ダーク・ファンタジー小説
- Re: ユリカント・セカイ ( No.2 )
- 日時: 2023/12/14 17:10
- 名前: しのこもち。 (ID: anYeesDx)
- 2.ダイキライ -
「流華、一緒に帰ろう!」
あれから6年が経った今、私は晴れて中学生になった。
雪ちゃんとは小学校の時からクラスもほとんど一緒で、今となっては大切な親友と言える関係にまでなった。
「………うん」
雪ちゃんは本当にいい友達だ。本当にいい友達、なのだけれど…。
『どこが流華です、だよ』
『流愛ちゃん可哀想』
”橘 流華”
私はこの名前が嫌いだ。大嫌いだ。
お母さんだけは唯一、私の名前を認めてくれる。でもそれ以外の人はみんな、私の名前を快く思っていない。
だから私は今でも雪ちゃんに名前を呼ばれると、どうしても嫌悪感を抱いてしまうのだ。
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「今日の宿題は『自分の名前の由来』についての作文にしようと思います。両親の方に自分の名前の由来を聞いてきて、作文にまとめてくるように」
あれは確か小学5年生の時だった。入学式の時に案内してもらったあの望月先生は当時、小学1年生の学年主任だったそうで、この時のクラスの担任も確かあの先生だった。
「明日クラスの中で発表するから、真面目に書くんだぞー」
入学式の頃とは違い、少し厳しい印象を持ち始めた先生の威圧的な声が教室に響いた。私はこの日、自分の名前の由来を聞くという宿題が出たので、家に帰った後母に自分の名前の由来を聞いた。
「お母さん、私の名前の由来って何…?」
「ん?流華の名前の由来かぁ…」
お母さんは首を傾げた後、私を真っ直ぐに見据えながらこう言った。
「流華の”華”が、華やかな子に育ってほしい、流愛の”愛”が、みんなに愛されるような子に育ってほしいって意味なんだよ」
”華やかな流華”
母から名前の由来を聞いた当時の私は、この名前を気に入っていた。
「へぇ。じゃあ流愛は愛される子だから、この名前は流愛にぴったりだね!」
すると、いつの間にか私の後ろにいた流愛が顔を出して自慢げにそう言った。
「私も……流華って名前好きだな」
私も思わずそう呟いた。そんな私の言葉を聞き逃さなかった流愛は、何を思ったのか突然馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「何言ってるの、お姉ちゃん。お姉ちゃんは地味なんだから、そんな名前似合うわけないじゃん」
見下したような流愛の目つき、笑み、声。その全てが、まるでお母さんが一生懸命考えてくれた自分の名前を侮辱されているような気がして、私は悲しみと同時に怒りを覚えた。
「……なんで、そんなこと言うの…?」
「えー、何。お姉ちゃんったら自分の名前が似合わなすぎて流愛に嫉妬してるの?」
「別にっ…!そういうわけじゃない」
「じゃあ何?あっ、もしかして自分が地味すぎて情けなくなっちゃったの?お姉ちゃんったら可哀想ー」
「ちょっと、流愛。そんなこと言うのはやめなさい」
「えー。だって流愛は事実を言ってるだけだし?それの何がいけないわけ?」
流愛の言う通りだった。華やかな名前とは正反対の、地味な自分。それが事実なのが悔しくて、悲しくて。私は何も言い返せなかった。
「……とりあえず、2人ともこれが宿題なんでしょ?今はほら、早く部屋に戻って宿題しなさい」
母は不満そうな流愛と俯く私の肩を優しく叩いて、その場をあとにした。
私たちは母が去った後、黙ったままお互い自分の部屋に戻った。
『じゃあ流愛は愛される子だから、この名前は流愛にぴったりだね!』
宿題をしていると、そんな流愛の嬉しそうな声が頭の中で響いた気がした。
素直に羨ましかった。堂々と自分の名前を自分のものだと、胸を張って言えるような流愛が。
私も名前の通り、華やかな人間になりたかった。流愛のように、みんなに愛されるような人間になりたかった。
“私はお母さんが一生懸命考えてくれたこの名前の通り、華やかな人になりたいです。”
私は原稿にそう書いた後、すぐに消しゴムでその文字を消した。この名前に、どうにかしてもっとましな理由を付け加えなければ。そう焦る私の頭とは反対に、鉛筆を握る手はいつまでたっても動かなかった。
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「………なので私もお父さんがつけてくれたこの流愛という名前のように、みんなに愛されるような存在になりたいなと思いました」
翌日。流愛の発表が終わったと同時に、教室中に拍手が沸き起こった。
「もう流愛ちゃんは十分愛される子だよ」
「そんなことないよぉ」
「恥ずかしがってるとこも可愛い!」
「さすが橘さんだよな。両親のことも考えて愛される子になりたいって言う人、中々いないし」
-ズキッ。
苗字ですら流愛と一緒なのは嫌だと思うほど、次々に送られる流愛への絶賛の嵐が羨ましく思えた。それと同時に、手には大量の汗が吹き出してくる。
「じゃあ先生はちょっと職員室に行ってくるから、次はもう一人の方の橘から発表続けといてなー」
そう言い残して、望月先生は教室をあとにした。
名前を呼ばれ、私は椅子を引いて立ち上がった。床と椅子の足が擦れ合う音が、突然静まり返った教室に響く。その音が余計私の不安と緊張を煽ってくる。
「………わ、私の名前、は橘 流華です。この”流華”という名前には、華やかな子に育ってほしいという、お母さんの大切な想いが……込められている、そうです」
人前で話すのが本当にダメな私は、周りに視線を向けられるだけで体がすぐにガクガクと震えてしまう。
私は情けなく震える手を押さえながら、声だけは震えないようにゆっくりと口を開いた。
「お母さんがつけてくれた、この”流華”という、名前の意味を私、は初めて、知り…ますますこの名前がっ…好きになり、ました」
私が作文をたどたどしく読んでいると、突然クラスメイトの男の子が口を挟んだ。
「華やかな名前のくせに、全然似合ってないよなー」
-ドクッ。
その瞬間、心臓が大きく鳴った気がした。
「だよね。お姉ちゃん地味なくせに華やかな名前だ、とか気取ってて意味分かんない」
すると今まで黙っていた流愛も口を開き、クラスの中は次々と騒がしくなった。
「流華って流愛に似てるしね」
「流愛ちゃん可哀想、名前お揃いなの」
「どこが流華です、だよ」
次々に向けられる私への悪意と流愛への同情の声が、私の胸に次から次へと深く突き刺さった。
どうせ私は流愛みたいに、名前通り愛される子にはなれない。そんな現実を突きつけるかのように、クラス中のざわめきは落ち着くことを知らなかった。
それから先生が教室に戻ってくるまで、私は名前のことをからかわれ続けた。
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昔は大好きだったこの名前が、私はあの時から大嫌いになった。今も”るか”という言葉を聞くだけで、体が強ばってしまう。
「……ただいま」
「あっ。”華やか”なお姉ちゃん、おかえり」
家に帰ってきた瞬間、流愛がスマホを見て笑いながらそう言ってきた。
私はその言葉が聞こえていないふりをして、黙って自分の部屋に戻った。
『流愛はね、将来お父さんみたいになるんだ…!』
流愛はもともと、こんな嫌味を言ってくるような子ではなかった。昔はいつもお父さん、お父さんと言っているような、優しい子だった。
でも流愛は………お父さんが死んでから変わってしまった。
お父さんは、私たちが幼い頃に交通事故で亡くなった。その時にお父さんをひいた犯人は、今もまだ捕まっていないそうだ。
本当に突然のことでその時の記憶はあまり思い出せないが、確かに覚えているのは流愛が葬式の時に大泣きして騒ぎになったことだった。
騒ぎになるくらい大泣きした流愛は、それくらいお父さんのことが大好きだったのだろう。小さい頃の私はどちらかというとお母さんっ子で、流愛はお父さんっ子という感じだった。
私には分からないけれど、流愛はきっとお父さんが死んでからずっとそれがショックだったのだろう。だから私へのあたりも、徐々に強くなっていった。
昔は大好きだった。流愛も自分の名前も。でも今はこの名前を見るのでさえ嫌だと思うほど大嫌いだ。”流華”と”流愛”。妹と名前ですら比較されているようで、私はどうしてもこの名前を好きになれなかった。
きっとこれからも、この名前を好きになれる日は二度と来ないのだろう。