ダーク・ファンタジー小説
- Re: 私が聞いたようで見ていない、ちょっぴり怖い話(怪談集) ( No.107 )
- 日時: 2013/02/18 19:05
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)
第24回「幸せの館」
その遊園地に新しくできたアトラクション「幸せの館」の宣伝文句はこうだ。
【あなたの本当に好きな異性と来てください。すばらしいものをお見せします。幸せなカップルを作るために——】
どんなものを見せてくれるのか。
「幸せの館」はAの通う学校でも話題になり、日曜日になると、カップルたちが、その遊園地へ行った。
ところが、月曜日に、「幸せの館」はどうだったかと聞くと、誰もが嫌な顔をして、こう言う。
「見なかったことにしたい」「行かない方がいい」「人が嫌いになりそう」「もう前と同じようには、彼のことが見られない」——。
幸せなカップルを作るどころではない。例の館へ行ったがために、別れてしまうカップルが続出した。
「あんなにラヴラヴだったNちゃんまで、『幸せの館』へ行ってから、彼氏への愛情が冷めてきたって言うのよ? これはただごとじゃないって思わない?」
ランチの時間に、TがAに行った。二人は小学校からの同級生で、中学生の時から、もう三年近くも付き合っている。
だがそれは、本当に異性として好きで付き合っているのか、自分たちもよく分からなかった。
彼女のTは、Aが他の女子と付き合うのを見たくなかった。彼氏のAは、Tが他の男に抱かれるのが我慢ならなかった。
それなら、二人が付き合ってしまえばいい。そうすれば他のひとに取られることはない……とは思ったものの、カップルになったからといって、小学生の頃から仲のいい自分たちが一線を越えるのはためらった。
今の関係が崩れる気がして……。
「ねえ、わたしたちで『幸せの館』へ行ってみない?」
Tは、冗談ではなく、真剣な目をして言った。
Aは、なんでわざわざ、カップルがすぐに別れてしまうのに、そこへ行くのかと聞いた。
「うん……実はさ、わたしたち、もう中学生の頃から付き合ってるのに、今でもずっと子供のままじゃん。周りの子たちは、彼氏を作って、いろんなことやってるよ。大人がするようなことを……。
うん。きっと、あなただって男なんだから、したいと思うの。でも本当の本当にわたしでいいのか悩んでるんでしょ? わたしがダメなら、きっぱり別れて、新しい恋をして欲しいんだよ」
Tがこういう悩みを持っていたことは、Aも気づいていた。
このまま、子供みたいな付き合いを続けていては、お互いに損なんじゃないか。お互いをしばっているんじゃないか。
「だからさ、二人でそこへ行って、今の関係を解消してもいいんじゃないかな……。うん。だからさ、最後に、遊園地でデートしよ?」
Tはおぼつかない口調で、そう言った。無理をしているようにも見えたが、自分を思って言ってくれているんだ。
二人は日曜日に、その遊園地へ行くことにした。
二人は遊園地で最後のデートを楽しんだ。「幸せの館」のことは、あえて口には出さず、夕方まで遊んだ。
そして夜になると、いよいよ「幸せの館」の前へやってきた。
不吉な噂は既に広まっているのに、それでも、相手を嫌いになるわけがないという自信があるのか、入口の前はカップルたちで行列になっていた。
もうすぐ二人の順番が来るという時に、さっきまで身体を寄せ合っていたカップルが、肩を落として館から出てきた。
彼氏が彼女を置いて、先を歩いていく。彼女が「ちょっと、待ってよ!」と声をかけると、彼は振り向きはするが、なぜか彼女からは目をそらしていた。「なんで目をそらすの? 私をちゃんと見てよ!」と言っているみたいだった。
Tは怖くなったのか、Aの手をぎゅっとつかんだ。Aは、やっぱりやめとくかと聞く。
「いいの。最後まで、わたしを心配しないで……。この館を出てからはもう、わたしを大切にしないでいいんだよ」
順番がまわってくると、TはAの手を強く引いて、中へ入った。
中は、せまくて蒸し暑い個室で、足下や天井は真っ暗だった。なぜか二人の姿だけが、蛍光塗料でも塗ったみたいに光っている。
「ちょっ……なにこれ」
Aは、Tの姿を見ておどろいた。
Tの顔面の皮膚が溶けて垂れ下がっていた。さけた口からは歯ぐきが全部見えている。
身体は服を着ていたはずなのに、裸になっている。でも人体模型のように、内臓が透けて見えていた。心臓かと思われるぞうぶつが脈動し、生きている人間のものだと分かる。
おへその下あたりは、ぐねぐねした腸が飛び出していて、とても見る気になれない。脇腹からは、真っ赤な、電気コードの束みたいなものが伸びていた。
「どういうことなのこれ」
その生きている肉のかたまりが喋った。Tの声だ。
どうやら、Tからすれば、Aも同じように見えているらしい。
Aは自分の腕や脚を見てみるが、なんの変化もない。服だって着ている。でもTからは裸のゾンビに見えているらしい。股は手で隠した。
「うっそ……やだやだ! 死ぬほど恥ずかしいって!」
Tも慌てて胸と股を隠す。でも見た目は完全に、腐乱死体だ。
「見ちゃダメ! まだだって! まだ見せる勇気ないから!」
二人は急いで外へ出た。冷汗をかいた顔に、外の風が気持ちよかった。
Tの顔を見ると、いつもの、見慣れた彼女の顔だった。もちろん服も着ている。
あまりの驚きに、少しの間、声も出なかったが、Aが笑い出すと、二人は腹がよじれるほど笑ってしまった。
【幸せなカップルを作るために——】っていう、館の宣伝文句は、嘘じゃなかったかもしれない。
Aは、あの気味の悪い部屋の中で、Tがとっさに言った言葉が、うれしくてたまらなかった。