ダーク・ファンタジー小説

ライトホラー・ショートショート(8月2日更新) ( No.166 )
日時: 2014/08/02 19:24
名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)

   「部室のカーテン」



木村リエという。高校生である。


リエは内気な性格でクラスに友達は居なかったが、他のクラスに一人、リエが友達と呼べる子が居た。

その子は浅見さんといって、入学式の日に下駄箱のところで声をかけてもらったのが出会いだった。

たまに一緒に帰ってくれることもあったが浅見さんは部活に出る日が多かった。

だったら、リエも浅見さんと同じ部活に入ればいいと思った。



「私がやってる部活ってね、『心霊研究会』っていうんだ。えへへ、ちょっとオタクっぽいでしょ」

浅見さんは恥ずかしそうに舌を出したあと、「でもね」と続けて、


「大抵の物事は、なんでそうなってるとか、その正体は一体なんなのかとか、説明が付くじゃない。でも私、心霊現象は説明が付かないからこそ面白いと思うんだ。不思議なもの、現実以外の世界のもの……。そういうのがあるって、素朴に信じたい気持ちがあるんだよ。もしこの世界に存在するもののすべてを人間の知恵で説明することができて、私たち子供はその説明を聞いてすべて納得して片付けられるんであれば、私たちが住んでるこの世界ってすごくつまらない世界だと思うから」

いつになく、熱く語っているようだった。



部室があるのは別の建物だ。校舎から渡り廊下をつたって歩いたところに、部室を集めた部室棟がある。

「ここが部室だよ」

心霊研究会の部室は六畳ほどの狭い部屋を二つ連ねたような作りになっていた。

「まだ誰も居ないね。私、部長呼んでくるから、木村さんここで待ってて」

浅見さんが部室を出て行くと中は静まりかえった。

閉め切った部室内は空気が埃っぽく、耳鳴りがするほど静かだった。


リエは五分ほど待ったが、浅見さんはまだ来ない。

ふと風が吹いてリエの頬を撫でた。

見てみると、部屋の奥の窓が開いて黄色いカーテンがひらひら揺れている。

ここは四階だ。眺めはどうだろうと思い、リエは窓辺に近づいた。

窓からは、校舎へとつながる渡り廊下が見えた。屋根がなく、上を見れば空という、屋上のような作りだ。

外側を胸の高さくらいの柵で囲ってある。

その柵のところに一人の女が立っていた。

渡り廊下も部室も四階なので、ちょうど同じくらいの高さだ。

視力1.0の木村さんには、女の顔までは見えない。

この学校の制服を着ているみたいだが、微妙にデザインが違って見え、スカートは長めだった。

その女がジーッとこちらを見ている。

空は晴れているのに女の全身だけは暗く見え、なんだか背景との色が一致していなかった。

そして等身大のパネルでも置いてあるかのように、ピクリとも動かない。


ガチャリと音がし、部室のドアが開いた。


「木村さん、部長を連れて来たよ」

浅見さんの隣に、酷い癖っ毛で陰気な感じの女生徒が立っている。

「こんばんは。部長の島津です」

部長さんはなぜか夜でもないのに「こんばんは」と言った。

リエはあたふたと頭を下げ、とちりながらもあいさつをした。

「だいじょーぶ。部長も木村さんに負けないくらい人見知りだから!」

この中では浅見さんがいちばん明るい性格みたいだった。


三人は長机を囲んで座り、部活動の内容について話した。

リエは島津部長の雰囲気に安心を覚え、入部を決意した。

「入部してくれるんだ。ありがとう。じゃあこの入部届にね、名前をまず書いて、それから……」

部長が一枚の用紙を出し、説明を始めた。

が、その用紙が風でめくれるのに気付くと、

「カーテン、開いてるよ」

小声で言った。


さっきから部屋の奥の窓が開いて、カーテンが揺れていた。


「あ、気が付きませんでした」

浅見さんは立ち上がると、窓辺まで歩いていく。

「ダメよ木村さん。あそこのカーテンをめくっちゃ」

蒼白な顔をして、部長が無表情のまま、ぼそぼそ喋った。

「早速だけど、怖い話を一つするわ。そこの窓から、向こうの渡り廊下が見えるでしょ。私の前の部長がね、渡り廊下の鉄柵のところから女がずっとこっちを見てるから。生きてる感じのしない女がずっとこっちを見てるから、カーテンは閉めとけって言ってたのよ」

部長は口元に笑みを浮かべ、そんなことを話した。


リエは思った。さっきの女がそうだったのかと。

みんなもあれを見たくないから、カーテンは閉めたままにしてあるんだ。

今度は窓辺のカーテンに手をかけた浅見さんが喋りだした。

「うふふ。前の部長は、そのまた前の部長から聞いたらしいよ。つまり、この部に代々語り継がれてる伝説みたいなものかな?」

ニコニコしながら、浅見さんはカーテンを閉めようとする。

ベランダに女が居る。さっき渡り廊下に立っていた女だった。

その女が、今度はこちら側の校舎のベランダに立っていた。

浅見さんは笑顔のまま、

「正直なところ、私も島津部長も、前の部長も、そのまた前の部長も、渡り廊下に立つ女なんて見たことないんだよ」

言ってから、カシャっとカーテンを閉める。

姿が隠される瞬間まで、女はリエのことをまっすぐにらんでいた。

「でも心霊研究会だからさ、部室にまつわる怪談の一つも欲しいじゃん。ほんと、誰が最初に言い出したんだろうね」

浅見さんは「でも本当だったら面白いじゃん」と笑った。

彼女は、幽霊は居ると信じたいひとなのだ。



ちなみにリエが部室に入ってきた時は風など吹いていなかった。