ダーク・ファンタジー小説

Re: 私が聞いたようで見ていない、ちょっぴり怖い話(怪談集) ( No.69 )
日時: 2013/05/22 17:05
名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)

    第16話「消失」

A君はティッシュ配りのひとからティッシュを受けとると、鼻をかみ、ベンチに座ってN君が来るのを待った。

「まったく。あいつらといったらひどいよなあ」

あいつらというのはB君C君で、彼らとN君を含めた4人は中学時代からの親友のはずだった。

それなのに今度の旅行では、B君もC君も口をそろえて「3人ならさあ、これくらいの料金で済むよね」とか「3人で行くにはちょうどいいよね」なんて言うのだ。

「おい、Nを忘れてるだろ。なに言っちゃってんだよ。4人じゃん」

なんてA君が言うと、B君C君は「?」な顔をした。

二人はN君と喧嘩でもしているのだろうか?
にしても、今さらシカトなんて、子供の喧嘩じゃあるまいし。


なんて考え事をしていたら、手ぶらの男性が、隣のベンチに座った。

「おい、A。来たよ。俺だよ」

「は? …………ああ、N!」

隣に座ってきたのはN君だった。

一瞬、彼だと気づかなかったので、A君は「お前、ずいぶん変わったな!」と言ってやりたかったが、N君は、前に会った時と特に変わっていなかった。
だいぶ痩せたようだが、髪形も服のセンスも、A君の知っているはずのN君だった。


二人は今度の旅行について話したが、N君は乗り気じゃなかった。
なんだか落ち込んでいるようだった。

「うちの親がさ、『あんたなんて知らないよ! 出て行って!』とか言うんだ。もう俺には居場所がないのかな……」

「そんな。おおげさだよ」

けっきょく、旅行はN君を除いた3人で行くことになってしまった。

二人がベンチを立ち、少し歩くと、さっきのティッシュ配りに会う。
A君は「もうもらいました」と、手に持ったポケットティッシュを見せた。

信号のない横断歩道で、渡るタイミングをうかがっていると、N君が袖を引っ張ってきて、こう言った。

「信号がないと、怖いんだよ。ここへ来る時も、車がぜんぜんスピード落としてくれないから、ひかれそうになっちゃって……。お前、俺と一緒に渡ってくれ」


それから数ヶ月が経って、今ではもう、N君を覚えているひとは居ない。






___【解説】___
N君はこの世から存在が「消えかかって」いた。
まわりのひとが、どんどんN君を忘れ、Nなんて人間は最初から居なかったかのようになっていく。

B君とC君は、N君のことを「忘れた」。
N君の親もN君のことを忘れたから、知らないひとだと思い、彼を家から追い出した。
主人公のA君は、待ち合わせ場所で会った時、彼に呼ばれても、一瞬N君だと気づかなかった。

ティッシュ配りのひとや、車を運転しているひとは、初めからN君と親しい間柄ではないので、もう彼の姿すら見えなくなっている。

N君は、自分が近いうち、誰からも忘れられ、この世から消えてしまうという恐怖におびえていた。