ダーク・ファンタジー小説
- Re: 私が聞いたようで見ていない、ちょっぴり怖い話(怪談集) ( No.62 )
- 日時: 2013/05/06 15:17
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)
第14話「生還」
わたしが川辺で意識を取り戻した時、弟の姿はなかった。
わたしは自分の手の平を見つめ、涙した。
溺れていた時、この手には、弟の手がしっかりと、つながれていたのに。
さっきまで、わたしは、弟と、お父さん、お母さん、その他、おおぜいの観光客と一緒に、大きなボートに乗っていた。
川下りをしていたそのボートは、急流で岩にぶつかり、転覆した。
とっさにわたしは弟の手を強くにぎった。
水中に投げ出されると、みんなの悲鳴は遮断され、上も下も分からなくなり、呼吸をしようにも水はようしゃなく口に入ってきた。
意識が途切れる寸前に見た弟の顔が、忘れられない。
わたしが顔を伏せ、泣いていると、聞き慣れた声がした。
「お姉ちゃん、無事でよかったね」
見てみると、元気そうな弟がそこに立っていた。
わたしはわけの分からない大声を発しながら、弟を抱きしめた。
弟のすぐ後ろには、救助隊のひとが、二人来ていた。助かった!
救助隊員はわたしに怪我がないのを確認すると、もうひとりの隊員に「この子のことは任せて。他に生存者が居ないか捜すんだ」と指示していた。
わたしは、自分の倒れていた川辺から、車のとめてある道路まで、弟と二人で歩いた。
死にかけた恐怖で身体が震えているのかと思ったら、そうではなく、わたしの身体はとても冷えていた。
寒さで震えがとまらない。今は夏ではないし、服を着たまま水につかって、何分か気絶していたわけだから、低体温症になっているのかもしれない。
「お姉ちゃん、もうすぐで車に乗れるから、そうすれば温まれるよ」
「………うん」
身体の震えでしゃべることもできず、こう返事するのが精一杯だった。
間もなく、救助隊の車の前に着いた。
わたしは事故から生還できたのだ。
「お姉ちゃん、あのね」
「え?」
「僕とお父さん、お母さんは大丈夫だから、お姉ちゃんだけ車に乗って」
弟は、笑顔でそう言った。
でも、何を言っているのだろう?
わたしがあっけに取られているうちに、弟は走り去ってしまった。
振り返ってみると、アスファルトには、濡れた足跡が点々と……ひとり分だけの足跡が。
___【解説】___
ボートの転覆事故で弟と両親は死んでいた。
姉の前に現れた弟には足跡がなかった。
溺れかけた直後なのに寒さに震えてもいないし、元気過ぎる。
救助隊のひとも「この子たち」ではなく「この子のことは任せて」と言っていた。
つまり救助隊には弟が見えていなかった。