ダーク・ファンタジー小説

Re: ライトホラー・ショートショート(イラスト募集中) ( No.155 )
日時: 2013/06/20 16:47
名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)

   第41話「胃の中に」

飯田さんが小学校六年の時に経験した話である。

一学期の終わりに学校行事で海の見える町に旅行へ来た。

水泳の訓練や史跡めぐりなど、学校行事らしいメニューも組まれていたが、初日は児童みんなで好きなように海で遊ぶことになっていた。

泳げない飯田さんでも海で遊ぶのは楽しく、はしゃぎ疲れて夜を迎えた。


泊まった旅館はホテルと呼ぶには小さく、古びた入口の横に、真新しいバリアフリーのスロープなんかが付けられていた。

男子と女子で二部屋ずつ借りて、クラスを四つのグループに分けて八人ずつくらい同じ部屋に泊まった。

「十時消灯だからな。夜更かしなんかしないで早く寝るように」
先生はそう言った。

でも飯田さんは疲れていて既に眠かった。
並べられた布団を見ると、ドサッと横になり、端っこの布団を先に占領する。
眼鏡を外し、踏まれないようカバンの上に置いて目を閉じ、すぐ眠りに入っていた。


真夜中に目が開いた。
みんな寝ているようで、話し声は全くなかった。

でも何か音がする。
ギリギリ、ギリギリ、石ころをこすり合わせるような、不快な音がしていた。

続いて、うめき声がする。部屋の中からそれは聞こえていた。

飯田さんがそっと身体を起こすと、三つ向こうの布団で寝ている木田君が、歯をギリギリ鳴らしながら、苦しそうにうめいていた。

音の正体は木田君の歯ぎしりだったのだ。
普段は知らない、クラスメイトの寝る時の癖を知った。

それにしてもうなされている。あまりに苦しそうなので、少し心配になってきた。

どんな顔をして寝ているのか見てみると、木田君の口に何か黒い物がくっついている。

部屋が暗い上に、飯田さんは視力が弱いのでよく見えない。

ピントの合わないぼんやりした視界で、木田君の口の上を、小さくて黒い物がモゾモゾ動いているのを見た。

木田君がまた苦しそうにうめき声をあげた。

飯田さんはカバンの上に置いた眼鏡に手を伸ばした。もっとよく見てみたかった。

しかし、見てはいけない。見ない方がいい。さっさと寝て、何も知らないまま朝を迎えた方がいい。そんな気もしていた。


それでも好奇心がまさり、飯田さんは眼鏡をかけた。

木田君の顔には何もついていなかった。黒い物は消えていた。

木田君はまた歯ぎしりをした。

その音が、さっきはギリギリ鳴ったのが、今度はゴスリゴスリと、枯葉でもすりつぶしているような音だった。



翌朝、木田君はとても気分が悪そうな顔をしていた。

変な夢を見たという。

それは、なぜか知らないがエビの殻ばかり食わされる夢だった。
エビは殻だけなのに、なぜか足がモゾモゾ動いて、食べようとする木田君の口元をくすぐった。

殻を噛みつぶす食感と、エビの足が舌をこする感触が、まだ口に残っているという。

「お前、すごい歯ぎしりしてたぞ」
仲間の一人が言った。

「そうそう。俺もうるさくて起こされた」
他の一人が言った。

木田君の歯ぎしりを聞いていたのは飯田さんだけじゃなかったらしい。

結局、変な夢の原因は木田君の歯ぎしりだということにされた。


「家で寝た時はこんな気分にならないんだけど……」

それでもまだ木田君は気分が悪そうだった。

「どうした。具合が悪いのか」

「ああ。なんか腹の調子が……寝ている間に冷えたかな」

木田君は青い顔をして、胃をいたわるようにお腹をさすっている。

その直後、部屋のドアが開いて先生が呼び出しに来た。

「おーい、朝食の時間になるぞ。食堂に集まれ」

言った瞬間、木田君が苦しみ出して畳の上に吐いた。

黄色っぽい胃液が水溜りを作る。

その中に、噛みくだかれたゴキブリの死骸が浮いていた。


「寝ている間に食ったんだよ」

飯田さんは教えてあげた。