ダーク・ファンタジー小説

5月22日アップ ( No.147 )
日時: 2013/05/24 17:40
名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)

   第36話「モラトリアム」3/5

「ごちそうさま」

テーブルに並べられたパスタとサラダ。それらは綺麗に平らげられた。

サユは食べ終わるとすぐ横になる。無気力な視線が、天井をじっと見つめる。

「食ってすぐ寝ると牛になるぞ」

「牛以下だよ、私なんて」

牛だってミルクを出して人の役に立ってるもの、とサユはつぶやいた。


「コウも、頑張ってばかりいないで、寝たらいいんだよ」

「俺はまだこれからバイトがあるんだ。寝るのはその後でいい」

食器を片付けて、テーブルを拭く。
ナプキンでごしごしするのに合わせて、座卓がぎしぎし揺れる。その音だけが部屋に響いていた。

サユは黙ったまま俺を見る。しっかりしていた頃とは違う、つぶらな瞳。

何も言わないけれど、見つめられるうちに、何か応えてあげなきゃいけない気にはなる。

「そうだなー、俺も少し休んでくか」

俺は独り言っぽく言うと、カーペットの上にごろりと身を横たえた。
テーブルを挟んだ向かい側に、サユが寝ている。

「ああ、なんだかこの部屋に居ると落ち着くよ俺も……」

食後のせいもあるのか、横になるととても気持ちよかった。

「今日は泊まっていきなよ」

「バカ言うなって」

自分の手を枕にし、目を閉じたまま、そんな会話をした。

俺はこの後、ファミレスのバイトがあるんだ。
専門学校の学費を稼がなくてはならない。

いっぱい勉強して、いつかきっと、翻訳で身を立てられるようになってやる。

でも大変だって思うこともある。
すべてを放棄して、このまま明日の朝まで寝ていられたら……。

「コウ?」

サユの手が俺の胸に置かれていた。すぐ目の前で、互いの視線が合う。

いつの間に添い寝していたのか、気づかなかった。
俺は寝そうになっていたのだ。

「俺、もう帰るよ」

サユが身体をあずけようとしてくるのを、俺はおさえた。

危うく、場の空気にもまれて怠けてしまうところだった。
俺は頑張る気になっているんだ。すべてを放棄だなんて、絶対したくない。

不満そうな顔をするサユを寝かしたまま、俺は立ち上がる。

「私がお風呂に入ってないから嫌なの?」

「違うよ。っていうか普通そっちが嫌がるもんだろ、そういうのは」

「私のこと、見捨てないよね、コウ」

「当たり前だ」

身体の力が抜け切ったように寝転がるサユを置いて、俺はアパートを出ることにした。


外の空気を肌で感じ、遠くから車の走る音が聞こえた。

よし、大丈夫だ。今日も俺は頑張れる。

サユのやつは、身体をあずけようとするのを俺に拒まれて、不安になったかもしれない。

でも俺とあいつの関係は、そんな身体だけでつながってるわけじゃないはずだ。

あいつがもし卑屈になって俺に身体をあずけてくるのなら、それはして欲しくない。

(つづく)