ダーク・ファンタジー小説
- Re: ユリカント・セカイ ( No.10 )
- 日時: 2024/05/18 18:10
- 名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)
- 第十話 答え -
「合格です」
フェアリーナ部長がそう言い放った瞬間、私は安堵の息を漏らした。
「25問中、25問正解。よってテストは満点合格です。おめでとうございます」
フェアリーナ部長は疲れた表情を残しつつも、少し驚いたような声色をしていた。私は何だかそれが嬉しくて、つい口元が緩んでしまう。
「すごいですね。今までの試験でも、満点合格は指で数えられる程度しかいなかったんですけど」
「あ、ありがとうございます……」
私は何だか胸が包まれるような、暖かい気持ちになった。久しぶりに他人に認めてもらえたような気がしたからだ。
そっか。最近の私は周りと比べることに執着しすぎて忘れていた。
私の魅力は私だけにあるということを。誰かに自分のしたことを認めてもらえるような何かを、少なくとも私は持っていたのだ。
私にもみんなみたいに、誇れるようなものがあったのだ。周りと比べる必要なんて、最初からなかったんだ。
そう思った瞬間、私は今にも泣き出してしまいそうになった。
だめだ……最近の私は少し…いや、ものすごく涙腺が緩い気がする。
そんな私に構わず、フェアリーナ部長は自身の長くて綺麗な指で解答用紙を整えながら、その場を後にしようとした。
「………ま、……待って下さい…!」
気付いたら私は、彼女の背中に向かってそう叫んでいた。
私は何をやっているんだろう。早く現実の世界に帰ってしまえば、それで全て終わっていたのに。
フェアリーナ部長は私が大きな声を出して呼び止めたことに驚いたのか、少し動揺しながらも振り向いた。
どうしよう。私は訳も分からず勝手に動いてしまった口をぱくぱくさせながら困惑した。
こんな状況、どう考えたって急に呼び止められたフェアリーナ部長の方が慌てるに決まっているだろう。
それなのにも関わらず、呼び止めた当の私はというと、ただ汗をだらだらかいているだけの変人だ。
「大丈夫ですか?」
「………わっ、私……」
もうどうにでもなってしまえ。そう半ば投げやりな気持ちになった私が発した言葉は──────。
「まっ、まだ………帰りたくないんです…!」
────の一言だった。
もちろん私は言った後、すぐに後悔した。
これじゃあまるで、まだ帰りたくないと駄々をこねている子供ではないか。
私は頬がどんどん赤くなっていくのを感じた。
私はそのりんごのように赤くなった顔を見られまいと、必死に両手で顔を覆った。
絶対変な人だと思われてしまっただろう。
しかし次の瞬間、フェアリーナ部長は幻滅するどころか急に吹き出した。
「……あはははっ、…!ははは…!!!急にどうしたんですか?」
「……えっ?」
彼女はお腹を抱えて豪快に笑い出した。何だかそれすらも恥ずかしくなり、私の顔の色は戻るどころか余計に赤みを増していった。
「はははっ………別にまだ帰らなくてもいいですよ?」
フェアリーナ部長は笑いを堪えながら、ようやく言葉を発してくれた。
「実際、試験に合格できても元の世界にはまだ帰りたくないって言う人も稀にいますから」
「そうなんですか?」
「はい。だってこの世界には自分の名前が嫌いな人しか集まれないのだから、当然それが理由で帰りたくないって人もいるはずです」
確かに、言われてみればそうだ。
あの日、初めてこの世界に招待された時。周りには数え切れないくらいの人で溢れ返っていた。
けれどここに来ていたということは、少なからずあそこにいた人たちはみんな、私のように名前が原因で嫌な思いをしてきたはずなんだ。
そう思うと今更ながら、私は一人じゃなかったんだと心が少し軽くなったような気がした。
「それで試験後に”条件”を提案してくる人もいますよ」
「条件…?」
「そのままの意味です。これを達成したら元の世界に帰りますよ、みたいな約束事を決めるということです」
なるほど、と私は首を縦に振る。
確かにその”条件”とやらを決めてしまえば、自分が達成したいと思っていることも叶えながら元の世界に帰ることができる。
「あなたがどんな過去や思いを背負ってここに来たのか私には分かりませんが、少なくとも帰りたくないと思うような理由があるのでしょう?」
フェアリーナ部長の少し尖った口調は変わらないが、その声色に優しさが混じっているようにも聞こえた。
「苦しみ、悲しみ、嫉妬、期待。それらは一人一人の名前からですら、生まれてきてしまうものです」
「……」
「しかしそれをどう捉え、どう変えていくのかはその人自身にしか決めることはできません。名前というものから解放され、本当の自分に生まれ変われた時、本当の意味であなたはようやく”現実の世界”に帰ることができるのでしょうね」
”本当の自分に生まれ変わる”
その言葉は一瞬で、私の心を揺るがした。
名前なんかに縛られて生きている私は、本当の私ではないのかもしれない。果たしてそんな自分を好いてくれる人なんかいるのだろうか。
きっとこのままじゃ、二度と現れないだろう。
じゃあどうするべきなのか……答えはもう、とっくに私の中で決まっていた。
私はごくり、と息を飲む。そして震える声でフェアリーナ部長に言った。
「………私、変わりたいです。もう名前なんかに怯えずに、胸を張って生きたい」
そして意を決して、大きな声で誓った。
「私っ……好きな人と両想いになるまで帰りません…!!!」