付着した網目状に近いベトベトは既にその形を成していない。
後輩君はそれをゴシゴシと擦り取るように幹で拭き取っている。
「うわぁ、やっちゃったなぁ、、」
残念そうだ。
こう言っては何だが、彼の困り顔を見るのもーーと若干思ってしまう。
勿論、本当に困ってるのなら咄嗟に手を差し伸べてしまいそうな自分をつい先頃ーー自覚したばかりだが、生憎と後輩君の不運までは引き受けてあげられない。
どうにかベトベトを拭い取った彼もまた、少しだけ気疲れしたように座り込んだ。
「そろそろ戻りましょうか?リン先輩」
真上の枝と枝の合間から漏れる光が薄くなったのを見て、後輩君が言った。
暗くなって動きにくくなる前に戻った方が良いのだろう。
頷いた私は腰を上げると、後輩君の跡に続いた。
辺りは相変わらず鬱蒼としていて、視界が悪い。
あの学校屋上の喚術陣跡地ーー円形断崖から降りた時が、ちょうど真昼時だった。
だすると頭上の木々に遮られて見えない空模様は、もう既に夕刻だろうかーー?
まだ完全に暗くなってはいないから、急いだ方が良いだろう。
「ふア……にしても、眠いのだわ」
「そうですね、おれも少し、、」
中途半端に休息したせいか、却って眠気に襲われた。
思えば学校の屋上から転移したのは夜中だったからーーと、そこまで考えてそういえば此処が異世界なら、元居た世界とのタイムラグがあってもおかしくはない、と思い至った。
私達を見送ってくれたひよ子の顔を最後に見たのは夜中で、転移後ーーあの円形断崖の頂上は少なくとも、暗い時間帯では無かった。
〈ヒョコちゃんとのラブリーアツアツ通信記〉で、ひよ子は向こうで既に数日が経過したと触れていたが、その数日間ーー。
私達の世界間移動に伴い何日かズレが生じたとも考えられ、つい先頃は元居た世界との時間の流れが違うーーと早合点してしまったが、そうとも限らないのだ。
つまりこれは、ひよ子の日記で示された時間のズレが異世界へ来た事を示す端的な証拠になるのではーー?
とも一瞬思ったが、それを確かめるには親愛なる友人と、細かな遣り取りをしなくては判明しそうにない。
同じ元居た世界でも場所が変われば時間帯も変わるし、国家間でそれぞれ時差があるのは当然なのだーー。
とは何故か、眠気に誘われた思考が明後日の方角へ向かったのを感じた。
疲れた頭は普段よりも数段遅れ、思考力の低下を伝えている。
私は首を振り、前方の彼の方を見た。
後輩君は時々足元へ手を伸ばし、手頃な枯れ枝ーー出来るだけ乾いているものを拾っているから、後で焚き火でもするのだろう。
私も彼に倣い、足元に手を伸ばす。
「薪代わりね……?」
「ええはい、そうです
手荷物の中にも確か炭は入ってましたけど、出来れば節約しておきたいですからね?
あ、そっちよりも細い方が、、」
「……え?こっち?」
「はい、太いと中が湿っていて火が付きにくかったりしますから」
「ああ……なるほどね」
意外にサバイバル能力が高そうで、素直に感心した。
勢いで異世界へ来ようとしていた私にとっては、よく働いてくれる彼の存在は有り難い。
薪になりそうな枯れ枝を拾いつつ、私達は円形断崖の麓へと向かう。
それ程遠くへ来たわけでは無かったから、思いの外ーーすぐそこだった。
「テツヲとサリアちゃんは……まだ戻ってないみたいね」
「遠くへ行き過ぎて無いと良いんですけど、、」
そう言いつつ、後輩君は拾ってきた薪代わりの枝を並べ始める。
火起こしの準備を進める彼に倣って、私も何かするべきだろう。
やや立ち惚けていると、後輩君が言う。
「そういえば、返事は良いんですか?」
「え、返事……?何の?」
「ヒョコ先輩の日記」
言われて思い出した。
確か、出来るだけ早い返信求むーーと書かれていた筈だ。
「あ……そうだったわね
じゃ、悪いけどそっちは任せるのだわ!」
「はい、ヒョコ先輩によろしく伝えておいて下さい
こっちは楽しくやってます、って」
「そうね……何て返事しようかしら?」
荷袋からペンと〈ヒョコちゃんとのラブリーアツアツ通信記〉を取り出して考える。
後輩君はその横で何かに気付いたようにまた言う。
「あ、テーブルとかも必要ですよね
近くに人の住んでそうな場所があるか分かりませんし、仮の拠点築いた方が良いのかなぁ、、」
「そうね……確かに」
私は生返事をしつつ、ペンを走らせる。
愛すべき我が親友ーーひよ子はいつもおちゃらけているが、きっと心配してくれているだろう。
彼女の反応を思い浮かべながら、日記を綴った。
次話、>>14
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.14 )
- 日時: 2023/04/02 14:55
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第1幕、閑話その1ーー闇堕ちしたヒョコちゃんの後日談
世間は大騒ぎだった。
事件に一枚どころか二枚も三枚も関与していた私ーー悪の秘密結社の三下こと、ダークネスファイターのヒョコちゃんは口止めされてるんだけどね〜?
高校生四人が一夜にして行方不明ーー。
失踪した彼らと親しくしていた女子生徒のTさん(鳥居さん)として私の証言は幾度となく報道で繰り返された。
沈んだ面持ちでーー。
『心配ですね〜、、穴の中に落ちてるかもしれないし早く捜索して欲しいですね〜
はあ〜、みんな大丈夫かな〜、、』
モザイクで顔は隠されていながらも、レンズ越しでも分かる物憂げな美少女の溜め息に、夜の討論番組は紛糾した。
他国のミサイル攻撃が誤って墜落しただの、無計画な地下インフラの整備が悲劇を招いただの、果てはヨソの国の工作員が秘密裏に侵略を開始しただのとーー事態は予断を許さないみたいに報道されててね〜?
うへへ〜、なんかトンデモナイことになっとりますなーー!
さて、そんな渦中に一番近いところに居たと思われる私は、報道陣とのイタチごっこだった。
いや〜、参るよね〜?
公表出来る情報が少な過ぎて、記者の人達は既に5日経った後でもしつこく付き纏ってくる。
嫌だな〜ーー。
私、これから早くも受講を再開した学校に行くんですけど〜?
自宅を出てすぐのところで目を血走らせた記者さん達に囲まれ、掻き分けるのが大変だった。
何処から情報漏れたのかな〜ーー?
もしかして昔中学生の頃シメた他中生徒達がこぞって今頃になって〜ーーとかじゃないよね〜?
うへ〜、嫌だな〜。
今は闇堕ちすれども愛の戦士としての矜持は喪っていないヒョコちゃんとしては、世の中ラブ&ピースなんだけどね〜ーー?
フラッシュとか、興奮のあまり飛んでくる唾とか我慢してると、記者さん達を抜けたとこで高級そうなリムジンが止まった。
中の後部座席に乗ってる人が、窓からこっちに手招きしてくる。
怪しい人かな〜ーー?
「鳥居さーん!鳥居ひよ子さーん!こっちこっち!」
何処となくポンコツそうなお姉さんが呼んでるね〜?
手招きされた私はこの際だからしょうがないと思って、高級車に乗り込んだ。
なるほど〜、中はこうなってるんだね〜?
横付きのソファみたいな座席に座った私に、ポンコツお姉さんが話し掛けてくる。
「あっはっはっは、大変ですねー?
ボスから送り迎えするよう言われて飛んできたんですよー!」
「あの人ね〜、いや、、苦手だな〜」
基本、何事も義務とか責任とか規範に縛られたくないヒョコちゃんとしては、相容れないタイプの人なんですけどね〜。
黒服を着た彼女の言うボス、とゆーのはみんなを異世界へ送り出したあの日ーー。
いきなり朝から家の玄関を叩いてきたオジサンだった。
とうとうヤーさんに目付けられたーー!?
と思った私は、そこで大立ち回りを演じようとして、脆くも失敗した。
うへへ〜ーー。
テツヲ以外には負けない自信があったんだけど、世の中には居るんだね〜、強いのが!
突然自宅の玄関先で肘を極められた私は動くに動けず、耳元に生気を感じない声を聞いたんだっけーー。
『あー、うぉっほん……あー、そーだなー?
キミが特殊な……チカラというべきものかね?
……それを獲得し、乱用している事は我々……さる国家機密特務機関としても把握しているつもりだよ
……全てじゃないがね?
我々としても高校生5人を泳がせ、暫くは様子を見て然るべき時に接触を図るつもりだったのだがね……?事情が変わってしまったのはキミも理解している筈だ……。
……あー、どうだね?話を聞く気があるのなら、この手を離してやるのも吝かでは無いのだがね?
八波羅高校2年生、鳥居ひよ子君……!』
気持ち悪いったら無いよね〜、本当にもう。
見知らぬオジサンに個人情報を把握されてるこっちとしては、耳に息を吹き掛けられるのも嫌だったからーー仕方無く頷いた。
玄関の先には黒服が数人ーー。
それぞれこの目元の隈が深いオジサンと同程度の実力と仮定すれば、私に逃走するチャンスは回って来ないね〜、たぶんーー。
ヤキが回ったかな〜、と思いながら、解放された私は一方的な話を聞いた。
生気の無いオジサンこと、ボス曰くーー。
さる国家機密の、特務機関所属の研究員の卵として私を迎え入れる用意があるとのこと。
まあ〜、そこに漕ぎ付けるまでにこっちも舌の渇きそうな交渉に臨んだんだけどね〜?
そしてマスコミが、私が失踪した高校生4人と親しかった事を何処からか嗅ぎ付けてきたのが事件から2日目でーー今日は5日目だった。
表向きは落盤事故ーーと一旦は報道されたものの、すぐおかしいと一部の評論家達が指摘し、更には高解像度の衛星写真が決め手だったとゆー話だね〜。
綺麗にくり抜かれたような円形の断面は、いったい何処の天上王が下した裁きーー?
とか某掲示板で未だにレスが冷めやらないらしく、まさに現代のミステリーだった。
さしずめーー全ての秘密を知るヒョコちゃんから、情報が漏れ出るのを恐れた組織のお姉さんが言う。
「いやー、隠蔽工作班が上手く機能しなくてですねー?
初動が遅れた痛恨のミス
あそうそう、あたしも工作班の一員だったんですけどねー?
何故かこっちに回されたんですよー?あっはっはっは
ひよ子さんと歳近いからかなー?」
いや〜、私としてはたぶんその情報が漏れたのもポンコツお姉さんのせいだと邪推してるんですけどね〜?
こっちが適当に頷いてるだけでペラペラと喋る彼女は、秘密を共有するのに不向きな人間ですなーー。
「おー?噂の日記ですねー?
見せて下さい!」
つい最近は癖みたいに日記を確認してたら、油断した。
返信が来ていた事に安堵し、私の試みの一つである〈ヒョコちゃんとのラブリーアツアツ通信記〉が何処の馬の骨とも分からない女に強奪されてしまったのはーー痛恨のミスだ。
咄嗟に取り返そうと手を伸ばし、激昂する。
「何すんのかな〜っ!?
まだ私も読んでないヤツだからっ、ソレっ!?」
「えー、いーじゃないですかー?
おおー、こっちのページがひよ子さん
お友達からはヒョコちゃんって呼ばれてるんですかねー?
愛の戦士、さすらいのヒョコさん!
いーですねー!あたしもこーゆーの好きなんですよー!
きっとヒョコさんとの相性最高だと思うんですよねー!良かったなー!
仲良くなれそーで!」
「おいてめっ!?その手離さないとシバくぞ!?マジでてめ〜っ!?」
手を伸ばしたけど、僅差で届かない。
仕方無いーー。
このポンコツもとい、もうポン子でいいかな〜?
アッケラカンとさりげなく煽ってくる態度に、少しムカついた。
ポン子をとっちめる為に私も少し、本気出さなきゃね〜?
広い高級車内でヒョコちゃんの超絶奥儀、千手掌乱舞が加速するーー!
次々と繰り出される、破邪の手ーー。
道行く女子生徒の数々の豊かな膨らみを屠ってきた技だけど、この女ーー素早い!?
無駄な動きを制した体捌きが僅差で私の掌を触れさせず、薄い紙のように躱していくーー!
「おおー、やりますねー!さすがあたしの初めての後輩!
ボスに勧誘されただけありますねー!」
「何なのっ、、かな〜っ!?この女!
ムカつく、、!」
私の横へスルスルと足を伸ばしてきて、それを捕まえようとした。
フェイントなのは分かってたつもりだーー。
でも、そっちへ手を伸ばした逆側を突かれて前のめりになると、気付けば立ち位置が入れ替わっていた。
おかしいーー!?
ポンコツ女の癖して、まさか此処までやるとはね〜?
これはーーヒョコちゃん第二形態を解放するしか無さそうだった。
次話、>>15
- Re: 転移後即日死した後輩君を魔女先輩は甦らせたい!? ( No.15 )
- 日時: 2023/04/02 14:58
- 名前: htk (ID: OHC2KpRN)
1章〜〜第1幕、閑話その2ーー闇堕ちしたヒョコちゃんの後日談
「プラーナって知ってたりするのかな〜?もしかして〜?」
「報告書にありましたねー?
あたしら特務機関の更に暗部に位置する鬼道部にもそれらしき秘伝が伝わってますよー?
気、マナ、魔力、オーラ、エーテル
呼び名は様々なんですけどねー?
んんー?」
こちらの雰囲気が変わった事を察してか、ポンコツ女は表情を引き締めた。
プラーナーーとゆーのはそもそも、私の大親友たる真島リンだけの専売特許では無いんだよね〜?これがーー!
彼女程に習熟していなくても、ここ1年と半ばを実験に費やす過程で私も朧気ながら身に付けちゃったんだな〜、実は。
自身の内側に遍く満ちるプラーナーー。
それを丁寧に流す技法を、リンは通力循環と呼んでたんだよね〜。
うっへっへっへ〜ーー!
陰でコソコソと試行錯誤してた成果を見せる時ですな!
掌をニギニギとさせる構えの私ーー。
指先から頭の芯、身体の軸を通って足裏まで体温が上がるのを感じた。
これぞ、通力循環ーー!
私の気配の変化を察したポンコツ女が言う。
「本気、みたいですねー?
いーですよ!
先輩の沽券を維持する為にも、ここは受けて立ってやりましょー!
さー来い!」
理由が俗っぽい。
けれど彼女からもーーリン程では無いにしろ、プラーナが詰まってるような感覚を覚える。
この女、デキるーー!
私は初めて遠慮呵責無く力を試せる相手の登場に歓喜した。
「後悔しないで、、
、、よねっ!」
短い距離を詰める。
目を丸くするポンコツ女ーー。
彼女が引き手で握る日記が咄嗟に後ろに回されたのを無視し、狙いは足元だ。
超加速からの、スライディングーー!
走行距離が短過ぎて速さが足りなかったけど、意表を突くことには成功した。
私の爪先が引っ掛かりたたらを踏みそうになりながらも、身体を宙へ跳躍させるポンコツ女ーー。
背中を車内の天井に張り付け、両手足が大の字ーー。
驚異的な背筋力だけど、胴がガラ空きだ。
ニンマリと、私は笑みを浮かべる。
低い姿勢から片手を跳ね上げ、逆立ちでもするように爪先を伸ばす。
「っくー!?」
どうにか天井スレスレを蹴り出したポン子は、呻きを上げつつソファ座席に転がった。
そこへ追尾するのは、天井に着けられた私の片足だ。
狭い地の利を活かした作戦は狙い通りーー!
彼女を跨ぐように上乗りになった私は、勝利の笑みを浮かべる。
「さあ〜、返して欲しいな〜?
痛い目に遭いたくなければね〜?」
いつでも拳を振り下ろせるよう身構えた。
既に私の両足でがっつりホールドされてる彼女は、観念したように言う。
「んんー、分かりましたよー
容赦無いですねー?」
意外と聞き分けが良い。
冷や汗を浮かべながら、素直に日記を手渡してきた。
愛の大勝利だね〜!?いえ〜い!
何人たりとも私とリンの仲を裂けないのが証明されましたなーー!
日記を受け取った私は、彼女の上から退く。
このポンコツ女は通力循環中の私の動きにも付いてこれてはいたからーーたぶん、似たような事は出来てたんだね〜?何となくーー?
それでも私に勝利のゴングが鳴ったのは、彼女の片手が日記で常に塞がっていたこととーーあと、単純に実戦経験の差だ。
ポンコツ女も何かしらの武道らしい動きは見せてたんだけど、テツヲと一緒に各校で暴れ回った経験のある私相手ではね〜?
ご愁傷様ーー!
起き上がった彼女はとやかく言わず、素直に称賛してくる。
「強いですねー!ヒョコさん
いやー、先輩の威信が掛かってたんですけどねー?
参っちゃうなー、もー?」
「その呼び方禁止!
あと、これからは私の舎弟になって貰っちゃおうかな〜?うっへっへっへ!」
「嫌な笑い方ですねー?止して下さいよー!?」
うっへっへっへ〜?
勝者の特権を行使すべく手をニギニギとさせたんだけど〜ーー?
「君、あんまし肉付き良くないね〜?
守備範囲から外れますな!」
「ええー?ヒョコさん、もしかしてそっち系の人なんですかー?
ううー、大変な人の舎弟になってしまった」
己の身の不幸を嘆きでもするように言った。
ポン子は仕方無さそうに服を一枚一枚脱ぎ捨てているーー。
面白いから暫くそのままにしておこうね〜?
うっへっへ〜、こういうシーンを不意にしちゃう程ヒョコちゃんも空気読めない娘じゃないんだな〜、これが!
ポン子は放置放置ーー!
私は早速無事戻ってきた〈ヒョコちゃんとのラブリーアツアツ通信記〉をさっと捲る。
最初のページは以前私が書いた内容で、リンの返信はこうだった。
『ひよ子、元気してる?
真島リンこと、大魔女からの有り難いお言葉を賜るのだわ……!
でもその前に幾つか確認しとくべき事案が出来たみたいなの……。
この日記もその内の一つね……。
ところでそっちは今、私達が転移してから何日経ったのかしら……?』
ここまで読んで、私はピンときた。
なるほど、数ある可能性の一つとしてその問題については私も考えてたんだけど、問題はどの程度の齟齬があるのかだよね〜?
うう〜んーー?
あんまり誤差が無いと良いな〜?
想定してた懸念の一つを思い浮かべながらも、私は続きを読む。
『ところでそっちは今、私達が転移してから何日経ったのかしら……?
実はあなたの日記の最初のページを読んだのが、今朝だったのよね……。
私達が転移した後、そっちでは何日かゴタゴタしてたって書いてあったじゃない……?
でも、私がひよ子の文を読んでからこれを書くまで、たぶん半日も経ってないのだわ……?
まず、本当に此処が異世界なのかどうか確かめようって話になったのだけれども、思えば何かの勘違いでも無ければ時間の流れが違う事は確かなのよね、たぶん……?
だから、こっちは予定通り、異世界に転移出来たと考えても良いのかもしれないのだわ?
……それで案の定、当初の懸念通り、人里らしいものは近くに見当たらなそうなのよね?
何処も彼処も、森、森、森……森なのだわ!
最悪のケースは呼吸すら出来ない環境で即死だったのだけれども、砂漠とか氷山とか、火山活動の活発な火口付近とか……考えられる中では随分とマシな方ね!
食料になりそうな小動物とかは現状見当たらないけど、後輩君が木の実とか果物見付けてくれたのだわ……!
彼、意外と頼りになるのよ……!
あ、そうそう……。
この日記もそうなのだけれど、他にもモノクルとか確かめてみたのよね
何かのフラスコとか得体の知れないキャンドルとかはまだよく分からないのだけれども、そうそう……!箒よ!箒!
あれのお陰で、最初の転移地点から降りられたのだわ……!
さすが私の友人……いいえ、親友ね!助かったわ!
それであのモノクルも使ってみたのだけれども、何やらよく分からない数字が浮かんでくるのよね……。
たぶん、物体の持つ生命力……と今書いてて気が付いたのだけれど、浮かんでくる数値は存在が持つプラーナの保有量を表しているのではないのかしら?
我ながら、正解な気がするわ……。
ま、そんなこんなでこっちは順調よ!
〈ヒョコティティル製品〉……と呼ぶ事にするけれど、出来ればその目録を早急に詳しく伝えて欲しいわね
あ、後輩君が今火起こしてるわ……!
テツヲと沙梨亜ちゃんはまだ探索から戻って来ないけれど、あの極悪ヤンキーが居るなら万に一つも無いわよね……!
それじゃ、こっちも返信よろしく……!首を長くして待っているのだわ!
by 終期末の魔女リン』
大親友からの返信を読み終え、私はページを閉じた。
後ろから、胡乱な顔が覗いてくる。
「本当に異世界行けちゃうんですねー?
それでヒョコさん
あたし、いつまでこーしてるんですかー?」
ポンコツ女ならぬ痴女が何か言ってるけど、車内だからって半裸になる女とはお近付きになりたくないよね〜?
しっしっーー!
こっちを見ないで欲しいな〜?
私がぞんざいに手を動かすと、ポンコツ痴女は怒りを露わにする。
「ああー!酷いですよー!
ムキーですからねー!」
「瘦せぎすは好みじゃないですな!
しっしっ!ヒョコちゃんの美肌に触れるな!あっち行け〜!」
本日の第二ラウンドが始まった。
次話、>>16