ダーク・ファンタジー小説

Re: 君がいたから、ようやく笑えた。 ( No.7 )
日時: 2024/09/10 17:34
名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)



 - 7.不思議な感情 -

 6月も終わりに近づき、そろそろ夏が来ようとする中…私水瀬みなせ 怜愛りあは今、都会でも有名な美術館にいる。

 そして隣では…あの世にも有名な画家、蓮見はすみ 陽向ひなたがたくさんの人に囲まれている。

 なぜこんなことになっているのか…それは数日前にさかのぼる。


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「ねぇ怜愛。日曜日、僕とデートしない?」
「……は?」

 ある日の放課後。いつも通りの場所でいつも通りに絵を描いていた陽向が、突然意味の分からないことを言ってきた。

「ついに絵描きすぎて頭おかしくなったか…」

 もしくは彼女ができた夢でも見ているんだろうか。いや、目は開いてるからそれはないか。

「何か言った?怜愛ちゃん」

 効果音がつきそうなくらいニッコリと笑った彼は、絶対に怒っている。だって目が笑ってないし。

「な、何も言ってないですけど?」

 誤魔化ごまかすように、陽向から目を逸らした。そんな私をよそに、彼はスケッチブックの別のページを開き、そこから紙のようなものを取り出した。

「これ行こうと思ってるんだけど」

 ほら、と目の前に突き出されたのは。

「白花美術館・特別展…?」

 そう書かれたポスターだった。さらに見出しの下には『未来の芸術家・世界の画家展』などと詳細が書いてあった。

「この展示にさ、僕が出るらしいんだよね」
「え?」

 いやいや。そんなことさらっと言われましても。

「絶対冗談じゃんって顔してるけど、本当の話だから」

 完全に疑っていた私はポスターにもう1度目を向けた。すると詳細の方には、確かに蓮見陽向という文字があった。

 でも世界に認められるこの人なら、確かに美術館に展示されていてもおかしくない。

 驚きを感じつつも1人でそう納得していると、陽向はポスターを閉じた。

「で、どうするの?行く?」

 彼はスケッチブックの元のページを開きながら、私に問いかけた。

 私はその質問を聞いて、真っ先に両親の顔が思い立った。普段の休日は、ほとんど1日中ピアノの練習ばかりしている。だからそんな貴重な練習時間をさぼるなんてことをしたら、父に何と言われるか。私の中はそのことでいっぱいだった。

「…」
「………何も言わないってことは、オッケーってことでいいよね?」
「え、ちょっ……」
「はい、決まりー」

 何を言うのかと思えば、陽向はさっきまで持っていたポスターを、私に少し乱暴に渡した。

「じゃあ、日曜日の10時に駅で集合ね」


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 そんなこんなで、今私は陽向と白花美術館にいるのだ。

 ちなみに親に言ったら絶対に怒られるので、父には外でピアノの練習をしてくると嘘をついた。

 父に嘘をついたのは生まれて初めてだったので、今もまだバレないかと内心不安になっている。

 そんな私に構わずに、誘ってきた当の本人は相変わらずたくさんの人に囲まれて、面倒くさそうに顔をしかめている。

 一方の私は水瀬怜愛だとバレないように、しっかりとマスクと帽子を着用している。

「やっぱ本物じゃん!!!」
「すごい、テレビで見るより100倍イケメン〜」
「連絡先交換しませんか?」

 隣の陽向は、特に若い女性や女の子の学生に人気があるみたいだ。

 ……というか、さらっと逆ナンされてる?

「……ちょっとあっち行きたいから通してもらっていい?」

 いつもより低い声で彼はそう言い、群がる人たちをき分けながら私の方へ近づいてきた。

「…ちょっと来て」

 人目が逸らされている間に、陽向は私の手をひいてエリアから離れた。


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「だから言ったじゃん、そんな格好で行ったら大変な目にあうよって」

 私は人気ひとけのない所へ連れてこられた後、すぐにそう言った。

「……だってマスクとか暑いし」

 不機嫌そうにそう言う陽向は、何だか駄々をこねる子供みたいで不覚にも可愛いと思ってしまった。

「確かにそろそろ夏来るし暑いけど、じゃあ陽向はちょっと暑いのと女の子にナンパされるの、どっちが嫌なの?」
「…」

 陽向は完全に黙り込んでしまった。

「……仕方ないから、今はこれあげる」

 私はもしものために持ってきた予備のマスクを陽向に渡した。

「…ありがとう」

 陽向は小さな声でお礼を言った後、渋々とマスクを着けた。

「じゃあせっかくだし、陽向が出るっていう特別展、言ってみよっか?」

 私もマスクを着け直した後、2人で特別展を見るためにその場から離れた。


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「凄かったね」
「……僕がいっぱいいた」

 あれから私たちは特別展を見に行って、今は少し遅めのお昼ご飯を食べている。
 もちろんマスクをとった姿は見られる訳にはいかないので、誰もいない公園のベンチに座った。

「僕がいっぱいいたって……語彙力小学生か」
「だってそうだったじゃん」

 パンを頬張りながら、陽向はそう言う。

「まぁでも………普通に感動した、かな」

 これはお世辞でも何でもない、本当に思ったことだ。

 特別展では、主に世界の有名な画家たちの代表的な作品や本人の写真が展示されていて、その中に陽向もちゃんといたのだ。

 彼の作品を見て、やっぱり世界に認められる画家なんだと、改めて感じた。

 毎回思うが、陽向の描く絵は何か胸を打たれるようなものを感じさせられるのだ。私に語りかけてくれるような、励ましてくれるような…そんな力が、絵に秘められている気がする。

「……というか怜愛、嫉妬してくれたんだね」
「嫉妬…?」

 どういう意味だ、と私は首を傾げた。

「僕がナンパされるの見て、ほんとは嫌だったんでしょ?」
「えっ…」

 図星だった。今日陽向がたくさんの女の子に囲まれていて、正直少しもやもやしていたからだ。

「その反応は…もしかして図星?」
「…っ、べ、別にそんなんじゃないし!聞かないで…!」

 陽向はふーん?と、にやにやしながら私の反応を見ている。

 ………絶対私の反応見て楽しんでいるやつだ。

「怜愛ちゃんは、僕のこと好きなんだ?」
「だ、だからっ、違う!」

 こんな感じで私たちはデート?を楽しんだ。


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「今日はありがと。じゃあ、また明日学校で」
「こっちこそ、誘ってくれてありがとう」

 お昼を食べてゆっくりした後、私たちは今朝集合した駅まで行き、陽向はこの後用事があると言って帰って行った。

 私も彼に背を向けて、見慣れた景色の中を1人歩く。


『嫉妬してくれたんだね』

 ふと、陽向の今日の言葉が頭の中で響き渡った。思い出した途端、私は自分の顔が真っ赤になるのを感じた。そんな赤い顔を冷ますように、私は反射的に顔を両手で覆う。

『怜愛ちゃんは、僕のこと好きなんだ?』

 ……私、陽向のことどう思ってるんだろう。今日は彼とデート?して、本当はすごく楽しかった。

 じゃあこの感情は、一体…?とくとくと鳴る胸を抑えながら、私は考えた。

 こんなこと、今までなかったのに。小さい頃からピアノしか弾いてなくて、他人になんか興味も持たなかったのに、本当に不思議だ。

 頭の中でそんなことを考えながらしばらく歩いていると、鞄の中に入っていたスマホが急に鳴った。

 スマホを取り出して液晶画面を覗いてみると、そこには『母』の文字が表示されていた。

 どうせ帰ってくるのが遅いんじゃないかとか、早く家帰ってもっとピアノの練習しろとか言われるんだろうな。

 そんなことを思いながら、私は渋々電話に出た。

「もしもし」
「怜愛!?」

 気だるけにそう言うと、母はいつもより大きな声で話すので少しびっくりした。携帯越しでも、相当焦っているのが分かる。

「どうしたの……………って、え?」

 私は思わず手に持っていた鞄を落としそうになった。なぜなら、母の電話内容は思っていたものと全く違っていたからだ。

「お父さんが………倒れた?」