ダーク・ファンタジー小説
- Re: ライトホラー・ショートショート ( No.131 )
- 日時: 2013/04/08 17:45
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)
第30話「智也お兄ちゃん」2/3
わたしは例のクラス委員の子から教えてもらったのだった。
日奈子ちゃんが一人っ子なのは、小中学校からの知人が証言した通りだ。
日奈子ちゃんはもともとそんなに社交的な子ではなかったが、中学三年生の頃から、学校へ来なくなった。
両親は朝早くから仕事へ行き、夜遅くまで帰ってこないから、日奈子ちゃんが昼間ちゃんと学校へ行っていると思っていたらしい。
家の近い同級生が、心配して日奈子ちゃんの様子を見に行った。
日奈子ちゃんはフリルのたくさん付いた洋服を着て、雨戸も閉め切った部屋でゲームをしていた。
カップラーメンのスープやコーラをこぼしてできた染みがカーペットに広がっており、部屋の中はとても臭くて埃っぽかった。
蒼白な顔だちに赤いニキビをぽつぽつくっつけたような日奈子ちゃんが夢中になっていたゲームは、一人の兄に妹が何人も居る恋愛ゲームだった。
「妹たちが羨ましい。どうしてひなには素敵なお兄ちゃんが居ないんだろう。ひな、生まれ変わって智也お兄ちゃんの妹になりたい」
智也というのは、そのゲームの主人公の名前だった。
せっかく訪ねてきてくれたクラスメイトも、もう日奈子ちゃんの家に来なくなった。
ところが、春になると、地元の高校の新一年生の中に、日奈子ちゃんが居た。
これには顔見知りの同級生もホッとした。
日奈子ちゃんは引きこもりのまま、高校には来ないんじゃないかと思われていたからだ。
入学したてで、まだ友達グループも形成されていない頃、同じ中学だった子なんかが日奈子ちゃんを仲間に入れてくれた。
ところが、
「ひなのお兄ちゃんはね、とってもとっても優しくてカッコよくて素敵で頭がいいんだよ」
日奈子ちゃんが笑顔でそう話すので、事情を知っている子は背筋がぞくぞくっと来た。
「お兄ちゃんが好き過ぎて、ブログまで始めちゃった。多くのひとに、ひなのお兄ちゃんの自慢がしたいんだもの!」
日奈子ちゃんはやはりお兄さんの話ばかりをした。
初めはそれを信じていたクラスメイトも、同じ中学だった子から教えられ、全くの虚言であると知った。
そしてみんなが日奈子ちゃんを避けるようになった。
*
「っていう話を聞いたのよ、日奈子ちゃん」
わたしは表情ひとつ変えない日奈子ちゃんに言った。
「いつも聞かせてくれる、お兄ちゃんとのイチャイチャ話も、ブログに書かれていることも、あなたの妄想で、作り話なんでしょ?
あなたは恋愛ゲームの中に出てくる優しいお兄さんを見て、自分にもこんな兄が欲しいと思った。その憧れがおさえられなくて、ついには自分の妄想をブログで書くようになった。
でも、そこまではいいわ。だけど、なんでそれを私生活での、学校の友達にまで、さも本当かのように話すの? みんな、あなたが嘘つきだって思うじゃないの」
わたしがここまで喋ると、沈黙がおとずれた。
日奈子ちゃんはやはり表情ひとつ変えず、何も言い返してこなかった。
「わたし、あなたのこと心配だから言ってるんだよ。この先も友達で居たいから、そういうところ直して欲しいんだよ。分かってくれるでしょ?」
「お兄ちゃんは居る……」
「え?」
「お兄ちゃんはほんとに居るんだから!」
目をカッと見開いて日奈子ちゃんは叫んだ。
そして、ドタドタとけたたましく階段をのぼっていってしまった。
「やっぱりクラスのみんなが言うように、アレな子なのかな。お兄さんの妄想を除けば、高校の授業も理解できてるみたいだし、料理だって上手だし、いたって普通の子だと思うんだけど……」
日奈子ちゃんは二階へ行ったまま戻ってこない。
怒っているのか、それとも泣いているのか。
仕方ない。今日はもう帰ろう。
そう思った瞬間、
「智也お兄ちゃん、今日は家で何してたの? えー、そうなの? お兄ちゃんがそう言うなら、ひなも学校なんか行かないで一日ずっとお兄ちゃんの隣に居ようかな?」
日奈子ちゃんの嬉しそうな声がした。
相手の声は聞こえないが、誰かと話しているみたいだ。
まさか本当に、お兄さん?
(つづく)