ダーク・ファンタジー小説
- Re: ユリカント・セカイ ( No.8 )
- 日時: 2024/03/29 11:54
- 名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)
- 第八話 散ってゆく -
見慣れない異世界の中、私は一人ぼんやりとその風景を見つめていた。
この『ユリカント・セカイ』という場所は一体何なのだろう。思っていたよりも人は多く、まるで何かのパーティーに来たみたいだ。
そんな人混みの向こうにふと目をやった瞬間、私の心の中は黒くてもやもやした何かに支配された。
少し離れた所で木村さん……凛愛さんが顔を赤くしながら、小鳥遊くんと話している姿があったのだ。
そんなところを見て、私の視線は嫌でもその二人に釘付けになってしまう。
心臓が嫌なくらいドクドクと音を立てて脈を打つのがすぐに分かった。
あぁ、まただ。彼は恋人でも何でもないのに、こんなにも嫉妬してしまう自分が心底嫌だ。
これ以上自分が嫌いになってしまわないように、私は自分の体の中に溢れ出す黒くて醜い感情に見て見ぬふりをしながら、私はもう一度片想いをしている彼のことを見つめた。
人混みの中でも構わずに相変わらず輝いている彼の姿を見て、私はふと疑問を感じた。
彼はなぜここにいるんだろう。
この世界には自分の名前が嫌いな人しか招待されないはずだ。つまり彼は自分の名前が嫌い…?
確かに”留姫亜”という名前は珍しいし、この世界に招待されてもおかしくないとはさっきも思ったが、やはりこんなに全てが完璧な彼が自分の名前を嫌うはずがない。
とすると……あれは本当に彼なのだろうか。
表情にあまり変化がなく、落ち着いていて凛としたいつも通りの彼の瞳。
さすがに人違いなわけないか。そもそもずっと見てきた好きな人を見間違えるはずがない。
そうやってただ一人くだらないことを考えていると、さっきまで彼と話していた凛愛さんがこちらの方へ駆け寄ってきた。
その表情はまるで、欲しかったおもちゃを買ってもらって意気揚々としている子供のようだった。私は嫌な予感がしてまたチクリ、と胸が痛むのを感じた。
「ちょっと聞きなさい!あの留異と話せたわよ…!!!」
嬉しそうにそう話す凛愛から、私は思わず目を逸らしてしまった。
見たくなかった。彼女が、好きな人と仲良くなっていくところを。
彼には好きな人がいる。そう分かっていてもこんなに嫉妬してしまう私はいけないんだろうか。
それと同時に、私は未だに彼と話す勇気を出せない自分に腹が立っていた。
「そ、そうなんだ。よかったね」
「緊張したけど……やっぱりあの人かっこいいわぁ…」
未だ余韻に浸っているのか、凛愛さんは頬を両手で覆いながら顔を赤らめた。その表情はどこから見ても恋をしている女の子だ。
私にはなぜか、そんな凛愛さんがとても可愛らしく見えた。
────私も、変わらなきゃ。
彼を好きな気持ちは、私も負けていない。そう信じて、私も彼と話すことを心に決めた。
「………わ、私もっ、行ってくる…!」
そう言って私は人混みの中に飛び込んだ。
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「い、いない……」
私は一人静かに肩を落とす。
さきほどまで二人が話していた場所へ来てみても、当の彼がいないのだ。
辺りを見回してみても彼の姿はなく、私はしばらくの間彼を探し続けた。しかし、いくら探しても彼が見つかることはなかった。
大体あんなにも目立つような容姿をしているあの人のことなのだから、いたらすぐにでも分かるはずだ。
しかもこの人混みの中。仮に見つかったとしてもこんな場所じゃ話しかける余地もないだろう。
「はぁ……」
私は思わずため息を吐く。せっかく好きな人がいて運もよかったのに、その好機を自分から見失うなんて。
そうやって一人落ち込む私を置いて行くかのように、目の前で行き交う人達はお互い楽しそうに話している。
ここにいる人達はみんな、自分の名前が嫌いなはずなのに。そんなことは忘れているのか、この人達は私とは違って笑顔だ。
そっか、私は。
この世界にいても変わることはできないんだ。
臆病で。嫉妬ばかりして。それなのに自分では勇気を出すこともできずに、勝手に自分を嫌いになって。
名前が変わったとしても、自分自身は変われないのだ。自分から変わらないと、そう思っていても結局何もできないのだから。
「八月一日の午前三時になりました。これにてこの『ユリカント・セカイ』を終了したいと思います」
しばらくすると、辺りにフェアリーナ部長の声が響いた。声に反応して、その場にいた全員がざわめいた瞬間。
「………あれ、なんか眠く…なって………」
私は気を失って、その場に倒れ込んだ。
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「あれ、ここは……」
目を覚ました私は、目を擦ってその場から起き上がった。
「た、小鳥遊くん……」
あれ…?この声は……木村さん?
「小鳥遊くん、じゃなくて”留姫亜”って呼んでほしい」
「う、うん」
声がすると思って後ろを振り向くと………そこには木村さんと私の好きな彼がいた。
二人は顔を赤くしてお互いの目を見つめ合いながら、照れくさそうに微笑んでいる。
「………俺さ、自分の名前嫌いなんだよね。でも、凛子に呼ばれるなら好きになれるかも」
そう言って二人が手を繋いでいるところを、私はただただ立って見つめることしかできない。
これ以上二人が仲良くなっていくところを見ていたくないのに、私の視線は嫌という程その二人から離れてくれない。
「私もね、凛子って名前嫌いなんだ。だけど……留姫亜くんに呼ばれるなら私も嬉しいよ」
私と話す時の尖った口調からは想像もできないくらいの高くて優しい声で、木村さんは言った。
そして彼女は突然表情を変え、意を決したように真剣な眼差しで彼を再び見つめた。
-ドクドクッ。
心臓がこれでもかと言うほど激しく波打つ。彼女がこれから言おうとしていることが、容易に想像できたからだ。
「私ね、留姫亜くんのことが………」
「………嫌だ、それ以上は…!」
『言わないで』
そう言おうとした瞬間、目の前にいた二人は消え、私の意識は途切れた。
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「………か、流華」
「…………お母、さん…?」
目が覚めると、そこには心配そうな表情をしているお母さんがいた。
「あれ……私、なんで…」
ゆっくりと起こした体は、なぜかパジャマを纏っていて、辺りを見渡せば見慣れた私の部屋があった。
確か昨日は、あの『ユリカント・セカイ』ってところに招待されて………それで、どうしたんだっけ?
「……流華…?あなた寝過ぎよ、大丈夫?」
寝過ぎ…?私はそんなに寝ていたのだろうか。
そう思いながら恐る恐るスマホで時間を確認してみると、時刻は正午を過ぎようとしていた。
「えっ、嘘…!」
「とりあえずお昼ご飯はもうできてるから、着替えたら降りてきてね」
そう言ってお母さんは、静かに私の部屋から去って行った。
「……」
びっくりした。さっきのは夢だったのか。
現実だったら…と思うと、私は今にも壊れてしまいそうだった。それくらい、二人がお互いの名前を呼び合うところすら見るのが嫌だったのだ。
それから─────あの『ユリカント・セカイ』。あれももしかしたら夢だったのだろうか。
ふとそんな考えが頭をよぎったが、私はそんな思いを振り払うようにして頭を横に振った。
きっとあれは夢じゃない。
確かに私は昨日、あの『ユリカント・セカイ』に行った。ちゃんと昨夜にこの目で見たことを覚えている。
異世界の空間。人混み。名前は変わっていたけれど、木村さんと小鳥遊くんに会ったこともはっきりと覚えている。
そして………彼が好きな”美空異”さんという人も。
美空異さん……顔もすごく綺麗で可愛らしかったし、雰囲気も明るかった。異性が苦手なあの小鳥遊くんだって、彼女を好きになるのも納得がいく。
でも、彼女には好きな人がいない。つまり二人はまだ両想いなわけではないのだ。
ということは……小鳥遊くんが心変わりするかもしれない、と考えることができる。
私は一瞬喜んだが、そんな感情もすぐに砕けていった。
なぜなら……木村さんがいるからだ。
さっき見た夢が全部現実になってしまったら?本当は隠れて、美空異さんと小鳥遊くんが付き合っていたりしたら?
そんな想像したくもないことを考えてしまい、私は首を横に振った。
これ以上余計なことを考えてしまわないように、私は急いで着替え、ご飯を食べに階段を降りた。
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ご飯を食べている間も、気を紛らわそうと他のことをしている間も、頭の中は彼のことでいっぱいで。その度に昨日会った木村さんや美空異さんのことを思い出してしまう。
そうしてお手洗いを済ませ、洗面所を通り過ぎようとした時、私は見てしまった。
鏡に映った、自分の情けない姿を。
無造作にまとめられた髪に、大して可愛くもない顔。試しに鏡の前で作った笑顔でさえぎこちない。
女の子には笑顔が一番のメイクだとか言うけれど、当の私は笑った顔ですら不格好で気持ち悪く見えてしまう。
美空異さんの綺麗な容姿。木村さんの恋をしている可愛らしい姿。
そんな自分とは反対な、魅力的な彼女たちの顔は本当に可愛かった。
あの人たちに比べたら私なんて小鳥遊くんを好きになる資格さえない、そう思ってしまう。
それに……よく考えたら雪ちゃんもいるではないか。
雪ちゃんも合宿の時、彼と楽しそうに話していた。雪ちゃんは否定していたけれど、彼女も小鳥遊くんのことが好きだと考えてもおかしくはない。
私は………なんて人を好きになってしまったのだろう。
その後も頭の中は彼のことでいっぱいで、私は一日中頭を抱えていた。