ダーク・ファンタジー小説
- Re: ライトホラー・ショートショート ( No.146 )
- 日時: 2013/05/24 17:41
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)
第36話「モラトリアム」2/5
俺とサユは同じ年の春に高校を卒業した。
サユはそのまま就職。
一方の俺は志望校よりずっとレベルが下の大学にしか入れず、四月からやる気をなくしていた。
こんな大学を出たところで、大した企業には入れないんじゃないか。
嫌いな勉強をしても一銭にもならない。それより働いてお金を稼ぎたい。
そんな思いもあって、三ヶ月も経たないうちに大学を辞めてしまった。
ところがアルバイトを始めてみても、それはそれで辛い。金はもらえるが、働くことがこれほど大変とは思わなかった。
最初のバイトはすぐ辞め、二度目にやったバイトも続かず、辞めてしまった。
「こんなアルバイトなんか続けたって、何か技能が身につくわけじゃないし。ただの小遣い稼ぎじゃないか」
バイトを辞めた時、俺がそう言うと、サユは少し悲しそうな顔をした。
俺は引きこもった。働く気にも、勉強する気にもならなかった。
高校時代の男友達は心配して、俺にメールをくれたり、遊びに誘ったりしてくれたが、俺はそれすらも拒むようになった。
俺は一人ぼっちなんだ。
サユもそのうち、就職先で男でも作って、俺を捨てるだろう。そう思った。
サユが実家を出てアパートに暮らすようになったのは、その頃だ。
サユはアパートに俺を呼び、夕飯の後で、「今日は泊まっていきなよ」と言ってくれた。
でも俺はそれをも拒んだ。
「どうしてなの?」
悲しげな顔をして、俺を心配してくれるサユに、俺は何も答えてやることができなかった。
しかし俺が黙っていると、何かを察したのか、サユは、
「私、今のあなたでも、いいって思ってるよ。何かをやってるあなたでも、何もしてないあなたでも、私は好きだからね」
言われて俺は、アパートを飛び出した。
サユが追ってこないところまで走った。
強く真面目に生きている彼女。
引きこもって腐っている自分。
そんな俺に、サユは優しい言葉をかけてくれた。
本心で言っているのか、それとも、ただの慰めなのか、分からない。
嬉しかった。でもその言葉に甘えていたくはなかった。だから悔しかった。
今の、こんな自分がサユの恋人でいる資格はない。
俺はサユと会わないでいる間、どうにか自分の目標を探そうと、努力した。
やがてその目標は見つかった。俺はサユのアパートへ急いだ。
「俺、翻訳家を目指すことに決めたよ。来年から専門学校に行くことにした。資金を稼ぐためにバイトしようと思って、明日が面接なんだ」
数週間ぶりに会って、俺は活き活きしながらサユに言った。
だが今度は逆に、サユがふてくされていた。
サユは仕事をクビになっていた。
「もう、なんにもする気になれなくて。毎日毎日、だるいし、眠いし、嫌になっちゃった」
サユは仕事で遅刻を繰り返すようになり、上司に怒られると、今度は無断欠勤をするようになった。そしてクビになった。
理由はよく分からなかった。
仕事がきついのは確かだろうが、サユはそんな理由で辞めるようなひとじゃない。職場の人間関係も、特に悪くはなかったはずだ。
「なんにもする気になれない。すべてがめんどくさい」
寝転がって天井を見つめたまま、サユが言った。
俺は自分が引きこもっていた経験もあることで、サユのそんな気持ちが分からなくもなかった。
だから、サユがやる気を出してくれるまで待ってやろうと思った。
(つづく)