ダーク・ファンタジー小説

Re: 私が聞いたようで見ていない、ちょっぴり怖い話(怪談集) ( No.59 )
日時: 2013/05/01 16:59
名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)

    第13回 「つめたすぎた手」

「いいお湯だったね。わざわざ来たかいがあったよ」
「ほんと。まだ早い時間だから空いてたし。あの子たちが来たらまた行こうか」

温泉を心ゆくまで味わって、わたしたちは自分たちの部屋に戻った。

わたしが部屋のドアを開け、電気のスイッチを手さぐりで探っていると——。

暗がりの中で、りんかくを持った何かが、ぬっと動いて、わたしとすれ違いに部屋を出ていった。

長い髪の毛が、わたしの視線の横をかすめていった。

はっとなって、わたしは部屋の外へ顔を出す。
廊下を見渡しても、誰もいなかった。

「どうしたの?」

友人のK子が、けげんな顔つきで聞いてきたが、わたしは「なんでもない」と黙っておいた。

この部屋はオートロックだ。
お風呂に行って、帰ってきて、カギを開けたのもわたしだ。

変だと思ったが、せっかくの旅行を台無しにしたくはない。
わたしは今のことは忘れ、くつろぐことにした。


「あ、電話だ」
K子の携帯電話が鳴った。

実はあと二人、他の友だちが来ることになっているのだ。

「うん。あたしらもう着いてるよ。O号室。そう、フロントのひとに言えば入れるから」

電話を切って、待つこと五分。
その二人の友だちが部屋に来た。

「いやー、ちょっと道に迷っちゃってさ。寒い寒い。やっぱS県より寒いねー」

「来てすぐなんだけど、温泉行ってくるね。もう身体がすっかり冷えちゃってさー」

二人の友だちがそう言うので、わたしは立ち上がった。

「合カギ二つもらったんだ。あなたたちの分、渡しておくよ。ここオートロックだから」

「分かった。持っていくから貸して」

「ちょっと待ってね。えっと確かさっきカバンにしまっちゃったんだ」

「もう。すぐカバンにしまうんだから、あなたは」

わたしの背後で、K子が言った。
はいはい、どうせわたしの悪い癖ですよそれは。

「あったあった。はいこれ」

わたしは後ろに手をまわし、友だちにカギを渡した。

手と手が触れた瞬間、

「きゃッ! ちょっと、なんて冷たい手なの!」

わたしは叫んでいた。

外がそんなに寒かったのだろうか。これは早く温泉に入って温まった方がいい。


「……そんなに冷たいかな? あたしの手」

振り向くと、カギを受け取ったのはK子だった。

一瞬、K子の背後に、もうひとり誰か居るように見えた。






___【解説】___
カギを渡す時に触れた冷たい手は、あとから来た友人のものかと思った。
しかし振り返ってみると、そこに居たのは温泉に入ったばかりのK子。
彼女の手がそんなに冷たいはずはない。
最初、主人公たちが部屋に入ってきた時に、すれ違いで出ていった誰かは、まだ部屋の中に居たのだろうか。