ダーク・ファンタジー小説

Re: ライトホラー・ショートショート ( No.157 )
日時: 2013/06/23 17:04
名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)

   第42「操り人形」2/2

ミシミシ——床をきしませながら、一人分の足音が聞こえた。

その足音が、暖炉の前で止まった。ミキのサンダルに気づいたようだった。

「んー、やっぱり居るんだよな。このリビングのどこかに」

声がした。
三人とも松夫より先に廃屋に入り、ここから出ていない。
中に居るのはバレバレだった。

「おーい、居るんだろー」

また声がする。その声が、怖がっているようではなく冷静なのが気になった。

でも肝試しの時、男なら怖くても平静を装うものだ。
松夫は絶対怖がっている——。田中には自信があった。

「もしかしてここか」

松夫がボソッと言い、暖炉の裏をのぞこうとしてくる。
田中は立ち上がって叫んだ。

「うぉわっ!」



そこに居たのは松夫ではなく、安男だった。
安男も彼らと同じ大学の友人だが、今日は呼ばれていない。

こんな廃屋で肝試しをしていたら、目の前に、呼んでもいない友人が居たのだ。
三人とも驚くに決まっている。

「ちょっ、意外過ぎるんだけど。なんで安男がここに?」
田中はガイコツのお面を外した。

松夫は来ないし、呼んでもない安男が来てるし、しかも安男は驚いてもないし。
ドッキリは失敗だ。

「なんだか引き寄せられてな」

安男は言った。「引き寄せられた」というのが、ここへ来た理由らしい。

「嘘つけよ。俺らが今日ここで肝試しするなんて、お前に言ってないぞ」

田中は、吉野とミキの顔色を見た。二人とも「自分も言ってない」と首を振る。

「ああ、もしかして松夫から聞いたのか? あいつも勘がいいから、自分がドッキリ仕掛けられてるって察したとか?」

田中と吉野とミキは、ドッキリ本番を前にして、そわそわしていたのかもしれない。松夫もそれで察したのではないかと思った。

「松夫? 知らないな」
安男が言った。

「んなわけねえって。じゃあ誰がお前を呼ぶんだよ」

「だから、引き寄せられたんだって」

「そっかそっか。分かったよ」

「ここへ来る途中、包丁も買ってきたよ」

安男はビニール袋から、真新しい台所包丁を取り出した。

「いらねえよ。しかも本物じゃねえかそれ。危ないって」

変装した田中が持っている包丁は、もちろんドッキリのために用意したオモチャだった。
ドッキリとは知らない松夫と取っ組み合いにでもなったら危な過ぎる。本物の包丁なんて使うはずがなかった。


「ねえ、もう出ない? なんだか寒気がしてきた。松夫〜」

ミキが彼氏の名前を呼びながらリビングを出ていく。

ドサ——。

背後でひとの倒れるような音がした。

見ると田中がうつ伏せになっていた。
安男のにぎった包丁が赤黒く光っている。

「ひっ……」

ミキは恐怖にすくみあがった。

安男は倒れた田中の背中を二回、三回と刺した。

吉野は走って逃げようとした。だがリビングのドアは、凍りついたミキが邪魔をして通れなかった。

その吉野の背中をひとつき。

ミキの目の前で、苦痛に表情をゆがめた吉野が崩れ落ちる。

「や、やすすすすすくん……落ち着いて」

安男は無表情だった。

「ひぅっ」

ミキは安男の背後に、見てはいけないものが居るのを見た。


ミキは無我夢中で走った。

玄関のところで、何か大きな物体につまずいて転んだ。

背中から大量の血を流した松夫だった。もう息絶えていた。



気がつくとミキは往来に座り込んでいた。

安男は追いかけては来ず、あの廃屋の前で警察にとらえられた。
包丁をにぎったまま棒立ちで、警察が来ても抵抗しなかったという。

ミキも安男も気が変になって入院した。


あとで分かったことだが、田中が言っていた通り、あの家では昔、包丁を持った男が次々に友人たちを刺し殺す事件があった。

でも女性が一人、逃げ延びた。

その女性の証言によると、男は犯行の瞬間まで、全く普通の、いつもの彼だったという。

男は「責任能力なし」として、罪には問われなかった。

安男もそうなるみたいだった。


警察が調べたところによると、あの日、安男は「バイト行ってくる」と家族に告げて家を出た。

しかしバイト先には現れなかった。職場では、彼が無断欠勤するなんておかしいと思ったが、特に何もしなかった。

安男は犯行の三十分ほど前、近くのホームセンターで包丁を購入している。
防犯カメラに包丁を買う安男がはっきり映っていた。

その安男の背後に妙なものが映り込んでいた。
店に入った瞬間から、安男の背中にべったりくっついていて、レジ前の防犯カメラには、ぼんやりだが顔も映っていた。

明らかにこの世のものではなかった。

ミキはあの廃屋でも、安男の背後に居るそいつを見ている。