ダーク・ファンタジー小説
- Re: ライトホラー・ショートショート ( No.142 )
- 日時: 2013/06/30 13:44
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)
第35話「帰り道〜あさみときむら〜」
転校初日の木村さんは、帰り道がこんなに暗くなるとは思っていなかった。
前に住んでいた町なら、いくら夜でも、学校から家までの間には常に車が近くを走り、少し歩けばコンビニの明かりも見えた。
それが今は、街灯の明かりすらなく、さっきから擦れ違う人間すら居ない。
こんな夜道で、もし変なひとに出会ったらどうしよう。
木村さんは、二時間ほど前の、学校での浅見さんとの会話を思い出した。
「木村さん一人で帰るの? ごめんあたし部活なんだ。早く友だち作って、誰かと一緒に帰りなよー」
浅見さんとは転校初日の朝、下駄箱のところで会ったのが最初だった。
職員室はどこですか、と木村さんが尋ねると、浅見さんは親切に教えてくれた。
いい子だと思ったが、残念なことにクラスは違った。
木村さんは人見知りで、せっかくの転校初日でも、いまいちクラスに解け込めないまま初日を終えてしまった。
放課後、廊下で浅見さんに擦れ違ったので声をかけたが、彼女はこれから部活だった。
「誰かと一緒に帰りなよ」
そんな言葉をまた思い出した。
木村さんは公園の脇の細い道を歩いていた。
低い柵に囲まれた公園内には、ぽつりと照明柱が立っており、今自分が歩いている道よりは明るいが、ベンチに座っている人影が見える。
話し声もした。もしおっかないひとで、声でもかけられたらどうすればいいか分からない。とても公園内を通る気にはなれなかった。
自分のローファーが刻む足音を聞きながら、木村さんは息を殺すようにして歩いていた。
突然、ものすごい悲鳴が聞こえた。
木村さんはとっさに道の端っこにうずくまる。
そこには街灯の明かりもなく、黒い制服を着ている木村さんは、身体が小さいのもあり、暗闇の中に姿を消すことができると思った。
涙目で、口を押さえながら、あたりを見てみると、目の前には一つの民家があった。
家の明かりは何もなかった。
ただ、ベランダに一人の男が立って、あたりを見回していた。
肩から下は動かさず、首だけを左へ、右へと動かしている。
その男の顔がピタッと止まると、木村さんの方をじっと見た。
木村さんはうずくまって口を押さえたまま、息を飲んだ。
次の瞬間、二階のベランダに居たはずの男の顔が、すぐ目の前、家のフェンスからぬっと出てきた。
頭から血を流し、顔の右半分がくずれかかっているように見えた。
木村さんは全速力で走って逃げた。
幸い、男は追って来なかった。
次の日の朝、例の民家の前を通ると、木村さんはあることに気づいた。
その家は廃屋だったのだ。
表札は抜け落ち、窓という窓には木製の雨戸が閉められ、ベランダは朽ちている。庭の草は伸び放題で、とてもひとの住んでいる気配はない。『侵入禁止』の貼り紙も見えた。
昨日の夜、ここのベランダから自分を見ていた男はなんだったんだろう。自分は幻でも見たのだろうか。
その日も友だち作りに失敗した木村さんは、放課後になると一人だった。
前に居た学校よりこっちの方が授業が進んでいたため、木村さんは図書室で暗くなるまで勉強した。
帰り道になって、それを後悔した。
昨日と同じ、民家の前の細い道を、今日も通らねばならない。
表通りから迂回してもいいが、それだと遠回りになり過ぎる。
ただ、すぐ横の公園内を通り抜けて帰ることもできる。照明柱の明かりが、少しだけ心強く見えた。
木村さんは公園内を抜けていくことにした。
女子がこんな時間帯に一人で公園内を歩くのはとても怖い。
変なひとに出会いませんように、と祈る気持ちだった。
前方から話し声がして、木村さんは不安になった。
三人連れくらいの若い女の声で「それでさー」とか「マジかよ」とか聞こえた。
たむろしている不良だったらどうしよう。自分、たかられるかもしれない。
暗がりの中に見えたのは、三人並んで歩く女の子の、見慣れた服。
自分と同じ学校の制服だった。
「あれ? よく見たら木村さんじゃん」
振り返ってこちらを見たのは浅見さんだった。
友だち二人と仲良く帰るところだった。
「一人で帰るとこなの? だーから言ったじゃん。早く一緒に帰る友だち作りなよって」
浅見さんのかける声が、木村さんの不安をどんどん解消していった。
「だってわたし……人見知りで……クラスの子に自分から話しかけたりできなくて……」
木村さんが途切れ途切れに言うと、浅見さんは、事情を察したような顔をして、
「なに泣きそうになってんのよ。ひょっとして一人で帰るの怖かったとか? アハハハ。だったらあたしらと一緒に帰ればいいじゃん。明日からもさ」
にこやかに言った。
これが、木村さんに友だちのできた瞬間だった。
クラスは違っても、木村さんは彼女たちと仲良しになれた。
——後になって分かったことだが、夜になると、学校帰りの生徒はみんなこの公園内を通り抜けていく。
なぜそうするのか。木村さんはあえて聞かなかった。
___解説___
あの民家に出る幽霊をみんな知っているから。
それを避けて公園内を通っていく。