ダーク・ファンタジー小説

Re: No_signal ( No.7 )
日時: 2023/03/01 17:32
名前: 叶汰 (ID: 5R9KQYNH)

第5話「黎明」


「は!?サラが来る!?」
教室で大声をあげ、ハルトは注目の的となった。
サラとは、ハルトの妹であるサラ・ヴァースタインのことだ。
「な、なんであいつが」
『なんかあっちの方で色々あったらしくて、』
「それで俺らのところかよ...勘弁してくれ...」
どうやらハルトの実家で問題が起こったようだ。
実家にはもう5年も帰っていない、というか帰れない。
家を出ていくときに父親と喧嘩をしてしまい、そこから気まずくなって帰れていないのが理由だ。

「はぁ...憂鬱だ...」
「どうしたのよ、そんな暗い顔して」
「...サラが来る」
「あー...まあ、なんというかご愁傷さま」
アイナは知っている。彼の妹が、サラがどんな人物か。
ハルトが憂鬱である理由が____
「お兄さまぁぁぁぁぁ!!会いたかったですわぁぁぁぁ!!!」
「うわぁぁぁぁ!!!飛び付いてくるんじゃねぇぇぇぇ!!」
____サラは重度のシスコンなのである。
毎回会うたびにこのように抱きつかれる。
「お兄さまお兄さまお兄さま♪」
「やめろぉぉぉ...!」
「相変わらず仲いいわね...」
「うるせえ!!見てねえで早く剥がしてくれ先輩!!」
アイナはその場から静かに消えていった。
「おい!待て!い、いやぁぁぁぁぁ!!!」

「うぅ...ぐすっ...」
「まあ、そのさ...ハルトくんいい加減泣き止んで...」
「俺の貞操が...貞操がぁ...」
「未遂だったんだからいいだろハルト。みっともないぞ」
「ズズズズ!!みっともなくていいよ!俺の初めてを奪われかけて、好きな女性に捧げる初めてを...うぅ...実の妹に奪われそうになったんだぞ!!」
何があったかは説明するまでもないだろう。
大号泣する兄を尻目に、妹はここに来た理由を説明し出した。
「今日急に押し掛けてしまって申し訳ございません。実は、両親が____」
____何者かによって殺害されました。
急な発言に、一同は凍り付いた。
「こ、殺されたって...」
「...そうか」
ハルトとサラは冷静だった。
というか冷静にならなければいけなかった。
「そうかって...ハルトくんたちのお父さんとお母さんが殺されちゃったんだよ!?」
「コルニア、彼らだって相当辛いけど、仕方のないことなんだ」
「クリスさんは知っていると思いますが、わたくしたちはヴァースタイン家の掟に沿って生きておりますわ。その中に、親族が死んでも感情を出してはいけないという掟がありますの」
ヴァースタイン家は武家の家系なので、親族が死んでも泣いてはいけないなどの決まりがある。
そもそもヴァースタイン家は一時期殺し屋の有名な家系だったため、狙われる立場でもあった。そのため、親族が死んでも悲しんでいる暇はないという、当時の考え方が掟として残っている。
「じゃあ、これからどうするの?」
「敵討ちをしたいところですが、恐らく今の私では歯が立ちません。そこで協力してほしいんですの」
「...サラ」
「分かっていますわ、この方々を巻き込んではいけないことぐらい。でも私たちの力では奴らに復讐はおろか、見つけることすら不可能なんですわ」
ヴァースタイン家の持つ情報網では確かに特定することはできない。だが、クリスたちを巻き込むなど、絶対にあり得ない行為だ。
お願いしますと、サラはクリスたちに頭を下げる。
「...分かった、可愛い後輩の妹ちゃんのためだもの。一肌脱ぎますか」
「私も!困ってるときはお互い様でしょ?」
「僕もやらなきゃね。ハルトよりはかっこよくないけど、少しだけかっこいいところを見せなきゃ」
「みなさん...!ありがとう、ございます...」
サラは深々と頭を下げる。
ハルトはそれでも素直になりきれない。仲間の手を借りるなど、かっこ悪いと思ってきたからだ。
それが自分で、サラは自分より先に大人になってしまったようだった。

コンコンコンと3回ノックが聞こえた。
「お兄さま、」
「...」
返事はない。
サラはドアを開ける。
「っ!」
そこには目の周りが赤くなった兄の姿が。
泣いていたのだ。一人で隠れて、泣いていたのだ。
「...あぁ、サラか。もう寝る時間だから早く寝ろよ?」
「...お兄さまのバカ」
「え?」
サラはハルトの肩を抱いた。
そして頭を撫でた。
ふわふわで柔らかい感触と、確かな温もりを感じた。
「...なんで、なんで、言ってくれなかったのですか」
「...」
「一人で抱え込まないでよ、私だって居るんだから。泣きたいときは一人で泣かないでよ。そんなの苦しくなるだけじゃん」
分かっていた。自分が一番分かっていた。
だから一人を選んだ。自分を置いてどんどん周りが大人になっていくから。
だから興味のないフリをした。子供の自分を隠したかったから。
だから素直になれなかった。助けを求めることは恥だと思ったから。
だから、だから。
気づけば頬を一筋の涙が伝っていた。
「掟なんてどうだっていい。泣いたっていいじゃん。私が傍に居るから」
「っ...」
妹の胸で泣いた、情けない兄。
そう思っているのは自分だけで。

「すぅ、すぅ...」
気がつけばハルトは深い眠りに落ちていった。
「ここまでよく頑張ったね、お兄ちゃん」
いつもの口調が外れてしまうが、今は二人きりなので関係ない。
妹は知っていた。兄がなぜこんなにも一人で終わらせようとしたか。
強くなって、認めてもらいたいから。
「もう十分じゅうぶんお兄ちゃんは強いよ」
いつもより星が美しく見えた。