ダーク・ファンタジー小説
- Re: ライトホラー・ショートショート ( No.148 )
- 日時: 2013/05/24 17:39
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)
第36話「モラトリアム」4/5
金曜日は学校の仲間と深夜まで居酒屋で飲んでいた。
土日はバイトのシフトが昼から閉店までで、サユのアパートには寄ってやれなかった。
サユは携帯を止められていて使えない。
俺は心配しながら、月曜の夕方アパートに行った。
「あれ? 関谷さんじゃないですか?」
カバンから合鍵を出そうとしていたところに、俺の名字を呼ぶ女性が居た。
「稲田さん? どうしてここに?」
声をかけてきたのは同じ専門学校生の稲田さんだった。歳は俺より若い。金曜の飲み会でも顔を合わせていた。
「私、昨日からここに引っ越してきたんですよ。でも関谷さん、ここの住人じゃないですよね?」
俺はドアのシリンダーにカギを差し込みながら、「まあ、そうだけど」と適当に返事をする。
「私、もう二十歳になるのに、親がなかなか一人暮らしさせてくれなくて。でもここのアパートなら大家さんが私の親戚だから、いいって言われたんです。部屋も余りまくりで、住むひとも居ないから、家賃も安くしてもらって……」
そういえばここは「稲田ハイツ」というのだった。
そしてなぜか住人は長く居付かない。サユより先に住んでいたひとは、もう誰も居なかった。
俺は稲田さんと別れ、部屋の中に入った。
暗くて熱のこもったサユの部屋。俺は早速、蛍光灯の明かりをつけて彼女を起こす。
俺が前回ここへ来た時と、何も変わっていなかった。いや、変わってなさ過ぎた。
サユのよれよれTシャツに、黒のジャージズボン。
俺がお湯を張った時のまま、入った気配のない風呂。
そして冷蔵庫の中身まで、何も変わっていなかった。
「ゴミ箱も綺麗なままだけど、お前、まさかずっと食ってないんじゃないだろうな」
「もうお金なんかないんだもの」
「なんだって?」
「だいたい、私みたいなもんが、ご飯を食べる資格なんてないんじゃない?」
いつからその姿勢のままなのか、ベッドの上で力なく横たわったサユが、無気力な視線を俺に向けた。
一体こいつは、どうしちゃったというんだ。
俺はサユをベッドから出し、食事をさせた。
少し元気になったサユは、自分が住む場所を失ったことを、俺に話した。
サユは仕事を辞めた後もしばらくは貯金で生活していたが、やがて底をつき、両親からの仕送りに頼っていた。
しかしなかなか次の仕事が見つからない、というより、サユの腐った状態をさすがの両親も知ったらしく、仕送りを止めるから実家に帰って来い、と言われたそうだ。
彼女の実家もそんなに裕福な家じゃないし、仕方のないことだと思う。
「コウも、私みたいなやつは、放っとけばいいんだよ」
「だから、お前はどうしていつもそうネガティヴなことばかり言う」
「私が実家に帰ったら、もうこうして会いに来る時間もないだろうね。コウの学校やバイト先からはずっと離れてるから。もう終わりにしていいよ。コウはコウで、今の新しい生活があるだろうし……。切っちゃえばいいんだよ、私みたいな性欲処理にすら使えない役立たずの女なんて」
俺はサユをきつく抱きしめていた。
こんなやつには、なんと声をかけてやればいいのか分からない。とにかく俺には分からない。
だからできるだけ強く抱きしめてみた。
サユの頭からは、汗と頭皮の脂が混じったようなにおいがした。
「コウ……」
「俺さ、嬉しかったんだよ。いつだったか、俺が腐ってた時に、サユが言ってくれた。何かをやってる俺でも、何もしてない俺でも、私は好きだって」
サユの髪の毛はギトギトしていて、指ですこうとすると、すぐ引っかかる。
「俺だって同じように、サユのこと好きさ。でもそれだけじゃ生きていけないだろう。だから俺、頑張ってみようと思ったんだ。俺が頑張るのは、ずっとお前と一緒に居たいからなんだよ」
時計の示す時刻が、二人を引き離した。
俺は身だしなみを整え、サユのアパートを跡にする。
(つづく)