ダーク・ファンタジー小説
- Re: 私が聞いたようで見ていない、ちょっぴり怖い話(怪談集) ( No.99 )
- 日時: 2013/02/03 17:55
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)
第22回「河童の看板」
課外授業の自由研究で、僕たちのグループは「S沼で釣れる魚」を調べることにした。
S沼は学校の近くにあって、柵の外を遊歩道が続いている、のどかな場所だ。
「先生はこの町へ来たばかりだけど、あそこで釣りをしているひとは見たことないなあ。どんな魚が釣れるんだろうね。興味あるよ」
と、先生も言ってくれた。
その日の放課後、僕たちのグループはS沼へ来た。
でも実際、家に釣竿があったのは僕とA君だけで、他は、アイスなんか食べながら傍観を決め込む者、カメラを持ってはりきる者、犬の散歩を頼まれて連れて来る者など、気楽なものだった。
僕とA君は、柵から身を乗り出し、できるだけ遠くへ釣竿を投げた。
しかし、じっと待っていても、獲物はかからない。
「おい。さっきから絵が全然動かないで、つまらないぞ」
カメラを構えたM君が言った。
「釣りっていうのは、そういうもんなんだよ。仕方ねえな」
A君は言い出しっぺというプレッシャーもあったのか、柵を乗り越えると、自分の背ほどもある茂みへと入っていく。
「なんだこれ……気持ち悪いな」
A君についていくと、沼のへりに、河童の顔が描かれた看板があった。
絵のタッチからして、もう三十年くらいそこに立っているんじゃないか。
『この沼には河童が出ます。危ないから遊んではいけません』と書かれているんだと思うが、サビだらけでよく読めない。
「河童が出るだって。全く、子供だましだよなあ」
「おい、今そこ、水面で何か光ったよ」
「ほんとか? 魚かも!」
A君は竿を投げるが、距離が足りない。
後ろをついてきたカメラ担当の子は「一枚、撮っておこう」とシャッターを切る。
他の子が連れてきた犬が、ワンワンほえてうるさい。
「おい、犬がうるさいぞ。魚が逃げちゃうだろ」
「ごめん。どうしたんだよゴロー、いつもは大人しいお前なのに」
飼い主の子がなだめるが、犬は腹の底から低い声でほえ続けている。
A君はイライラしつつ、できるだけ遠くへ竿を投げようと、沼のどろどろしたところへ、片足を踏み込んだ。
——ズボッ。
「やっべ。ハマっちまった。抜けねえや。おい、引っぱってくれよ」
笑いながらA君が差し伸べた手を、僕はつかんだ。
——ズボズボッ。
「「うわッ」」
二人の声が重なる。
強い力に引っぱられ、僕も片足を沼に突っ込んでしまった。
A君を見ると、両足が膝くらいまで埋まってしまっている。
「なんだよこの沼。おかしいぞ。え? 手?」
下を向いたA君はそう言うと、急に泣きそうな声で「早く早く! みんなも引っぱって!」と叫ぶ。
ただならぬ雰囲気を感じ、みんなは必死に僕の腕を引っぱった。
僕はA君の手を、絶対に放すもんかと強くにぎった。
女子までもが助けに入ってくれた。
犬はずっとほえていた。
A君は片方のクツを失ったが、どうにか沼から出ることができた。
泥にまみれて、みんなは河童の看板に石をぶつけた。大声でののしりながら、沼へ石を投げた。
河童は本当にいるんだ。学校に、その噂が広がった。
児童が危ない目にあったとして、先生はすごく怒られた。もちろん、僕たちの企画は中止になった。
数日後、ホームルームの時間に、先生は言った。
「いいかいみんな、S沼へは決して近づいてはいけないよ。先生も知らなかったんだ。この町に昔から住んでるひとに聞いたんだけどね、河童はいない。だからS沼に行って河童を見ようなんて思わないこと。
実は三十年くらい前に、あの沼でひとが溺れ死んだんだ。亡くなったのは大人のひとで、泳げるし、不可解な死に方だったらしいよ。そもそもS沼はそんなに深くもないからね。
溺れるような場所じゃないし、『危ないから入ってはいけません』と言っても、子供は聞きそうになかった。だから当時の子供たちが、テレビや漫画で見る怪獣を怖がっていたのを利用して、『河童が出ます』と看板に書いただけなんだ。
そうして子供はS沼に近づかなくなった。だから本当は河童はいないんだけど、危ないのは確かだからね。S沼へは近づかないこと。分かったかな?」
クラスのみんなが声をそろえて「はーい」と言う。
その後で誰かが、
「河童は怪獣っていうより妖怪でしょ。妖怪は人間に危害を加えたりしないんだよ。人間が勝手に怖がってるだけでさ」
「ふーん。じゃあ、S沼には何がいたんだろう」
なんて話していた。
犬のゴローだけはその正体を見ていて、僕たちは、カメラの子が撮った写真で、そいつを見ることになった。
やっぱり、河童じゃなかったんだ。