ダーク・ファンタジー小説
- Re: ライトホラー・ショートショート ( No.132 )
- 日時: 2013/04/09 21:29
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)
第30話「智也お兄ちゃん」3/3
わたしは気になってしまい、そろり、そろりと、足音を消しながら階段をのぼった。
広いこの家は二階の部屋数も多く、ドアがいくつも並んでいた。
奥にひとつだけ、開いたままのドアがあり、明かりももれているから、日奈子ちゃんはそこに居るに違いなかった。
「クラスの子がね、ひなには兄妹なんか居ないって言うんだよ。ひなは一人っ子のはずなんだってさ。おかしいよね? みんなおかしいよね? だってお兄ちゃんはこうして、ひなを抱きしめてくれてるもの!」
わたしは壁に寄り添いながら、片方の目だけで部屋の中をのぞき込んだ。
「あ! 百合愛ちゃん!」
日奈子ちゃんがこっちに気づいて叫ぶ。
「見てよ、ほら! このひとがひなのお兄ちゃんだよ! ほんとに居たでしょ!」
日奈子ちゃんは、自分の腕を相手の首にまわして、べったり抱き合っていた。
「うん……。ごめんね、わたし、誤解してたみたい」
わたしはなるべく冷静に言った。
「やっと信じてくれたんだね、百合愛ちゃん。それじゃ、ひな、そろそろお風呂の支度をしなきゃいけないんだけど」
「そうなの。じゃあ、わたしはそろそろ帰るよ」
わたしが言うと、日奈子ちゃんは「ゆっくりしていけばいいのに。じゃ、お兄ちゃん、少し待っててね」と幸せそうな笑顔で、二度ほどキスをしていた。
わたしは日奈子ちゃんと二人で、部屋の外に出た。
日奈子ちゃんはまたお兄さんとお風呂に入るのだろうか。うきうきした足取りで、どんどん下へおりて行ってしまった。
二階に取り残されたわたしは、気分が悪いやら、悲しいやらで、泣きそうになった。
「う……」と、おえつまじりに、口を押さえる。
日奈子ちゃんが抱き合っていたのは真っ黒な人形だった。
その人形はきちんと膝を曲げ、ベッドの上に座らせられていた。
表面はつるつるだったが、腕やお腹のあたりには筋肉の膨らみがしっかり表現され、男性の人形と見えなくもなかった。
日奈子ちゃんは、そんな人形ののっぺらぼうな顔に接吻を繰り返していたのだ。
顔のない人形は、髪の毛も何もなかったが、耳やアゴはリアルにできていた。
中学生の頃、家に引きこもって変なゲームばかりやっていたのが悪かったんだろう。
友達は居ないし、家には両親もろくに居ないみたいだし、無理もない。
日奈子ちゃんはきっと、寂しくて仕方なかったんだ。
それにしても、家にあんな大きな人形を置いといて日奈子ちゃんの両親は気づかないのか。
それぐらい娘に無関心だってことだろう。
日奈子ちゃんはあの人形と一緒にお風呂に入って、背中を流してあげて、それを嬉しそうにブログに書き込んで、学校でみんなに自慢していたんだ。
「はあ……わたしには何もしてあげられないのかな」
仕方がない。今日はもう帰ろう。
わたしは開け放たれたままになっているドアの方を振り返った。
部屋からは明かりがもれ、音も何も聞こえない。
でもベッドの上では、さっきの姿勢のまま、あの不気味な黒い人形が座っていることだろう。
もうこの家に来ることもないだろうから、最後にもう一度だけ、どんな人形か見てみたくなった。
わたしは部屋をのぞいた。
「百合愛、こっち来いよ」
ベッドの上で、お兄さんが手招きしていた。
「やっと見つけたわ。今までどこへ行ってたの、わたしの大好きなお兄さま!」
わたしはお兄さまの胸に飛び込み、強く抱かれた。
本当に不思議だわ。今までどこへ行ってたの?
ルシフェルお兄さま!