ダーク・ファンタジー小説
- Re: 私が聞いたようで見ていない、ちょっぴり怖い話(怪談集) ( No.104 )
- 日時: 2013/02/09 17:38
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)
第23回「延命」
Tはその抜群の容姿と明るい性格で、クラスの誰からも好かれていた。俺も授業中にTの横顔を眺めては、胸をときめかせていた。
小学校六年生にして、初恋だった。
女子と付き合うなんて、普通ならまだ早いと思う年頃だ。
俺は今ならTの最初の恋人になれると思い、勇気を出してラブレターを書いた。
そうしてある朝、Tの下駄箱へ入れた。
しかしラブレターは他の者の目に止まり、クラス全員の前で読み上げられてしまった。
ガキっぽい男子どもがラブレターの文面を叫び、ヒューヒューとはやし立てる。
ところがTは、その告白を受け入れたのだ。
幼稚な連中がからかうのにも、平気な顔して、みんなの見ている前で俺と腕を組み、「わたしたち、今日からカップルでーす」と宣言して見せた。
周囲の、からかいの視線が、やがて羨望に変わった。俺はうれしかった。
バレンタインの日。俺はTと二人でベンチに座っていた。
Tはピンク色のカーディガンに緑系のスカートという服装だった。
周りには誰も人がおらず、風景はぼんやりしていた。
「初めてだからうまくできなくて……お母さんにほとんどやってもらっちゃったけど、はい! チョコレート!」
この時を待っていた。この瞬間を待っていた。Tが俺のためにチョコを作ってくれて、俺はTの笑顔を独り占めして。チョコの味は分からなかったが、幸せだった。
このままずっと幸せが続いて欲しい。
そう思って横を見ると、Tは笑っていなかった。そして、大人びた声でこう言った。
「もう、あなたったらこのシチュエーション好きだよね。毎日毎日……わたしに何回おんなじことさせるの?」
Tは自分の服をまじまじと見つめながら、
「この服も、懐かしいなって最初は思ったけど、飽きちゃった。毎回おんなじでさ。
ねえ、思い出したんだよ。この服ってさ、六年生の遠足の時にわたしが着てたやつだ。みんなで記念写真、撮ったもんね」
「ああ。きっと俺の中では、お前っていったらその服のイメージなんだろうな」
手に持っていたチョコの包みは消え、俺の身体は大人に戻っていた。
「うん。その写真のあなた、わたしの隣に立って映ってた。まあ、ただの偶然だけどね」
「偶然って……」
「そうだよ。だってわたしとあなた、べつに付き合ってたわけじゃないじゃん。それなのに、なんでわたしがあなたの告白を受け入れたことになってるの? みんなの前でラブレターを読み上げられて、わたし、はっきり断わったよね。ごめんねって」
「嫌だ……。そんなこと言わないでくれ」
「まあ、思い出してみると懐かしいけどさ……小学校時代。でも今のわたし、結婚して子供もいるんだよ」
「やめてくれ!」
俺は顔を伏せて、耳をふさいだ。
頭を左右に激しくふりながら、空間に向かって怒りをぶちまけた。
「せめて夢の中では俺の思う通りになってくれよ、頼むからさ。
俺もう、現実に帰りたくないよ。生きるのが辛くて仕方ないんだよ。何がしたいかって聞かれれば、まずは自分の力で起き上がって、ひとりでトイレに行きたいよ。
それとこの背中の痛みから解放されたい……もう何年もずっと横になってるから、血のめぐりが悪くて腐っちまってるんだろう。激痛だ。もう起きてから寝るまで激痛だよ。でも俺は身体も動かなければ、喋ることもできないんだ。『痛い!』ってうったえることもできないんだよ!
あいつらと来たら、俺が口から物を食うことができないからって、勝手に腹の下に管を差し込んで、腸に直接栄養を送りやがる。こっちが死にたくても死なせてくれないんだ。これが人間のすることか? あと何年、苦痛に耐えればいい? 俺の若さでいうと、まだ三十年は生きるのか? 世間は安楽死ってものを許してくれないし、身体が動かなけりゃ自殺だってできない。俺は一体いつになったら楽になれるんだ!」
地面にポタポタ冷汗がたれていた。
顔を上げると、もう誰もいない。Tはいなかった。
「ああ、事故を起こしたあの日に帰りたい……健康だったあの日に……」
まぶしい光が見えてきた。朝がやって来たのだ。また今日が始まる。背中の激痛とともに。
「嫌だ嫌だ嫌だ。覚めないで。お願いだから、夢から覚めないで……」
真っ白な天井が見えた。静かな部屋に、時計の針が音を立てていた。