ダーク・ファンタジー小説

第六話(その2) ( No.20 )
日時: 2023/07/25 12:38
名前: 味海 (ID: qWWiRdBA)





「賭けをしないか?」
今にもあふれ出そうなほどの涙を拭いて彼はそういった。
一体何を考えているのだろうか、もうこいつにとって僕は敵のはずなのに一体何が目的なんだ。
「……賭けって何だ?」
「俺の代わりにこいつを助けてやってくれ」
彼はそう毅然きぜんとした態度で言うが、どこか悔しさ、覚悟が垣間かいま見える。
彼の中では何かが決まっている、僕は瞬時にそれを理解するが、同時にその覚悟がどういうものなのか知りたくなった。
「どういうことだ」
「俺は、殺人、裏切り、テロ、のような非人道的行為を数えられないほど行ってきた、でも俺は気づいてしまったんだ今までやってきたことは俺の家族の弔いにはならないって、俺は今までノブレスへの復讐心だけで生きていた、だからここで俺がお前を殺せばノブレスへの復讐は完遂する、でも俺はもうそんなことはしたくないんだ」
彼はまた泣いていた、大粒の涙が地面を湿らせるほどに。
「毎日苦痛だった、ノブレスの復讐という自分の我儘わがままのためにサリーもマルクドもそしてお前の母と父も、皆殺して生き続けていることが」
その瞬間彼のこめかみを何かが貫き、血が噴き出る。
しかし彼はそれを全く気にせず話し続けた。
「だから、彼を俺と同じような非人道的なことを犯させないようにしてくれ、それをしてくれるのなら俺はこれを海に落とす」
彼の顔を見ると僕はすぐに頷くことができなかった、顔は血で染まり、床もさっきまでの涙が上書きされるほど赤黒くなり、そんな状況の彼を助けるべきではないかと一瞬迷ってしまったのだ。
「……沈黙はそういうことだな、じゃあよろしく、体に気をつけてな」
彼は遺言のようなことを言うと爆弾の方へ向き直る、その瞬間またもやこめかみ辺りを何かが通り過ぎ血がさらに吹き出る。
「……アルハマス」
何かを呟いた彼は、それを最後に消えたのだった。
男の子を置いて。

彼が行ってすぐとてつもない喪失感が僕を襲い、無意識にうずくまってしまった。
「ルソア……」
行ってしまった彼の名だ。
喪失感に浸っている場合ではない、そう気づいたのは腕を鉛の玉が通過してからだった。
右腕に熱い液体が零れ落ちていくようだった、不思議と痛みはなくただただ熱い。
そう考えていると今度は耳を玉がかすめていった。
すぐさま男の子を左手でつかむと僕はその場を後にするのだった。




その場所から約一キロほど離れた崖の上に誰かがいるようだ。
「チッ!三等ごときが裏切りやがって」
男は舌打ちをしながらそう呟く。
右手にはスナイパーライフル、左手にはおそらくライフルの玉を握り締め怒りでわなわなと震える。
「まぁまぁ、落ち着きなさい、たかが三等ですよねぇ?いなくても変わらないですよぉ」
どこからか見覚えのある出っ歯が現れ、その男の肩に手を置く。
男は嫌そうに手を振り払うと、出っ歯にまくしたてる。
「そんなことはどうでもいい、最後に組織の名前を言ったことの方が問題だ、お前の実験としてあいつを入れていたのは理解できるが、その結果があれだろ?もしビットが攻めて来たらどう責任を取るんだ」
出っ歯は少しも悩む様子を見せることもなくこう答えた。
「別にあの兎程度だったら三等で十分ですよ?」
底なしの狂気、それを感じるのはこの男だけではない。
動物、人間、そして植物でさえ、その男の異常性を感じているのだ。
「はッ!やめだやめだ!かなわねぇよボス!」
思わず目を背ける男とそれを笑顔で見続ける出っ歯。
「ところで、新しい実験をしたいんですが―――――――――――――」
男は眉間にしわを寄せつつ話を聞き、無意識にライフルを構えた。
「あの男の子を捕まえて来てくれない?」
「……わかった、生け捕りだよな?」
「もちろん」




――――――――――――――――――――
「はぁっはぁっ……」
私は走っていた。
ビットさんのもとへ、彼のもとへ。
現在、私がいるのはとあるトレイトの村の病院だ。
どうやら彼とビットさんはケガしているらしい。
そして私は彼の病室の前に着くとドアを開けようとした。
その時、
「ありがとうございました、ビットさん」
「……何をする気だ!」
部屋からは話し声が聞こえてきた。
「何って、見てわからないんですか?」
「何で外に行こうとしている!安静にするんだ!」
「嫌です、僕はもうあなたたちに迷惑をかけたくありません、現に僕の前には何回もノブレスの人たちが現れています」
「これは僕の我儘わがままなんかじゃありません次殺されるのはビットさんかもしれない、キヤかもしれない、ほかの人に危害が加わるかもしれない、それなのに僕が弱いままで守られてばっかなのは嫌です、少なくとも山籠もりか何かをして修行をした方が僕にとっても皆にとってもいいはずです」
「意味が分からない、ダメだ!まだ君はケガをしている、体中に穴が開いていて今にも血があふれ出そうな状態なんだぞ!」
言い争っているようだ、そんな中病室に入っていくほどの度胸が私にはなかった。
悔しかった、彼は私やほかの人、強いてはビットさんの事を考え、苦しい思いをしているのに私には支えることができない、それが何よりも一番苦痛だった。
二人の役に立ちたい、そう言って私は二人に無理やりついてきたのに何もできない。
「それで言い訳ねぇだろ、クソが……」
思わず言葉を吐き、私の中を劣等感と悲しみが駆け回りそして、
一つの覚悟へと
昇華するのだった。







第六話(その2) みんなの覚悟