ダーク・ファンタジー小説

Re: ライトホラー・ショートショート ( No.133 )
日時: 2013/04/13 21:25
名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)

  第31話「年齢と顔だち」

Yは年齢のわりに幼い顔だちをしていて、前に居た学校ではよくそのことでからかわれた。

「いいじゃんかわいくて。それに、老けてるよりはマシでしょ」

クラスメイトはそう言ってくれたけれど、本人は気にしていた。

突然、親の都合で転校することになった。

引っ越しの荷物は翌週の土曜に運んできてもらうことにして、Yと両親は、最低限の荷物だけを持って新しい家に移ってきた。

Yは二階のいちばん奥の引っ込んだ部屋を気に入り、そこを自分の部屋と決めた。

「明日から新しい学校で、うまくいきますように」

何もない部屋で、Yは祈った。
自分の童顔が、初対面のひとに笑われてしまうんじゃないか。そんな不安を抱えていた。

翌朝、慌しく起床したYは、顔を洗おうと洗面台に向かった。

鏡を見た瞬間、いったい誰かと思った。

自分の顔が一気に大人びていた。
昨日まで、まだ小学生に見えるくらいの顔だったのに、今朝にはもう、二十歳くらいに見えていた。

引っ越しのゴタゴタがあり、鏡をゆっくり見ない日が続いていたのは事実だ。
それに、Yのような成長期なら、短期間で急に顔つきが大人になることも、なくはないかもしれない。

それにしたって、小学生みたいな顔が一気に女子大生になるだろうか。自分はまだ中学生なのに。

「何やってるの。遅刻しちゃうわよ」

母が呼んでいた。
Yは自分の顔の変化をごまかすため、眼鏡をかけて親の前に出た。

黒板の文字も見えないほど視力が落ちているのに、恥ずかしがってかけずにいた眼鏡だった。

「あら、やっと眼鏡かけたのね。偉いわよ。顔つきまで大人びた気がするわ」

母はそう言ったけれど、本当に顔が変わったとは気づいていなかった。

転校してきた新しいクラスで、童顔だと笑われることはなかった。

その代わり、大人びた顔に眼鏡が似合っているので、「女史」とあだ名をつけられた。

それなら、童顔でもまだ「かわいい」と言われた以前の方がよかった。

Yは夜になると、自分の部屋でまたお祈りをした。

「前の顔に戻してください。お願いします」

昨日の夜は、この幼い顔だちをどうにかして欲しいと願った。
実際、それは通じたようなのだ。
もしもう一度、祈りが通じるなら、もとの顔に戻して欲しかった。

ところが翌朝、洗面台に向かってがくぜんとした。

もとの顔に戻るどころか、昨日よりさらに大人っぽくなっている。

いや、大人どころか、肌の張りがなく、小じわまで発見できた。
年の頃は、三十歳くらいだろうか。

「ねえ、この時計、おかしいのよ」

母が二階から呼んでいた。
Yは眼鏡をかけ、二階にあがる。

「あなた、今朝も遅刻しそうだったから、お母さんの目覚まし時計を置いてあげようと思ったんだけど、時計が急に狂いだしたのよ」

そう言って母は、アナログ式の目覚まし時計をYに見せてきた。

時計の針は、秒きざみに動いているし、どこがおかしいのか分からない。

「あれ? 直ってる? たった今まで、ほんとにおかしかったのよ」

変だなと思いながら、Yは母から目覚まし時計を受け取り、自分の部屋に戻った。

部屋に入った瞬間、時計の針がぐるぐるぐるぐる回り出した。

太い針が物凄い速さで回転し、時を刻んでいる。

Yは慌てて部屋を飛び出した。


それ以来、Yはこの部屋を使わなくなった。

父が使うと言い出した時、Yは必死になって止めた。

試しに部屋へ置いてみた鉢植は、あっという間に芽が出て花が咲き、枯れてしまった。

老け顔はもとに戻らず、悩み苦しんでいたYだが、十九歳の時にドイツへ留学してから、悩むこともなくなった。

向こうのひとには、日本人の顔が、実年齢よりずっと幼く見えるらしい。

Yが十九歳と言っても誰も変に思わなかった。

もともと童顔で悩んでいたYだ。
老け顔だと思っていた顔も、実際に歳を取ると、実年齢と見た目年齢の差がうまっていき、ドイツで知り合った彼と結婚する頃にはちょうどよくなっていた。