ダーク・ファンタジー小説

私は自転車を盾に迎え撃つ構(かま)えを見せた ( No.11 )
日時: 2023/11/10 21:50
名前: オコボ ◆TVCSPRoRFE (ID: GDWSGe53)

 私はサドルを左手でつかむと自転車を持ち上げるように素早く右へ小さく飛んで着地し、音のほうへ側面を左に背負うように構えた。
 
 
 自転車は下からかちあげられ、私の上に乗ってしまった。
 
 
 私はそれを見た。
 
 
 
 それは、猪だった。
 
 
 
 いのししは地面を数回前足でるしぐさをした後、私へ向かって来た。
 自転車を頭上に担いだ形になっていた私は、威嚇いかくの最中に自転車を下しながら後退する。
 
「ヒィィィィィン」
 
 猪はまたしても自転車をかちあげようと激しく暴れる。
 私は自転車を猪の上にかぶせるように、決して押さえつけないよう十分な遊びを設けた。
 猪の牙は車輪の鉄線に絡まり、振り回すもいたずらに車軸を空回りさせるだけだ。
 狂ったように暴れまわるが、その動きに合わせて自転車を操る。
 首を振りながら後退し後輪から牙を外そうと手間取る猪。
 やがて、首をひねって、牙を外すとまたしても、地面をって威嚇いかくを始めた。
 
 私はわずか数秒の間に激しく疲労していた。それでも、自転車を間に盾にして構える。まるで闘牛士とうぎゅうしのようだな、と思った。
 
「ヒィィィィィン」
 
 今度は自転車の隙間すきまを狙うように突っ込んで来た。車輪の間だ。ちょうどペダルの付け根辺りをかちあげた。
 
 自転車が20cm弱宙に浮く。それを予想していた私は、空中で自転車を立てたまま左へ旋回しながら後ろへ下がる。
 この動きを繰り返せば、同じ位置で永遠と続けられると思ったからだ。
 
 位置がずれた形で仕切り直しとなった。
 地面を蹴って威嚇いかくする猪。
 
 しつこくないだろうか。猪はこんなにも執念深いものなのか、そろそろあきらめてもいいのではないかと思った。
 それが相手にも伝わったのか、距離きょりをとるように右へ回り込みそのまま茂みへ消えていった。
 
 
 
 
 ガサガサ……ガサガサ……ガサ……
 
 
 やがて音は遠ざかっていった……。
 
 
 
 
 ――自転車は完全に壊れてしまった。
 私はとぼとぼと自転車の後部を持ち上げながら歩き出すが。あきらめた。
 
 ガードレールに自転車を立てかけて、帰路きろについた。
 さんざんな目に合ったものだと、ボロボロの制服を見下ろすのだった。
<完>
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