ダーク・ファンタジー小説
- Re: ライトホラー・ショートショート ( No.159 )
- 日時: 2013/06/28 18:31
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)
最終話「日常はかけがえのないもの」2/2
「しっかしそれにしても、おうちみたいな大きさの怪獣よ? そんなものがずっと前から川に住んでたとは考えにくいわよね」
三人は土手沿いを、グダグダ喋りながら歩いていた。
水中や茂みなどに怪獣が居ないか、熱心に捜すわけではない。
どうせいつもの帰り道だ。こうやって喋っているうちに家に着くのである。
「最近になって急に噂にのぼってきたわけだろ。突如としてこの川に現れた、というわけか」
麻衣は推理した。
そして導き出したのは「時空のひずみ説」だった。
なんらかの原因で時空にひずみが生じた。例の怪獣は、大昔から現代にやって来たのではないか。
「こんなS県の土手に、いきなり?」
美幸が言う。
「そう。こんなS県の土手にいきなり」
「非日常的だなぁ……」
美幸は他の原因を考えた。
「やっぱり、地球外生命体じゃないかしら」
「宇宙からやって来たってわけか。でもなんのために」
麻衣が疑問を口にした。
「えっと……侵略者?」
「どこぞのカエルじゃねえんだからさ」
「あー、でももし本当に侵略者だったら怖いよね」
ヒナが話し始めた。
「今はこんな、日本のS県でしか話題になってないような怪獣がね、そのうち世界のあちこちで目撃されるの。初めのうちはみんなも面白がってただけだけど、数年後にはその怪獣たちに人類が一掃されてるってわけ」
怖いことをさらりと言う。
「なるほど……人類の終わりってわけね。怪獣の出現が、その始まりだったってわけか」
「まあ確かに、わたしたちの生きてるうちに地球最後の日が来るって可能性も、なくはないしな」
「美幸ちゃんと麻衣ちゃんは、人類最後の日、なにする?」
「…………」
すぐには答えられない質問だった。
雰囲気が急に重くなる。
「あたし、今、自分が死ぬ日のこと考えちゃった」
「わたしもだ」
美幸と麻衣が暗い顔をして言った。
「地球の終わりが、まだ一万年も十万年も先の話だったとしてもさ。人生の終わりって、そんなに先の話じゃないのよね」
「わたし、親戚とか、近所のおじいちゃんやおばあちゃんが死んでいくのを、もう何度か見てるよ。わたしたちだって大人になって、おばさんになって、おばあちゃんになれば、必ずいつか死ぬんだよな」
「話しが重いわよ!」
美幸が麻衣を肘でこづく。
「お前も話してるだろうが!」
「三人の中で、誰が先に死ぬかねー?」
「だから重いって!」
「誰が最後まで生きてるかねー?」
「同じだよ!」
ヒナは、美幸と麻衣のそんなやり取りを見ていた。
こうやってふざけ合う日々も、いずれ過去のこととなる。
人類の、地球の長い歴史に比べれば、どれだけ小さい出来事だろう。
だけど今は誰にも邪魔されず、三人でこうして楽しく過ごせる。
これが日常なのだ、とヒナは思った。
「ヒナね、死ぬ瞬間まで二人と一緒にいられたら、すごく幸せだよ」
「ヒナ……」
美幸と麻衣も、気持ちが通じたように笑った。
三人は土手の上を、また歩き始めた。
ガサゴソと草むらが揺れて、大きな黒い影が三人を覆った。
怪獣が目の前に二本足で立っている。
二階建ての家くらいに大きく、巨大クジラのように生臭い体臭だった。
岩のようにゴツゴツした肌に、三角形の背びれがいくつも付いている。
黄色い眼球と、楊枝のように細い瞳がこちらを見ている。
空腹に飢えているらしく、エンジン音みたいに低く喉を鳴らして興奮している。
「お……おい」
美幸が口を開いた。
「出たぞ。ほんとに出たぞ。ヒナ、カメラは? カメラカメラ! 写真!」
麻衣が叫んだ。
ヒナは慌ててカメラを取り出すと、震える手でシャッターを切った。
「撮ったな! おい撮ったな?」
「ええええ、えっとえっと……」
ヒナは、写真がうまく撮れたか液晶画面で確認する。
「ダメ〜! 近過ぎて何を撮ったか分からないよぉ」
「もっと離れて全体を撮らないと証拠にならないな」
麻衣が言った瞬間、ヒナの両足が浮いた。
怪獣が片手でヒナをつかまえていた。
美幸と麻衣が立ちつくしている間に、怪獣はヒナの身体を口に放り込んだ。
「ぎゃー! ぬるぬるして臭い! やだやだー!」
半開きの口の中からヒナが奇声をあげた。
「おーい怪獣さん。聞こえますか?」
美幸が笑いながら呼びかけた。
「あたしたちは敵ではありません。その子を放してやってくれませんか?」
まだふざけているのだった。学校帰りに突然怪獣に遭遇しても、ギャグとして受け入れているみたいだ。
「つーか何語で話せばいいんだ?」
麻衣がいつものノリで言う。
「っていうかこの怪獣、侵略者ってことでいいのか?」
「侵略者でいいんじゃないかしら」
「いいんじゃないかしらってなんだよ」
「地球を侵略しに来て数日後、この怪獣はあることに気づいたのよ。そう、食料もってくるの忘れたよと! 腹減って侵略どころじゃねえよと!」
「バカな侵略者だな!」
グシュッ! ジュブジュブジュブ…………。
血のしぶきがあがり、美幸と麻衣の顔面に降り注いだ。
二人の制服が赤く染まる。さっきまで楽しく喋っていた友達の血だった。
見上げると怪獣がヒナを咀嚼していた。怪獣のアゴが上下に動いている。
美幸と麻衣はチェスの駒のように棒立ちになってその光景を眺めていた。
怪獣の手が伸びてきた。
麻衣の頭をつかんで持ち上げた。
ボキボキと首の骨が鳴った。
麻衣も怪獣の口に放り込まれた。
そしてグシャッ! 咀嚼が始まる。
「夢なら覚めて欲しいって気持ち、今なら分かる気がするわ……」
美幸がボソッとささやいた。
怪獣の手が伸びてくる。
美幸の両足がふっと浮き上がり、地面が遠ざかる。
見慣れた土手の景色が、この高さからでは、また違って見えた。
目の前で怪獣の口が開いた。
「痛くしないで痛くしないで!」
せめて楽に死にたいと、美幸は願う。
口の中には、ヒナと麻衣、どちらのかも分からない手足と胴体がまだ残っていた。
ヒナと麻衣のミートソースの中に、美幸の身体が放り込まれた。
怪獣が口を閉じる。
ぶっとい刃物が全身を突き刺した。
鋭いキバが物凄い力であばら骨を貫通し、ズブズブとお腹の奥にまで入ってくる。
今もし解放されても、これではもう助からないだろうと思った。
口を開けると今度はキバが抜けていく。鋭い刃物が身体を内側から切り裂いていく。
外のまぶしい光が一瞬見えた。と思うと怪獣がまた口を閉じる。
咀嚼されながら、自分の内臓が派手に飛び散るのを見た。
左腕が抜けた。早く絶命したいと思った。
息ができなくなった。
首がちぎれて飛びそうになりながら、ぎりぎりでつながっていた。
麻衣やヒナと過ごしてきた日常が、とても遠くに感じられた。
今の美幸はまるで機械によって大量生産される餃子のアンのようだった。
ようやく音も痛みも感じなくなり、視界が真っ暗になった——。