ダーク・ファンタジー小説

Re: ERROR_ ( No.1 )
日時: 2023/05/20 00:54
名前: 神崎 (ID: 4NhhdgqM)

主要人物


黒町風花くろまちふうか 17歳 男
H.S.C.所属の東京藤海どうかい高校2年生。
11年前、御三家である柊木家で養子として過ごしていた。
SIGMA-DNAを0.03%組み込まれており、DNA活性化剤を投与すればすさまじい身体能力を発揮する。

柊木天汰ひいらぎあまた 17歳 女
H.S.C.の社長で東京藤海高校2年生。
御三家である柊木家出身だが、当主である柊木黎之助れいのすけを嫌い、嫌われ、H.C.S.を設立した。
美人。

生原蒼はいばらあお 11歳 女
SIGMA-DNAが組み込まれた19人の呪われた子ども(セファルキーパー)たちの一人。
知的だが、どこかあほ。
風花サイド。

富樫純儺とがしじゅんな 37歳 女
SIGMA-DNA開発者である謎の研究者。
風花たちに助言をくれる。

武蔵野風鈴むさしのふうりん 21歳 女
東京エリアを統括している首相。
御三家である武蔵野家の長女であり、次期当主。

Re: ERROR_ ( No.2 )
日時: 2023/05/20 19:17
名前: 神崎 (ID: 4NhhdgqM)

プロローグ


ピピピピッ、という一定の間隔で機械音が鳴っている。
黒町風花くろまちふうかは、ゆっくりとベッドから上体を起こす。スマホのディスプレイに映る自分は寝癖のついた、酷く寝ぼけている顔だった。
機械音の正体である、デジタル時計の目覚ましを止める。液晶に映っている時刻は9:10。
「...あ」
風花は一瞬で察した。今日が月曜で、学校があるということを。
慌ててスマホの電源を入れると、案の定同級生である柊木天汰ひいらぎあまたからのメッセージと不在着信が大量に来ていた。
急いで制服に着替え、寝癖も直っていない酷い格好で学校まで走った。
自宅から学校までは5分で着くが、それでも既に1限目は始まっているので、急いでも意味はないのではないかという悪魔の囁きが脳裏をよぎる。

「よって、この式は成り立___」
勢いよくドアが開き、一瞬で教室は静寂に包まれた。
教室の隅の席に座る天汰は、頭を抱えていた。
「...黒町ぃ、お前遅刻とはいい度胸じゃないか...」
「あーいや、先生違うんすよ!だから許してほしいなーって...」

「あんた、今月何回目の遅刻?」
はぁ、と溜め息をつきながら言う。
屋上に二人、青春を感じるような場所かもしれないが、説教されていれば青春など感じない。
「6回」
「あのねー...あんたいい加減にしなさいよ」
「天汰さんだって遅刻してるじゃん」
天汰としては痛いところを突かれたのか、顔をしかめた。
「あ、あんたよりはしてないもん...!」
「してるなら人のこと言えないな。はい、俺の勝ちー」
「なんの勝負よ!?そんなんだったらH.S.C.解雇にするわよ」

Re: ERROR_ ( No.3 )
日時: 2023/05/21 09:42
名前: 神崎 (ID: 4NhhdgqM)

第1章「異質」
1


時刻は18時を回った頃、空は茜色に染まり、パトカーのランプが赤く発光していた。
KEEP OUTと書かれた黄色のテープの前では警官と刑事が立っていた。
「ん?H.C.S.に害虫駆除を頼んだつもりはねえんだがな」
強面にしゃがれたか声は、背筋を震え上がらせる。
鮫島翔太さめじましょうただ。
「悪いな。でも依頼なんで仕方がねえ」
「っち、いつまでも警察の邪魔しやがって。民間の警備会社のくせに」
不機嫌そうに舌打ちをしながら、風花の方を睨み付ける。
今回の依頼は、神社の敷地内に突然変異体『SIGMA』の駆除。
「社長さんは来ねえわけだ」
「ウチの社長は忙しいんでな」
「その代わり私だ」
「なんだこのガキ」
目を見開いて驚く翔太に、ガキ呼ばわりされて生原蒼はいばらあおは怒った。
「誰がガキだ!私はもう11歳、ガキと呼ばれる筋合いはない!」

テープの内側に入り、風花は対SIGMA拳銃を装備した。
「そんなんでいいのかよ」
「これは対SIGMA戦を想定して作られた銃だ。見た目はただの拳銃でも、威力は下手すりゃショットガンにまで匹敵する。それに銃弾はカースヴァーナコーティング弾だから、折り紙つきってわけだ」
「ほー」
翔太は話を聞いていたのか聞いていなかったのか分からないような返事で答える。
鳥居を潜ると、そこには5mはある大型の蜘蛛が境内を破壊していた。
「こちら鮫島、SIGMAレベル2を確認。これより殲滅作戦を開始す___」
「っ!」
翔太が無線で連絡している間に、風花と蒼はSIGMAに向かって攻撃を仕掛けた。
風花は照準を合わせ、マガジン内の16発を全弾命中させた。
「おい!全然効いてねえじゃねえか!」
「っち!やっぱりか!」
「風花、来るぞ!」
蒼からの警告で、SIGMAの長い脚から繰り出される攻撃は回避できたが、地面は抉られ余計に足場が悪くなってしまった。
風花はロングマガジンを装填し、蒼に指示を仰ぐ。
「蒼!俺がヤツの気を引かせるから、お前が攻撃しろ!」
蒼は返事をせずに頷くだけで、恐ろしい速さで移動した。
セファルキーパーの身体能力には驚かされるばかりだが、風花もSIGMA-DNA組み込まれた死に損ないなので、負けていられない。
スライドを引いて、狙いを合わせる。トリガーに指をかけた。
すると、辺りに炸裂音が鳴り響き、火薬の臭いが充満する。思わず咳き込みそうになるが、そんなことをしている場合ではない。
「今だ!蒼!」
風花が叫ぶと、上空から蒼が踵落としをしながら落下し、SIGMAの頭部を叩きつけた。
「はぁぁぁぁぁ!!」
金属と金属がぶつかり合ったような甲高い音が響き渡り、紫色の体液を撒き散らしながらSIGMAは活動を停止した。
戦闘が終わったことによる疲労なのか、息が上がり肩で呼吸する。
「...もしもし、天汰さん。ああ、終わったよ」
天汰に連絡を取り、任務が終わったことを知らせると、通話を終了させてそのまま死体処理の手伝いもせずに帰った。

「ただいまー」
いつもなら返事が帰ってこないはずだが、電気が点いており誰かが部屋のなかに居るということが想定できる。
「おかえりなさい」
しかし不審者だとか、そういう心配をする必要はなかった。
漆黒の長い髪を、後ろでまとめている少女。
「悪いな天汰さん、夕飯まで作ってもらって」
「いいのよ、どうせ私は前線に立てないんだから」
その言葉に、少しだけ風花は悲しい顔を浮かべた。
天汰は中学生の頃両親をSIGMAに殺され、その時に腎臓の半分が機能を停止し、そのため短時間でもスピードとパワーを生かした刀を使う戦闘スタイルの天汰は、もう前線には立てない。
「でも私は見たいぞ、天汰が刀を使っているところ。免許皆伝なのだろ?」
「あのな、蒼___」
天汰は風花の言葉を遮り、優しく微笑みを浮かべて言った。
「じゃあ今度、私と風花くんが模擬戦するから、審判よろしくね」
「おー!やったー!」
無邪気に喜ぶ蒼を横目に、風花は勝ち目がないと心の底で思った。

Re: ERROR_ ( No.4 )
日時: 2023/05/23 22:09
名前: 神崎 (ID: 4NhhdgqM)

2


無機質なむき出しのコンクリートの壁には、おしゃれな時計がかけられていて、さらには観葉植物が置いてある。
「急に呼び出して何の用だ純儺先生」
不機嫌そうに言うと、目の前の女性は白衣のポケットに手を突っ込んで、イスに腰掛けた。
富樫純儺とがしじゅんな
「悪いねわざわざ来てもらって。実はI.S.S.O.のLv.序列1400番台まで君が格上げされたから、それの報告」
Lv.序列とは、I.S.S.O.が定めた戦闘力のランキングである。
風花は夜中にバイクを飛ばしてきたことを後悔した。かなり久しぶりの運転だったので、クラッチを繋いで発進するときにエンストを繰り返して、一人で恥ずかしい思いをしたことが脳内でループ再生される。耳が熱くなっていくのがすぐにわかる。
「H.S.C.の知名度もそれなりに上がってきたし、君たちとしても安泰じゃないのか?」
「さあな。それは社長に言ってくれ」
そう言うと、用が済んだかの確認もせずに、研究室のドアを開けた。
特に止められることもなかったので、そのまま研究室から出てエレベーターに乗った。

「...」
ただいまと言うと、寝ている蒼が起きてしまうかもしれないので、そーっとドアを閉めて脱衣場に向かう。
汗で少し湿った服を洗濯機のなかに放り込んだ。
シャワーの音が浴室に反響し、心の隙間を埋めていく。この瞬間こそが、特殊武装警備員の彼にとっては至福だった。
タオルで体を拭いていると、マナーモードにしてあったスマホが一定の間隔でバイブレーションする。電話だと確信するのには、あまり時間がかからなかった。
「もしもし」
電話の相手は天汰だった。
『あら、起きてたんだ』
「起きてないときにかけたって意味ないのになんでかけようと思ったんだよ。まあ今起きてるからいいけどさ」
寝てる間に知ってて電話をかけるなんて、なんとも悪質だ。
「んで?何の用だ」
『H.C.S.にSIGMA駆除依頼が来たから行ってくれるかしら?』
「ああ、いいけど...レベルは?」
『3なんだけど』
そう答えた天汰に、言葉を失ってしまった。
SIGMAには、レベルが5段階に分けられており、レベル1の新生幼体、レベル2の終霊幼体、レベル3の新生成体、レベル4の黒曜成体、そしてレベル5白霊成体だ。レベル4は上から3番目、つまりまあまあ強い。
『どうしたの?』
「俺なんかで大丈夫か?というか俺の安全は大丈夫か?」
『報酬は膨らむけど』
まさか社員の安全よりも報酬を優先するとは、この人は本当に情はあるのだろうか。
しかし、天汰の並々ならぬ圧を感じてしまったために断れなくなっていた。

「天汰さん」
「んー?」
「稽古、つけてくれねえか?」
「お!風花と天汰、戦ってくれるのか!?」
メガネをかけて、デスクワークをしていた天汰は目を見開いて驚いていた。蒼は待ち焦がれていた稽古に、目を輝かせていた。
風花は天汰の返事を待たずに、続けた。
「今度の依頼で、へましないように強くなりたいんだ。頼む」
深々と頭を下げて、風花は頼み込んだ。
天汰はメガネを無機質で正に事務作業に特化したような机の上に置き、イスから立ち上がり胸を揺らした。
「...分かった、頭上げて。でも風花くん」
恐る恐る顔を上げると、そこには笑顔が消えた何の感情も宿っていない、天汰の顔が目に入った。
「本気でやるんだったら、私はその気持ちに応える。だから容赦はしないわ」
その圧で押し潰されてしまいそうな風花は、ゆっくりと頷いた。

Re: ERROR_ ( No.5 )
日時: 2023/05/26 22:15
名前: 神崎 (ID: 4NhhdgqM)

3


ある日、風花は事務所でニュースを見ていた。
『続いてのニュースです。SIGMAによる被害は深刻化しています』
そんなこと誰もが知っているだろうと思いながら、ニュースを聞き流す。
アナウンサーが喋っている途中で映像が切り替わり、会見のようなものが行われそうな雰囲気が漂っており、黒いテープで雑にまとめられたマイクが置いてある。
『それでは武蔵野むさしの首相の会見です』
どうやら会見で間違いなかったらしい。
武蔵野風鈴むさしのふうりん、21歳という若さで東京エリアを統括している権力の塊みたいな人物だ。
『東京エリアでは、すでにSIGMAによる侵攻で、10分の1を失いました。そこで自衛隊内特別殲滅部隊DASTを編成します』
「ただいまー」
会見をぼーっと見ていた風花は、不意に玄関から聴こえた声に思わず体を揺らした。
声の主は天汰だった。見れば彼女の背中には、黒い棒状のものを背負っていた。
「まさかそれって」
雨夜あまよ
風花の予想は見事に的中してしまった。
雨夜というのは黒雲刀こくうんとう雨夜あまよのことだ。この刀は、風花のために作ってもらった刀だ。製造にはバルドニウム鉱石を使用しており、その上からカースヴァーナコーティングを施しており強度とSIGMAに対する威力は凄まじいものとなっている。
しかし風花にとっては、この刀はあまり好きではない。なぜならば、元々白銀だったのに、H.C.S.に所属して最初のSIGMA駆除のときに焼き色の青と紫のグラデーションがついてしまって、天汰と風花の師匠である神代杏亥こうじろきょうがいに怒鳴られたからだ。
「...なんで、これが?」
「道場の方に用事があったのよ。それで師匠に『いつまでも雨夜を道場に置きっぱなしにするな』って怒ってたから、私が持ってきたの」
余計なことを...と思いながら、頭を抱える。

レベル3のSIGMAは、それなりに手強い相手でもある。風花も、以前対峙したことがあり、そのときにかなり手こずった記憶がある。
耳が痛くなるほどの静寂の森には、生き物の気配など何も感じない。
「...SSSビット射出」
静かに呟いた途端、手のひらに置いた小型のドローンが音すらたてずに浮遊した。
SSSビット、視覚を失った狙撃兵やスコープでは視認不可な超ロングレンジ戦闘などの現場で使用される。
仕組みとしては、専用インターフェースを脳波と干渉させて、電気信号を送って映像を遅延なしで送っている。
風花は実はすでに両目を失っており、ドグマ社製高度演算CPUを組み込んだ義眼で失った視覚を補っている。
「...」
サーモグラフィーに映った赤いシルエットは、生き物のそれの形をしている。シルエット的には、エビやカニなどの甲殻類が近いだろうか。
敵の姿を鮮明に見ようとして、サーモグラフィーを解除。
「なっ...」
先程まで確かに映っていたSIGMAが見えない。
再びサーモグラフィーを起動させると、確かに居る。
風花は、思考をフル回転させ、何が起こっているのかを必死で考える。あらゆる知識や経験を持ってしても、答えが出ない。
「くそっ...」
脳の限界が訪れ、SSSビットを戻す。頭をジリジリと焼くような痛みと、ヤツを殲滅する糸口が見えないことへの焦りが苛立ちとして表に出る。
しかし今はそんなことをしている場合ではない。早く殲滅しなければ。
ヤツの位置は大体把握している。それにSSSビットからの映像では、体長が推定でも7mはあるはずなので、的が大きいのは風花としてはありがたい。
「これより目標を殲滅する」
呟いた言葉に返事はないが、彼は戦闘を開始した。
腰に1m16cmの刀を差しているため、非常に動きにくい。愛刀の望んでもない帰還のせいで、任務にまで支障が出そうだ。
目標地点までたどり着き、刀の柄に手をかける。
神代式抜刀術こうじろしきばっとうじゅつ牙瀧破壁がろうはへきの構え」
肺一杯に空気を吸い込み、精神を統一する。
「ふぅ...神代式抜刀術一の型一番...天座邪逸てんざじゃいつ・四連」
刹那、地面を抉りながら跳躍する。
「ハァァァァァァ!!!」
咆哮を上げながら、風花は縦一文字たていちもんじに刀を振り下ろす。
伝わってきた感触は、かなり固い。恐らく外骨格に当たってしまったのだろう。じーんと両手が痺れる。
刹那、SIGMAは咆哮を上げながらその姿を見せた。
「うおわ!?」
二撃目を食らわすことなく、技は途中で解除され大きく体を揺らし落とされた。
「っつつ...はっ!?」
風花は、初めてその全貌を見た。
カニのような風貌に、目がない代わりに長い触覚が4本。縦に長い腹部は、白く縁は目まぐるしく光っている。
SIGMAは、擬態が解除されてしまったことに激怒したのか、その巨体とは相反して素早く大きな鋏を振り下ろしてきた。
____その鋏は挟むもんじゃねえのか!
口に出す暇もなく、攻撃を回避した。地面が抉れ、すさまじい衝撃波が辺りに広がる。
空中で体勢を立て直すと、風花は左手で腰のグロック社製の対SIGMA拳銃を構え、巨体に向けてフルオートで全弾撃ち込む。
体勢を崩したところで、銃を投げ捨て刀を再度構える。
「神代式抜刀術二の型二番、獄火羅針ごくからしん!!」
刀が赤熱し、外骨格をジュウと焼き斬り、火花を散らしながら苦痛の鳴き声を上げた。
「うおりゃぁぁぁぁあ!!!」
技が終わると、刀身から白煙が立ち上ぼり、SIGMAは爆散して活動を停止した。
風花は戦闘が終わり、肩で呼吸しながら刀を鞘に納めた。カチン、という金属がぶつかる快音が鳴り、森から出た。

Re: ERROR_ ( No.6 )
日時: 2023/05/27 14:34
名前: 神崎 (ID: 4NhhdgqM)

4


「ん...?」
「どうしたんです?先輩」
すると先輩と呼ばれた男は、ソナーに映った不自然な影に違和感を覚えた。
それは明らかに海洋性の生物ではあり得ないほどの、規格外のサイズだった。世界最大の鯨であるシロナガスクジラを凌ぐほどのサイズだ。
「これ...」
「明らかにでかすぎると思わないか」
「サーモは?」
「これは...!?」
その日を皮切りに、最悪の事態を招くことになるなんて、まだ人類は知りもしない。

「...はいー!私の勝ちだな!」
「蒼ちゃんまた一番抜け~?もうこれで5回連続だよ~」
「ぐぬぬ...」
この頃依頼続きで、ほぼ休養など取れていなかったため、風花と蒼と天汰の3人でトランプのババ抜きをしているのだ。ちなみに現在蒼の5連勝中という、他の2人は涙目な展開である。
「...はい、私の勝ちね」
「っだぁぁぁ...5連敗かよぉ...」
「風花は分かりやすすぎるよ」
2人から笑われてしまい、つくづく自分がババ抜きが弱いことを知る。テレビゲームなら強いのに。
はぁ、と溜め息をついて、トランプを片付けながら垂れ流したテレビを横目に見る。
テレビは60インチとかなり大きく、スピーカーもかなり高音質だ。思えばこのテレビを購入したせいで、貧乏生活を余儀なくされたのは、苦い思い出だ。
「うお...」
「「きゃっ!」」
かなり大きな揺れが事務所を襲い、天汰と蒼は喘ぎ咄嗟に風花の腕に抱きついた。
「っ」
風花の右腕には、慎ましくも膨らみのある大人な体になりかけている蒼の胸の感触。左腕には、服の上からでもわかるほど大きく育った胸の感触。
風花だって男だ。今まさに煩悩に支配され、理性というリミッターが外されケダモノのように襲ってしまうかもしれない。
しかし、必死でそういった思考から離れて、話題を地震へと移す。
「今の揺れは一体...」
天汰の胸の揺れにも目が行きそうになるが、視線が吸い込まれるのをなんとか耐える。
「2回目がこないだと...?」
普通の地震であれば、初期微動という1回目の揺れから遅れて主要動という大きな揺れが来る。それが来ないということは、普通ではない。
そんな当たり前のことが脳裏をよぎる。
外の方では、地震に気付いた住民たちが次々と出てくる。
「一体なんなんだ...」

「はぁ、はぁ...」
全力疾走をしながら、肩で息をする。足はパンパンになり、汗と血液が混ざり目に入ると激痛を催す。
「はぁ、はぁ...千景ちかげは、大丈夫?」
千景と呼ばれた少女は返事はせずに、首を縦に振る。
手に握られたスーツケースを大きく前後に振りながら走る。
「居たぞ!」
「!?千景!逃げよう!!」
追手の声が聴こえ、すでに限界の体にムチを打って再び走る。
なるべく遠くへと逃げるように。
「あなたたち、止まりなさい」
目の前に立ちはだかる制服姿の女性の声に、驚いて止まってしまった。
「はい、素直でよろしい」
「だ、誰ですか?」
「私はH.C.S.代表取締役社長、柊木天汰よ」
柊木という名字は聞いたことがある。御三家と呼ばれる名家の一家のはずだ。
天汰は続ける。
「私はあなたたちを捕まえるために、ここまで来た____」
「助けてください!追われてるんです!」
焦った様子で少年は助けを乞う。
天汰は、予想外の反応に戸惑った。
「な、なにがあったの?」
「僕たち、今追われてて」
喉が痛い。それでも今は状況を知ってもらうことが最優先だと判断し、そんなことお構いなしに喋る。
「ったく、ガキどもめ。手こずらせやがって...少しでも動いてみろ、その瞬間蜂の巣にしてやるよ」
武装した自衛隊が、少年たちに銃口を向ける。
天汰はそれを見て咄嗟に、少年たちの前へ庇うように出た。
「そっちがその気なら、私はこの子たちを守るわ」
「っ!?銃を下ろせ!」
権力者が命令すると、全員が銃を下ろした。
何事かも理解できないまま、天汰をその場に立ち尽くす。
「御三家柊木様、この度は我々の無礼をお許しください」
「あっ、えっ?」
「お前ら撤退だ」
結局なんなのかも理解できずに、自衛隊は去っていった。
「...かっこいい」
「え?」
「あ、あの!H.C.S.に入りたいです!」
少年は目を輝かせて言った。
「...君がいつか、一人前の大人になったら、私がスカウトしに行くから」

Re: ERROR_ ( No.7 )
日時: 2023/05/28 23:38
名前: 神崎 (ID: 4NhhdgqM)

5


「思ったよりも遅くなっちまったなー...」
「仕方ないじゃない、私たち出席足りてないんだもの」
東京エリアの夜は、住宅街だからというのもあるだろうが、静かすぎた。
今日は金曜日で、天汰が風花の家に泊まるのだ。
「買い出しに時間かけちゃったし、蒼ちゃん怒ってるかな」
「どうかな...まあこれから、分かることだ」
ドアを開けて、「ただいまー」と言えばすぐに返事が帰ってくる。
「おかえりー!」
「ただいま、蒼」
「お邪魔してるで~風花ちゃん」
東京藤海高校の制服に、赤みがかった頭髪。
「げっ...なんであんたがここに居るのよさく...」
「あら~?なんや居たんか天汰。でかい胸のせいで顔がよく見えんかったわ~」
東雲咲しののめさく、東雲重工の社長令嬢であり、風花たちの同級生。そして天汰とは犬猿の仲である。
それゆえに混ぜるな危険と言わしめるほど、最悪な化学反応が起こる。
「二人とも落ち着け!とりあえず、なんで咲が居るんだ」
「それは蒼ちゃんに助けられたんよ。よりにもよってSIGMAに襲われたんでな~」
そう言いながら苦笑し、タブレット端末で襲ってきたSIGMAの写真を見せた。
ぶれぶれで細部までは分からなかったが、蜘蛛のようなシルエットだった。
「毒飛ばされてもうて...」
「っ!?大丈夫なのか!?怪我は!?」
思わず手を握って、一方的に訊いてしまった。
咲は一瞬驚いたような顔をしたあと、少し頬を赤く染めて答えた。
「大丈夫や。かけられただけじゃなんにもならん。それより風花ちゃん、ウチの心配してくれるなんて、ますます好きになってまうやん...」
「ちょ、ちょっと!勝手にうちの風花くん口説こうとしないでよ!!」
「えー?口説くもなにも、ウチと風花ちゃんは両思いやもんなー」
「え!?ち、違うって!!」
「風花は私と将来を誓い合った関係なのだぞ」
色気ムンムンの咲と、羞恥により赤面した天汰と、自信満々に将来を誓い合ったという訳のわからないことを言っている蒼のせいで、風花は既にキャパオーバーだった。
そのとき、全員の腹の虫が鳴り、夕飯を作ることにした。

毎週金曜は、天汰が夕飯を作ってくれるのだが、たまにはと思い今日は風花が作ることにした。
「っと...今日はすき焼きだな」
「やったー!!すき焼きすき焼き~♪」
鍋に切った食材を入れて、すき焼きのタレを注ぎ、あとは火にかけるだけだ。
鍋料理とは実に楽な料理で、さらに美味しいとなると、人間を幸せにするのに長けた素晴らしい料理だと風花は思う。
食卓に運び込まれた鍋は、沸々と沸き立っており、食材は光沢を帯びてより空腹状態の彼らには唾液が口の端から垂れてしまうほどだった。
「卵の準備はできたか?それじゃあ」
「「「「いただきます!」」」」
合掌して、鍋の中身の肉を取ってとき卵に絡めて頬張る。
その瞬間口に広がる芳醇な肉の旨みと、塩気が強いタレにまろやかな卵の味が混ざり、咀嚼する度に幸せを感じる。
「今は、お互いに犬猿の仲だということを忘れているんだろうな」
小さく呟いた。

レースカーテンしかない寝室には、月明かり薄く差し込んでいる。
風花は眠れなかった。
「風花ちゃん、起きとる?」
目を擦りながら、寝間着のTシャツを着崩した咲が布団から起き上がった。
夜風が入り込む窓際に二人で座り、会話を始めた。
「風花ちゃんも立派になったなぁ」
「大してかわんねえだろ。しかも先週ぶりだし」
「風花ちゃんはどんどん立派になってるよ。ウチ、最初に君に会ったときに誰にも染まらない、真っ直ぐな目が印象的だったんやで」
そう言いながら、風花の肩に頭を乗せる。
微かに洗髪料の爽やかな香りが鼻腔を掠め、思考が淀んでいく。
「それに、ウチ君のこと好きやもん。何も持ってなかったウチに、生き方を教えてくれて、七光りとか関係なしに接してくれるのが嬉しかった」
「...そうか」
「いつか、いつか君が退職したら、ウチが一生幸せにしたる」
「...」
月明かりは、二人を照らした。

Re: ERROR_ ( No.8 )
日時: 2023/07/03 20:01
名前: 神崎 (ID: 4NhhdgqM)

第2章「特別という名の」
1


「...?」
休み時間、自分の席に座り外を眺めていたらスマホがバイブレーションしていることに気付く。ディスプレイに表示されている見慣れない電話番号に、少し警戒しながらも応答のボタンをタップした。
「もしもし...?」
「黒町風花さんですか?」
初めましてだが、なんだか聞き覚えのある声に少し不思議に思っていると、すぐに正体が明かされた。
「そうですが...」
「私は東京エリア首相、武蔵野風鈴むさしのふうりんと申します」
「しゅ、首相!?」
思わず大きな声を出してしまい、それまで談笑していたクラスメイトの視線がこちらに突き刺さる。
流石に気まずくなったので、場所を屋上に移して電話を続ける。
「本題に入っても?」
「あーはい。お願いします」
慣れない敬語で、首相と話す気分は実にふわふわとしたものだった。
すると、ぎこちない様子に気付いたのか、風鈴はスピーカー越しにくすりと笑った。
「敬語でなくても構いませんよ」
「あ、あぁ...。それで用件ってのは」
「今回はあなた...いえ、H.C.S.さんには極秘任務として依頼したいのです」
「...内容は」
「SIGMAモデル・キメラの体内に強奪されたアタッシュケースを回収してきてほしいのです」
要は倒して回収すればいいだけの、簡単な任務である。
「なあ、アタッシュケースの中身はなんなんだ?」
興味本意で訊いてみた。
すると風鈴は、声音を変えて答えた。
「...あなたはまだ、知る必要はありません」
「...そうか」
風花はそれ以上訊こうとしなかった。というよりかは、訊けなかったの方が正しいだろう。
その風鈴から伝わる圧が、風花の好奇心を削いでいく。
「それでは、詳しい内容はH.C.S.のみなさんと『ターミナル』で直接お会いしてお話しましょう。今日の18時あたりで落ち合えますか?」
「分かった」

日が延びてしまったせいで、ようやく日が傾き始めて、山々を朱色に染めてきた。
ガラス張りで、巨大なドーム型の建物が『ターミナル』だ。
ターミナルは、東京エリアの行政の最高権力のある建物であり、SIGMAの再生阻害やSIGMAを寄せ付けない特殊な磁場を発生させるバルドニウムの柱が16本立っており、今までのSIGMAとの戦争『第一次東京・静岡会戦』『第二次東京・静岡会戦』で襲撃されなかった。
「これがターミナル...!すごい...!」
「なあなあ!これ何mあるんだ!?」
「高さ98mでございます」
不意に出てきたしゃがれた声の、白髪に着物の男性。身長は190cmはあるだろうか、身長178cmの風花が見上げるレベルだ。
見間違えるはずもない。
黎之助じじい...!」
「久しぶりだな、風花と天汰」
柊木黎之助ひいらぎれいのすけ、天汰の祖父であり、憎んでいる存在。しかも副首相であり、政治的な地位を確立している。
天汰は無言で、黎之助に向かい冷酷な視線を浴びせる。
「どういうつもりだ...!」
「私はただ、首相の元にお前たちを連れていくだけだ」
淡々と黎之助は答え、「着いてこい」とだけ言い、建物の方へと歩いていった。
エレベーターは一面ガラス張りで、足元を見るたびに恐怖心を煽られる。
すると、悪戯な顔をした蒼が風花に言う。
「もしかして、高いところが怖いのか?」
「は!?ち、ちげーし...」
何も違わない。完全な事実だ。

「お待ちしておりました」
テレビで見たことのある純白のドレスに身を包んでいる姿。膝の前で手を組み、お辞儀をする。
風花たちも咄嗟に体が動き、一礼した。
「おかけください。初めまして、私は東京エリア首相の武蔵野風鈴です」
「H.C.S.代表取締役社長、柊木天汰です」
「同じく社員の黒町風花だ」
「風花の相棒の生原蒼だ!」
一通り自己紹介が済んだところで、本題に入った。
「...早速ですが、本題に。今回はSIGMAモデル・キメラの体内に強奪されたアタッシュケースを回収してきてほしいのです。モデル・キメラは、『爆心地』から半径6km圏内に生息していると我々は推測しています」
「ば、ばくしん...なんだって?」
蒼が初めて聞く言葉に首をかしげると、風花が説明した。
「爆心地だ。11年前、爆発が起きたあとにSIGMAが大量に発生した。忌々しい事件だよ」
そう語る風花の顔には、憎悪が貼り付いていた。
風花は両親をその事件で失い、さらには自分の両目と右腕と左足を失った。
「...今回の作戦は、ヘリで周辺を飛行します。ターゲットを補足したら、ヘリから降りてそのまま殲滅にあたってください」
「えーと、私は司令塔で指示出しにしようかな...」
天汰は苦笑しながら、ヘリに乗ることを拒絶した。
それは天汰にはさせないつもりで風花はいた。
天汰は腎臓の機能が片方停止しており、あまりヘリから飛び降りるなどの激しいことはさせたくない。それが風花の本音だった。
「分かった。よろしく頼むよ」
「では、何か準備するものがあればこちらで用意します」

Re: ERROR_ ( No.9 )
日時: 2023/07/03 21:04
名前: 神崎 (ID: 4NhhdgqM)

2


「ふぅ...」
深く息を吐き、風花はヘリに早く乗り込む。
生暖かい風が頬を撫で、緊張で火照った体を少しだけ冷やしてくれた。
「だーれだ」
突然小さな手が視界を覆い、背中に小さくて温かい柔らかな感触が伝わる。
「蒼、だろ?」
「うむ!流石だ、風花!」
満足そうに笑う蒼に、思わず緊張で固まった表情が和らぐ。
ああ、自分は笑えるのだ。

「離陸します」
機内でも聴こえすぎるプロペラのローター音が、鼓膜に突き刺さる。
今日の夜空はあり得ないほどの快晴で、月明かりが自分の顔を照らす。未踏査領域は、街明かりがないため星空が一層綺麗に見えた。
「ポイントに到着しました。降下可能高度まで下げます」
「これより作戦を開始する!」
後ろのハッチから飛び降りると、服が轟音を鳴らしながら靡く。
「っ!」
蒼が先に着地すると、風花は義足内部のスラスターを噴射して、着地の衝撃を和らげる。
二人はアイコンタクトを取り、目的地へ走った。
夕方まで雨が降っていたため、地面がぬかるんでいた。
「っ!蒼、止まれ!」
風花が制止すると、蒼は靴底を立て地面を抉りながら止まる。
「なぜ止めた___」
「しっ!誰かいる...!」
未踏査領域に人間は立ち入れないはず。
見間違いかもしれない可能性を頭の隅に入れながら、SSSビットを射出。すると空中にふわりと浮かび、脳に映像信号が送られてくる。
「っち、見失ったか...」
再び走り出す。

「いたぞ!」
蒼が目標を発見するまであまり時間はかからなかった。
風花は鮮やかな青と紫のグラデーションの刀を抜いた。
「これより目標を____」
インカムに向かい喋っていると、突如暗闇から大きな鎌のようなものが振り下ろされた。
咄嗟にバックステップで避けると、その全貌が明らかになった。
4対の虫のような足に胴体は爬虫類、カマキリのような鎌に頭部は言葉では形容のできない異形だった。
「な、なんだよこれ...」
「来るぞ!」
再び鎌が振り下ろされる。しかし回避が間に合わず、抜刀。
「くっ!!」
火花を散らしながら、体に重い衝撃が走る。
もう片方の鎌が振り下ろされようとしたときに、義足内のスラスターを噴射し後退。そのままグロック社製の対SIGMA拳銃をホルスターから抜き連射。
「神代式抜刀術、一の型一番...!焔迅殺ほむらじんせつ!」
斜めに刀を振り上げ、刀身が弧を描いて鎌を切り裂く。
「今だ!蒼!」
バランスを崩したモデル・キメラに飛び蹴りを一発胸部めがけて叩き込む。SIGMA細胞の再生阻害の効果があるバルドニウムプレートを埋め込んだブーツの底がめり込む。
すると形象崩壊を起こし、活動を停止した。
紫色の粘度を帯びた体液に絡んで、銀色のアタッシュケースが月明かりに照らされていた。

Re: ERROR_ ( No.10 )
日時: 2023/07/07 06:56
名前: 神崎 (ID: 4NhhdgqM)

3


「回収が完了した。これより帰還する___」
刹那、暗闇から真っ白な五指が視界を覆い、身動きが取れなくなる。
咄嗟に義足内部のスラスターを噴射。後退し距離を取る。
「っ...!貴様何者だッ」
「私は小隈錐郷おぐまきりさとと言う。以後お見知りおきを」
そう名乗った男は仮面を被っており、漆黒のタキシードを身にまとっていた。身長は190cmを超えるだろうか、スマートな体型だが、とてつもないプレッシャーを感じる。
「風花、もう一人いる...!」
蒼の警告の直後、背後から、風切り音。すぐに後方へ弾く。
そこに立っていたのは、蒼と同じぐらいの背格好だが、プレッシャーが段違いだった。
「紹介しよう、私の娘でありセファルキーパー、小隈向日葵おぐまひまわりだ」
向日葵という少女は、両手に漆黒の小太刀を持っており、恐らく材質はバルドニウムだ。
「パパ、こいつら斬っていい?」
「くくくっ、いいよ」
突如、姿を消したと思ったら背後に殺気。義手の内蔵カートリッジをストライカーが打撃。火薬の推進力で小太刀の力の方向に逆らう。
甲高い音が辺りに響き、朱色の火花が散る。
「よそ見をするなぁぁぁ!!!」
向日葵の背後から回し蹴りをする蒼に、音よりも速く反応し、頭を引っ込める。
「あんた名前は?」
「生原蒼。モデルラビットだ!」
「蒼、ね。覚えた」
「風花!私はこいつをやるから、風花は仮面を!」
頷いて振り返る。
錐郷は依然腕を後ろで組んだまま。
「お前の相手は俺だッ」
「ほぉ...」
風花は義手のカートリッジを最大限に活かすために刀を捨てる。
「神代式格闘術、一の型四番___雷鳴花閃らいめいかせん三連撃トライブラストッ!!」
義手のカートリッジをストライカーが打撃し、黄金色のカートリッジが排出イジェクト。人工皮膚の剥がれた拳は、真っ直ぐに錐郷に向かう。
稲妻の如く繰り出された正拳突きは確かに直撃を感じた。しかし、それは錐郷に当たったのではない。
「っ!?」
「くくくっ、斥力バリアさ。私はこれをアブソリュートクロノスと呼んでいる」
「斥力バリア...!?」
「私は臓器のほとんどをバルドニウムの機械に変えている。...そろそろ名乗ろうか。元陸上自衛隊北部方面〇七一特殊強化歩兵部隊、小隈錐郷だ」
その名前に、風花は悪寒を感じた。
インカムで通信を続けていたため、風鈴の驚愕の声が聴こえる。
「...神代式格闘術、三の型十番___」
「おやおや、まだやるのかい?」
「____雲禅うんぜん戯渧剛ぎていこう
義足のカートリッジとスラスターによる加速で爆発的な加速をして、踵落としを繰り出す。
「ふんっ!」
しかしそれも虚しく、懐に入られてしまった。
「なかなかいいじゃないか。私は君が好きだ、また会おう黒町風花くん」
「待てっ___ぁがっ!?」
鳩尾みぞおちに拳がめり込むと、体から力が抜けて意識が朦朧とする。
そのまま、意識は飛んでしまった。

Re: ERROR_ ( No.11 )
日時: 2023/07/07 21:25
名前: 神崎 (ID: 4NhhdgqM)

4


まず白い無機質な天井があった。
浴びせられた照明が眩しく、思わず目を細める。
「おはよう、風花くん」
伸びに伸びた髪の毛から、優しく微笑む白衣の女性。
「純儺、先生...?」
「そうだ」
富樫純儺だった。
そうして嗅覚が戻ってきて、むせ返るような消毒液の臭いで病院と認識した。
「っ!アタッシュケースは!?」
「うおっと、安静にしていろ」
「お、おう...。それで、ケースは...?」
「...強奪されたよ」
風花は目を見開き、手を震わせた。
「小隈錐郷からと見られる人物から政府宛にメールが届いてね」
そう言うと純儺は、タブレット端末でそのメールを風花に見せた。
文章の中に、『昴の鏡』というワードが出てくる。
「昴の鏡...」
「その情報は私の口からは言えない。ターミナルに行くといい」

ターミナルはライトアップされており、真っ暗な夜でもとてつもない存在感を放っていた。
屈強そうな警備にライセンスを見せ、中に入る。
「...」
「なんの用だ」
黎之助は風花を見るなり、攻撃的な表情をした。
それに怖じ気づくことなく、風花は口を開く。
「じじ...義父さんに聞きたいことがある」
「なんだ」
「昴の鏡って」
その名前を出した瞬間、黎之助は顔色を変えた。
「...着いてこい」

言われるがまま着いていくと、インクの匂いが鼻腔を掠める金属製の棚に膨大な数の書類がある、資料室のような場所に来た。
そして分厚い本を渡された。
「これは...?」
「お前が知りたがっているものがここにある」
付箋が貼られていたので、探す時間もかなり短く済んだ。
「レベル5を呼び出せる触媒だと...!?」
「レベル5のうちの一体、大獅子レオを呼び出せる触媒だ。そもそも元長野県の昴原すばるはら集落辺りで発見され、解析が終わった後に我々が回収した。しかし数ヵ月後に奪取され行方が分からなくなっていた」
「それで俺に取りに行かせたと」
「そうだ」
風花は本を閉じ、視線を黎之助へと向けた。
「...俺たちが、必ずや東京エリアの大絶滅を食い止めて見せる。協力してほしい」

薄暗い病院の地下室は、恐怖を煽るシチュエーションとしては最高の場所だと風花は思っている。
「ばぁぁぁ」
「うわぁぁぁぁ!!!」
突如目の前に現れた筋組織が露になった人間を見て思わず絶叫してしまった。
その人間の後ろから「ふふっ」と、小さく笑いを溢したのは純儺だった。
「驚かせるなよ純儺先生...」
「いやーすまないね。それで?用件は?」
「蒼のDNA書き換え侵食状況と、先生からのプレゼントを貰いに」
すると思い出したように、書類だらけのデスクの上を漁る。
「はいよ。侵食状況は40.8%」
「...」
「これは医者としてでなく、君の友達として警告だ。これ以上、蒼ちゃんを戦わせるな」
気付いていた。
臨界点に近付いて、最近ではSIGMAが嫌う磁場を発生させるモノリスの近くを通ると、頭痛や吐き気をウッタエルようになっていた。
「それと、よいしょっと」
目の前に置かれたアタッシュケースとUSBメモリ。
「ケースの中身はDNA活性剤と、SIGMAとの戦争記録だ。君の両親に近づける鍵となるかもしれない」
「ありがとう、純儺先生」

Re: ERROR_ ( No.12 )
日時: 2023/07/10 07:01
名前: 神崎 (ID: 4NhhdgqM)

5


小隈親子との戦闘を経て、政府では本格的に殲滅作戦が練られていた。
その作戦遂行の要員として、H.C.S.も例外ではなかった。
「防衛省にまで呼び出されるなんて、俺らも大物になったんだな」
「大物になってるなら、今ごろ収益がとんでもないことになってたわよ...」
豪勢な扉を開けると、見慣れた顔立ちやその逆も大勢居た。
室内にはピリピリとした空気が流れており、思わず唾を飲み込む。クーラーが効いていることもあるだろうが、横目で歓迎とは程遠い鋭い視線で、背筋が伸びる。
「黒町風花か。ちっこい相棒バディはどうした?」
肩幅が風花の二倍ほどありそうな男は、生田巧摩いくたたくまだ。
彼は序列400位という、かなり強力なのだが、好戦的で警察とかなり揉めたこともある。
「生憎、今日は学校で居ねえんだ」
「へっ、それでこの嬢さんか。随分と貧弱そうじゃねえか____」
「やめなさい巧摩!その方はH.C.S.の社長の柊木天汰さんだ!」
その瞬間、周囲がどよめきだした。
「ひ、柊木!?」「御三家の!?」「噂じゃ家飛び出して復讐するつもりなんだとよ...」
「やめんか!柊木社長、申し訳ございません」
「いえ、大丈夫ですよ」
そう天汰は微笑んでみるが、その笑みの奥には複雑な念があるということを、風花は知っていた。

「今回の作戦では、小隈親子を戦闘不能まで叩く。見つけ次第、攻撃を開始せよ」
「いいか?」
「君は...?」
すると風花は椅子から立ち上がり、口を開ける。
「H.C.S.所属黒町風花だ。小隈錐郷は恐るべき俊敏性を誇り、防御力もとんでもないものだ」
「ほぉ...随分と高く買ってくれるじゃないか。黒町くん」
そのバリトンボイスに、風花は激しく震えた。
____小隈錐郷。
「どうも、私が小隈錐郷だ」
「てめえ...!」
「どけ!そいつは俺の獲物だ...!死ねぇぇぇぇ!!!」
巧摩は背中に差してあった身の丈を超える大きなバスタードソードを振り下ろす。
「くくくっ、無駄だよ」
甲高い金属の衝突音が響き、辺りに衝撃波が飛ぶ。巧摩の手に握られていたバスタードソードが、後方へと吹き飛び壁に突き刺さった。
「そんなに怖い顔をしないでくれ黒町くん」
「どこから入ってきやがった...?」
怒りが隠しきれない風花は、腰に差した刀に手をかけた。
「それはもちろん、正門から堂々と」
「なっ...!?警備はどうしたと...!?」
「あぁ、なんだか虫のようなものがちらほら居たね」
風花の怒りは、限界を超えた。
青と紫の光を刀身が放つ。
「神代式抜刀術一の型五番____」
「ちょっと、風花くん!?」
「____黎明火山れいめいかざん
光のごとく跳躍し、錐郷に向かい縦に回転しながら斬りつける。
が、斥力バリアで触れることすら許されなかった。
「くっ!」
「そこまで!!」
響き渡った制止の声に、後ろに跳ぶ。
声の主は天汰だった。
「おやおや、女社長さんか。それでは私はこれで。と、これを忘れていた」
そうとだけ言い残すと、机の上にプレゼントボックスを残して去っていった。
少し嫌な予感がする。
「お、おい、峰尾みねび社長は...?」
「まさか...!?」
恐る恐る箱に近づくと、酷い腐敗臭が鼻腔を刺激する。赤黒い液体が漏れ出して、なかに入っている物がなんなのか検討がついてしまう。
「う、うわぁぁぁ!!!」
「これは...」
入っていたのは、会議には欠席していた峰尾社長の首だった。驚いたように目を見開き、口の端からは唾液と混ざり粘性を帯びた赤黒い血液が垂れていた。
「風花くん...?」
「あいつだけは...!」
風花の瞳に宿った憤怒は、消えることを忘れてしまった。

Re: ERROR_ ( No.13 )
日時: 2023/10/25 21:04
名前: 神崎 (ID: 4NhhdgqM)

第3章「王の胎動」
1


「ポイント・ネモに巨大な影を確認」
「ん...?」
それはサーモグラフィからの情報では熱を持っていた。熱い。
海上自衛隊の護衛艦は、影に向かい接近。
「!?熱源、急速に...こちらに来ます!」
「回避ぃぃぃ!!!」
舵を左に切るが、それも虚しく激突。
「うわぁぁぁ!!!」
その日、護衛艦は3隻は冷たい青に消えていった。
大獅子レオによって。

『先月28日、海上自衛隊のイージス艦3隻が太平洋沖での任務で突如消息を絶ちました』
「なんで今になってこんなのやってんだよ。忙しいもんだな」
「仕方ないわよ、ここ最近SIGMAの動きも活発化してきたんだから」
今現在、SIGMAの動きの活発化により、政府の対応も追われておりとある地区ではデモ活動も行われているほどだ。
その時、非通知で風花のスマホが鳴った。
「もしもし」
『風花さん、武蔵野です』
まさかの首相だった。今度から名前を設定しておこうと心に決めたのだった。
「ど、どうしたんだこんな朝っぱらに」
『H.C.S.の皆さんはそちらにいますか?』
「いるけど」
『では、スピーカーにしていただけますか?』
風花は促されるままスピーカーのアイコンが表示されている部分をタップし、卓袱台ちゃぶだいの上に置く。
朝の情報番組の件なんだろうか、変な緊張感が漂う。
『現在、レベル5の大獅子レオが活動を開始し、こちらに来ることが防衛省で予測されています』
「...それで、うちらに出来ることはなんだ」
「ちょちょちょっと!首相だよ!?そんな失礼な聞き方」
『構いません。H.C.S.は大獅子レオ特別殲滅部隊に召集されました』
拒否権はあります、と風鈴は補足する。
決定権は天汰だ。
天汰は蒼と風花の顔を見る。
彼らの目は覚悟を決めた、信頼できる目をしていた。
「召集、承ります。H.C.S.の一同は殲滅部隊としてこの身を尽くして国を守ります」
『...分かりました。命、お預かりします』

「...ふぅ」
「首相、大獅子レオの件ですが」
黎之助はタブレット端末を手にし、テーブルの上に置く。
どうやら大獅子の進路についての図のようだ。
「大獅子の進路が大幅に変わりました。市民の密集している地区に襲撃する可能性が高いです」
「シェルターの確保は?」
「このスピードでは、確保は間に合いません」
「...」
「どうされますか?」
何が最適か、どんな作戦を部隊が遂行できるか、H.C.S.が____風花がどうすればやりやすいか。
風鈴は迷っていた。誰も死なない、誰も悲しまない、完璧な作戦を。
「...例のものは、使用可能ですか」
「...メンテナンスは行っていませんが、使用することはできるかと」
「明日の夕刻、作戦を決行します」