ダーク・ファンタジー小説
- 「モラトリアム」(5月19日アップ) ( No.145 )
- 日時: 2013/06/29 00:44
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)
第36話「モラトリアム」1/5
「サユ、もう6時だぞ。起きれるか?」
俺は蛍光灯の明かりに照らされた彼女の寝顔に声をかけ、そっと布団をはがした。
サユは「んん……」と目をこすって俺を見る。安心したような顔だ。
「今日は、晴れてたの?」
「ああ。晴れだったぞ」
外はもう暗かった。今は夜の6時だ。
俺は高卒の専門学校生で、歳は二十一。サユとは付き合って二年ほどになる。
学校が終わると、何もしないで腐っているサユのアパートへ行く。
合鍵を使って中に入り、台所で夕飯を作って、サユと二人で食べる。
それが済んだら、俺はファミレスのバイトへ行くのが習慣だった。
「今日は何を作ってくれるの?」
トイレから出てきたサユが、ボサボサ頭を手でとかしながら言った。
「パスタ」
「野菜は?」
「あるよ。レタスときゅうりでサラダを作ろうと思ってる」
俺が言うとサユは「うん」とだけ言って笑った。
冷蔵庫の中はほとんど何も減っていなかった。
外に出ないサユのために俺が色々と入れてやっているのに、食パンやうどんも、買った時のまま、賞味期限がどんどん迫っている。
「ところでサユ、お前そのシャツ、もう何日目だ?」
俺は台所から話しかけた。
サユはベッドに寝転び、壁を見つめたまま「んー」とだけ返事する。
「男の俺が、恥ずかしいのも我慢して女物を買ってきてるんだぞ。せっかくだから、着替えろって」
俺は洗って干されたままになっている服を適当に選んでサユに渡す。
「風呂入ってんのか? 頭、ちょっと臭いぞ」
「入ってない。でも下着は替えてるよ、二日に一回くらいは」
「お前は……」
俺は困って溜息をつく。
「風呂、わかしとくから、眠くなる前に入るんだぞ」
俺は今度は風呂場に行く。
アパートの、一人入るのがやっとくらいの狭い風呂。
使ってないからすっかり乾いて、水滴も落ちていない。
「それとさー、サユ」
風呂場のすぐ横の洗濯カゴを見て、俺は呆れたように言った。
「んー? どうかした?」
「お前はさ……自分の下着まで俺に洗えってことなのか?」
洗濯カゴの中には、前回穿いていたっぽい下着、その前に穿いていたっぽい下着、その前っぽい……のが入れたままになっている。
「まー、お前がいいならいいけどさ」
俺はそれらを洗濯機にぶち込んだ。
付き合って二年にもなるとはいえ、下着を平気で洗ってやれるほど、俺はサユの身体を知ってはいない、と思う。
こういうことしてやるのは不幸ではない。もしかすると、幸せなのかもしれないが。
つい、溜息が出てしまう。
サユはもともと、こんなやつではなかったから。
(つづく)