ダーク・ファンタジー小説

Re: ライトホラー・ショートショート ( No.135 )
日時: 2013/04/27 21:19
名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)

   第33話「もう一人の自分」

A君は学校を終えると引っ越してきたばかりの家に帰ってきた。

そこは一画に建売の新しい家がいくつも集まっているところで、どの家も同じようなデザインだった。

A君が玄関を上がると、愛犬がしっぽを振って出迎えてくれた。

それからリビングに居たお母さんにただいまと声をかけた。
お母さんはおかえりなさいと言った。

階段をのぼって、二階の自分の部屋の前まで来たところで、A君はあることに気づいた。

自分の部屋の学習机の前に誰かが座っていたのだ。

そのひとは、自分と同じくらいの背格好の男の子で、自分に背を向けたまま、学習机にひじをついていた。

その男の子からはひとの気配のようなものがせず、部屋の中に音はなかった。

A君は押し黙ったままその場に凍りついた。

そして、直感的に思った。


——この男の子は、僕自身だ。


黙ったまま、ゆっくりと男の子の顔が横に動き、A君の方を向こうとした。

瞬間、A君は走り出した。

階段をかけ下り、そのまま玄関のドアを開けて、家の外へと。

靴も履かずに家の外へ飛び出したA君は、肩で息をしながら、こんなことを思った。


聞いたことがある。
何の前触れもなく、自分が二人になってしまったひとの話を。

そのひとはある日、仕事を終えて家に帰ると、自分の部屋にもう一人の自分が居るのを見た。

「もう一人の自分」は彼の方を振り向くと、その姿勢のまま、すーっと横にスライドし、壁の中へと消えていった。

不思議な体験をした、と彼は思った。

それから間もなく、彼は重い病気にかかって死んでしまった。


……A君はそんな話を、本で読んで知っていた。

それが今日、自分の前に「もう一人の自分」が突然現れた。

やつと顔を合わせると、なんだかものすごくまずいことになるような気がして、自分は逃げ出してきた。

自分はやつをまともには見ていない。
きっと、見ていなければ、自分は大丈夫なはずだ。

不安な気持ちを抱えたまま、A君は顔をあげた。

そして、また一つの異変に気づいた。


自分の家が、二つ並んでいた。


建売の似たような家が並んでいるから、家に入る時は気付かなかった。

家の前に止めてある自転車も、植木も、物干し台に干してある見慣れた洗濯物まで全く同じ、自分の家がそっくりそのまま、二つになって並んでいた。

A君は恐ろしくなって足がガタガタふるえてきた。

気づけば周囲には誰も居なかった。
静かな住宅街とは言っても、それにしたって周りにひとの気配がなさ過ぎる。

そして空は真っ白になっていた。こんな空は今まで見たことがなかった。

ふいに、体が浮いたような感じがした。

地面が横に動いていた。
動く歩道の上にでも乗ったように、体が横へ移動されていく。

こっちが向こうへ移動するのと同時に、向こうの景色もこっちへ向かって動いていた。

二つあった家が、引っぱられ合うように近づいて、一つに重なった。

フラッシュでもたかれたみたいに、目の前が真っ白になった。

目がくらんで何も見えなくなったまま、数秒が経った——。


A君は自分の家の前に居た。

空には色が戻って、鳥の鳴き声が聞こえた。遠くから、車の走る音も聞こえた。

「ただいま」

玄関を上がるとA君は、さっきも言ったのに、ただいまをもう一度言った。

お母さんは、おかえりなさいと言った。
まるで自分が今初めて帰ってきたみたいだった。

愛犬がしっぽを振って、出迎えてくれた。

すると突然、お母さんが、

「ああ、よかった!」

大きな声を出した。

「急に具合が悪くなったもんだから、動物病院に連れて行こうかと思ってたのよ。本当に辛そうで、このまま死んじゃうんじゃないかってくらいだったのよ」

今も愛犬は、元気にしっぽを振っている。

A君の心に何かが引っかかった。

さっきも自分は、この家に帰ってきたはずだった。

でも愛犬は元気だった。

お母さんが、二度目のはずの「おかえりなさい」を、まるで今日初めてかのように言ったのも気になった。

もしかすると、さっき自分の見たものは、全く同じに見えたけれど、何かの弾みで二つに分離してしまった、もう一つの世界だったのかもしれない。

ほんのわずかな時間だけ、自分の家も、お母さんも、愛犬も、そして僕自身も、二つに分かれて同時存在していた。

でもそれは束の間のことで、二つに分かれたものは、また一つに戻ることができた。


それなら、よかったじゃないか。

A君はホッと息をつき、愛犬の頭をなでた。

急にめまいがした。

全身に寒気が走り、血の気が引いていくような気がした。

「ちょっとA、どうしたの? 顔色が悪いわよ?」

お母さんが心配そうな顔をした。


愛犬はもしかすると、自分の体が二つに分かれてしまったから、生命力も半分に落ちて、具合が悪くなっていたんじゃないか。

それがまた一つになれたことで、元気を回復した。

だとしたらどうだろう。

僕にとっての、もう一人の自分は、どこへ行ったんだっけ。

僕は「もう一人の自分」から、走って逃げてきてしまった。

そして、二つになった家が一つになるのを外から見ていた。

僕の半分は、どこかへ行ったままだとしたら——。


お母さんが奇声を発した。

僕は床に膝をつき、血を吐いていた。