ダーク・ファンタジー小説
- Re: ライトホラー・ショートショート ( No.125 )
- 日時: 2013/03/31 18:01
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)
第29話「クラスメイト」3/3
封筒に入っていたのは、二年前の、あの卒業式の日に、クラス全員が教室に集まってから撮った最後の写真だった。
卒業アルバムに載る写真は六月には撮っていたため、岸本も写っていた。
しかし卒業の日に撮る写真には、岸本の姿はなかった。
そのはずだったが、同窓会が終わり、各々が平岡からもらった封筒を開けると、驚きの声をもらしたに違いない。
写真には、平岡と卒業生たちが横三列になって写っている。
最前列には椅子が並べられ、担任の平岡を真中に、背の低い女子たちが並んで座っていた。
二列目のみんなは、腰をかがめて写り、三列目には、背の高い男子たちが立っていた。みんな、卒業証書の入った筒を手に持ち、良い笑顔だった。
しかしそこには、一人だけ、居るはずのないひとが写っていた。
大学受験を間近に控えていた正月に、家族と親戚の家へ行く途中、高速道路で玉突き事故にあって死んだ岸本だった。
まだ酔いも醒めないうち、写真を見た仲間たちは、メールや電話でこのことを確認し合った。
「先生の隣に、岸本さんらしきひとが写ってるんだけど」
「わたしのもらった写真にもだよ。他の子にも聞いたけど、みんなの写真がそうみたい」
「合成写真……だよな、間違いなく。にしても先生、どんな意図でこんな写真を作ったんだ。そりゃ、岸本さんが死んじゃって悲しかったのはみんな一緒だけど」
平岡先生は、おそらくみんなが喜ぶと思ってこんなことをしたのだ。
でもちょっとだけ、タチの悪いいらずらというか、趣味が悪いと言えなくもない。
先生の意図を読み取ろうにも、素直に喜ぶことはできない。若干、引いているひとも居た。
そしてほとんどの同窓生は、先生に、
「あの写真、驚きました。よくできてますね。岸本さんを含めての、本当の集合写真。うれしいです。ありがとうございました」
と、無難なメールを送っておいた。
みんなも二十歳を越えて、高校時代の担任に対しても礼儀を欠かせなくなっていた。
だが、中には、この写真を撮った時の状況を細かく覚えている者も居て、その彼だけは、こう思った。
「もしかすると、合成写真じゃなくて、本物かもしれないな。みんなで写真を撮ったあの時、確かに岸本さんは来ていて、先生も気づいていたのかもしれない」
彼は二年前の三月Y日の、あの時のことを思い出そうとした。
*
「みんな。今日卒業できたのは、三十人だけれど、先生は、岸本を含めての三十一人こそが、本当の卒業生だと思っている。先生も教師になって初めて担当した生徒たちだ。特に思い入れが深く、一人だけでも誰かが欠けていると気になって仕方ないんだよ。そこで、アンオフィシャルだが、先生の持ってきたカメラで最後にみんなとの集合写真を撮りたい」
そう言うと平岡は、教室の教卓の前あたりの机をどかしてスペースを作り、椅子を並べ始めた。
見ていた生徒がすぐ手伝いにまわり、椅子の列を作る。
「一つだけ注文がある。椅子を一人分だけ、空けておいて欲しい。その空席が、岸本の居た証になると思うから」
平岡の言っていることに、各々は首をかしげそうになった。
しかし、卒業式直後の晴々とした気分であることや、まだ岸本の死の記憶が新しかったことで、全員がその演出に協力した。
ふいに冷たい風が吹いた。
「先生が、岸本の分の卒業証書も……本当は認められてないんだけど、自分で書いて持ってきたよ。書道には自信があったのさ。この証書を、岸本の椅子の下に置いてやろうな」
平岡は独り言のようにそう言うと、空いた椅子の足下に、その証書の入った筒を立てかけた。
そして三脚で立てたカメラのもとに戻り、ファインダーをのぞき込む。
用意した席に岸本はきちんと座っていてくれていた。
みんなからは見えていないが、遠慮がちに肩をせばめ、久しぶりの再会に、ちょっと照れ臭そうだ。
(岸本。お前が突然、夕方の教室に現れた時は、俺もびっくりしたよ。でもお前のその真っ白な肌に、透き通るほどキラキラした目は、この世のものとは思えないほど美しいから、やっぱり死んでるんだなって思った。ただ、お前の頭に触れた時は温かかった。いっそこのまま抱きしめてやりたいくらいだった。でもそれは言わないでおく。俺は教師だからな。)
平岡はセルフタイマーをセットすると、慌ててみんなのもとに戻った。
カメラの、タイマーを示す赤ランプが点滅すると、みんなの表情が静止する。それからパシャ、と確かな音がした。
「よし、うまく撮れたよ。この写真は、今日が思い出になった頃、みんなに配るから。その時にはきっと集まろうな!」
この写真を見たらみんな驚くし、恐がるひとも居るだろうから、今は見せないでおこう。平岡はそう考えていた。
撮影が終わると緊張感が解けて、みんなはまた思い思いに、がやがや騒ぎ始める。
教室がうるさくなったと同時に、平岡の耳元で、
「ありがとう先生」
と聞こえた気がした。
ふいに冷たい風が頬を撫でた。
廊下から吹き込んできた風は、カーテンをなびかせながら、開いていた窓の外へと抜けていった。
平岡が彼女のために用意した卒業証書は、教室内のどこを探しても見つからなかった。