ダーク・ファンタジー小説

Re: 私が聞いたようで見ていない、ちょっぴり怖い話(怪談集) ( No.116 )
日時: 2013/03/10 11:20
名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)

   第27回「家飲みにて」

コンビニの帰り道、Aは自転車を引きながら、片想いのTと二人で星空を見上げて歩いた。酒に酔った顔に風が気持ちいい。

きれいな星空だ。楽しい夜だ。
いっそこの勢いで、Tに告白してしまおうか。
いや、酒の力なんか借りちゃダメだ。明日、酔いが醒めたら、Tに告白しよう。Aはそう決めた。

「自転車、二人で乗って帰ろうか。ここからなら、誰にも見つからないよ」

「うん。そうだね。みんなが家で待ってるもんね」

AとTは飲み会の買出しに来ていた。
同じ大学の男女が、大きな家に住む友達の家に集まって飲んでいたのだ。

自転車でも飲酒運転はいけないのだが、人通りもないし、AはTを後ろに乗せて、自転車をこぎ出した。

と、視界のすぐ横を、赤いネオンの点滅が横切った。

「うそだろ。こんなところにパトカーが?」

Aは焦った。
しかしそれはパトカーではなく、救急車だった。住宅地なので遠慮してか、サイレンは鳴っていない。

「やっぱ、歩いて帰ろっか。すぐそこだし」


友人の家に戻って、みんなが集まる部屋へ行くと、中は暗くなっていた。
テーブルの上に置かれた電気スタンドが、うっすらと仲間たちの顔を照らしている。

「深夜も二時をまわりました。これよりわたくしが、怪談話をしようと思います」

言い出したのは怪談好きの友人だった。彼は仲間が集まると、いつも自分から怪談を語りたがる。

部屋の真中でその男が語りを始めた。
友人のひとりが「食べ物買ってきたろ? 俺レンジで温めてくるよ」と言って部屋を出ていく。

部屋の奥では、いくら飲んでも酔わない先輩(女)の足下に、ビールの空き缶が転がっていた。そのとなりには、公認の彼氏。

良い具合に座る場所がなかったので、AはTのすぐとなりに座ることができた。

怪談の苦手なAは、なるべく聞かないようにし、べつのことばかり考えた。
それは向こうにいる先輩たちのように、自分もTと公認のカップルだったらいいのに、という妄想だった。
となりに座るTとの距離が、もっとうめられたらいいのに……。

「怖いね、A君」

すぐ横のTが、こっそり耳打ちしてくる。Tの吐息が耳に当たって、胸の奥がうずいた。

しかしAは話を全然聞いていなかった。
怪談に耳を傾けてみると、それはもうオチの部分に近づいていたらしく、語り手が「そこに映っていたのは、こっちをジーっとにらみつける、女の幽霊だったそうですよ」と言って、わざとっぽく怖い顔をしてこっちを見た。

瞬間、部屋が真っ暗になった。
Tが「キャー」と悲鳴をあげる。

Aの片腕に、柔らかいものが触れた。ふくよかな感触とともに伝わる、優しい体温。それから、憧れの匂い。シャンプーの香り。


「おい、よせよ。こんな演出」

真っ暗な中、先輩(男)が笑いながら言った。

「いえ、俺じゃないですよ。これって、リアル停電じゃないですか」

怪談の話者は冷静だ。そしてそれは本当だった。間もなく部屋の電気はもとに戻った。
Tは慌ててAから離れ、何事もなかったかのように、肩をすくめ、手を膝の上に置いて正座している。それがかえってわざとっぽい。

どうやら、友人が電子レンジを使っている間に、もう一人の友人、つまりこの家の主が、ちょうど風呂からあがってドライヤーを使っていたのが停電の原因らしい。

「あーあ、酒こぼしちゃって。何か拭くものないか」

部屋に蛍光灯のあかりがつき、怪談は終了した。
先輩が床をタオルでごしごし拭いているうちに、他のみんなは空き缶や空きビンを片付ける。

「いやー、Tちゃんって意外と怖がりなんだね」

友人のまた一人が言った。
この男はNといって、さっきも、AとTのすぐそばで怪談を聞いていた。
Aは、Nが内心ではTに気があるんじゃないかと思ってライバル視していた。Tの怖がりを知って、Nは幸せそうな顔をしている。

眠くなった順から、それぞれ割り当てられた部屋に行って寝た。この家は部屋数が多いから、男女が一緒に寝るなんてことはなかった。


翌朝、Aは洗面台で歯をみがいていた。飲み過ぎたせいで眠りが浅く、早起きしてしまった。軽い二日酔いだ。

「おはよ」

先輩(女)が洗面所に入ってきて、Aと並んで歯みがきを始める。

「なあ、A君」

沈黙をやぶるように、先輩が話しかけてきた。

「女っていってもね、キャーなんて悲鳴は、普通あげないと思うんだよ。あたしだったら『うぉ』って低い声が出るだけさ。反射的にね。女がキャーって言うのは、すぐそばに、意中の男がいる時だね。どう思う?」

そう言われて、Aは「はあ」と生返事をしただけだった。

「分からないかなぁA君。昨晩の、Tの反応のことを言ってるんだよ。あれは君に向けられたものと、Nに向けられたものの、どっちだろうね。ちなみに、Tはぜんっぜん怖がりなんかじゃないよ」

先輩はニッコリ微笑むと、洗面所を去っていった。

鈍いAもやっと分かった。

先輩が言っているのは、怪談の途中で停電した、あの時のことだ。Tはとっさに悲鳴をあげたが、言われてみれば、ちょっと演技がかっていたと思えなくもない。

洗面台の鏡に、Aのにやけた顔が映っていた。まずはヒゲを剃らなくては、と思った。


「あのさー、A。俺、Tちゃんに告白しようかなって思ってる」

同じ部屋に寝ていたNが布団をたたみながら言った。Aは冷静を装いつつ、「なんでいきなり?」と聞いてみた。

「いやー、昨日の夜、怪談の途中で停電があったろ? 部屋が真っ暗になって、誰も気づかなかっただろうけど、実はあの時、Tちゃんが俺の腕に抱きついてきたんだよ。Tちゃんにとっては、真っ暗な今がチャンスだって思ったのかな? 彼女、部屋にあかりが戻った時にはもとの位置に座っちゃってたけど、俺、うれしくてなぁ……」

「道理でお前、あの瞬間から幸せそうな顔してやがったのか。でも残念だが」
AはNに真実を告げようと、真剣な目で言った。
「お前は酔ってるあまり、勘違いをしたんだ。停電の時、Tが抱きついたのは、お前じゃなくて俺だ!」

「んなバカな! っていうか酔ったからってそんな勘違いはしないだろ! 確かに感触があったんだよ。Tちゃんの細い腕が、俺をつかんだんだ!」

「俺だって感触があったよ。あんな良い感触、酔ってたって忘れないさ。柔らかくて、温かくて、ほのかにシャンプーの香りが……」

Aはあの時の、Tの感触を思い出す。幸せな、夢を見たような気分だ。でもこれは絶対、ぜったいのぜったいに、本当のことだ。

Nをにらみ返すと、その表情は曇っていた。
怒ったようでも、悔しいようでもない。ただ不思議そうに、首をかしげて、こう言った。

「おかしい……おかしいよ」

「どうした? 何がおかしいって?」

「Tちゃんの腕、温かくなかった。それに、なんだか、骨に薄い皮をコーティングしたみたいに硬かった」

「どういうことだよ」

「匂いもだよ。シャンプーの香り? そんなんじゃない。あの匂いは……なんとなく覚えてるけど、あの匂いは……そうだ、あれだ」

Nは思い出したように顔を上げて、「あれは線香の匂いだ」と、引きつった表情で言った。


「なあ、二人とも、悪いんだけど、午後の予定は中止だ。今日はすぐに帰ってくれるか?」

声をかけてきたのは、この家に住む友人だった。

「近所のばあちゃんが亡くなったんだ。俺も小さい頃から知ってるひとだから、ちょっと行かなきゃまずいみたい。夜中に救急車が止まってたって話なんだけど、気づかなかったな」