ダーク・ファンタジー小説
- Re: No_signal ( No.12 )
- 日時: 2023/03/06 22:06
- 名前: 叶汰 (ID: 5R9KQYNH)
第10話「捨て駒」
「アポカリプス...?」
「ああ。全ての使徒の魂をあるべき場所へ還したとき、贄となる者の支配欲求が高まると発動される。全ての形ある生き物は魂が一体となり、神にもっとも近い新たな生命体となる。...ハル坊、お主の先祖の提唱したアポカリプスだ」
「俺の、先祖...」
「レオニオ・ヴァースタイン、わしの戦友と言ったところだ。...まあ、今話すことではないな」
ユーラムは苦笑し、資料を閉じた。
閉じたときの風圧で、髪が少しだけふわりとなり、甘い香りが鼻腔を刺した。
「今日はもう遅い。寝るとしよう」
5年ぶりの自室。5年ぶりのベッド。
部屋は意外にも埃を被っておらず、綺麗な状態だった。
(母さんが掃除してくれてたのか)
ここに来てもまだ、親を失った喪失感は拭いきれていなかったようだ。
ハルトは疲弊しきった体をベッドに飛び込ませ、スマホを眺めた。
その時、3回ノックの音が聴こえ、思わず体が飛び上がってしまう。
返事を待たずに、ドアは開いた。
「ハルト」
「せ、先輩」
寝間着姿のアイナが入ってきて、上体を起こす。
洗髪料の匂いとか、アイナ自身の匂いとかが混ざって、ハルトの思考を掻き回していく。
「どうしたんだよ、いきなり」
「なんでも。寝れなかったから来た」
「別にメッセ送りゃいいだろ...」
「直接話したかったの」
なんの躊躇いもなく、ベッドに座る。
「クリスたちは?」
「あっちもコルニアと一緒。いい感じ」
「へぇー...」
「訊いておいてその反応はないんじゃない?」
「言ってろ。あいつらがイチャイチャしすぎて付き合ってる疑惑まで出てんだ、巻き込まれてたまるかよ」
あのいちゃつき具合で付き合っていないなど、おかしな話だが、残念なことに彼らは付き合っていない。
「...ねえ、」
「なんだ」
「一緒に寝ない?」
「なんでさ」
「なんでも。...知らない場所で寝るの慣れてなくてさ、だから一緒に寝てほしい」
アイナは昔から知らない場所に行くのが怖かった。だけどそのことを、弱いと悟られたくなかったから気の強い人間を演じていた。本当はか弱い普通の人間なのだ。
ハルトはそれを知っていた。というかハルトしか知らない。
「...わーったよ。今日だけだからな」
「...あんがと」
小さく礼をすると、背中合わせの形で寝転がった。
ホワイトノイズさえ聴こえるぐらい夜は静かで、不思議な気持ちになった。
「ハルト」
「ん」
「こっち向いてよ」
ハルトはすでに眠く、思考が淀んで事の善し悪しもよく理解できなかった。だから躊躇なく向いた。
すると目の前にはアイナの整った顔があった。
ハルトは一瞬で目が覚め、顔が熱くなっていくのを実感した。
「な、なななな...」
「...私が寝るまで、私が安心するまで、抱き締めて」
その真っ直ぐな瞳に、震える艶やかな震える唇に、ハルトは先ほどまでの羞恥を忘れるほどアイナの孤独を解った。
怖い。ただそれだけだけど、独りが怖い。夜が怖い。色んな怖いのかけあわせだった。
「...」
ハルトは黙って抱き締めた。強く、離れないように。
柔らかな感触や、アイナの体温が直に伝わる。
「大丈夫だ、俺が傍に居てやるから。安心して寝とけ」
「あり、がとう...」
次第にアイナは意識を深い眠りへと落とし、静かに寝息を立てて寝た。
ハルトも意識が混濁とし始め、アイナが眠ったあとに寝た。
翌朝、ハルトは全てを忘れたかのように動揺した。
「やべえ俺なんで先輩と寝てんだ!?そしてなんで先輩を抱き締めて寝てたんだ!?手とか出してないよな...」
幸いにもアイナはまだ目を閉じているので抜け出せそうだ。
足をベッドの外に出そうと試みたが、足が絡まって抜け出せなくなっていた。
「...」
一周回って冷静になってしまう自分に対して恐怖すら抱いてしまう。
部屋のドアが開き、ハルトは諦めた。
「お兄さま!気持ちのよい朝ですわ、よ...」
サラの顔から笑みが消えていき、たちまち目に光が宿らなくなった。
しかし悟りを開いたハルトは冷静であった。
「んぅ...もう朝ぁ...?って、えぇぇぇぇぇぇ!!!???」
鳥のさえずりが聴こえる、8時5分の朝に一発パチンと乾いた音が鳴り響いた。
「...ハルト、その腫れどうしたんだ?」
「察しろ女たらし」
「今までで一番酷いな!?」
朝の食卓からこの騒がしさである。
とはいえ昨日の豪雨から一変、爽やかな晴れ模様で、気分もいい。
「ハル坊、朝食を食べ終わったあと、ちょっと来てもらえるか?」
「ん?ああ、いいけど」
ユーラムから呼び出されるとは、何かあるのだろうか。
返事をしつつ、コーヒーを体に流し込む。脳を強制的に起こされたような感じで、実に不愉快極まりない。これを好んで飲む大人たちの気が知れない。
「ユーラム、来たぞ」
「おうハル坊。待っとったぞ」
ユーラムにソファーに座るように促され、ユーラムの前の席に座る。
自分の家なのに、なんだか違う人の家のような気がして、不思議な感覚だ。
「お主の先祖について話そうかと思っての。レオニオ・ヴァースタインだ」
二度目のその名前に、同じ名字で知らない名前というのが、ハルトにとっておかしな感覚だった。
「レオニオはわしの後輩だった。しかしヴァースタインという名字のせいで、周りからは忌み嫌われ、やつは孤立しとった」
「ヴァースタイン家は嫌われてたのか」
「んぃや...まあ嫌われてたようなもんか。レオニオの父親がまあ生粋のクズでな、女を抱いては乗り換えの繰り返しだった。偶然避妊をせずに抱いた女が居ての。そこで生まれたのがレオニオじゃった。レオニオの父親はレオニオを殺そうとしたが、レオニオには不死鳥の灰という呪縛で半不死身じゃった。要は父親の性格とレオニオの呪縛で、周りから避けられていた」
聞いただけではかなりの波乱があったみたいだ。
窓から日光のカーテンが注がれる。
「レオニオの呪縛を見た父親は、幾度も死なないレオニオを殺そうとした。半不死身と言っても、痛覚はあるし、血だって流れる」
「なんで殺そうとしたんだ」
「さあな。それはレオニオから聞いた話にはなかったからの」
首を横に振りながら、ユーラムは答えた。
「レオニオは腐った自分の父親を見てディーヴァトリニティを立ち上げた。わしも誘われて加入してしまった。あやつは年下で、わしを先輩呼ばわりするもんだからな。あやつの方が地位は上だが、いつまでも敬語で話すので後輩と呼ぶようになった。そしてそれは周りから戦友と呼ばれるようになって、それでもあやつはわしを先輩と呼んだ」
ユーラムの瞳が微かに揺れた気がした。
寂しさなどが混ざった、悲しい揺らぎだ。
「...ユーラム、お前に寂しい思いなんてさせない。俺だって失ってきたものはたくさんあるから、だから一緒に戦おう」
「...全く、どこかのアホと似たな。お主は立派な男になりそうじゃ」