ダーク・ファンタジー小説

Re: No_signal ( No.4 )
日時: 2023/02/25 22:42
名前: 叶汰 (ID: 5R9KQYNH)

第2話「賢者の刺客」


「被害報告を」
「はい。セントラル学園学生寮南棟半壊、学園校舎技能棟全壊です」
昨晩の一件で、建物に甚大な被害があった。奇跡的とも呼べる死傷者0に関しては、政府も安堵している。
しかし、ハルトが突如倒れて未だに目を覚ます兆候も見られなかった。
「...」
「ハルトくん...」
「...きっと大丈夫ですって!あいつなら戻ってくる!」
クリスだって本当はとても不安だ。
もしも親友が居なくなったら。大切な仲間が死んでしまったら。
クリスのこの台詞だって、自分を落ち着かせるための自己暗示に過ぎない。
「...ん」
「っ!ハルトくん!」
絞り出したような声と、コルニアの手を握り返す白く透き通った手の冷たい感触。
ハルトはゆっくりと目を開ける。
「よかった...!」
クリスとアイナは安堵の表情を浮かべ、一段落ついた。
「ここ、は...」
「病院だよ。ハルトくん、昨日の夜避難したあと急に血を流して倒れたの」
「...何も思い出せない」
ハルトは昨晩の記憶が一切思い出せなかった。断片的な記憶すらも思い出せず、少し悲しそうな表情を浮かべた。
「お医者さんが言うには昨日のグーパン以外は何の問題もないから、退院して帰っていいってよ」
「グーパンに関しては先輩のせいでしょ。いやー、痛かったなー」
「あんた、ほんっと性格悪いわね。私のくそ親父と同レベルよ...」
ハルトにとってアイナの父親の性格の悪さがどのくらいなのかよく分からないが、実の父親を嫌うアイナのことだ。きっとそのぐらいだろう。

「改修工事?」
「そうです。あなたたちには悪いけど、別の場所でしばらく暮らしてもらうから」
「それはいいんですけど、どこに住むんです?」
コルニアの質問に何も言わずに、指を指した。
指す方向には、コテージのような建物があった。
「...もしかして、あれ?」
「そうです」
「マジか...」
「文句があるのなら、ハルトさんは野宿でもいいですよ?」
「遠慮しときます...」
ハルトも野宿するほどバカではないので、コテージ風の建物に住むことにした。
中に入ると、木の香りが鼻腔を突き抜け心地のいい空気が肺に循環する。
「結構広いねー」
「学園側に申請したらここに住めるようになるのかしら」
「先輩はすぐ備品とか壊すから無理でしょ」
「...また病院送りにされたいのかしら?」
「すんません」
アイナに余計なことを言うのはよそうと、ハルトは心に誓った。
住み心地が良さそうなのは事実。ここに住めるのなら鉄筋コンクリート造の寮よりも断然こっちの方がいい。というかぜひ住まわせてほしい。卒業してからも住まわせてほしい。

夜は昨日の出来事があったためか、とても静かに感じた。
水の流れる音しかせず逆に寝れなくなってしまったハルトは、スマホのディスプレイを見る。
少し眩しくて目を細めた。
「...走ってくるか」
消灯時間を過ぎているため、本来は寮から出てはいけないのだが、バレなければ校則違反ではないという訳の分からない理屈で外へと出た。
外は少しひんやりしていて、上着越しからでも伝わる冷気が心地よかった。
「...?誰か居る?」
誰かが木の下に立っていたが、同業者だと思い、素通りしようとした。
「...ハルト・ヴァースタイン」
「!?なぜ俺の名前を」
「お前を、排除する」
しゃがれた低い声で、トレンチコートを着た人物は短刀を取り出し襲いかかってきた。
ハルトはすぐに反応し、物質操作術式"コントロール・タイプロック"を使用し、地層を地上に出させ防御した。
「流石の反応速度、ヴァースタイン家の一族だ」
「そりゃ一応武家の一族なんでな。でも、俺は正直戦いたくない。なぜならこの現場、見つかってしまったら消灯時間とっくに過ぎてるのに寮から出たこと、そして術式の使用。バレたら一瞬で俺の進級の可能性が落ちる」
トレンチコートの男は驚いたような素振りを見せ、短刀をしまった。
「...呆れた。ヴァースタイン家の一族は、そんなことを気にしているのか」
「分かったなら、とっとと行け」
男はその場から立ち去り、霧の中に姿を消した。
「...かはっ」
胸を押さえ、膝から崩れその場にうずくまった。
「無理しすぎたな...げほっ!」
ハルトは不完全な術式操作なので、2級術式を使ったらそれこそ身体への負担は大きい。
赤く粘性を帯びた鉄錆び味の液体を口から吐き出す。口の中が最高に気持ち悪い。
治癒術式を使用し、なんとか回復したが、未だ口の中の生臭さと気持ち悪さは脳が覚えてしまっている。

「ヴァースタイン家の壊滅計画、着々と進んでいるようだが」
「ええ、現在ハルト・ヴァースタインの血縁関係を持っている生存者は妹のサラ・ヴァースタインと兄のニトラス・ヴァースタインのみです」
白髪の男はコーヒーを一口飲む。
「王家ヴァースタイン家はなんとしてでも潰す。でなければ、600年前の君主が復活し最悪の国家の結末を辿ることになってしまう」
ルーマン・オルタナティブ、消えたはずの伝説上の天使のと力を使用できる血筋の一つ。その当主。